満月の鼓動





奴を拾ったのは新月の夜。

静寂に包まれるはずの森のざわめきに
ふと気になって外へ出た。
そして奴を見付けた。

近隣の国々では戦争が続いている。
どうやらコイツも兵士のようだ。
だが今は、見るからにボロボロで無残な状態で昏倒している。
いつもならばそのまま放置して死神に任せるか、時期が合えば「食事」にする事もあるのだが、その長い三編みに興味を覚え、昏倒する体を引き起こした。
その瞬間、薄く開いた瞼から 垣間見えた「蒼」に惹きつけられた。
「……」僅かに奴の唇が動いたが、それは声にならなかった。
開いた瞼はすぐに閉じられ、再び意識を手放したようだ。
息があるのを確認し、そのまま此処へ連れ帰った。
何故連れ帰ってしまったのか、自分でも解らないのだが…


奴の怪我は無数の打撲と右足首の捻挫という比較的軽症であったが、極度の疲労の為か、丸2日眠っていた。
あの「蒼」が再び見られたのは奴を拾ってから3日目の事だった。
「どこだ?ここは・・・あんたは?!」
やや掠れた声で紡がれた開口一番の質問は、(礼儀はともかく)至極普通なものだったが、それには答えず、水の入ったコップを渡しながら質問を返した。
「そういうお前は何者だ?何故此処へ入り込んで来た?」

奴はゆっくりと体を起こし、水を飲み干してからこれまでの事を話し始めた。
コイツの名前は「デュオ」というらしい。
歳は俺より3つ下の18。
住んでいた町が戦禍に巻き込まれてから兵士となって戦っていたが、先日捕まり、捕虜として敵国へ輸送される途中、走行中の車から飛び降りこの森へ逃げたのだと。
デュオの怪我は、捕まってから受けた暴行と、飛び降りた時に増えたモノの様だった。
走行中の車から飛び降りて、この程度の怪我で済んだのは、悪運が強いのだろう。

「助けてくれてありがと。せめて恩人の名前くらい知っておきたいんだけど、名前、教えてくれねぇ?」
と、少し照れたような笑顔でデュオは俺の名前を訊いてきた。
「…ヒイロだ」
「ヒイロ?ヒイロか…」かみ締めるようにそう呟き、次の瞬間には眩しい程の笑顔で言った。
「サンキュ!ヒイロ♪」
その笑顔に、鼓動が跳ねた。
が、それを押し殺して奴に告げた。
「歩けるようになったら、早く此処から立ち去れ。それがお前の為だ」
「オレの為って?…確かに転がり込んじまって迷惑掛けてるとは思うけど、オレの為ってぇのはどういう事だ?」
不思議そうに訊くデュオを無視して再度告げた。
「…とにかく、少しでも早く治せ。捻挫の腫れもひいてきたから半月(はんげつ)の頃には歩けるようになるだろう。」


******


デュオは順調に回復していった。
そして良く喋り、よく笑った。
長い間独りで静かに過ごしていたのだが、デュオの存在は不思議と不快ではなかった。

俺の予見通り、月が半ば満ちた頃には体調も戻っていたようだが、なかなか出て行こうとはしなかった。
「そろそろ(出て行っても)いいんじゃないのか?」
「え?あぁ…そういえば大分良くなったかなぁ?ん〜……」
「自覚があるなら出て行け」
「…なぁヒイロ、オレ、このまま此処に居ちゃダメか?」
「?!…何故?元々歩けるようになるまでだと言っておいただろう!」
「…此処を出て何処へ帰ればいいんだ?オレにはもう帰る場所はないんだ」
ハッとして顔を向けるとデュオと目が合った。
奴の瞳は真剣だった。この瞳は……
「迷惑掛けてるとは思ってる。けど、オレは…」
「デュオ!」強い口調でその名を呼び、奴の言葉を遮った。
もうこれ以上、此処に居させる訳にはいかない。
「少しでも早く 此処から出て行くんだ!」
そう言いおいて俺は自室に戻った。


*****


デュオを拾ったのが、今のこの時期でなければ、あの言葉の続きを聴く事が出来ただろう。
不覚にも 心地よいと思うようになったこの時間をもう少し一緒に……
だが、今は時期が悪すぎた。
もうすぐやってくるのだ。50年に一度の「食事」の時期が。
数日後に現れる満月が、その吸血期。
せめて同族が居たならば、互いに血を与え合い乗り切る事も可能なのだが、今はもう自分独りだ。
このまま此処にデュオが居続けるならば、間違いなく歯牙に掛けてしまうだろう。
血を吸われた人間は屍になってしまう。それだけは何としても避けたかった。

出会ってからまだ10日程だ。
それなのに、あの生命力溢れるデュオを手に掛けたくはないと思う自分が居る。
何故なのか… 自分でもよく解らない。
不可解な感情ではあるが、それを否定したくないと思う以上、仕方がない。
やはり『真実』を告げるしかないだろう。
畏怖と蔑みの目を向けられようとも、選択肢は一つしかないのだから。


*****


不意にドアをノックされた。
「ヒイロ、ちょっといいか?」
「あぁ。」
デュオを迎え入れ、椅子に座るように促す。

「…なぁ、理由を教えてくれないか?何故そんなに急いで追い出そうとするんだ?」
全く訳が解らないというような表情でデュオが尋ねる。
俺はデュオに向き直り、その蒼い瞳を見ながら話し始めた。
「今、その話をしに行こうと思っていたところだ。
 これから話す事は信じ難いかも知れないが、事実だ。聴いてくれ」
少しばかりの躊躇いの後、覚悟を決めて口を開いた。
「…俺は、人間ではない。……俺は…」
続けようとした言葉を遮るように、デュオが言葉を発した。
「あぁ、じゃあもしかして森に住む『魔物』ってのはお前の事か?輸送中のトラックで監視の奴らが言ってたぜ。この森に入ったら最後、生きては帰れねぇってな。」
大して驚いた様子もなく、淡々と紡がれたその言葉に、こちらが動揺してしまう。
が、それを悟られないように冷たい口調でデュオに告げる。
「…あぁ、その通り、俺は吸血鬼だ。しかも次の満月は50年ぶりの食事の時期だ。…ここまで言えば、もう十分解るだろう?命が惜しければ、早く此処から出て行くんだ!」
だがデュオは首を横に振る。
「いいや。まだ不十分だね。なら、どうしてオレを逃がそうとするんだ?このまま黙って居れば、いい餌になるだろうに。」
「?!……」
何故だと訊かれ、答えに詰まった。
自分でも解らなくて、この不可解な気持ちを持て余しているというのに…

「なぁヒイロ、オレが居ると迷惑か?正直なところ、オレは此処が心地好いんだ。お前も嫌そうには見えなかったんだが、オレの思い違いか?」
落ち着いた口調で語られた言葉にハッとした。
まさかそんな風に見られているとは思わなかった。
だから思わず吐露してしまった。
「……思い違いではない。確かにそう思う自分も居る。
 だが…だからこそ!お前に牙を向けたくない!失いたくないんだ!!」
次の瞬間、フッと微笑むような気配がして、デュオが言った。
「サンキュ、ヒイロ。でもな、オレの血で良ければ吸っていいぜ?
 お前が飲む位ならオレは死なないからな。」
「なっ?!どういうことだ?!……まさかお前?!!」
「その『まさか』なんだよ、ヒイロ。つまりはオレも同類同族なのさ。」

あまりの事に頭が付いていかない。まさかそんな事が?!
俺の混乱した思考を落ち着かせるようにデュオが続ける。
「そう、オレも吸血鬼なんだよ。だから一所に落ち着く事は出来なかった。兵士になったのは、そんな根無し草な自分の居場所と死に場所を求めたからだ。だけど、死にもせずに捕まっちまった。その上、例の満月が近づいてたから焦った。そんな時に奴らの話を聞いて、一か八か賭けてみたのさ。この森に…ってね。結果、オレの賭けは大当たりだったんだけどな♪」
二カッと笑いながらウインクをするデュオの姿に、脱力する。
俺のあの覚悟はなんだったのか…
今聴いた話によると、コイツは半分以上確信犯だ!
驚きを通り越し、怒りがこみ上げてくる。
だが、それらを凌駕する程の大きな喜びと安堵も押し寄せてきた。
その衝動のままに手を伸ばし、デュオを抱きしめる。
デュオの手が俺の背中に回され、もう一度訊いてくる。
「なぁ、このまま此処に居てもいいか?」
「あぁ、勿論だ。ずっと傍に居てくれ。」
「了解!んじゃ、これからもよろしくな!ヒイロ♪」


*****


奴を拾ったのは新月の夜。
そして今宵は50年に一度の満月。
月明かりに照らされながら、互いに互いを与え合う。
永遠に等しいこれからの時間(とき)を共に歩む存在がある。
かけがえのない存在に巡り会えた、その喜びを分かち合うように。
静寂なる夜に 互いの鼓動を刻みながら…



end







またまた翠月りん様からイチニSSを頂戴してしまいました。
ありがとうございました!!