― 想(fake&truth)―







「彼が見つかりました」
行方不明になった彼を捜し始めて約2ヶ月。
やっと見つかったという報告をしてきたカトルは「詳しくはこちらへ来てから」とプリベンター付属の病院へとヒイロを促した。


― 想(fake&truth)―



マリーメイアの叛乱以降、必要とされる時にはプリベンターとして動くヒイロ達。
二月半前も いつものように召集が掛けられたが、デュオは姿を現さなかった。
当然、上層部の不審を招いてしまい、居所を突き止めるべく動き始めたところで、ジャンク屋の共同経営者であるヒルデから連絡が入った。
…3日で終わる「仕事」に出かけたのに、10日経っても何の連絡もない。そちらで何か急用でも入ったのか。と…

プリベンターとウィナー家の総力を持ってしても彼の消息は依然として掴めなかった。
デュオ本人が意図的に姿を消したのかとも思われたが、ヒルデによると、後の仕事も入っていたのでその可能性は薄いという事だった。
となれば、何らかのトラブルに巻き込まれたと考えるしかなく…有力な手掛かりもないまま時間が過ぎていった。


******


カトルからの連絡を受けて駆けつけると、他のGP達とサリィが居た。
デュオは…眠っていた。
発見されてから既に3日。ずっと眠ったままだという。
衰弱した体を回復させるための防衛作用なのだろうか。

精密検査の結果、脳内に極小さな腫瘍が認められたが、
その小ささと性質から特に危険性は認められず、
体力の回復と経過を見てからの治療とされた。

「……ん…」
デュオが身動ぎをして、薄く目を開いた。
久しぶりに見るコバルトブルーは変わることなく綺麗だった。
「デュオ!気がつきましたか?」
カトルが声を掛ける。しかし、デュオは怪訝そうな表情をし、口を開いた。
「誰だ?あんた…なんで俺の名前を知ってるんだ?」
一瞬にして場が凍った。

「…デュオ?僕が解りませんか?…」
「……知らねぇよ…ここは何処だ?なんで俺は此処に居るんだ?」
上体を起こしながらデュオは質問を返してきた。
これは一般的にいう記憶喪失だろうか?
だが、自分の名前は解っているようだ。
「デュオ?貴方の名前は『デュオ・マックスウェル』よね?」
サリィが優しく問いかける。
「確かに俺はデュオだけど、ファミリーネームはないぜ。マックスウェルは教会の名前だからな。『マックスウェル教会のデュオ』って皆は呼ぶけどな」
?!…マックスウェル教会は既に存在しない。なのにデュオはそう言う。一体どういうことなのだろうか?
「…ねぇデュオ、失礼だけど、貴方、今何歳なの?」
「8歳。多分だけどな。俺、孤児だから正確には判らないんだ…」
サリィの質問に鼻の頭をポリポリと掻きながらデュオは答えた。

「サリィさん、これはどういうことですか?」
その場に居た一同の疑問をカトルが代弁した。
「詳しく調べてみないとはっきりとは言えないけれど、何らかの原因による記憶の後退、もしくは欠落じゃないかしら。8歳ということは10年遡ってしまっているわけだし…」
サリィの言葉をキョトンとした表情で聞いていたデュオは、ふと自分の掌を見て、全身を触り、ベッドから入り口付近を覗き込む。
そして不思議そうに首を傾げ、病室に備え付けらた洗面所の鏡に我が身を映し出した。
「?!!誰だ?これ!!……もしかして…俺なのかぁ?!」
デュオのこの叫びはサリィの診立てが正しかったことを証明した。


******


事態が飲み込めず混乱したデュオにカトルが順を追って説明する。
今はAC198年で戦争は既に終結し、世界は平和に向けて歩み始めている事。
自分達はその戦争中に知り合った仲間である事。
(これ以上混乱させない為にGPであったことは割愛した)
そして18歳のデュオはジャンク屋兼運送屋をしながら、時々プリベンターの「仕事」も請け負っていた事。

ここまでの話を大人しく聞いていたデュオが口を開いた。
「なぁ、マックスウェル教会はどうなってるのか知らないか?」
当然の質問ではあるが、答えるのを躊躇しているカトルに代わりトロワが史実通りに答える。
「お前の言う教会はAC188年の『マックスウェル教会の惨劇』で無くなった。レジスタンスや教会の関係者は全員死亡したそうだ」と。
驚愕に見開かれるデュオの瞳。
見る間に顔色がなくなり肩を震わせ俯いてしまった。
上掛けを強く握り締め、肩を震わせるその姿は泣いているようにしか見えず…
そんなデュオに誰も声を掛けることが出来ず、沈痛な時間が流れた。


暫くして大きな溜息を吐き、デュオが顔を上げた。
予想に反し、その顔・瞳には涙はなかった。
「話してくれてサンキュ。ちょっと疲れたから休ませてもらうぜ」
そう言いながら少し疲れた笑みを浮かべ、こちらに背を向けベッドへと横たわる。
「じゃあ何かあったらすぐに呼んでね。おやすみなさい」
そう言ってサリィは皆を促し退室した。


****** ****** ******


「あいつは幼い時から泣かないんだな」
「えぇ、そのようですね。少なくとも人前では泣けないのでしょうね」
トロワの呟きにカトルが同意する。
あの時、誰もがデュオは泣いているものだと思っていた。
だが、顔を上げた彼は泣くどころか笑んでみせた。

――8歳でも15歳でも18歳でも、変わらず本当の感情を隠す奴だ。
そう思った瞬間、筋金入りのあの笑みの仮面を剥ぎ、その下の本当の顔を見てみたい…ヒイロはそんな衝動に駆られていた。


翌日、ヒイロは1人でデュオの病室を訪れた。
彼は起きていて、ベッドの上から窓の外を眺めていた。
「…デュオ」
呼びかけるとハッとしたようにこちらを向いた。
「えっと…誰?確か昨日居たよな。悪いけど、名前思い出せねぇんだ…」

昨日はざっと紹介されただけだから、それも仕方ないと思う自分と、その口から自分の名前が紡がれない事に苛つく自分を感じ、戸惑う。
拒絶されないだけマシだとは思いながらも、自分が忘れられてしまっている事実に胸の奥が痛む。
「ヒイロ・ユイだ。ヒイロでいい」
「ヒイロ?ヒイロ…ヒイロっと…よし!憶えたぜ!よろしくな、ヒイロ♪」
にぱっと笑顔を向けられた。
それに「あぁ…」と短く返しながら、その笑顔に釘付けになった。
それは見慣れた笑顔とは異なった、無邪気な幼い8歳の笑顔だった。
だが、ヒイロの感情は表情には出なかったらしく、怪訝そうにデュオが訊く。
「なあ、俺、あんたに何かしたのか?それとも以前の俺は嫌われてたのか?」
「……」あまりの言われ様にヒイロは返答に詰まってしまった。

その時、ドアがノックされ、クスクス笑いながらカトルが入ってきた。
「違うよ、デュオ。ヒイロのそれは地顔なんだよ…」
尚も堪えきれずに笑い続けるカトルにヒイロは眉を顰めてしまう。
「ほらほらヒイロ、そんな顔をしてるとまたデュオに勘違いされるよ?レディが呼んでたから行って来たら?」
体よく追い出される形となったが、これ以上居ても笑いの種にされるだけだと思いヒイロは病室を後にした。


外見は18歳でありながら8歳の記憶しか持たないデュオとの再会は、初めこそやや混乱したものではあったが、その後は思いの外穏やかな快適な関係を保っていた。
そんな時間がこれからも……そんな想いを抱いてしまう程の優しい時間。
けれど、それは長くは続かなかった。


*******



デュオが目覚めてから4日後、体力もかなり回復したのを受けて治療の為の再検査が行われた。
持ち前の適応能力もあってか、この数日で以前と変わらないほど周囲と打ち解けたデュオ。
そんな彼の様子から、検査結果も心配ないだろうと思われていた。

だが、報告された結果は、予想に反し最悪なものであった。
初めの検査で見つかった脳の腫瘍は極小さいもので良性であった。
しかし、今回の結果では本当に同じ腫瘍なのかと疑うほど大きくなり悪性化していた。
若干の転移も認められており、完全に取り去ることは既に困難な状況になっていた。

この結果は直ちにデュオを除く関係者に伝えられた。
…何故?どうして?!なんとかならないのか?!!
そんな思いが一同の裡を駆け巡り、ある者はそのまま声として発していた。

短期間に異常なまでに増殖した癌細胞。
しかし、当のデュオは特に痛みを訴えることもなく過ごしている。
痛みを堪えているのかと思えば、どうやらそれも違うようだ。
痛みを伴わずに急成長する細胞は確実にデュオの命を蝕んでいく。
直ちに専属の医療チームが組まれ、進行を遅らせる事が出来ないか、検討が始まった。

一方、プリベンターのメンバーサイドでは告知するかどうかを話し合っていた。
デュオが普通の状態であれば、まず告知するであろうが、外見上は18歳だが8歳の精神状態でこの酷な現実を受け止められるのか。
すぐには答えは出せなかった。



それから2日後、デュオは激しい頭痛を訴え倒れた。
昏睡状態に陥ったデュオは集中治療室へ移された。


******



数日後、意識が戻ったという連絡を受けて駆けつけると、彼はぼんやりと天井を見つめていた。
「デュオ?」
カトルがそっと問いかける。
ゆっくりとこちらへ顔を巡らせカトル達を見たデュオは、初めはやや驚いた表情をし、その後で少し疲れたような笑みを見せて言った。
「よぉ、久しぶりだな。…こんなに勢揃いされるとちょっと恥ずかしいぜ…」

その様子にその場に居合わせたメンバーは違和感を覚えた。
倒れる前は8歳の子供だったのだが、どうも今は違うようだ。
「ねぇデュオ?失礼だけど、貴方、今何歳?」
困惑気味に問いかけるサリィにデュオは少し眉を顰めて答えた。
「何言ってんだよ?18に決まってんじゃん。暫く逢わないと忘れられちゃうわけ?」
心外だと言いたげな口調のデュオに、ハッとする。
「デュオ、記憶が戻ったんだね?」
涙を浮かべながらカトルがデュオの手を握り締める。
「記憶?……一体何のことだ?」
訳が解らないという顔のデュオに安堵する。
「よかった!本当によかった!
…ではここ数日の事をお話ししましょう。」
そう言ってカトルは8歳のデュオの話を始めた。



「それじゃ、その時の俺はあの惨劇前の俺だったわけだ」
カトルの話を聞き終わってそう言ったデュオは、少し哀しげな瞳をしていた。
「えぇ。でも基本的には今のデュオと変わらなかったですね。8歳というだけあって、表情とかは幾分可愛らしかったですけど♪」
と微笑むカトルに、デュオは照れたように頬をポリポリと掻く。
痛み止めが効いているのか、激痛を堪えているような素振りはなかった。
「デュオ、行方が分らなかった間の事は憶えているか?」
トロワが尋ねる。それにデュオは「あぁ、憶えてるぜ」と答え話し始めた。


――依頼のあった「仕事」を終えて帰る途中、航行不能になった小型シャトルのSOSを受信し救助に向かったが、そこで拘束されてしまった。
どうやら「依頼」から全て仕組まれていたモノらしい。
彼等の目的はガンダムに関する詳しい情報の入手で、単独で宇宙を移動することが多く、戦時下で唯一顔を晒されたGPであるデュオを狙ったようだ。
GPに関するある程度のデータは入手済みだったのか、薬物には耐性のあるデュオであったが、投薬された後は体の自由を奪われてしまっていた。
各種の尋問にも口を割らないデュオに痺れを切らした彼らは、最後の手段として独自に開発していた「あるモノ」を出してきた。
それが、今デュオを蝕んでいる「細胞」であった。

遺伝子レベルで操作・改悪されたソレは、一定の潜伏期間を持ち、その後、非常に短期間で増殖する。
しかもその間は自覚症状もなく、気付かない。
そして手の施しようもなくなった頃、その活動は速度を緩め、最期の瞬間まで激痛を齎すという。

それでもデュオの口からガンダムについて語られる事はなく、ソレは彼に植え付けられた。
細胞の潜伏期間は約1ヶ月。
発症直前になり、デュオは開放され、彼等は姿を消した。
デュオの記憶が一時的に退行したのは、細胞の増殖期間にあたり記憶中枢が混乱した為だろう。


全てを話し終わったデュオは、軽く溜息を吐き、
「というわけだ」と言って笑った。
その様子に一同は言葉もなく、遣り切れなさに打ち震えていた。
そんな中、ヒイロはつかつかとデュオの傍に歩み寄った。
次の瞬間、パン!と音が響き、デュオの左頬が赤く腫れた。
「なっ……!」
なにすんだ!と文句を言いかけたデュオは、ヒイロの瞳を見て、言葉を失った。
ヒイロの瞳は激しい怒りを宿していたが、その奥に深い哀しみを湛えていた。
「……お前は馬鹿だ…」
そう一言言い残し、ヒイロは踵を返すと病室を後にした。
「…痛ぇな…」
デュオはポツリと呟き、苦い笑みを零した。


******



カトルに後を任せ、ヒイロを探していたトロワは、中庭の木陰で佇む彼を見つけた。
声も掛けずに近寄り、隣に立つと、静かに口を開いた。
「ヒイロ、どうした?お前らしくない行動だったな…いや、返ってお前らしいか」
感情のままに行動する。その信念通りの行動だったな。
そう言って軽く笑ったトロワに、ヒイロはバツ悪そうに顔を背けたまま話し始めた。
「あいつは、いつも笑う。それも自分が辛い時にこそ笑うんだ!
 笑顔で何もなかったように本心を隠し、自分の裡だけで…っ」
「……そうだな。8歳のあいつも同じだったな。
 孤児で守られる機会も少なかったデュオは、本心を周りに悟られないようにすることで自分を守っていたのかもしれないな。
 だが、あいつは逃げてはいない。
 『逃げも隠れもする』と豪語するが、自分の境遇から逃げることだけはしない。
 いつでも現実を受け止めて、受け入れる。
それがどれだけ辛いことでもな。
 そしてそれらを背負い生きていく。
ただでさえ「痛い」生き方だが、あいつは『許す』ことも知っている。これはお前にも心当たりがあるだろう。
 それが、あいつの『強さ』なのだろうな」
「あぁ、そうだ。それがデュオの『デュオ・マックスウェル』たる所以なのだろう。
 解っている。解ってはいるが、俺は……っ!」
ヒイロは掌を強く握り締め、俯いてしまった。

「ヒイロ、お前だけではない。俺達も同じ気持ちだ。
 ただお前の気持ちはそれだけではないのだろうがな…」
トロワの言葉にヒイロはハッとして顔を上げる。
「お前とデュオは一見正反対に見えるが、
 根底にあるモノはよく似ているように思う。
 それだけに互いが抱く感情も複雑だろうがな。
 …自分の想いに素直になってみろ、ヒイロ。
 残された時間は長くはないぞ…」
そう言った一瞬、辛そうな眼をしたトロワは、
ヒイロの肩を軽く叩くとその場を離れた。

――そうだ。あいつはいつも許していた。
コロニーに裏切られ傷ついた時も、耐えて堪えて、再びコロニーの為に戦った。
そして俺がつれなく辛くあたっても、受け入れ許していたように思う。
…今頃になって許されていた事に気付くなんてっ!
それ程に、デュオはいつもさりげなく近くにいたということなのだろう。
マリーメイアの一件の時も、あいつは来ると思っていた。
そう、俺の傍らに……

不意に先のトロワの言葉が思い出された。
「自分の想いに素直になれ」と彼は言ったのだ。
自分の本当の想い…デュオに対する想い……
それは今、ようやく自分の裡で形になろうとしている。
まだ間に合うのだろうか…


******


ヒイロがデュオの病室へと向かっていると、廊下に居た五飛が口を開いた。
「ふん。幾分すっきりしたようだな。カトルは急用が出来たとかで先程帰った。俺はこれから本部へ戻ってデュオを拘束した奴等の事を調べる。
 デュオは今、眠っている。後は頼むぞ」
「了解した」
互いに頷き、五飛はプリベンターへ、ヒイロはデュオの病室へと戻った。


病室に入ると、五飛の言った通り、デュオは眠っていた。
ヒイロは静かに近づき、ベッド横の椅子に腰掛ける。
デュオは穏やかな表情で眠っている。痛み止めが効いているのだろう。
だが、この薬もいつまで効くのかは分らない。
デュオに残された時間もそう長くはない。

ふとデュオの左頬が目に付いた。
さっきの平手打ちの痕が、まだ赤く残っている。
――自分の命を危険に晒しながらも、抱えた秘密を守り通したデュオ。
同じ状況に置かれたならば、自分も他のGPも決して口を割らないだろう。
GPであれば、当然の行動だ。
それなのに、全てを受け入れて笑う彼が堪らなかった!
あの激情の理由は、トロワとの会話で理解出来た。

デュオがいなくなる。失ってしまう。
それに怯える自分が居る。
それなのに、彼は笑うのだ。何でもないことだと言うように…
多分、彼に対するこの想いは恋愛感情に属するだろう。
しかし、それよりももっと深い処で彼の存在を求める自分がいる。
いつも傍に居て欲しいわけではない。
その存在を感じていられるのなら、離れていても構わない。
だが、死んでしまえばそれは叶わない。
だからあれだけ激昂してしまったのだろう。

「まるで子供だな」
ヒイロは思わず呟いていた。
「誰のことだよ?」
不機嫌そうに発せられた声はデュオのモノだった。
いつの間にか起きていたらしい。
「お前ではない。俺の事だ」
そう言って見遣った彼の表情は驚きに満ちていた。
「…お前、そんな柔らかい顔出来るんだな。初めて見たぜ!」
いいものを見た!と嬉しそうに笑うデュオ。
ヒイロはその笑顔に吸い寄せられるように顔を近づけ、
彼の唇に自分のそれを重ねた。
「…?!!なっ!お、お、お前…!!」
突然の事に慌てふためくデュオ。
その彼の耳元で告げる。
「お前が好きだ、デュオ。傍に居てくれ」と。

その瞬間、デュオの体が強張る。
「な、何言ってんだよ、ヒイロ。言う相手が違うだろ?
 それとも予行練習か?ったく、冗談キツイぜ」
ハハハと笑う彼の頬を両手で挟み、こちらを向かせ尚も告げる。
「冗談でも何でもない。俺はお前が好きなんだ。」
デュオはヒイロの瞳から目が離せなかった。
真剣なヒイロの瞳。だがそこには柔らかな温かな感情も籠められていて…
「…お前、そりゃあ反則だぜ…この状況、分ってんだろ?」
眉尻の下がった泣きそうな顔でデュオは言う。
「あぁ、分っている。だからこそ言う。
 伝えられる内に、本当の心を」

それを聴いたデュオは、泣きそうに顔を歪め、きつく目を瞑った。
やがて大きく息を吐いて目を開け、綺麗に笑って言った。
「俺はお前を好きだとは言えない」
ヒイロは黙って続きを促した。
「確かに俺もお前に特別な感情を抱いてる。だけど『好き』とは違うんだ。
 もっと、何て言うか、心の奥の方でお前に惹かれてる。
 だからいつもお前から目が離せない。勝手に心が追いかけちまうんだ」
素直なデュオの言葉にヒイロは目元を緩ませる。
「奇遇だな、デュオ。俺も同じだ。いつも近くに居なくてもいい。
 ただお前の存在を感じていたいんだ。
 お前の心が追いかけてくれるのならばそれで充分だ」
そう言って、ヒイロはデュオに優しく口付ける。
デュオはそれを静かに受け入れた。


「ヒイロ、俺はもうすぐ死ぬ。それはもう覆せない事実だ。
 だから約束してくれ。お前はちゃんと自分の人生を真っ当するって」
「その約束を果たしたら、俺に何かメリットはあるのか?」
「あるさ!お前がちゃんと生き切ったら、死神デュオくんのお迎え特典がな♪但し、死に急いだり他の死神に付いてったりしたら知らないからな!」
人差し指をビシッとつき立て、悪戯っ子のような顔でデュオはそう言った。
「お前以外に付いて行く気はない。だが特典はそれだけか?」
やや不満そうにヒイロが言う。
「ん〜…んじゃ、今はもう無理だから、この続きはお迎えの後でvって事でどうだ?」
そう言いながら、デュオはヒイロの顔を両手で引き寄せ、唇を重ねた。
すぐに離れたそれを追いかけながら、ヒイロが言った。
「了解した。絶対忘れるなよ?」
「当たり前だろ?俺は『逃げも隠れもするけど嘘は言わないデュオ・マックスウェル』だぜ?」
クスクスと笑いながら接吻を交わす。
互いの想いの深さに同調するかのように それは次第に深くなっていった。


******


それから約半月後、桜吹雪の舞う中、デュオは眠るように逝った。
ヒイロや他の仲間達に看取られ、穏やかに笑いながら…

薬の効かないデュオの為に特別に作られた鎮痛剤は、
幸いなことに最期まで彼を激痛から解放し続けた。



デュオの死後、ヒイロはプリベンターに戻り、五飛達と共に調査にあたった。
程なく、デュオを拘束した犯人達は全員捕らえられた。



******



<エピローグ>



桜吹雪の舞う中、ヒイロはその幹に凭れ、蒼い空を見ていた。
「よう、ヒイロ!久しぶりだな♪」
懐かしい声に視線を元に戻すと、あの頃のままの彼が居た。
焦がれた眩しいまでの笑顔で。
「お前が来たという事は、俺は約束を果たしたということだな?」
「あぁ。もっと後かと思ってたけど、案外早かったな」
ポリポリと鼻の頭を掻きながら彼が笑う。
「では、今度はお前の番だな」
「へぇへぇ。だからちゃんとお迎えに来ただろ?」
「特典は全部キチンと行使させて貰うぞ?」
「了解!ってね。ま、特典の残りは向こうへ着いてからなv
 でも、お手柔らかに頼むぜ?」
「了解した。……可能な限り…だがな」
「あ?何か言ったか?ボヤボヤしてると置いてくぜ?」
「いや、何でもない。行くぞ」




デュオが逝って何度目かの春。
桜の下にはただ花吹雪だけが舞っていた。




end






翠月りん様からのいただいたイチニSS第四弾です。
ありがとうございました。