金沢舞踏館  剥製にされた夏2011
 Kanazawa Butoh Kan
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「剥製にされた夏2011」の舞台の世界

舞台の感想文をお願いいたしましたら、奇しくも初めて舞踏を観た田村さんと
昔よく観ていた井崎さんが寄せてくださいました。ありがとうございます。




劇団110SHOWの主宰者・高田伸一氏がブログで舞台について書いてくれました。
☆☆高伸プログ☆☆





舞踏家・白榊ケイの美と解釈
-「剥製にされた夏2011」-

評/ 田村 くみ子 (あてのき同人)


  「舞踏」と言うものをはじめて知った。
  開演前の「金沢市民芸術村ドラマ工房」の舞台は。すでに照明が落ちていた。高い天井と正面にある一脚の椅子、剥き出しの梁には無機質なコスチュームがぶらさがり、その幾つかはぼんやりと浮遊していた。まだ、“女(ひと)”としての“性”が入っていないのだろうか母胎の濁流をくぐりぬけてきたはずなのに少しも濡れてはいないそれらの、素朴で可憐なドレスは不思議なものを包み込み、“剥製にされた”かのように白くやや揺れているばかりだ。
  まったくの突然だった。舞踏会場のぜんたいがまっ暗闇の異空間に落ちた。あえて“霊的”と言いたい。絶妙な呼吸で光を射て、ひとすじのスポットライトが時空の遠近法を変容したのだ。不可視の超自然力、視覚化を駆使した魔界の構築力と呼んでもいいだろう。間近に迫ってくる舞踏の空間を、一瞬にして別のものにした。憑依的に高揚した観る者は冥界なのか魔界なのか“舞踏”のはじまりの聞こえざる轟音と照明のなかへ、現実がゆるやかに溶解していく〈魂の通路〉を見たのだ。すなわち、舞踏する白榊ケイの言語ではない魂が活火山の噴火のようにふき出し、内なるものの喚起力が観る者すべての心を揺さ振り、冥界からの声なき声を受けとることを許されたのだ。〈性なるもの〉と〈聖なるもの〉の心性の持主に成り得たような心地よい錯覚に囚われたのである。「剥製にされた夏2011」の序章に息をのんだ。
  演じる白榊ケイは舞踏家であるとともに優れた演出家でもあり、からだの内側から湧きでてくる踊りで、芸術的複合性の高い世界を表現することに成功している。それは紛れもなく女の性が常に持っている二重性を一身でもってやってのける魂に他ならない。その肉体と魂はまさに“凄絶な美”としか、言いようがない。体現化されてゆく意識より無意識の混沌とした世界、深淵にあるエロスを秘めて扉が開いたのだ。マゾともサドとも分別しがたいもの、この分裂する緊張の間(はざま)で白榊ケイは“眼(まなこ)”をベールで隠した。その目かくしの中でイメージを膨らませ、〈無〉を媒介にして過去のものかも知れぬなにかを引きずり出してゆく過程が、観る者をして、白榊ケイに歓喜し身悶えつつ想像をし、「勝手にしろ、観る者よ。こころの原風景を想い描け」と、恐怖の昂(たか)みと忌々しいほどの迫力で迫ってくるのだ。拡大されたり、歪曲した過去や記憶でない限り「記憶されねばならぬのだ。」と言うべき意味がないではないか。清浄な肉体性と純粋な心性のままで大人になりたい“女”を捨象しつつも、蠱惑的凄艶さを兼ねそなえ高貴な精神性のありようを求めてやまぬ“女”に到達するのか絶望するのか。白榊ケイは妖異界への回路へ容赦なく誘惑し縛り上げ、離さない。
  不透明な音響と弧を描く七色の照明が荒増(すさぶ)る追い風のように乱反射しながら赫奕(かくえき)と炎(も)えさかって眼交(まなかい)に迫って来た。舞台最前列の多くの者は白榊ケイの“無”の眼力(めじから)のなかに母胎への回帰憧憬を映しだした無垢な心を感じたし、妖異界へ、縛りつけてでも連れてゆこうとする“無常の境界線”に仁王立ちしている何者かを見てしまった。さながら暗翳の谷間へ落ち沈殿したもののそれは醗酵して蘇(よみが)える〈無〉と相対死し、舞踏する白榊ケイに陶酔したのである。
  観た者、すべての心を動かす白榊ケイの舞踏は終宴にさしかかる。なぜ少女は剥製になったのか、性なるものと聖なるもの。淫蕩と激しいほどの貞淑とをあわせもつ妖婦もまさに〈少女の純粋〉をいまだ失ってはいないのだ。暗闇と灼熱、閑雅と情慾、美と凶兆の極み、猛々しいものと静寂、絶望と再生。それらが怒濤のように押し寄せてきて渦巻いた。燦(きら)めきながら降りてくる眩しい光の先が誘いをかける。闇襞(やみのひだ)の中で淫する白榊ケイの面差(おもざし)は人界の美しさに溢れて終わった。
  憑かれたように会場をあとにし、同行した友の肩を抱いた。「表通りで熱いラーメンでも食べてからじゃないと、“家庭”へ戻るのイヤだ!」と。白榊ケイの世界から帰還するには, 咽の奥につまって動かなくなったもの、それはときには快楽、ときには日常性への慾望、それらのものをどうにかしなければならぬ。一言では説明ができない、それほどの〈驚愕〉だったのである。とにもかくにも〈舞踏〉は、日常的次元を超えて、己れが己れの魂でもって〈無〉のままで感知すべし。それが言いたかった。









会場/金沢市民芸術村ドラマ工房
写真/ハヤシハジメ









金沢舞踏館・白榊ケイ舞踏公演
「剥製にされた夏2011」をみて

評/ 井崎外枝子 (詩人・詩誌「笛」同人)

 「舞踏は犯し犯される関係か」

  舞踏をみたのは実に久しぶりだった。かつて自分が接した数々のシーンを思い浮かべながら 「剥製にされた夏2011」を。それはいくつかのシーンに分割されていた。まず出だしは舞台 右端のみの使用で黒の雰囲気。衣装も黒。比較的かろやかな音楽を背景に小気味よい動きで、 その後の展開を期待させるに十分な導入部であった。続いて踊り手は黒い布で目隠しし、衣装も 白っぽいものに変わった。同時に音が急激に大きくなり、もはやそれは音楽の範疇を通り越して 辛かった。耳が適応できないのか、それとも自分が歳を取って許容範囲が小さくなってしまった のか、耐えがたく轟音に近かった。15分位も過ぎただろうか、ようやくそれがおさまった。この間 舞台を楽しむ余裕などほとんどなかった。                                         
  轟音で思い出すのは北陸線のトンネルだ。どこかに吸い込まれて行くような音の真っ只中で、意識が次第に変化してゆくあの瞬間は、何度通っても変わらぬ感覚だ。いま踊り手は何も見えず、ただ真っ暗な中にいるのか、それともわずかに見えるのか。動きは相変わらず激しい。目隠しでどう変わるのか変われるのかと瞬間頭を掠めはしたが、そこまで。やはり余裕なんてない。トンネル内の轟音と言えば、それは肉体は侵害されつつもどこかで別のところに連れていかれるような 摩訶不思議な感覚。決して不愉快なだけでもなく、それはいくらか微かな期待さえ伴い、常態が剥がし剥がされていく過程で、意外な言葉がふいに浮かんできたりするのだ。
  舞踏手はもしかしたら観るものの肉体を侵害しようとしているのだろうか。舞踏とは犯し犯される関係が何よりも明確になる芸術。彼女はそのとき、観客にとっては加害者であったのかもしれない。そう、あえて自らを盲目化することにより被害者の相貌を帯びつつもだ。やがて黒い布が外され、なぜかほっとした。不安は去ったのだ。とそのとき、これからは踊り手のほうが観客から侵害されるのではなかろうかと感じた。観客のほうが舞台の上の一人を剥製化しようとしているのかもしれないぞと。それぐらい激しくて当然だろう。そこには言葉がないのだから。言葉を介在させないところに舞踏は在るのだから。だからこそ演劇をはじめ他のジャンルからは触発されない直接性を舞踏に期待するのではないか。
   土方巽、大野一雄、麿赤兒、天児牛大、この地を訪れたカルロッタ池田、芦川羊子、室伏鴻、田中 眠、和栗由起夫などの数々の暗黒舞踏手と言われた人たち ー ー あのころは何よりも先に舞踏だった。 そこには ”原初” という言葉でしか言えない何かがあった。少なくとも言葉を拒否することによって、 言葉では言い表せないなにかを激しく訴えようとしたのが、舞踏ではなかったか。さて後半わたしが 感じたのは “原初” というより、ある種の “覚悟” のような感覚ではなかったろうか。原初へ攫(さら) われていくのではなくて、剥製になってでも張り付くというか、したたかさのようなものであり、 それはそれで美しいシーンであった。さて、あれらの動きが構成されるとき,どんな言葉が介在したのか。 それともしなかったのか。言葉の世界を突き抜けていくことを期待するものにとっては、それらしき 言葉の裏付けがないことを願うのだが。しかし、だが言葉を無くしてものを考えることはできない。 現にわたしは、このタイトル「剥製」に強く引かれ、何を意味するのだろうとあれこれ考えているでは ないか。剥製はpelts?と疑問にさえ思っているではないか。いやそこは感性の領域なんだ。とまで 思いついたとき、舞踏と詩はようやく肩を並べたような気がするのだった。そうだ、感性が同調できる もっともダイレクトな存在が舞踏であったと。圧倒的な力でジャンルの壁を乗り越え心をつかまれて しまったのが舞踏であったと。
  アスベスト館の舞踏手・山本萌さんが金沢に戻って30年はとっくに過ぎた。あのころなにかに憑かれた ように舞踏をみてまわっていた自分だが、いま、それに接したものも接しなかったものも同じような存在で あるのが不思議でならない。このごろはよくそんなことを思う。なぜ、みな同じように歳とってしまうの だろうと。いや、きっと違う。根のところで、あの激しさを知っているのとそうでないのとは大違いだと、 思うのだが。
  肉体の感じた記憶はいつでも新しい。白榊ケイさん。肉体のつづくかぎり阿修羅のごとく踊ってくだ さい。剥製にされるのではなく、剥製を装うことによって。






公演後の記事として読売新聞に新田さんが簡単にまとめて書いてくださいました。
地元の雑誌にも載りました、ザウスというファションと食べ物紹介の雑誌です。