「雨月物語」アンケートより集めてみました。



■平成12年12月 2日、3日 金沢市民芸術村ドラマ工房
 構想/ 白榊ケイ 演出/ 山本萌 出演者/ 白榊ケイ・月原豊

・舞台、演技の進め方が非常に印象の強いものになっていました。演劇がこのように素晴しいものと改めて認識しました。<男49才>
・秋成の湿気よりヨーロッパ的な陰影を感じました。初めてみせていただきとてもとても新鮮でした。音楽もよかったです。<女51才>
・前回、今回と見させていただきました。今回、ケイさんだけということで興味を持っていましたが、一人でたくさんの場面をいろいろなパターンをされてて、とても上手だなと思いました。語りの方とのコンビネーションも絶妙でした。ライティングとシンプルなセットも効果的だったと思います。ただ少し上品であるということと、もっと破壊的な部分もみたかった気がします。原作を読んでみたいです。来年も見に行きます。<男25才>
・空気が心地よい舞台でした。生温かったり、りんと冷たくなったり・・・。ゾクゾクしました。自分の感覚が澄んでゆくのを感じました。照明や装置、そして音響も素敵でした。<男27才>


■雨月物語の試みは昨年度末より、小さな喫茶店の劇場・アンゲリス・カフェで始まりました。20人も入れば一満の客席で、近すぎてあらが見えたり、前の人の影で見づらかったりしますが、観客の息づかいが演じ手に影響する熱気のある場所です。

・カフェテアター(アンゲリス・カフェ)で観た方が、びびった。<女23才>
・以前は会場が狭かったので(アンゲリス・カフェ)、ケイさんの指先・足先まで見えなかったが、今回は会場も広く充分堪能できました。ケイさんによって上田秋成の作品が現代に再びリアルによみがえったように思えて嬉しい。衣裳はきれいだったが、以前の方がなお生々しくて良いと思う。第2話でのクライマックスは真っ赤な唇の方がいい。<女52才>
・以前カフェ(アンゲリス・カフェ)で見た時とずいぶん違っていた。(空間が広いせい) 飾りも素敵だった。紗を使っているシーンはとても不気味な感じがした。途中、客席から登場したケイさんの気配のなさに驚いた。<?才>
・アンゲルスにて見せていただきました。小さな空間でも、また味わいがあり良かったですが、今回もまた別の感じを受けました。語りと舞踏が、とても良く互いにじゃまをせず引き立て合っていたように思います。とにかく姿が美しかったです。美しい姿が動くのを見ている事が私の幸せでした。<女47才>


****明姓英子 (石川県高校演劇界の元理事)
・「雨月物語」に取り組まれ仕上がりを楽しみにしていました。「吉備津の釜」-- このような釜祓いにはじまったが衣裳もそれらしく合っていた。愛する女の喜びが表現され、猜疑心にかられていく様子、怨念に狂う女とケイさんの表情はすごかった。語りが最初少々ハイトーンすぎると思われたが、明瞭な声量のある台詞で物語られ観客を惹きつけて行った。音楽・音響は大変有効であった。黒の紗幕が効果的であった。「蛇姓の淫」-- 語りと舞踏が一体となって蛇姓の女の美しさ、哀しさが終わり近く涙が溢れた。クラビアーノのバッハ(?)の曲、ラテンの曲で愛の歓びが、洋風の扮装で最初違和感があったがまったくなくなり優雅であった。身体全体ゆるやかに時に激しく、そして表情の変化もケイさんの踊りは素晴しかった。月原さんも後半とてもよくなった。効果音選曲そしてアカリも大変良かった。<女60才代>

・大変楽しませて頂きました。簡単な様で難しい内容を大変興味深い演出で表現されていたと思います。女の恐しさ、それであってあわれな姿が、とても悲しくも感じました。<女23才>
・はじめて見ました。舞踏。思ってた以上に見入ってしまいました。月原さんのかたりがとてもここちよかったです。舞いもすごく怖くて、でもきれいでした。また見たいと思います。<女?才>
・語り、装置、衣装、照明、小道具、そして踊りが見事に一体となって、物語を上手く表現していたと思います。いつの世も女の人って怖いですねー。なんだか女の人のドロドロとした情念がものすごく出ていました。一部ですぐとなりを歩いてこられたのですが、横においでるまで、全然気配を感じなくてビックリでした。感動でした。私もコンテンポラリーダンスとかやってみたいです。(最近ジャズダンスを習い始めました) 次回作も見にいきたいです。<女26才>

■見終わって不満な人はそそくさと席を立っていきます。どこにでもある風景ですが、ちょっと何が満足できなかったのか知りたいと思うときもあります。前の作品で「不幸があった後だったので、もっと楽しくなる作品を見たい!」と書いている方もいました。

・不思議な世界だ。よくわかんないなりに、この不思議さを楽しみました。居心地いいです。でも内容は腑に落ちないな。<女?才>
・ストーリーを前もって知っていたが、何の場面でどんな状況のことを表現しているのかわからない所がいくつかあった。「蛇姓の淫」の最初がよかった。うねうねとゆれて、空気がゆれているようだった。<男46才>
・第一部の最後の場面は、正太郎の顔が赤く染まっているのが不気味だった。顔がない正太郎は、もうこの世のものではないのだろう。映画の「リング」を思わず思い出した。踊りは、"人間"の気配がないような感じが良かった。菊花の契りを題材にしたものもみたかった。<女22才>
・全体の雰囲気がよくてひきこまれた。ケイさんは立っている時や、顔の表情とか、時々ドキッとしました。走りやはやい動きは・・・・  光はもう少し、音はもっともっと削るというか省いた方が私は好きです。お疲れさまでした。よかったです。<女41才>


****荒木政行 (元劇団ピッコロ主宰)
 1, 初めての試みは新鮮な表現効果であったと思う。
 2, 語りと舞踏の相乗効果、流れ、つながりはうまく行っていたと思う。特に二番目の物語りには、良くその成果が出ていたと思う。
 3, 語りは、声音、間合い等、非常に快いリズムを持っていた。
 4, 舞踏の方も、彼女の持ち味が表現されていた。
 5, 次回も楽しみにしています。<男64才>


****喜多尾浩代 (ヌーベルダンスのエキスヌーバーを主宰)
・「蛇姓の淫」の方が好きでした。雨月物語を読んだときに思ったのですが、白蛇がふびん!! だわ。引用部分が良かったせいか(短いせいか)、イメージができるし、説明的でない身体表現(首をまわして動くこと)が、白蛇の心の状態から身体感覚に広がっていく感じがして良かったです。「吉備津の釜」の方は、舞踏がどうして必要なのか? という疑問がわいてしまっり、これは舞踏ではないのかしら? などと考えごとをしてしまって・・道徳の時間の様だし(チラシにあった様なコンセプトはわかっているのですが・・・ケイさんの文章は感動です!! )、中身に入っていけなかったです。あと、音が頭上からだけ、降りそそがれている感じがしたのも、舞台との距離を感じてしまい、もう少し近づきたい気分で残念でした。蛇姓の淫の頭のところは台がみえないで空中に浮いた感じで、オオッと思いましたが、・・ねたをみたいような、見えた時はばらしてほしくなかった様な・・・<女30才代>


■今回の観客は女性が多かった。雨月物語に引かれてきたのか、とにかく初めて舞踏を見て客席で固まった人もいた感じである。でもよくアンケートに協力いただき感謝します。

・舞台の照明、背景のオブジェなど美しくとてもよかった。踊り・・手の動きの美しさがとてもよかった。衣装も美しかった。おどろおどろしい世界にひかれる。雨月物語など読んでみたいなと思った。語り・・スーと物語りに入れてよかった。<女50才>
・このような舞踏と語り、じたい初体験だったのでカルチャーショックというか、こんな世界もあるのかという思いで見ていました。衣装で着物を腰にまいておられたのがおもしろかったです。< ?才>
・今までに体験したことのない不思議な世界だった。小道具を使うだけで何人もの女性を演じ分けているのが、おもしろかった。手の動き、微妙な表情等、「どういうことを表現しているの? 」とあれこれ想像し、よくわからないけれども深さを感じた。< ?才>
・いくつか演劇をみてはいるが、不思議な世界に圧倒された。舞踊表現が独特なものに感じられた。狭く色彩も限られたなかで奥行きのある世界が表現できることを改めて認識しました。<女44才>
・古典をこのような形の劇にしたものを初めて見させて頂きました。とってもマッチしているのが不思議でした。効果音もとても素晴しく思いました。素敵な世界をありがとうございました。<女36才>


■そして最後に、今までよく金沢舞踏館を観てきた代表として、「演劇祭2000」のインターネット劇評欄にも書いていただいたフリーライターの金田さんのご意見を載せておきます。

****金田小夜子  ケイ流「雨月物語」の醍醐味
 久方ぶりの公演に心を弾ませながら、金沢市民芸術村に到着。日曜の午後とあってか、和やかな雰囲気が漂う。夜の方がタイトルにふさわしかったかなと、一瞬戸惑う。しかし観客は圧倒的に若い人が多い。よしよし、いつの世も彼らが主役だからこその舞踏だ。
 「十年一昔」というが、山本萌が初めて「金沢舞踏館」を立ち上げ、白榊ケイが参加してからの公演も既に20年以上になる。上辰巳の舞台から三光寺の本堂、町民文化館に新神田ホール( P・スペース)、場所は変われど演者は不変。先ずは、この持続性に脱帽したい。観客としての私は、彼らの強靭でしなやかな肉体と研ぎ澄まされた感性に驚嘆しつつ、折りに触れ舞台につき合ってきた。時を経た今、腰や膝の不調に悩む身には、彼らの蠕動 (ぜんどう)や跳躍のエナジーは信じ難い程の驚異であり、怨嗟 (おんさ)に近い畏敬を抱いてしまう。
 今回上演された白榊ケイの「吉備津の釜」や「蛇性の淫」は、上田秋成の「雨月物語」の中でも、女の情念が表に出たおどろおどろしい世界の典型だとの定説を打ち破り、もう少し可愛い、男に惚れ抜いた一途な女の「昴 (たかぶ) り」と「華やぎ」が滲み出た舞台である。物語性があり、語りが入ったことで観客への訴求効果が高まったこと、舞台の広さや照明、音響等の視聴覚効果に加え、和洋・硬軟自由自在の選曲による音楽的効果が絶妙に作用して、従来ややもすると窮屈で偏平な動きに陥りがちで、痛々しさが伴った舞踏が後退した分、実に伸びやかに、生き生きとした演技が印象に残った。
 「天の地、地の利、人の輪」の言葉通り、20年の歳月がもたらした有形無形の彼女自身の人間的成長、個性を発揮できる舞踏に相応しい舞台の選定、そして幾多の人的交流の積み重ねで築かれた仲間の協力が大きな相乗効果を生み、一段グレードアップした「艶」で「華」のある「白榊ケイ流」の「雨月物語」の醍醐味を堪能することができた。

 とはいえ、あの窮屈で痛々しい舞踏を捨てて欲しくないのも事実で、語りがない分、観る側に自由な解釈を提示し、己の内面との対話を促すだけの、強い強制力と緊張感を持った「黙示録」としての舞踏は、やはり彼らの原点である。原点とは、演者も苦しいが観客も同様に苦痛を強いられる。だが、それ故にこそ、その痛みを共有するべく、重い対話を求めに出掛けるのだろう。「観客とは何とうるさい。あれもこれもと欲張る奴だ」と舌打ちしながらでもいい、あれもこれも全部詰め込んだ「強烈で豊穰で衝撃的な」舞台を、これからも是非、見せて欲しい。

チラシデザイン: 戸田秀昭
写真: (上から2,3) 野田 啓 (4) 藤蔭秋夫




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