加賀蓮根の由来

加賀藩の初期、金沢城の一角にあった蓮根田が城の拡充により、北部地域の元町、大樋町に移され、新たに蓮根田が作られたのが発祥と言われている。町の発展に伴い更に北へと移り、小坂町、三池町を中心に盛んに栽培されていたが、近辺の都市化が進むと共に、蓮根田は徐々に減少している。

金沢城の敷地に蓮根が作られたのは、初代藩主前田利家の妻・まつの方が、蓮根が好物で、その苗を植えたとの説がある。
 

千坂地区の蓮根

横枕町  平成18年7月30日撮影

千坂地区では明治の後期、法光寺町、柳橋町で栽培されたのが始まりで、他の地域に比べて歴史は浅く、横枕町、百坂町、金市町、福久町にある蓮根田は、戦後の昭和25年頃から栽培が行われた。それまでは水田で稲作が中心だったが、土地が軟弱なことから蓮根に適しているのではと試作。好結果を得たことで、米づくりから蓮根に転換している。

この地域は昭和11年、金沢市に合併するまでは、河北郡小坂村であったことから今も「小坂蓮根」の名称で出荷され、加賀野菜の代表格の一つとなっている。実が軟らかく、舌さわりが良いことで、全国的に評価は高い。蓮根は地質が微妙に影響し、地続きでありながら横枕町と金市町で作られたものでは味が違うと言われている。いずれにしても「こんもり」とした味わいは、野菜の醍醐味とされている。
 

平成16年7月24日撮影 平成16年5月23日撮影
はすの花
平成15年12月7日撮影 平成15年7月13日撮影


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