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![]() ↑金城霊沢(きんじょうれいたく) 金沢神社横 昔、芋掘り藤五郎がこの泉で砂金を洗い、金洗沢と よばれました。金沢の地名の起こり。 芋掘り藤五郎 参照はこちら |
![]() ↑金沢神社 (兼六園横) 文政7年(1863)12代藩主斉広が竹沢御殿の鎮守 として建てた菅原道真を祀る天神社。 |
↑加賀前田家初代・前田利家の墓(金沢市野田 山)敷地は広いですが墓石は簡素なものです。 長い石段を登った上にあるのですが、中腹に前田家 歴代藩主や重臣の墓もあります。 |
↑前田利家の妻まつ(芳春院)の墓。 利家の墓所のとなりにあります。同所には二代藩主 利長、利長夫人の永姫(織田信長の娘)や利家の兄 利久の墓もあります。 |
↑天徳院 三代藩主前田利常の夫人珠姫の菩提寺。 珠姫は徳川二代将軍秀忠の娘で、慶長4年(1599)家康 が前田利長の行動をしばるため、母の芳春院(まつ)を 江戸へ人質として呼ぶ代わりに、利長の弟で後つぎの 利常の妻として送り込みました。 結婚は慶長6年(1601)利常8歳、珠姫3歳の時です。 天徳院は珠姫が元和8年(1622)に亡くなった時に利常 が建立しました。 |
↑豪姫(ごうひめ)の墓。前田利家とまつの四女で豊臣 秀吉の養女となり、のち宇喜多秀家の妻となった。 利家やまつたち家族の墓所から少し離れて、建てら れています・・・。 (野田山) |
↑尾崎神社 金沢城北の丸に四代藩主前田光高が、 寛永20年(1643)に東照宮を建立しました。 権現堂と呼ばれた東照宮は、明治9年に現在地 (城外北側)に移転され、尾崎神社となりました。 門扉に葵の紋が彫られています。 *光高の父は三代藩主前田利常。母は徳川二代将軍 秀忠の娘珠姫。 *東照宮・・・徳川家康を祀る神社のこと。東照大権現。 |
↑宝円寺 利家が建立した前田家の菩提寺。 もと越前府中にありましたが、利家が住僧の大透圭徐 に師事し能登七尾にともない建立しました。 のち天正11年(1583)利家が金沢に入城したさいに、 新たに建立し、菩提寺としました。 (金沢市宝町) |