○訪問診察(往診)

患者様の往診に出かける大川院長
通院の困難な方に喜ばれる往診  
重いかばんを持って看護師が同行する訪問診察は、入院しないで在宅で療養される方に歓迎されています。

往診の範囲は、金沢市を中心にして、北は河北郡の津幡・宇ノ気・内灘の各町、南は城南、東は鈴見台、西は西金沢方面まで行っています。
往診Q&A
  
訪問診察200話  訪問診察エピソードとして、訪問診察で体験したこと、感じたことなどを現在、石川県保険医協会新聞に連載中です。200話を目指していますが現在、16話です。 
 2009年7月7日  第6話 みなし末期
2009年5月16日  第5話 行動障害の背景
2009年4月20日  第4話 在宅お花見会(2) 
2009年4月15日  第3話 在宅お花見会(1)
2009年3月23日  第2話 勝手に入るから勝手口
2009年3月7日  第1話 往診と犬
 第1話 往診と犬
 「老人と海」という有名な小説があります。それをもじったのか「老人と犬」という高齢者施設で老人と一緒に暮らす犬たちの写真集がありました。今回はさらにそれをもじった「往診と犬」というお話です。
訪問診察にお伺いしているお宅には、犬を飼っておられるところが何軒かあります。以前、「往診必携」というタイトルで戯れ文を書いたことがありますが、必携のものとして、ジャーキーという犬用の乾燥肉と犬年齢早見表をあげました。訪問診察に初めてお伺いして,犬がいると「何という名前ですか」ときき、次いで「今何歳ですか」と聞きます。聞いた年齢を直ちに犬年齢早見表を見ながら、「人間の年で言えば○歳ですね」と親しげに話します。外で飼われている犬の場合は、毎回訪問診察時にジャーキーをあげて仲良くなっていきます。犬好きには、犬は特別な存在です。文字通り、家族以上の存在になっている犬も大勢います。「○○(犬の名前)が死んだら私は生きていけない」と、介護している夫の前で真剣に語った奥さんもいらっしゃいます。
 訪問診察時に,同行の看護師さんが犬に噛まれたことが2度あります。ああ、これは労災だなと思いました。いずれも小型犬で、訪問すると帰るまでワンワンキャンキャン吠え続けているのが特徴です。これはてなづけようと思ってもまず無理で、家人に言ってつないでおいてもらうか別室にいてもらうしかありません。猛犬注意と張り紙があるお宅ではジャーキーをあげながら入っていくこともあります。がジャーキーのあげかたを一歩間違うと手までがぶりとなる危険性がありジャーキーを投げて入ります。
 実は,訪問診察時に犬がいると,犬の写真もとっています。この写真が役立ったことがあります。犬が脱走していなくなり、家人が顔色を変えて探しまくっていたときのことです。いくら文章で,何色の中型犬ですなどと書いてもイメージできないものですが、幸いその犬の写真を訪問診察時に撮ってあったので,写真を提供したところ、その写真入りの手配書が効果があり具体的な連絡があったとの報告を受けたことがありました。犬の寿命は短いので、少し長く訪問診察に行っていると犬が先に在宅で看取りを受けることがあります。その時に、訪問診察時に撮った写真が犬の遺影として飾られていました。そして感謝されました。
当クリニックも昨年10周年を迎え、記念誌を出したのですが、「往診で出会ったペットたち」というタイトルでかわいい犬たちの写真を一杯載せました。
 在宅医療は、患者さんのみならず、介護する家人の健康状態や介護負担などへの配慮が求められますが、同居の犬にも配慮することでひと味違った訪問診察になります。 
 第2話 勝手に入るから勝手口?
 訪問診察にお伺いしている中で、患者さんが日中一人でいるお宅が何軒かあります。その場合、無論一人暮らしのお宅が多いのですが、家族同居でも家族が日中不在のこともよくあります。
 息子さんと二人暮らしで完全に寝たきりのAさん宅には、月一回の訪問診察にいっています。訪問診察日はあらかじめ書面で毎月お知らせしていたのですが、手違いでお知らせがいっていないことがあり、訪問診察に行くと息子さんが出かけてしまっていて、玄関には鍵がかかっており中に入れないことがありました。患者さんが電話に出られそうなときは玄関先で電話して鍵をあけてもらったりすることもあるのですが、Aさんは全くの寝たきりでそういう手も使えずどうしたものかと思案して、とにかく玄関以外で入れることがないかと、狭い軒先を横から回りどこか入れるところがないか探したところたまたま勝手口があいておりそこから入ったことがあります。勝手にはいるから勝手口なのかとか、同様のことがその後もう一回ありその時は勝手知ったる勝手口とだじゃれを思い浮かべながら入ったものでした。その2回目などは雨も降っており地面がぐしゃぐしゃで診察が終わって走って表に出たら通行人とばったり出会い、白衣を着ていなかったら泥棒と間違われたかもしれないなあと思っていたら、同行の看護師も同様のことを思っていたらしく顔を見合わせてと複雑な笑みを浮かべました。
 息子さん一家と同居のBさんも、家人が外出していると鍵がかかっていて入れないことがありました。その時はいつもは別のお宅に先に行って時間調整をしてまた戻ってくることにしてなんとか訪問診察に支障がありませんでした。しかしあるとき最初にお伺いして鍵がかかっており、上記のごとく時間調整して戻ってきても家人がまだ帰っておらず鍵がかかったことがありました。クリニックより比較的遠方地でこのお宅が最期なのでどうしたものかと思案していたが意を決して、お家の周りをぐるっと回りどこかあいているところがないかと探したらたまたま本人の部屋の窓の鍵がかかっていなかったのでそこから入ったこともありました。
 進行胃癌と認知症のCさんは、一人暮らしで玄関には鍵がかかっています。それで鍵をあらかじめお預かりしてその鍵で玄関を開けて訪問しています。カルテにひもで鍵をつけています。このように鍵をお預かりして訪問診察に言っているお宅もいままでで3軒ありました。
このように訪問診察時に家人がいない場合は、病状について家人に伝える伝言用紙をつくっています。それに本日の診察結果、前回の検査結果、今後の計画などを記入して知らせています。
 今後独居の高齢者が増えたり、同居する家族も仕事があったりして、上記のような鍵がかかったお宅ということもふえそうだが、この裏には在宅介護力の低下という(介護保険ではカバーできない)大きな問題のあらわれのひとつに過ぎないことも感じます
 第3話 在宅お花見会(1)
 「在宅お花見会」と称して、毎年春に桜見物に、訪問診察中の方やその家族とでかけています。今年で20回目です。看護師さんが主体になってやってくれています。
一回目は、今なら当たり前の民間救急サービスがちょうど始まろうとしていた頃でした。脳卒中で寝たきりの夫を介護している山下さん(仮名)は、押しの強いというより、とても父ちゃん思いです。父ちゃんを思う気持ちが押しの強さになっているわけですが、父ちゃんをなんとか外に連れ出したいという思いから、試乗するという名目でその民間救急サービスを無料で借りることが出来たことが始まりでした。当時は今なら当たり前の通所系サービスが普及しておらず、訪問診察に行っている人は、本当に「閉じこもり」状態でした。私たちの装備も往診車一台きりで寝たきりの患者さんと出かけるという発想は出てきませんでした。民間救急サービスを、無料で利用できたという実績(?)に、人間図々しくなってまたお願いねということになり、今度はわれわれが便乗し2度目の無料の利用がお花見になったのです。行き先は兼六園です。
 脳幹出血で寝たきり、発語なしの状態で経鼻胃管(そのころはPEGはなかった)をされていた川上さん(仮名)、今思い出せば経鼻胃管を抜くので夫がそっと抑制していましたね。川上さんを無料の民間救急サービスで迎えに行ってもらい兼六園まで移送してもらいました。広坂の途中にある兼六園事務所に入る道から兼六園の梅林まで来てもらいました。兼六園の中に車で入れるのはここだけだということを事前に調査しておいたわけです。兼六園内を散歩した後、兼六園の中では宴会は出来ないので梅林のところで小宴会(無論酒なし)を始めました。川上さんもストレッチャーにのってまぶしそうにしながら宴会に参加です。といっても経鼻胃管なので食べたり飲んだりはしません。宴会の途中で人間カラオケで歌いながら,みんなで踊っていて、ふと川上さんのほうをみたらびっくり。なんと手拍子をしているのです。いつもなら経鼻胃管を抜こうとする左手で、動かない右手を叩いて手拍子をしていたのです。みんな一瞬絶句した後、拍手拍手でした。ついてきた娘さんもびっくりすると同時に、そういう反応があるとは思っていなかった母親が手拍子をしたことに喜ばれ涙されました。自宅で天井を見ていた川上さんとは全く違う川上さんがそこにいました。訪問診察のみでは絶対にみることができない川上さんでした。訪問診察にいっている方との接触時間は一回に10分としても月に20分ほどです。生活の場での診療であることが外来や入院診療とは違う訳ですが、そのことの利点を生かしているのだろうか、単に外来が水平移動しただけになってはいないだろうか、多職種や家族との協同が何よりも大切だが実践しているだろうかなどと、20年前のエピソードを思い出しながら考えました。
 第4話 在宅お花見会(2)
 奈良の東大寺のお水取りは、始まって以来1250年の間、一度も欠かさずかつ変わりなく行われていると聞くとびっくりです。お水取りを引き合いに出すのは大げさですが、当院で行っている在宅お花見会はたかだか、20年ですが大きく様変わりしました。当初は本当に少人数でこじんまりしたものでした。その後福祉バスを借りたりして、参加人数が徐々に多くなっていきました。ピークは、2001年にあった百万石博のときでした。クリニックを休診にして車椅子が40数台、職員や、ボランティアさんなど総勢100名ほどでお花見会を開きました。お城の中を散策した後(私にとっては30年ぶりの場内散策でした)、石川門を抜け、兼六園に入り、そして厚生年金会館に到着です。車椅子一台に2名の担当者がついての移動です。兼六園の砂利道は車椅子にとっては難路ですが、それにもめげず徽軫(ことじ)灯籠の前の狭い石橋まで通っていきます。さすがに栄螺山へはいかず、ふもとの内橋亭で花より団子です。そして厚生年金会館の大広間で昼食宴会です。
 看護師さんが中心の実行委員会で毎年企画を練っているのですが、その時にひとつは前年までとは違うことを企画してくださいと話していました。・今年はガイドを頼んでみよう→ガイドがいなくてガイドブックを片手に自らがガイド嬢になるはめになる、・霞が池の前で定番の記念写真を撮ろう→業者に頼まずデジカメで撮ったら広角でないのでうまく入らず、・霞が池に浮かんでいるように見える内橋亭で昼食をとろう→予算が足りず利用者だけ昼食をとり、職員は弁当食べる、などなどいろいろありました。
話が元に戻りますが、参加人数がピークだった2001年というのは、介護保険制度が始まって1年たった頃です。その後、徐々に参加人数が少なくなってきました。通所系サービスを受ける方が増えてきて、そこからお花見に行くことが多くなったことが一番大きい理由だと思います。訪問系サービスのみで閉じこもりの人が少なくなってきた証で喜ばしいことです。それでは在宅お花見会を今後どうするかと考えて、2006年から小規模多希望(どっかで聞いたことがあるフレーズですね。この年から介護保険制度で小規模多機能居宅介護が始まったのです)と銘打ったお花見会をすることにしました。送迎車一台で一人の利用者を2人の職員がついて、こまわりよく、希望にはできる限り応える花見にしようとしたのです。対象は、医療依存度が高くて(吸痰必要、経管栄養中など)通所系サービスの利用がない方としたのです。経管栄養の方が兼六園の茶店でソフトクリームをおいしそうに食べるなどびっくりすることもありました。6名程度の参加が限度でした。
 数名から始まり、100人まで規模を大きくし、ふたたび少人数になってきたこの在宅お花見会ですが、やはり基本は、ご利用者の思いにどれだけこころを寄せられるかだなと思っています。
 第5話 行動障害の背景
  Aさんはグループホームにおられ、そこに訪問診察に行っています。○ユニットのグループホームです。その一階の○○の間にAさんは住んでおられます。Aさんは数年前に私の外来にこられ、以後は年に一回同居のお嫁さんが主治医意見書記載の時にこられて様子をうかがっていました。ショートスティ中の特養で、他の居室の高齢女性のおむつを下げ陰部をだしたということで、県立の精神病院に入院したことまではきいたいましたが以後の音信は不通でした。グループホームに入られたときに往診依頼があって再会したわけです。むろん訪問診察にいっても私のことはわからないようでした。
 この方のことが特に印象深いのは以下の理由からです。私は職員などに認知症の話をする機会があるのですが、その時に「認知症の方の行動障害の背景は了解可能である」という原則?を説明します。その説明の具体例としてAさんをあげさせてもらっていたからです。日中お嫁さんと二人で居たときに、ズボンを下げて陰部を露出させたという行動障害があったのですが、お嫁さんが外来に来たときにたまたま診察の最期だったのでゆっくり話を聞いたところ、何となく二人してそうだったのかと合点したことがありました。それはAさんの奥さんが潔癖な方で、テレビのキスシーンが出るとテレビを消してしまう、奥さんが肺結核になり夫婦生活をさけたことなどにたいする積もり積もった欲求不満が出ているのかねえという話でした。お嫁さんもそんな話になってきて「おじいちゃんの行動いやだけどおじいちゃんもかわいそうだったのね、少しは我慢できそう」と話されました。それが本当の背景かどうかはわかりませんが、あれこれAさんのことを考えてあげるという気持ちが大事だということは間違いないと思っています。
 第6話 みなし末期
 パーキンソン病と認知症のIさんに訪問診察にお伺いしています。Iさんは、小脳梗塞・頚髄症で要介護2の夫との二人暮らしです。息子さん2人は2人とも東京に所帯を持って生活しています。金沢に帰ってこられてもIさん宅には泊まらずホテルに泊まっているんだとIさんの夫が寂しそうに話していた頃もありました。Iさんは2006年10月に発熱と食欲低下があり、3日ほど点滴するも改善せず入院していただいたことがあります。夫に「Iさんがあぶない」からと言われて息子さんが駆けつけてきたのですが(よく危ないからといって電話することが時々あるようです)、入院先の受け持ち医が息子さんに、病状を説明し口から食べることが出来ないので経管でと話しをしたところ、そういう治療はいらないからといって自宅に連れ帰りました。高齢者の場合、一生懸命食べさせてもどうにも食べられず、原因としてはっきりしたものがないときに家族との話し合いの後にそのままで様子を見ることがあるのも事実です。Iさんもそういう状況かとも考え私もそれに同意したのでした。しかしその後、本当に食べれないのだろうか、パーキンソン病の薬が十分いっていないことが原因としてあるのではないかと悶々と考えとにかく経管から薬だけでも入れようと判断して実行しました。息子さんがそれをみて意味がないと侃々諤々の話し合い(にらみ合ったこともあった)を1.5時間ほどして納得はしてもらえなませんでしたが、拒否もなかったのでそのまま抗パーキンソン剤の投薬を経管から続けたところ、食事が取れるようになり最終的にしゃべれるし座ってもおれるようになりました。高齢者のターミナルの判断はとても難しいものがあります。夫は自宅の前にあるお寺に行って早々とIさんの戒名をもらってきていました。後で笑いながら、「戒名料」はいくらで、自分もついでに戒名をもらったなどと話されていました。
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