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《教えのことば》
しらざるときのいのちも、阿弥陀(あみだ)の御(おん)いのちなりけれども、いとけなきときはしらず、すこしこざかしく自力(じりき)になりて、「わがいのち」と おもいたらんおり、善知識(ぜんちしき)「もとの阿弥陀(あみだ)のいのちへ帰(き)せよ」とおしうるをききて、帰命無量寿覚(きみょうむりょうじゅかく)しつれば、「わがいのちすなわち無量寿(むりょうじゅ)なり」と信(しん)ずるなり。
〈『安心決定鈔(あんじんけつじょうしょう)』)
親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。(『歎異抄』)
弥陀の五劫思惟(ごこうしゆい)の願(がん)をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人(しんらんいちにん)がためなりけり。
(『歎異抄』) |
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