01 21

林 茂雄





クロード・シモンと括弧

 ――「なぜなら死とはたぶん純粋に動いているかいないかの問題かもしれないからで、 動かなくなればまたもとのいくばくかの白亜、砂、泥にかえるだけなのだろう」――(『フランドルへの道』)

 『フランドルへの道』『アカシア』などの作品で知られるノーベル文学賞作家クロード・シモン (Claude Simon)は、昨年(2005年)の7月6日に91歳の生涯を閉じた。第二次大戦で騎兵連隊に動員された経験(また捕虜となった経験(さらにまた脱出した経験))は、彼の数々の小説に色濃く反映されている。
 シモンの代表作『フランドルへの道』からワン・センテンスを引用することはとても困難だ、というのも文章の句読点はかなり省略されており、改行もされず一文が延々と続くこともしばしばで(というか頻繁で)、それを日本語に移し換えた平岡篤頼(『三枚つづきの絵』『アカシア』『路面電車』などの主要作品も平岡訳)は、おそらくその優れた翻訳によりシモン作品の魅力をさらに増したともいえるほどなのだけれどもシモンに先立つこと僅か50日ばかりの5月18日に永眠してしまった。
 『フランドルへの道』が通常の小説と大きく異なるのは句読点の省略だけではなく、語り手=主人公の人称が統一されていなかったり、描写される断片的なイメージの数々が次々と(連鎖的に、また断続的に)横滑りしたり、括弧が多用されるばかりでなく括弧の中に括弧が入れ子構造で何重にも入っていたり(そればかりでなく開かれてもいない括弧が唐突に閉じられたり(あるいはその逆に括弧が開かれっぱなしで放置されていたり))といった驚くべき作品(といってもその逸脱ぶりは単なる奇を衒った知的遊戯とは似て非なるものであるのだが)なのである。
 「生きるすべを学ぶつもりでいたが、じつは死に方を学んでいたのだった」というレオナルド・ダ・ビンチの言葉が『フランドルへの道』の最初の章の銘として掲げられているのだけれど、この作品には(またシモンの作品の総体にも)死への眼差しが感じられ(それは戦争体験を盛り込んだ作品だからというばかりでなく)、たとえば老馬が雨のなかで死にゆく忘れがたい場面――

――「毛布を一枚かけてあるので出ているのは硬直した四肢、おそろしくながい首だけでその首の先にたれている、ごつごつ骨ばった頭、面が平べったく、毛がぬれ、まくれた唇から見える長い歯が黄色いいかにも大きすぎるその顔を、もう持ちあげる力もないのだった。まだ生きているように見えるのは、巨大な、悲しげな目だけで、その目玉のきらきら光るふくらんだ表面には、彼ら自身の姿、括弧のようにゆがみ、ドアの明るい色を背景に浮きだしている彼らのシルエットが見え、それがなにかかすかに青みがかった霧か、ヴェールのようで、すでにできはじめた角膜白斑みたいに、一眼巨人を思わせるそのやさしいまなざし、非難をこめ涙を浮かべたその目をくもらせていた。」――

 ――を例にあげてみれば、いまにも死なんとする馬の眼に映る「括弧のようにゆが」んだ「彼ら自身の姿」という形容に象徴されるように、描写対象(動物や自然)には、描写する語り手=主人公の意識(それはまた作者シモンのものでもあるのだろうが)が映されているのであって、描写されるものと描写するものとがあたかも死を媒介にして融合されているかのようなのである。
 戦争というものが日常や秩序を逸脱したものであるとしても、人間の意識の底にすでに無秩序が隠されているのであってみれば、直線的な物語だけではその意識を充分に作品化しえないのは当然であって、それゆえにこそシモンはこうした特異な文体で作品を書く必要があったのだろうし、またたった一夜の人間の頭の中を描くのに邦訳で300頁の紙数を費やす必要もあったのであり (それは『失われた時を求めて』のプルーストにも通じるのであって(実際に『アカシア』のラストはまるでプルーストを反復するかのようで))、雨音と蹄の音とが交錯する最後のパラグラフが圧倒的な魅力を持っているのも、そこには語り手の意識のざわめきの音が、我々読者の意識の中にもいつの間にか浸透してしまうからなのである。
 
 ――「世界が停止し凝結しぼろぼろとこぼれ落ちはがれまるで使用不可能となった大きな空家、支離滅裂で、無頓着で、非情で、破壊的な時間というものに意のままあらされた空家みたいにだんだんと端から崩壊してゆくのだった。」――



クロード・シモン/生年1913年、没年2005年。享年91歳。
代表作『フランドルへの道』『アカシア』ほか。

はやし しげお  金沢生まれ。東京在住。
-

東西作家死亡年譜へ       



20へ