「嘘のかたまり」完全版


 病院のベッドの上を、いろんな色のかたまりが、ふわふわ浮いている。
 真っ黒なかたまりをつついてみると、しわがれた声がした。
 「いやあ、わしは知らん。すべては秘書がやったことじゃ。管理不行き届きと言われれば、
確かにわしの責任かもしれん。悪かった。しかしわしはやっとらんからな……」
 真っ赤なかたまりをつついてみる。
 「愛してるって。妻?あいつとはもうすぐ分かれる予定なんだ。ほら、この服のポケットには、
離婚届が入ってるんだ。もうすぐ二人の生活が始まるんだよ……」

 ……お父さん、これなに?
 ……嘘のかたまりさ。人はたくさんの嘘をつく。それがかたまって漂っているのさ。
 ……へえー。初めて見た。
 ……お父さんもさ。

 青いのをつつく。
 「ぼ、ぼくじゃないよ。花瓶を壊したの。シロさ。飛びついて落としちゃったんだ。
こら。だめじゃないか、シロ……」

 ……嘘って、嫌ね。人の醜い心が出るのね。
 ……嘘ってね、いつも嫌なものとは限らないんだよ。必要な嘘も、あるのさ。
 ……わかんない……。

 まっ白いのをつつく。
 「大丈夫、カナちゃんのお父さんは、無事で隣の病室にいるよ。大変な事故だったけど、
一命 はとりとめたのだから安心して、君も元気になるんだ……」

 ……え、お父さん?

 「どうしたの、カナ。だいぶ、うなされていたようだけど」
 母親が、心配そうに娘の手を握り締めた。  
 「お父さんの夢を見ていたの。ねえ、お父さん、本当に大丈夫?」
 「この子ったら、何言ってるのよ、お医者様も心配いらないって言ってらしたでしょう。
あなたが元気になる頃には、会えるってね……」
 母親はそう言って、明るく笑った。

 少女は、悲しみ色のかたまりが、ふわふわ浮かび上がるのを、じっと見つめていた。


 ※konさんの協力でさらによりより作品になりました。
  『・・・え、お父さん?』以降と、その前の「君のお父さんは無事」を「和代ちゃんのお父さんは無事」
  という所が変更点です。それによってオチがクリアになりました。感謝感謝。