第35回テーマ館「結婚/出逢い」


Happy Wedding! しのす [2000/11/3]

「結婚なんて、人生の墓場さ」と岩崎が言った。

大学時代の友達の結婚式に招待された。
友達は人生最大の晴れ舞台で輝いていた。
披露宴の後、新郎新婦をまじえて二次会が行われた。
新郎新婦を送り出してから三々五々になった。
僕は同じ大学の岩崎と二人で三次会に行くことにした。
岩崎のことは大学時代会ったことはあったが、あまりよく知らなかった。
しかし独身どうしで、そのまま帰る気にもなれなかったので、
一緒に行った。
黒縁眼鏡をかけた真面目な岩崎は、僕と同じ独身だった。
そんな岩崎の口から「人生の墓場」という言葉が飛び出した。
「そんなことないさ。あいつ、すごく幸せそうだっただろ」
僕は新郎のにやけ顔を思い出して言った。
岩崎は、フンと鼻で笑うと、水割りを空にした。
「あんなの、今だけ。すぐに不幸どん底さ。結婚してみろ、
自分の自由が束縛されるんだぞ。したいことができなくなるんだ。
一生懸命稼いだ給料を取られて、妻に尽くす、とんでもないさ」
結婚できないひがみだろうと僕は思いながらも反論した。
「でも愛しているなら、二人でいるだけで幸せでしょ」
岩崎は大きく目を見開いて信じられないというように僕を見た。
「そんなおとぎ話、信じてるのか。結婚して数日もすれば
夢からさめる。それから何十年も一緒に生活していくなんて、
とても耐えられないよ。それに、結婚したら子どもができる」
岩崎は、子どもという言葉を吐き捨てるように言った。
「子どもっていうのが、どうしようもない。世話しなければならないし、
あれこれわがまま言い放題。そして金くい虫だ。教育にかかる金、
すごいらしいな。子どものために残りの人生働き続けるのか?
いやなこった」

それから2年たったある日。
街を歩いていると大きな薔薇の花束を抱えた男が前からやってくる。
見たことある奴だと思って立ち止まると、目があった。
黒縁眼鏡ではなく、おしゃれなピンクのフレームの眼鏡をかけていたが、
間違いなく岩崎だった。服装も上から下までダークブルーで
コーディネートされたいた。2年でえらい変貌ぶりだった。
「あ、高山、だったっけ、ひさしぶり」と岩崎は明るく言った。
「浜田の結婚式で会って以来だね。しかし、それは…」
「あ、結婚記念日なんだ。ミナちゃんに、薔薇の花束を渡そうと思って」
ミナちゃんが、結婚した相手の名前だと気づくまで数秒かかった。
「え、結婚したの?」
2年前あれだけ「結婚は人生の墓場だ」と言い切っていたのに。
あきれ果てている僕に気づかず、岩崎はにやけた顔で続けた。
「そう。結婚っていいよ。毎日が楽しくて。もう幸せいっぱいさ」
「いつ結婚したの?」
「いやあ、一年前にね。紹介されて会ったんだけど、運命ってあるんだね。
彼女と出会った瞬間、松田聖子じゃないけど、ビビビときた。
彼女と出会うために僕は生まれた来たんだと思ったよ」
はぁ?僕は呆然とした。なんだ、このトロトロぶりは…
「君、結婚は?」僕は首を振る。「おい、早くいい人みつけろよ。
結婚っていいぞ。結婚してこそ初めてきちんとした人間になれたような気が
するんだ。結婚しなきゃ、半人前ってことだ。それに早く気づかないとな」
そこまで言うか。僕は呆然とした。
「あ、ミナちゃんが、待ってる。じゃあ、またな」
岩崎は相変わらずデレデレした顔のまま、薔薇の花束をかかえた手を軽くあげた。

それから2年後、街でまた岩崎に会った。
岩崎は、ベビーカーをうれしそうに押していた。
目があうと、「高山、ひさしぶり」と岩崎はデレデレした顔で言った。
「子ども、生まれたんだ」
「そ。かわいいんだ、この子」岩崎はしゃがみ込んでベビーカーをのぞきこんだ。
「あ、オネムだね。やっぱ、娘はかわいいよ。ママそっくりなんだ。美人なんだよ。
見てくれ」
僕もベビーカーをのぞき込んだ。赤ん坊は眠り込んでいた。顔は、とても美人かどうか
判断できる状態ではなかった。しかし岩崎は、赤ん坊のほっぺを押して、
「かっわいいだろ」と言った。
「いやあ、子どもは天使ってよく言ったよ。寝顔や笑顔を見ると、疲れも嫌なことも
すべて忘れられる。幸せいっぱいだよ」
本当に幸せそうだった。
僕はヘロヘロ岩崎と別れた。

結婚して骨抜きになってヘロヘロの岩崎を見て
結婚っていいものなのかもしれない、と僕は思った。
少なくとも結婚は「人生の墓場」ではないだろう。
「骨ぬき」では、墓場にならないから。

Happy Wedding!