BEFORE

M中の事件簿1


「銀紙チェック」   江羅利久允

 やあ、みんな。僕はトキオ。M中の3年生だ。
 自分で言うのも何だけど、二枚目でスポーツマン、頭も良くて歌もうまい。
僕が廊下を歩けば、みんなうっとりと僕を見る。いやあ、天は僕に二物も三物
も与えちゃって、もう、なんて不公平なんだろ。部活はバスケ、クラスはE組。

 僕らの3年E組の担任は、M中のアイドルこと、福井先生。M中の中では若
手で、例えるならば鈴木杏樹のような口の大きめの美人と言おうか。なーんて、
ちょっとほめすぎちゃったかな。でも男子生徒の密かな人気者となっている。
 しかし。この人は、怒らせたら、非常に怖い。この人が怒ったらもうひたす
ら頭を下げるしかない。今年からなぜか野球部の顧問となった福井先生だが、
毎日日が暮れるまでバットを持ってグラウンドでがなっている姿はまさにRP
Gの女戦士の世界だ。
 しかし、がんばって勝利して欲しいとみんな祈っている。僕も応援してます
よ、先生。教科は、美術で、付け加えるならば、花の独身。

 事件簿というからには、何か事件が起こるのではと思っている君は、鋭い。
で、事件は、春季大会が近い掃除の時間に起こったんだ。
 福井先生が、教室に掃除の監督で来た時、彼女はみつけてはいけないものを
みつけてしまったんだなぁ、これが。床に光る物をみつけて拾い上げて、「な
んだぁ、これはぁ?」と福井先生はすっとんきょうな声を上げた。
 「先生、チョコレートの銀紙じゃぁないんですか」と僕。
 「ちょっとぉ、これ、誰よ?」福井先生の目が怒りで釣り上がっている。
 ちょっと、これじゃ、美女だいなしですよ、などと言っている場合ではない
な、この場合……。
 福井先生は銀紙を握りしめたまま、クラスで掃除をしていたみんなをにらみ
まわした。みんなごくっとつばを飲み込む。
 僕はすかさず「先生、僕じゃあ、ないですよ」
 黒縁眼鏡の大坂君は、前からちょっと変わってると思ってたけど、先生の所
に近づくと、クシャクシャの銀紙を取り上げた。それをどうするのかと思えば、
広げて、匂いをかいたんだ。で「先生、これ、グリコのアーモンドチョコです」
とのたまわった
 福井先生は、一瞬あっけに取られたが大坂君から銀紙をとりかえすと「馬鹿
ね。そんなの判るはずないじゃない」と、大坂君の背中をポカリとたたいた。
 ほんとに、馬鹿なやつ。しかし、まずい。終礼が長引くことは必至だ……。
部、部活が…エースの僕がいないと部は始まらない……。

 「持ってきた奴、早く吐いちまえよ」と僕は無責任にも言う。どうせ犯人は
出てこないと思うけど、終礼がもう30分も延長されている。チョコなんて、
学校に持ってくるなんて、ひじょーしきだ。学校で食べるなんて、許されない
ことだ。
 「でも先生」と本好きの長野さんが、か細い声で言う。
「チョコレートを教室で食べている人なんていませんでしたよ。私、ずっと教
室にいたんですから、絶対です」
 その通り。僕も食べている奴は見なかった。
 今度は、副会長の徳島さんが、はっきりした声で
 「チョコレートの甘い匂いもしませんでしたよ」と言った。
 福井先生、彼女たちは、嘘はついていません。かんべんしてよ。
 真面目の代表の二人の言葉で、福井先生の視線が少し和らいだ。これで何度
目か、クラスのみんなをにらみまわすと、ふっと息を吐いた。これがまた色っ
ぽいんだなぁ
 「しかたないわね。でも、他のクラスの人がこの教室に出入りすることはな
いんだから、きっとこの中の誰かが落としたにちがいないのよ。その人に少し
でも良心があれば後で正直に言いにきなさいよ」
 そう、もし落とした人がいたら正直に言うのが社会のルールというか、なん
というか…。
 結局次の日の朝礼で福井先生は犯人が現われないことをなげくことになった。
 それで終われば良かったんだけど、春季大会も前日に迫り、さらに新たな事
件が起ったのだよ、君達。

 春季大会前日。放課後は猛練習で宿題が出来ないので、朝早く学校に来た。
僕は何でも1番なんだけど、今日みたいに1番乗りで教室に入るのも気持ちが
いい。前から2番め、廊下側の自分の席について宿題を始める。
 その時、「おはよう」と突然、福井先生が入って来た。おっと、いきなりか
よ〜。
僕はあわてて、隠す。
 「あっ、せんせー、お、おはようございます。今日はお早いですね。驚いち
ゃいましたよ〜」
 「おや、何か動揺してるんじゃない?」
 「そんな、からす〜なぜなくの、って?」
 「それは童謡ね。まさかあなた、なにか悪いことをしていたとか?」
 「そんな〜、僕に限ってそんなことないに決まってるじゃないですか、やだ
なぁ」
 「家でやる宿題を学校でやってるとか?」
 「まっ、まさかぁ」
 「えっと、大阪君が来たら、先生の所まで来るように言ってね」
 「は、はい」
 福井先生が職員室へ戻ろうとした、その時。彼女は僕の椅子の横に落ちてい
た物を見つけて、拾いあげた。まっ、まずい。
 それは、あめの紙包みだった。

 「これ、あめの包みじゃないの」福井先生の顔がまるで大魔神のように変わ
った、などと冗談を言っている場合ではない。僕をにらみつけている。
「昨日の放課後教室を見た時、この包みは落ちていなかったわ。今日の朝君が
一番早かった。ということは、これは、君が落としのね」
 なかなかの名推理だ。拍手してあげたいね。福井先生の推理は続く。
「掃除の時拾った銀紙を見て、君は真っ先にあれがチョコレートの銀紙だとわ
かったわね。あんなくしゃくしゃなのを見てすぐに、チョコレートなんてわか
るはずがない。つまり君は前から知っていたんだ。そして、大阪君。匂いをか
いでアーモンドチョコだと当てたけど、あれもおかしい。あの銀紙は、大阪君
がもってきた物だったんじゃないの?君は大阪君が食べるのを見ていたから、
ひょっとしたら一緒に食べたのかもしれないけど、見た瞬間すぐにチョコレー
トだと思ってしまったのね。そしてあの2人の女の子の証言。私は完全にだま
されたけど、あれも嘘だったのね。もしかしたら、クラス中のみんながグルで、
みんながお菓子を持ってきては、食べていたんじゃないの?そうだとしたら、
とんでもない話だわ!許せない!」
 う〜む、クラス全員が犯人、という推理は、なかなか意外なんじゃないの?
 みんな、驚いたかい?

 まったく僕は、困ってしまいましたよ。福井探偵の推理は、かなり強烈だっ
たからね。どうしたらいいか、しばらく考え込んでしまっちゃった。う〜〜〜
〜〜む。
 福井先生は、だまりこくっているそんな僕を見て、「正直に言っちゃいなさ
い。君達、みんなでそんなことをしていたの?」
 僕は、心を決めた。「先生、僕らを信じる気持ちがほんの少しでもあるなら
ば、朝礼の時まで答えを待ってくれませんか?朝礼の時に、みんなで話します
から」
 福井先生は、じっと僕を見つめた。僕も、目をそらさずに、福井先生を見つ
めた。
 そして思った。やっぱ、美人やなぁ、と。やがて彼女は目をそらすと、うな
ずいた。
 「わかったわ。朝礼の時にね」

 朝礼時。福井先生が、こわばった顔で教室に入って来た。いよいよ大団円だ
から、こころなしか緊張感が漂っている。
 僕は会長なので、て前に言い忘れてたけど、僕って人気ナンバーワンだから
会長もしてるの。えらいでしょ。で会長だから、号令をかける。
 「起立、礼」「おはようございま〜す」
 「おはよう。みんな今日も元気そうね。先生は、残念なんだけど……」
 「せんせー」僕は、すかさず立ち上がる。「僕たちは、チョコレートやあめ
の包みを持ってきていました。授業と関係ない物だから、持ってきて悪かった
と思います」
 福井先生は、一瞬絶句してから、「で、みんなで食べてたの?」
 「まさか。包みは食べられないでしょ?」 
 「???」福井先生は合点がいかないという顔をしている。そりゃ、そうで
しょ。
 「いいですか、僕らはお菓子の包みは持ってきたけど、中身は持ってきてな
いんです。神かけてほんとです」
 「え?なんで?」
 「これ、先生のために」副会長の徳島さんが立ち上がった。彼女の両手には、
山盛りいっぱいの色とりどりの物があった。「みんなで優勝を願って。福井監
督の」
それは、お菓子の紙や、色紙や、公告の紙などいろんな紙で作られた千羽鶴だ
った。
 そう、僕らは、今年から女だてら、と言ってはチョイ差別になるかもしれな
いけど、野球部の顧問になった福井先生の勝利を願って、千羽鶴を作ってきた
んだ。紙は、家にある物を持ってきて、千羽だから一人25羽ほど作ることに
したんだ。色紙だけでなく、チョコの銀紙を使う奴や、あめの包みを使う奴や、
新聞公告を使う奴がいた。

 ところが、大阪がどじって、チョコの銀紙を落としてしまった。僕も、今朝
その鶴を作る宿題をしていて、あめの包みを落としてしまった。長野さんの
「だれも食べていない」という証言も、徳島さんの「匂いがしない」と言う証
言も、僕が前に断言したとおり、嘘ではなかった。そしてこれは春季大会前日
までのみんなの秘密にしたのだから、誰も自分が落としたとか言うはずがなか
ったのだ。
 僕は、全てにおいて、公正に、嘘いつわりなく、伏線をはりめぐらしてこの
話を書いて来た。もう一度最初から読み直してもらえば、それがわかるだろう。
これが銀紙のチェックから始まった、E組の事件の真相だったのだ。お疲れ様。

 福井先生の目が、ウルウルしている。「み、みんな……」
 みんなも目がうるんでいる、にちがいない。しかし、確かなことはわからな
い。なぜなら僕も目の前がぼやけてたから。
 「みんな、ありがと。がんばるからね。疑ったりして、ごめん」

 春季大会が終わった。僕らのバスケ部は、「エアー冗談」こと、僕の大活躍
で優勝した。まっ、当然の結果だけどね。
 福井先生の野球部は、初戦敗退だった。でも福井先生は、県体めざして毎日
鬼のように野球部を特訓している。
 そして彼女のワゴンには、僕らの千羽鶴がゆれている。
 県体こそは、がんばってね、福井先生。
                       [The End]