BEFORE

M中の事件簿2


「謎のリクエスト」    江羅利久允

  担任のいない日は、いつもと少し違う。何が違うかって?それはちょっと説明できないけど、
なんか解放感があるというか、なんというか……別に担任を嫌っているとか、そんなんじゃなく
て…福井先生が見たらまずいから、いちお、そう書いとこう。

 やあ、みんな。僕はトキオ。M中学校3年E組の、自分で言うのも何だけど、人気者だ。なん
たってハンサム、スポーツ万能、天才、プロ並の歌唱力、バスケもジョーダンの生まれ代わりじ
ゃナイ?(冗談じゃないヨ、ジョーダンは死んでない)と言われるほどの腕前。なんか、自慢し
ているみたいだけど、まっ、事実だからしょうがない。

 で、話を戻して、我らが担任、M中のアイドル、福井先生は今日急に学校を休んでしまった。
代わりに朝礼に来た副担任の熊本先生が言っていたけど、熱があるということらしい。
 「せんせー、当たり前で〜す、熱がなかったら死んでるよ」とつまらないことを言うやつがい
た。もちろん僕ではないよ。ほんとに。信じて、ねっ。
 熊本先生は、にこりともせずに熱が39度もあるらしいと教えてくれた。39度もあると、頭
がおかしくなるのではと、みんないちお、心配する所がえらい。治って学校に出てきて、いきな
り踊りだしたりしたら、楽しいかもしれないけど……。
 4限の国語の時間に、ちょっと面白いことがあった。国語は、岩手先生だ。眼鏡をかけてやせ
ているので、ひそかに「カトンボ」と呼ばれているが、1年の所属で、3年に教えにきている。
M中では若く、独身である。この「カトンボ」が、福井先生を好きだという噂があるんだなぁ、
これが。ちょっと鏡と相談した方がいいような気がするけど、誰が誰を好きになろうと、まっ、
それは自由だから、許してやろう。
 で、「せんせー、福井せんせー、熱39度もあるんですよ。見舞いに行ったら?」
と、大橋が、からかうように言った。大橋可奈は、ショートカットの可愛い子だ。
 でも、こいつが、また、おしゃべりな奴で、こいつの耳に何か入ると、1限後には3年中に話
が伝わっている。というより学校中かな?とにかく将来は芸能レポーターになればいいような気
がする。
 大橋の一言は、クリティカルヒットだったようだ。「カトンボ」は、福井先生が休んだことを
知らなかったようで、マジに動揺して、チョークを折ってしまった。で教室中大爆笑。
 「やっぱ、せんせー、福井せんせーのこと、好きなんでしょ」また爆笑。
もー、しっかりしてほしいね、ガキにからかわれちゃしょうがない。

 最初に書いたように、担任がいなくて少し感じる解放感。それがはっきりと現れるのが、昼食
時。いつもは担任の先生が来て、前で食べているので、みんなおしとやかに食べてる。唯一の救
いは、放送部による「昼の放送」。みんなのリクエストをとって、いろんな歌を流してくれる。
僕なんかいつも歌いながら、食べている。福井先生は、イントロを聞くと、すぐにこれは誰々の
歌と当てる。若いと自称するだけあって、さすがによく知ってる。イントロ当てクイズに出れば、
優勝かもしれないね。

 だけど、先生が来ないとなると、もう遠足の気分だ。ひそかに席を代わって好きな者で集まっ
て、しゃべりながら食べちゃう。食べるよりもしゃべる方に熱中してしまう。そしてBGMとし
て「昼の放送」が、楽しい雰囲気を盛り上げてくれる。
 しかし、今日はちょっと違ってた。教室は、おしゃべりと笑い声と昼食を食べる音で一杯だっ
たが、ふとバスケ部員である長野がつぶやいた。
 「トキオ、今日は、放送、ないみたいだな」
 ほんとに。おしゃべりと食べるので熱中していて気付かなかったけど、そう言われれば今日の
スピーカーは、うんともすんとも言わない。もちろんアハンともウッフンとも言わない。
 「放送部が、機械の操作をミスったんじゃないの?」僕は、牛乳を飲みほしながら言った。
 「でもそんなこと、めったにないのに。なんせ、放送部は、機械オタクばっかいるからな。そ
んなドジふまないよ」と、野球部の自称ホープ、鳥取が言った。
 「人間誰しもあやまちはあるさ」と変に真面目ぶって、バレー部の大分が言う。
 「確かに、お前のお母さんは、お前を産むというあやまちをおかしたな」と長野。
 「ほっといてちょーだい」
 僕らは放送のことは忘れて、おしゃべりとおしょくじに熱中した。

 昼休みに体育館で一汗流した僕らは、休み時間の終了を教えるチャイムとともに教室に向かった。
その途中で、放送部の宮城と会った。宮城は、面白くなさそうな顔をしていた。
 「おい、宮城」僕は、たずねた。「今日「昼の放送」、どうしたんだ?」
 「ああ、あれね。あいつ、わがままなんだから、もう。実は−」
 「おい、宮城。ちょっと−」放送室から、誰かが呼んでいる。
 「なーに?」宮城は、手で合図して、放送室に入っていった。
 僕は、何か胸につかえる物を感じながら、教室に向かった。その後僕は、宮城との会話を忘れた。
なんたって中学生は忙しいんだから……。

 次の日、福井先生は、少しけだるい雰囲気をただよわせながらも、学校に出てきた。
 「ごめんね、休んじゃって」福井先生の第一声は、まだ少しかすれ声で、う〜ん、セクシー。
「みんな、受験生なんだから、風邪には気を付けてね」
 「は〜い」みんな、元気に答える。「せんせーも、気を付けてくださーい」
 「みんないい子にしてた?」
 「は〜い」
 「しっかり勉強したわね?」
 「は〜い」病気だった担任をいたわって、みんなまるで小学生みたいに、すごい素直である。まっ、
いつまで続くかわからないが……。

 昼食時は、またおしとやかに食べる。今日は、「昼の放送」も入っている。1曲目が「It′s 
only love」、2曲目が「Holiday」、3曲目が「キスなら後にして」で、まあま
あ新しめの歌ばかり。福井先生は、さすがに次から次へとイントロで歌と歌手を当てている。僕は、
どれも、CDで練習済みだから、今日も食べながら歌う。近くの席には聞こえるから、僕の歌を聞
いて、隣の千葉さんは、うっとりと僕をみつめている。反対隣の岐阜さんも、聞き惚れている。そ
の隣の富山もうっとりと、おい、富山、お前、男だろ、やめてくれ、僕は、そういう趣味ないんで
すよ、ほんとに。

 4曲目が流れ出して、教室内は、一瞬時間が止まった。凍りついたように。
 「息子よ、お前が死に……」
 大爆笑が起こり、その後みんな口々に言う。
 「なに、この歌?」「なになに?」
 「杉田二郎ね」と福井先生。「懐かしい歌だけど、みんな知らないわよね」
 「知りませーん」と合唱。
 「先生が、高校か、大学の頃の歌だわね」
 「というと、戦時中?」と長野がぼけた。
 「馬鹿ね、明治時代よ」茨城さんが突っ込む。
 「まあまあ。これ「息子よ」とかいう歌だったかしら?どっかアジアの国の歌で、 日本で何人か
が競作で歌ったのよ。これは杉田二郎のバージョンよ」さすが、我々より人生長く生きてるだけあっ
て、よく知ってる。
 しかし。なんで稲垣純一の後で、こんな大昔の歌なんだろ?将来の歌手と言われる僕も、さすがに
知らない。なんでこんな歌なんだろ?みんな口々に、暗い歌、とか、誰のリクエストなんだ、全く、
とか言っている。
 「せんせー、この歌に何か思い出でもあるんですか?」大橋の目が輝いている。
 「ないわ。悲しい良い歌だと思うけれどね」残念でした、リポーターさん。
 やっと終わった。と思ったら、今度は急に「Rambling Rose」。ギンギンのロックで、
ギャップが大きくて、なんか頭が痛くなってきた。でもこの歌なら歌える。テレビドラマ「ワイドシ
ョー」の主題歌として使われていた。
 昨日に続いて、「昼の放送」は、みんなの話題となった。これが放送部の「昼の放送」に注目を集
めようとする作戦だったとしたら、見事大成功と言えよう。

 「吉川晃司だろ、稲垣純一だろ、福山まさ、まさ、なんだっけ?」僕は、歌手の名前を紙に書きな
がら聞いた。昼休みに、長野と「昼の放送」のことを話していた。
 「福山雅治。ちーにいちゃんだろ」と長野。こりゃまた懐かしい響き。
 「懐かしいこと言うね。で、「Holiday」が、classだろ?この4曲はいいんだよ。新
しい歌だからな」と言いながら、僕の灰色の頭脳が回転し始めた。
 「で、「息子よ」というのは、超古い。杉田二郎だっけ?福井先生が言ってたけど、僕はてっきり
杉田玄白かと思ったよ」と長野。
「いったいどういうリクエストなんだろね。全くおかしいね」
 「昨日の昼の放送中止といい、今日のリクエスト曲といい、全くおかしいな」と僕は頭をかしげた。
二枚目俳優のように。
 「放送部に乗り込んでいって、聞いてこようよ」と長野が短絡的に言った。
 「うん、それがいいけど……」と、その時、落書きを見ていた、天才の僕の頭にキーンと閃くもの
があった。「もしかして……あっ、そうか!」
 「えっ?トキオ、なんかわかったのか?」
 「もっちろん。僕を誰だと思ってるの?超天才、トキオだよ、ワトスン君」
 「はぁ?だれがワトスンなんだ?」と長野。
 「事件は、解決した。さあ、出かけよう」
 「事件って、何言ってんだよ?」と長野は、あきれた顔だ。
 「まあ、ついてきたまえ、ワトスン君」僕は、立ち上がった。

 放送室。宮城がしぶい顔をしている。
 「今日の昼の放送の評判が悪くて。でも 俺のせいじゃないんだよ」
 「あのリクエストなんだけど」僕は右手のひとさし指を振りながら言う。
「あれは、「カトンボ」のリクエストなんだろ?」
 宮城は目をパチクリさせる。「なんでわかったんだ?」
 「で、今日のリクエストは、ほんとは昨日の昼、かけるはずだったのに、「カトンボ」に言われて、
昨日は中止した。そんでもって、昨日の「昼の放送」は何も流れなかった。急に延期を言われたんだ
ね?」僕ってなんて天才なんだろ?
 「ああ、「昼の放送」の始まる直前だぜ。いきなり延期しろって言っても、かわりのテープなんて
用意してないよ。本当にわがままな奴なんだから」
昨日、宮城が「あいつ、わがままなんだから」と言っていたのは、「カトンボ」すなわち、岩手先生
のことをさしていたんだ。気が付いたかね、諸君?えへん。
 「しかし、何故わかったんだ?」
 「純粋な観察と推理の結果だよ」僕は、得意げに言い放った。決まったぜ!

 職員室。
 「岩手先生。ちょっとお話が」僕は、ワトスン役の長野と一緒に近づいていく。
 「なんだ?」
 ちょうどまわりには他に先生方はいない。「例のリクエストのことでお話が」
 「ど、どうかしたか?」ちょっと動揺しているようですね、先生。
 「先生は、今日、自分のリクエストをかけさせましたね」
 「ああ、そのことか」「カトンボ」は、TV俳優のように頭をかきながら言う。
 「いゃあ、教師の特権で無理にかけさせたんだが、どうだった?良い歌ばかりだったろ?」
 「昨日同じリクエストをかけさせるはずだったのに、中止させたそうですね」
 「あっ、まあ、な」さらに動揺。嘘発見器なら、大きく揺れるだろ。
 「なぜか?」僕はじっと「カトンボ」を見つめる。男をみつめてもしかたないけど
「僕の推理をお聞かせしましょう。先生はあれを、福井先生に聞かせたかったんでしょ。でも、福井
先生が昨日休んでしまったから中止させたんですね。先生は4限目にうちのクラスに来て、初めて福
井先生が休んでいることを知った。そこで慌てて放送部にリクエストを中止させた。だから直前の中
止要請となってしまった。おかげで、放送部は代わりの歌がなくて、昼の放送に穴をあけてしまった
んですよ」
 「そうか。「カトン……」いや、岩手先生は、福井先生に「息子よ」を聞かせたかったのか」と長
野は言った。

 「そうじゃないんだ」僕は、少し顔を赤らめている「カトンボ」を見ながら続けた。
「1曲だけ聞かせたかったんじゃないんだ。5曲合わせてメッセージとして、福井先生に聞かせたか
ったんだ」
 「5曲の歌に、何か秘密があったのか?」
 「歌の方じゃないんだ。歌手の方に秘密があったんだ。しかも福井先生に聞かせたいメッセージが
隠されていたんだ。歌手をおぼえてるか?」
 「吉川晃司、稲垣純一、class、福山雅治、そして杉田玄白?」
 「杉田二郎。その名前を流された順番に並べて、最初の文字をつなげると?」

 「ふ、く、い、す、き。福井好きか。」長野の目が輝く。
 「なんで杉田二郎なのか、悩んだんだけど、せんせーは多分「す」で始まる最近の歌手の名前が思
い浮かばなかったんでしょう。だからメッセージは完成したけれど、5曲並べて聞くと、奇妙なリク
エストになってしまいましたね。愛の告白としては、なかなかロマンチックで大胆なやり方ですね」
 なんせ全校生徒の前で、愛を告白することになるんだからね。
「福井先生は、とても歌にくわしいからこんな形をとったんですね。このメッセージに気づいたら、
放送部に誰のリクエストか聞きにいくだろうから、そこで告白者の名前がわかるという仕組みですね。
でも福井先生が気づくかどうかは疑問だけど」
 「はっはっは」岩手先生は笑った。「まっ、気づかなければ、それはそれでいいんだ。ただこんな
形で告白してみようと思っただけさ。しかしさすがだな、トキオ君。素晴らしい推理だよ」
 「岩手先生。よけいなお世話だと思いますが、もっとはっきりした形でアタックすべきだと思いま
すよ」
 岩手先生は不機嫌そうなふりをする。「本当、よけいなお世話だな」

 その後、岩手先生が福井先生に告白したかどうか、僕は知らない。二人の仲が今までと変わったと
いう様子も見られない。
 でもあの「謎のリクエスト事件」の後、僕は岩手先生を「カトンボ」と呼ぶのをやめてしまった。

                       [The End]