BEFORE

M中の事件簿3


「偽の銅貨」    江羅利久允

 「10円玉って、銅貨だっけ?」と福岡。
 「どうかなぁ?」と僕……。
 と、しょうもないしゃれで始まってしまったけど、これが「偽の銅貨」事件の始まりだった。

 僕は、トキオ。M中学校の3年生。もう繰り返すまでもないと思うけど、容姿端麗、頭脳明晰、トキ
オとは「トってもキになるオとこのこ」だとみんなに(とくに女子のみなさんに)言われている。部活
はバスケで、将来はNBAプレイヤーになったらどうだと、よく言われる。もうー、マイッチング、ま
ちこせんせー、って古いぜ。

 福岡は、そんな僕に対抗意識を持っているらしい。事あるごとに、僕と競い合おうとするんだ。テス
トの成績、部活の成績(彼もバスケ部員なんだ)、バレンタインデーのチョコの数から、昼食時の牛乳
の早飲みまで、しつこく挑戦してくる。
 しかし、まだまだ青いぜ。かわいそうだけど、いつも僕には勝てない。僕に勝とうなんて、10年早
いんだよ〜。

 「銅貨?どうかなぁ?」と僕は駄目押しした。
 福岡は、フンと鼻で笑った。「トキオ君、おもしろ〜い。座布団、3枚」
 「サンクス。で、銅貨がどうかしたのか?」えっ、しつこいって?関西のギャグはこてこてなんやで
〜。て、だれが、関西人やねん。
 さすがに福岡もあきれたという顔をしたが、話を続ける。「偽造硬貨を造るのって、儲かると思うか?」
 「なに、福岡、偽造硬貨を造ろうっての?やめたほうがいいよ。硬貨を偽造するのは、たいへん手間
と金がかかる割に儲からないから」偽造硬貨を造るための機械を作るための金と時間を考えたら、まっ
たく割りに合わないことだと、テレビドラマでよくやってる。
 「そうだよな。しかも10円玉を偽造するとなると、大損だろうな」福岡は考え込んでしまった。
 「ふむ、しかし、10円玉の偽物っていがいといいかも。10円玉なら少しぐらいねじれてたり、色
が変わっててもみんな気にせず使うからね。ほらよく緑っぽい10円とかない?」10円玉を万力には
さんで、曲げるやつもいるしね。
 「ああ、あるね。そうか。じゃあ、10円の偽造硬貨は、へたに偽札よりも浸透しすいかな?」
 「よく港の近くでロシア人が偽札を使ったって、ニュースになってるね。」
 船でやってきたロシア人が自転車を盗んでいくとか、偽札を使うとか、最近新聞を賑わしている。う
ちの学校は港に近いから、少しこわいような気がする。
 「港がどうしたって?」三平が、僕たちの話を小耳にはさんで話しかけてきた。丸顔でいつもにこに
こしている彼を、みんな三平と呼んでいるが、本当の名前は隆。なぜ三平て呼ばれるか知りたい?どー
しょっかな?まっ、いいか。教えてあげよう。隆は釣りが好きなんだ。だから「釣りきち三平」からあ
だ名がついたんだ。海とか、港とか、タコとか聞くと、すぐ反応する。「この前の日曜も港に釣りにい
ったけど、なかなか釣れなくてね」
 「それは残念でした。また、今度」と冷たくあしらいながら、福岡は僕を窓際にひっぱっていく。
「これは秘密の話で、他の奴には聞かれたくないんだ」
 「で、さっきの話の続きだけど、1万円の偽物ならみんな怒るけど、10円の偽物なら誰も気にしな
いんじゃないの?」
 「ふむふむ」
 「で、一体どうしたの?この長くつまらない話の、結末は何なの?」貴重な僕の休みを奪ってしまっ
て。することは、山ほどあったのに。
 「実は−−」
 ここでチャイムがなった。さあ、ベル着、ベル着。

 授業は国語だった。太った丸顔の白山先生だった。白山先生は、授業中よく脱線するけど、それが推
理小説の話で、はっきり言って、面白くない(と断定してしまっては、これが白山先生の目にとまると
まずいので)こともないこともないこともないこともないことも……。
 「今年は江戸川乱歩の生誕100年です。皆さんも、少年探偵団シリーズを読んだことがあるでしょ
う」僕は、ひそかに全巻持っている。いゃあ、財閥だからね。
「図書室に入っているので、まだ読んだことのない人は読んでみましょう。最近皆さんは、本を読まず
にテレビとかゲームとか漫画とかばかりだからね、せめて乱歩でも読んでみたらいいですよ」まったく、
そのとおりだよ、これを読んでる、君。

 で、休み時間。福岡とさっきの話の続きをする。
 「で、福岡、いったい何の話なんだ?」福岡の話で頭の中がいっぱいで、国語の授業はまったく頭に
入らなかったが、入らなくてももともと僕は天才だからいいけど。
 「白山先生は、推理マニアだよな」福岡は白山が出ていったドアを見たままだ。
 「そうだよ。でも、偽金の話とどんな関係があるんだ?」
 「実は、」福岡は、声を一層小さくして囁いた。
「白山先生が、どうやら偽金を作っているらしいんだ」

 「なにいぃぃぃ?」
 「昨日事務室に用事があって行った時に、聞いてしまったんだ。白山先生が、事務の人に、偽の金が
どうとか話していたんだ。俺が入っていくと話をやめたんだけど。ちょっと変な感じだったな」
 「偽の金の話ねぇ」
 「銅貨のこと話してたんだ。まあ、単に話だけだったから、大騒ぎすることもないだろうけど。でも
あの先生ならやりそうだから……」
 「なんだ、たったそれだけのことなの?考えすぎだよ」
 そしてチャイムがなった。偽の銅貨の話は、それっきりになったが、実はそれが始まりだったのだ。

 翌朝。生徒会主催の募金に、太っ腹な所を見せてから僕は福岡を見つけた。
 「福岡」僕は福岡におはようを言うよりも先に、話しかけた。
「これを見てくれ」僕は紙を渡した。
 「なんだ、こりゃ?」
 僕が福岡に見せたのは、こういうことが書いてある紙だった。
  D@]DZ9zT84ろHD@Q@FHXY
 「昨日話を聞いた後で、事務室に行ってみたんだ。そしたら事務の人が、この紙を落としたんだ。
なんか怪しげだろ?暗号かもしれない」
 「もしかしたら、偽金の司令かもしれないな」

 1限目は技術だった。コンピュータ教室でコンピュータを使って、自分の住所案内を自由に作る授業
で、みんなすっごく楽しんでいる。僕も、豪邸の案内を作っていた。その時、福岡がでっかい声をあげ
た。
 「うおぉぉぉ」
 コンピュータ教室のざわめきが一瞬静まり返り、みんな福岡を振り返った。技術の佐賀先生も驚いて
いる。「ふ、福岡、どうかしたか?」
 「い、いえ。ちょっと思い出したことがあって」
 「大丈夫か?発作でも起きたかと思ったよ」佐賀先生がほっとすると、他の生徒たちも笑ったり、話
したりしだす。
 僕は福岡の方を見た。福岡は、僕と目が合うと、にやりとした。

 1限の終わりを告げるチャイムがなると、福岡は僕の方に駆け寄ってきた。男に駆け寄ってこられて
も、うれしくないものだけど、今はうれしかった。福岡はあの暗号を解いたにちがいない。
 「トキオ君、あの暗号が解けたんだ」
 「えっ?解けたのか?」僕は不愉快そうに言った。
 「これは超簡単な暗号だったんだ。君に解けないものが、俺に解けてしまって申し訳ないなあ」福岡
は、得意満面だった。
「まっ、俺の方が優秀だという証拠になんだけど」それは言い過ぎだよ、福岡君。
 「そんな、もったいぶらずに、早く教えてくれよ」
 「知りたい?」
 「知りたい」
 「じゃあ、しゃーねーなあ」福岡はもう天狗状態で、暗号の紙を取り出し、解説を始める。
「この暗号は、わけわからないようだけど、本当に単純なものだったんだ。しかし教えるのは、今日の
夕方まで待ってくれ」
 「夕方まで?なんで?」
 「今日、4日の夕方6時が勝負なんだよ」

 夕方6時。部活を二人で抜け出す。鬼コーチの沖縄先生は、今日は出張だった。でなけりゃ、命に関
わるからね、さぼるのは。
 「どこ行くんだ?」福岡に引っ張られながら僕はきいた。
 福岡は、得意げな笑みを浮かべて、
 「じ・む・し・つさ」と言う。
 「なぜ?事務のお姉ちゃんに会いにか?」事務のお姉さんは20才の美人だった。彼氏はいないとの
噂。
 「例の偽金の件だよ。あの暗号が解けたんだ、君には難しかったとは思うんだけど……」とえらそう
に言う。
「あの文字は意味がないように見えるけれど、キーボードに対応していたのさ。かな入力であの文字を
打ち込むと」と福岡は技術の時間に打った紙を見せた。   
「『じむしつよっかゆうろくじだはくさん』
となる。つまり『事務室、4日6時だ 白山』ということだ。ということは、今から事務室で偽金の受
け渡しが行われるんだ」
 こいつは、なかなかの名推理。拍手してあげたいものだ。
 2階の事務室につく。白山先生がちょうど入っていくところだった。
 ドアが閉まる。ドアに近づき、そっとドアを開ける。白山先生の後ろ姿。手には袋を持っている。
 「先生」と福岡が声をかける。白山先生は、びくっとしたようだった。
 「なんだ、福岡君か。何のようだ」
 「教師は給料が少ないんでしょうが、そんなことするなんてみそこないましたよ」
 「なんのことだ?」
 「その袋の中の10円玉のことです」
 「生徒会の募金のことか?」
 「偽物なんですよね」

 「はぁ?」白山先生は、今にも目が飛び出しそうだった。
 「見せてください」と福岡は、無理やり白山先生の持っている袋を奪った。ところが運の悪いことに、
袋が破れ、中の募金は、事務室中に飛び散った。それは当然10円玉だけではなく、1円玉も50円玉
も、いろんな硬貨が交ざっていた。
 白山先生も福岡も、慌てて硬貨を拾い集める。もちろん僕も。
 福岡は一生懸命10円玉を拾い集めると、じっくりと調べている。しかしどうやら偽物か本物か区別
がつきかねているようだ。
 「馬鹿野郎が」とぶつぶつ言いながら、白山先生は硬貨を拾い終えた。
「何のつもりか知らんが、わけのわからんことしおって」
 そして呆然としている福岡の頭を、ぽかりと殴った。そして僕の頭も殴りそうになった。
 「体罰反対!」と声をあげる。しかしやはり殴られた。

 「あれは偽金だったんだろうな」福岡が学校の帰り道に言う。
「俺には見分けがつかなかったけれど」
 「ぷ、ふぁふあああ」僕は遂に我慢できなくて、吹き出してしまった。
 「どうした?」福岡がきくけど、福岡の顔が歪んで見える。笑いすぎて涙が出てる。当惑しているで
あろう福岡を残して、僕はその場にしゃがみこんで、爆笑した。

 数分後。
 俺はやっと普通に話せるようになった。さすがに福岡は変な顔をしている。
 「例の暗号、おぼえてるか?」
 「ああ。持ってる」そして福岡は紙を取り出した。
  『じむしつよっかゆうろくじだはくさん』
 福岡はたぶんこの紙を、大切に取っておいたのだろう。僕はまた笑い出したくなる衝動を必死で抑え
た。
 「これを4字飛ばしで読んでみろよ」
 福岡は不審そうな顔をしたが、僕に言われた通りに読む。
 「じようだん」福岡の顔色が変わる。「えっ、冗談?」
 「たまたまそうなったんだと思うか?冗談じゃない」
 「…………」
 「これはいたずらさ。お前が事務室で聞いた偽の銅貨って話は、聞き間違いなんだよ。乱歩の短編の
『二銭銅貨』って知らないか?」
 「…………」
 「有名な話なんだけど、お前はミステリ、読まないからな。その話を聞いて、俺はすぐに『二銭銅貨』
のことをお前が聞き間違えたんだとピンときた。そしてたまたま白山先生が4日の6時頃に生徒会で募
金を集計して、事務室に持っていくということを聞いて、それであんな暗号を作ったってわけ。俺が、
あんな簡単な暗号が俺に解けないと、本気で思ったの?」
 「…………」
 福岡の顔が、真っ赤になっている。
 「お前は得意になっていたが、」そして駄目押し。「こっけいだったよ」
 福岡はついにきれた。
 「ト・キ・オぉぉぉぉ」

 その後僕と福岡が、話をすることはなかった。二人の冷戦関係が終わりを告げるのは、21世紀にな
るまで待たなければならなかった……。
                           The End