『テーマ館』 第14回テーマ「星に願いを/新年」



 お星様と神様

  神社に初詣なんて数年振りだ。娘の可奈が熱心に頼まなければ、来なかっただろうに。
神を信じる人たち、神にすがりたい人たちの中にいるのは、なんとなく場違いな感じがし
たが、せっかく来たのだから一応手でもあわせておくことにする。
 隣で娘の可奈が、珍しく一生懸命手を合わせていた。小学生の中学年になると、よっぽ
ど大切な願い事があるらしい。
 しかしいい加減場所を譲らないと、初詣で来ているたくさんの人に申し訳ない。
現に先ほどからぐいぐいと背中を押されている。
 「可奈、行くぞ」と言って、迷子にならないように、私は可奈の腕を掴んだ。
 可奈は呪縛が解けたように、はっとして私を見た。私を見つめるとその大きな目から涙
があふれ出てきた。そしてきいた。
 「ねえ、お星様と神様と、どっちの力が強いの?ねえ、教えて」

 それから泣きじゃくる可奈を連れて、人でごった返している神社を抜け出るのは、たい
へんなことだった。中には不審な目で見る人もいて、私は必要以上に
「可奈、しっかり歩きなさい」と大きな声を出しながら進んだ。
 家に着くと妻の両親は寝ていた。ダイニングの椅子に座らせ、ホットココアを出してやる。
ホットココアは可奈のお気に入りだ。大きなマグカップに入れた。
 ホットココアをすすると、可奈は少し落ち着いたようで、ゆっくりと話し出した。
 可奈の話によれば、2学期末に担任の先生(山田とか前田とかいう名前のあまり若くな
い女性だ)にとても叱られたらしい(何をしたかは言わなかったが)。
 それで夜も眠れないほどむしゃくしゃして、たまたま空を見たら流れ星が流れた。
そこで可奈は、
 「山崎の先生が死ねばいい!って願ったの」
 「死ねばいいって……」娘の意外な一面を知ったような気がした。他人が死ねばいいと
願うなんて、それは願い事というよりも呪いだ。
「それで?」
 終業式の前の日から、山崎先生が休んだそうだ。なんでも噂では病気で入院したとか。
終業式も来なかったらしい。可奈は心配したが、その後私たちは妻の実家の九州へ来たので、
どうなったかわからずじまいになったそうだ。
それ以降夜ずっと起きていて空を見上げていたが、流れ星を見ることができなかった。
 しかたがないので私に初詣へ連れていくように頼み、神様に
「山崎先生を殺さないで」と祈ったということだ。
 「だから、お父さん、お星様と神様はどちらが願い事を叶えてくれるの?」
 可奈は真剣な眼差しで私を見つめた。

 娘がそんなに悩んでいるなど、全く気づかなかった。父親として失格だろう。
たぶん山崎先生は、たまたま病気になったか何かしたのだろうけれど、それと自分の流れ星
への願い事を重ねて考えるのがやはり小学生だ。
しかもその願いをうち消すために神に祈るなんて……。
 涙がまたあふれ出しそうな娘の瞳を見て、私は何と言おうか迷った。妻なら何と言ったこと
だろう?
 私は唾を飲み込んでから、やさしく言った。
 「神様さ。神様は星も作られた。だから可奈の願いをきっときいてくれるよ。山崎先生は
大丈夫さ」
 「ほんと?」
 「ああ、本当さ。そんなに心配なら電話してみようか?」
 可奈はちょっと考えて、「うん、いい」と答えた。
「神様とお父さんを信じる」

 正月三日を妻の実家で過ごして帰宅した。
 「あ、これ……」ドアを開けて真っ先に年賀状に目を通していた可奈が、大きな声をあげた。
 のぞき込むと、「結婚しました」という二人の写真。沢田雄二・恵(旧姓山崎)と書いてあった。
「よかった。先生、何ともなかったんだ。やっぱり神様のおかげだわ。」
 可奈は年賀状を振り回しながら、家の中に飛び込んでいった。
 その後ろ姿を見送って私は溜息をついた。
 山崎先生は病気で入院したのではなく、結婚するために休んだのだろう。それをなぜか子ども
たちに知らせなかったので、可奈は変な誤解をしてしまったのだ(遅い結婚だから、あまりおお
っぴらに言いたくなかったのかもしれない)。そのことがわかれば、可奈は真剣に悩んでいたの
を馬鹿らしく思うだろうか。いややはり神様のおかげだと言い張るのだろうか。

 でもとりあえず、神様は可奈を救ってくれたということか。神様に感謝しなければならない。
 あれだけ願っても、妻をガンから救ってくれなかったのだけれど。

(12月26日(金)17時06分08秒)