「ワイドショー」


 テレビをつけると、ワイドショーをやっていた。話題は、女子高校生バラバラ殺人事件に
ついてだった。
 「幼児期に虐待を受けたのが、精神に傷を与えたのですよ」と太った男が言っていた。
テロップでは、精神科医太田平太郎と書かれていた。
「それが大人になって多重人格症を引き起こし、このような恐ろしい犯罪を行わせたのです」
 「いや、やはり現代のこの受験社会が、容疑者の性格を歪めたのですな」と教育評論家高田幸市。
「なんでも成績を重視する学歴社会の弊害とでもいいましょうか」
 「それよりも社会が悪い」と黒縁眼鏡の男が言った。推理作家成田純夫とテロップが出た。
「なんでも金ですむこの世の中、心を忘れて物を崇拝するこの社会が、彼のような化け物を生み出
したのです。とにかく金がすべて。金さえもらえば、なんでもする。援助交際だって……。み、美
春っ、お、お前ってやつは……」
 成田はわーっとわめくとテーブルに突っ伏した。
 突然カメラは司会者に切り替わった。司会者はぽかんと口を開けたまま、成田を見ていた。
だが次の瞬間カメラに気づくと、顔を引き締めた。
 「あ、○○暑前の本田さん。容疑者は出てきましたか」
 「はっ、まだ容疑者は出てきていません」若い男があわてて答えた。
「しかし見てください。このたくさんの取材陣−−」
 「では容疑者が現れたら、教えてください。ところで容疑者の動機がわかっていないようなんですけど」
 「動機は目立ちたい、その一心でしょう」と犯罪学者。
「テレビ局や新聞社にバラバラ死体を送りつけるなんて」
 「いや、何か意味があるはずです」丸顔の眼鏡の女が言った。弁護士多田俊子と出る。
「とにかく身元をわからないようにしたかったとか」
 「動機なんて、考えるだけ無駄」と教育評論家。
「単に狂っているんですよ。キチガイのすることに意味はないでしょ」
 司会者がアップになる。「あ、ただいまお聞き苦しい発言があったことを、おわびします。本田さん」
 「は、はい。」現場にカメラが切り替わる。急に呼ばれた本田は、あわてていた。
「報道陣がさらに増えています。が、まだ容疑者が出てくる様子はありません。内側から黒いシールが
貼られたワゴン車で、容疑者を移送するようです」移送用のワゴン車が映し出される。
 「動きが見えたら、すぐに教えてください。ところで−−」
 「すべては意味があるんですよ」と推理作家が突然言い出し、カメラは推理作家をとらえた。
「たとえば死体が復讐に来られないようにバラバラにしたとか、生き返らないようにバラバラにしたとか」
 「とにかく犯人自身に聞かなきゃわからないわけだ」と教育評論家。
 「容疑者」と司会者は必要以上に強く言って
「容疑者は死体を恐れたという説を、他の方はどう思われますか?」
 「馬鹿馬鹿しい」と犯罪学者。
「江戸時代ならまだしも、現代社会でそんなナンセンスな意見は初めて聞いた。」
 「そうですよ」と女弁護士。
「そんな話、よっぽどの三文小説でもなけりゃ出てこない」
 「わ、悪かったな、三文小説家でっ。」と推理作家が口から泡を飛ばす。
「どうせ、売れない話ばっかり書いてるさ。悪かったな……」
 「本田さんっ」と司会者は悲痛な声で叫んだ。
 「あ、出てきました。犯人です」
 「容疑者、ですね」
 「あ、植田容疑者です。背広を頭から被せられて、両脇を刑事が二人固めています。手には手錠が。
あ、何であんなことしたんですか?」カメラは容疑者を映し出している。
 「動機は?」
 「何考えてんだよ」
 「被害者の親に一言っ」他のレポーターの声も飛び交う。
 と、突然手錠をした手で、容疑者は背広を取り払った。両脇の刑事はあわてて押さえる。
 しかし報道陣の前に容疑者はまともに顔を見せた。
 それはとても普通な男だった。しかし邪悪な笑みを口元に浮かべていた。
 「動機だって?」男が刑事に引っ張られながら叫んだ。
「お前らのためさ。ワイドショーとその視聴者のみなさんのため。楽しんでもらえたかな?」
 そして男は大きな笑い声をあげながら、ワゴン車の中に消え、車は動き出した。

 カメラがスタジオに戻ってきた。誰も一言も言わなかった。CMに切り替わる。
 後味が悪くなって、テレビを消した。
 しかし暗くなったテレビの画面に映っていたのは、殺人者と同じ邪悪な笑みを浮かべた自分の顔だった。