「バーチャロイド 中編」


                

 「ぐふふふ」
 ダークウインドは、自分の黒い身体を見ると満足げに笑った。そして剣を空に
向かって突き出した。剣は、街灯の明かりで鈍く光った。
 黒い兜で隠されて顔は見えないが、ダークウインドは、確かにこちらをにらん
だ。
「初挑戦で、俺の所まで来るとは、大したものだ。ほめてやろう。だが、今のう
ちに死んでもらおうぞ」
 ダークウインドは、剣をかかげたまま駆け寄ってきた。
 閑散とした住宅街、街灯の下、剣を持った黒一色の騎士が襲いかかってくる、
その非現実的な状況に、呆然とした。
 これは夢か?幻か?
 ダークウインドの剣が振り下ろされた。
 とっさに大学の教科書の入ったかばんをかざす。
 バキッ、と音がして、かばんは裂けた。裂けたかばんを投げつけて、後ずさる。

 現実だ。
 ダークウインドは、ゲームの中から飛び出して実体化している。この剣で切ら
れれば、命を奪われてしまうにちがいない。本物の剣だ。
 「ぐふふ、次は死んでもらおう。強い者だけが、ダークウインドなのだ」兜の
向こう側で、目が鋭く光った。
 後ずさりながら、足がもつれて転んだ。そこにダークウインドが、剣を振り上
げたままじりじりと近づいてくる。

 「おいおい、待て−−」その時先ほどすれ違った警官が、戻ってきた。自転車
を降りると、ダークウインドの正面に立って拳銃を抜いた。
「なんだ、その格好は。そんな危ない物、ふりまわすのやめなさい」
 警官は、狂人を見るような目でダークウインドを見ている。
 この警官にも、奴が見えているのだ。単に錯覚ではないことが明らかになって、
少しほっとした。しかし良く考えると、たいへんなことだ。現実に存在するのが
はっきりしたということは、本当に殺されるかもしれないということなのだ。
 「邪魔をするなら」とダークウインドは、冷たい口調で言い放った。
「殺さねばならぬ」
 「なにをっ」警官は、拳銃の安全装置を解除した。そして銃口をダークウイン
ドに向ける。「すぐに剣を置いて、両手をあげなさい」
 ダークウインドは、高く掲げていた剣をゆっくりと下に下ろした。
 と、次の瞬間飛ぶように警官に駆け寄った。
 警官は慌てて拳銃を撃ったが、弾はそれた。下から突き出された剣が、警官の
身体を貫いた。
 警官は、信じられぬというように目を見開いたまま、地面に崩れ落ちた。
 「飛び道具とは、卑怯だな」とダークウインドは言うと、警官に止めを刺した。
 頼みの綱が、あっけなく殺されてしまった。次は自分か?逃げなければ……。
 あたりを見まわしたが、銃声にもかかわらず住宅街は静まりかえっていた。
 人のいる方へ……。振り返ると、ゲーセンの方へと走り出した。

 「逃げるかっ」ダークウインドの声が背後でした。そしてガチャガチャと甲冑
の音をさせながら、追ってくる気配も感じた。
 しかし逃げるしかない。どこかの家に飛び込むか。しかし、もしも鍵が閉まっ
ていて入れない場合はどうなる?とにかく人のいる所へ……。
 ゲーセンが見えてきた。中は明るく人でにぎわっていた。
 ゲーセンだけ、別世界のような気がする。背後にはダークウインドが迫ってい
る。
 あそこから始まったのだ。
 あのゲーム機は?
 もしかしたらゲーム機「バーチャロイド」を破壊すれば、全ては終わるかもし
れない。
 迷う暇はない。とにかくゲーセンに飛び込んだ。
 入ってつきあたりに「バーチャロイド」はあったのだが……。

 ない!
 ついさっきあったはずの「バーチャロイド」の筐体が、そこにはなかった。
 プリクラがあるだけだった。この一瞬の間にゲーム機が消えてしまうなんてこ
とが、あるのだろうか?
 キャーという叫び声。振り返るとダークウインドが、剣を血に染めて入口に立
っていた。
 「逃げるとは、卑怯だぞ。お前のせいで、また余計な殺生をしてしまった」
 ゲーセンの客を殺したらしい。
 ゲーセンは今ではパニックになっていた。
 突然ゲーム機の中から出現したような黒い騎士が、血まみれの剣を持って立っ
ているのだ。
 逃げまどう者、ゲーム機の陰でぶるぶる震えている者。好奇心から遠目にダー
クウインドをうかがっている者もいた。店員の姿は見えなかった。

 「今度こそ、死んでもらうぞ」
 ダークウインドの剣が振り回され、UFOキャッチャーのガラスを破壊した。
飛び散るガラスとキャラクター人形。
 何か武器になる物はないかと見回すが、ゲーセンに凶器がある訳がない。
 その隙をねらって、ダークウインドの剣が振り下ろされた。
 間一髪でゲーム機の上に飛び乗り、反対通路に逃げる。
 ダークウインドの剣は、格闘技ゲーム機の画面をぶち破った。ゲーム機はショ
ートし、火花が散った。
 椅子をつかんで投げる。ダークウインドにあたるが、ダメージはないようだ。
 今にやつの剣の餌食になってしまうにちがいない。

 「ギヤーッ」
 その時叫び声が、すぐ間近、左の方からした。見るとそれはゲームの中からの
声だった。
 銃を撃ってゾンビを殺すゲームだ。銃の形をした器具を操作し、引き金を引い
て画面上のゾンビを撃ち相手を倒す、シューティングゲームだった。
 やつがゲームから出てきたということは、もしかして……。
 藁をもつかむ思いで、ゾンビシューティングゲームの銃を手にすると、ダーク
ウインドに向ける。
 「なに?飛び道具とな?」
 引き金を引く。

 何も音はしなかった。ただゲーム機から、「reload」という声がしただけだっ
た。

 ガラン。
 次の瞬間ダークウインドの手から、黒い剣が床に落ちた。
 ダークウインドは、信じられぬという顔をして(兜でよくわからないがそんな
感じがした)、自分の右手をまじまじと見た。
 ゲームの銃の弾丸は、確かにダークウインドの右腕を貫いていた。
 不思議なことに、ゲームから現れた亡霊に、ゲームの銃が威力を発揮したのだ。
 力強い武器を手にして叫んだ。
  「ゲームから出てきた亡霊め、ゲームの中に帰れ!」
 音のしない銃をダークウインドに向けて、さらに数発撃った。
 ダークウインドは、見えない銃弾を浴びて、後ろ向きに吹っ飛んだ。
 ゲーム機を何台か倒し、その上に倒れた。
   
 どうやら倒したらしい。床に転がっているダークウインドの剣に近づいて、拾

い上げる。ずっしりと重い、現実の手触りだ。
 横になったゲーム機の上に、仰向けになって倒れている黒い騎士。
 こんな非現実的なことが起こるとは。
 「お、お客さん、大丈夫でしたか?」どこにいたのか店員が現れ、声をかける。
 パトカーの近づくサイレンの音。ざわめく客たち。
 すべてが終わった。
 倒れている黒い騎士に近づく。
 ゲームの中から現れ、実体化した肉体は死後どうなるのだろう。
 騎士の全身を見回す。
   
 と、黒い左手のグローヴが、動いた。
 兜の奥で目が光った。
 「ぐふふふ」とくごもった声がもれた。
 起き上がろうとしている。

 「とどめだ!」
 手にした黒い剣を振り上げて、思いっきり腹の鎧のつなぎ目に突き刺す。
 「ぐふぉぉ」
 吐血のような音がして、兜の奥のダークウインドの目の光が消えた。
 ダークウインドの身体は痙攣し、やがて完全に動かなくなった。
   
 今度こそ、終わった。
 安堵感から、今度は好奇心が生まれた。
 いったいどんな顔をしているかの?
 剣を構えながらそっと近づく。   
 切っ先を面頬にあてると面頬を開いた。
 その下にあった顔は……

 俺、だった……
 俺の顔が、そこにあった……
 まわりがグルリとまわり、ブラックアウト……
  
 気がつくと、戦場だった。兜を通して見る戦場は、小さく見えた。
 自分の身体を見回すと、黒い甲冑に包まれていた。鈍く光る剣が、手にずっし
りと重みを伝えていた。
 「ダークウインド様、また新たな敵です」とフードをかぶった女魔術師が言っ
た。
 「俺が、ダークウインドなのだ」と悟った。
 しかし何も不思議に思わなかった。
 『強い者だけが、ダークウインド』なのだから。
 倒されるまでは、俺がダークウインドなのだ。
 俺は剣を空に向かって突き出した。
  
 The End... maybe