『テーマ館』 第17回テーマ「3つのお願い」



 「先例があるかもしれない『3つの願い』改訂版」

 20歳の若者は彼女に振られ、仕事もうまく行かず、陸橋の上で死のうと考えていた時に、
悪魔が現れた。
 「あなたの魂をください。そうしたら3つの願いを叶えてあげます」
 「本当に?」若者は驚いたが、絶望していたのでどうでもいい気持ちになって、悪魔を信
じて願い事をしてみることにした。
 よく考えてから、
「一生遊んで暮らせる大金がほしい。立派な豪邸がほしい。そして」と一瞬ためらってから、
「彼女が戻ってきてほしい」
 悪魔は大きくうなづくと、ポケットから小さなペンライトのような物を取り出した。
 「ちょっと口開けてください。アーン」
 若者が言われたとおりにすると、悪魔は若者の口の中をのぞき込んだ。そしてポケットか
ら電卓のような物を取り出して、しばらく叩いていた。
 やがて若者に言った。「あなたの魂でしたら、300万円なら出せます。家はアパートで
2LDKです。彼女は残念ながら戻せません。代わりにこの女の子なら、自由にどうぞ」
そう言って悪魔は、女性の写真をみせた。
 「なんだって? 願い事は、何でも叶えるんじゃないのか?」
 「魂によります。あなたの魂では、それくらいが精一杯です」
 若者は自分の魂がそんなに安っぽいことに、ショックを受けた。
 「これで手を打ちますか?」
 自分の20年間は、そんなにも安っぽい物なのか。若者は悔しい思いがした。
 それで悪魔にこう言った。
 「じゃあ……、10年たったらまた来てくれ」
 「それが一つ目の願いですか?」
 「……そうだ」
 悪魔はちょっと考えたが、
 「いいでしょう」と言うと姿を消した。

 悪魔が去ってから若者は、気持ちを入れ替えて一生懸命に働いた。別人になったようで、
同僚たちは皆驚いた。一生懸命がんばるので、人間的にも魅力が出てきた。お金もある程
度たまり、信用もできてきた。
 そして10年がすぎ、若者が陸橋の上に行くと、悪魔は約束通り現れた。
 「来ましたよ。これであなたの1つ目の願いは叶えました。あと2つです」
 30歳になっていた若者はゆっくりと言った。
 「一生遊んで暮らせる大金がほしい。そして」10年前と同じようにためらってから
「彼女が戻ってきてほしい」
 10年前と同じように悪魔は、ペンライトのような物で若者の口の中をのぞき込み、電
卓のような物を叩いてから言った。
 「あなたの魂でしたら、5000万円ですね。あとこの女性なら、自由にしてもらって
いいです。しかし彼女は戻せません」
 悪魔は10年前と同じように、女性の写真を見せた。10年前の写真の女性よりも、も
っと美しく知的な女性だった。
 「ふっ」若者は溜息をつくと、しばらく考え込んだ。
「まだダメか」
 「どうです、手を打ちませんか?」
 「……10年たったら、また来てくれないか」
 「それが2つ目の願いでいいんですね?」
 「……ああ」
 悪魔はまたちょっと考えたが、
「わかりました」と言うと消えた。

 そしてさらに若者は一生懸命働き、スポーツをし、ボランティア活動など人のためにな
る様々な活動をした。
 若者は、人間的に厚みも出てきて、ますます魅力的な人間になった。
 そして10年がすぎた。若者は陸橋の上に行った。すると悪魔が現れた。
 「来ましたよ。2つ目の願いも叶えました。最後の願いは何ですか?」
 40歳になった若者は、悪魔にゆっくりと話しかけた。
 「君は、本当に悪魔なのか?君のおかげで僕は、この20年間、一生懸命生きることが
できた。あの時陸橋を飛び降りていれば、すべて終わっていたのに。お金も住まいも満足
している。そして」若者は、にっこり笑った。
「彼女は戻ってきた。今では僕の妻だ。これ以上の幸せはない。なんとお礼を言っていい
かわからない」
 「喜んでもらえて、私もうれしいです」と悪魔もうれしそうに笑った。
「では、最後の願いを聞かなければなりません」
 「もう願い事はない。でも契約を終わらせないと、君にも迷惑だろう。今になってキャ
ンセルするわけにもいかないし。最後の願いはそうだな」
 若者は最後の願いを口にした。
 悪魔はそれを聞くと、にっこりわらって
 「最後の願い、わかりました。ではお亡くなりの際には、魂をいただきます。ありがと
うございました」
 そしてうれしそうに笑うと消えた。若者も微笑んだまま、悪魔が消えた空間をじっと見
ていた。

 数ヶ月して、笑顔の素敵な妻が、はにかみながら言った。
 「あのね、こんな年になってなんだけど……。できたの、赤ちゃん」
 若者は妻を抱きしめた。「よかった。よかった」
 「最後の願い、叶えましたよ」
 その時、悪魔の声が聞こえたような気がした。

(投稿者:03月31日(火)15時12分45秒)