ふるさとの母校と同窓生を偲んで 

 
 私の生まれ育って卒業した小松市の原小学校、中海中学校の校舎は、統廃合と移転により、すべて無くなりました。
 でも心の中の9年間の校舎は、いつまでもなくなりません。
 そして、一緒に学び、遊んだ同級生も、集まれば昔のままの友だちです。
 みなさん覚えていますか、これらの歌を、応援団姿の山田実の真っ赤な顔とともに、
 これらの歌は、私の脳裏から忘れ去ることは出来ません。
 今、これらの歌が同じ名前の新しい学校で、後輩たちに歌われているかどうかは知りませんが、

 私には、同窓生賛歌であり、人生への応援歌でありました。

 
 中海中学校  賛 歌
 
 緑の森につつまれた、我らが学び舎仰ぎみて
  若き命の友がらが、愛と敬の団結に、
   のびよ、伸びよ、中海中学校
 
  若草萌ゆる窓の外、力あれれる若人の
   胸にわきたつ正義感、真理の道を一筋に
    すすめ、進め、中海中学校
 
   かすかみ台上空はれて、日頃鍛えた身とこころ
    世の荒波も、ものかわと、高き雄叫び、こだまして
     たたえ、讃え、中海中学校
 
 
 中海中学校 応援歌
 
 明るく青き空の下、日頃鍛えた底力、
  進め我らがホープたち、かんばれ頑張れ、最後まで、
   中海健児の意気高く 
   フレー中海、フレー中海、フレー、フレー、フレー
 
  流れも清きかすかみの、ほとりに育つ心意気、
   進め我らがホープたち、栄冠めざし、最後まで、
    中海健児よ、いざ進め、 
     フレー中海、フレー中海、フレー、フレー、フレー
 
 
進めよ、我が友
 
 かすかみ台の風さわやかに、 胸は高鳴り、心は弾む
   鍛えし、体に若さあふれて、 友よ、勝利を、力の限り、
     栄光胸に、進めよ、我が友
 
 
 卒業答礼の辞             
 
 白山を仰ぐ加賀の丘陵地帯、その一角にわれらのかすかみ台が広がる。
  その中をかすかみ川が流れる。その谷間に暖かいかすかみがかかる。
   15年前、私たちが生まれたその年から、
    毎日まいにち、かすかみの流れは、私たちを大きく成長させてくれました。
     毎年まいねん、かすかみの大地は、私たちを強くたくましく育ててくれました。
      そして、今ここに私たちは、中学校の課程を終えることが出来ました。
 
  入学してから三年間、思えば早いものである。
   教室や運動場、そしてこの体育館に残された思いで。
    こんこんとわき出る泉のように、
     私たちには、この校舎のどこを取っても思いでの尽きることはない。  
      一層のこと、ずっとここに居ようか。
       いや、そういうわけにはいかない。
 
   私たちには、希望あふれる新生活が待っている。
    私たちには、前途多難な新生活が待っている。
     先生方、在校生のみなさん、お父さん、お母さん、
      私たち61名は、その新生活に向かって突進し、
       その勝利者となるよう努力することを誓います。 
      高校生、工員、見習いなど、私たちは、
     今日を持って、それぞれ違った進路へと進みますが、
    その分野における勝利者となるよう努力することに変わりはありません。
   先生方に教えていただいた、社会における価値ある人間、となるために、
  私たちは努力することを誓います。
 
 このかすかみの大地にしっかりと根を下ろし、
  春の来るのをじっと待っているあのタケノコのように、
   スクスクと伸び、しかしまた、しっかりと根を張るあの若竹のように、
    大雪にも、厳しい寒さにも耐えて、起きあがる青竹のように、
     私たちは生きて行きたいと思います。
 
  在校生のみなさん、この校舎を取り囲んでいる竹林に負けない強さでもって
   中海中学校の躍進の原動力となって下さい。
    この三年間、私たちを育ててくれたこの校舎にお礼を言いたい。
     「校舎君、長い間ありがとう」
      三年間にわたって私たちをご指導下さいました先生方、
      「大変ありがとうございました」
     小松市の教育関係の方々や地域の皆様方、
    ここまで見守っていただいたこと、感謝にたえません。  
 
   私たち61名は、みなさまの期待にそえるように頑張りたいと思います。
  では、さようなら さようなら
 
                昭和41年度卒業生    
 
 第7回同窓会の前に、久しぶりに中学校の跡に来てみました。
  思いでの学舎は今はなく、ただ一部壊れた体育館と周囲の竹林だけが残っていました。
   体育館の中でひとり、この幻の答辞を読んでみました。
     あの時誓ったように生きてきたのか、
      努力してきたか、価値ある人間になれたか、
 
 自問自答しながら、校舎の跡を徘徊してみました。
  誰かが「オチャー」と呼んだような気がして振り向くと、
   そこに「春男と実と和成」の顔が有りました。
    中学生の時のままの顔でした。
     声をかけようと踏み出したら、竹林に消えてしまいました。
 
 若くして、道半ばにして逝った彼らが、私に言いたかったことはなになのか、      

「俺の分まで生きろ、わしの分まで幸せになれ、あとを頼むよ」

   そんな風に言いたかったのではないかと思い、春男の墓に参りました。
 
 大学病院にみんなで見舞いに行った時、白い痩せた体で、
  ひとり一人の顔を見るために、最後の力を振り絞って
   顔を上げ、また、顔を上げて、
    私たちを見ていた春男の、大きく見開いた目が思い出されました。
     「春男よ、今度10年ぶりに同窓会を開くから、実と和成を誘って出でこいや」
 
 という訳で、彼ら3人にも今日は出ていただくことにしました。
  姿は見えませんが、みなさんのすぐ側で話を聞いているものと思います。
   今日の同窓会の出席者は36名です。
    内3人は会費が未納ですが、ご容赦願います。
 
 
                  平成9年8月16日