桑山を訪ねる。
富山県の西部南砺市に桑山という小さな山が見られます。
砺波平野から西の方を眺めると、高く聳える医王山の北側のなだらかな丘陵地の一部に、突然三角形の山が異様な姿を示しています。
金沢から五箇山へ抜けていく国道304号線沿いで、新蔵原トンネルを抜けてしばらく行くと、華山温泉があります。
この温泉の駐車場を抜けて山頂に至る林道があり、誰でも簡単にいくことが出来ます。
標高292.5m、周囲の丘陵地よりも100mほど高く飛び出しており、その形から火山ではないかと言われることもあります。
初めて上っていくと、林道でカモシカと出会いました。
しばらく車の中と林道上のカモちゃんと世間話、そういいながらデジカメを用意している。
ドアを開けるとさすがに山に登り始める。別に逃げるわけではないのであるが、マイへペースでゆっくりと去っていく。
結局シャッターを押したときには後ろ姿となってしまった。
また頂上で会おうねと声をかけて車に戻る。しばらく行くと、神社の参道と立派な鳥居が見えてきた。
桑山神社と有った。さらに進むと、林道終点にテレビの中継局が見えてきた。
ここの山で呉羽山のテレビ塔の電波を受け、呉西地方の呉羽山の電波の影となる地域に放送を流しているのである。
ここからの眺望は余り良くない。頂上へ上るために、神社の参道に戻り、石の階段を上る。
かなりきつい。 上を見ないようにして一気に上った。
頂上はほぼ平らな地形面が残っており、その上に神社の本殿が有った。お参りを済ませて、さて眺望はと周囲に目をやる。
しかし、周り全体が杉の植林地。しかも、数十年は経っている。
ほとんど眺望は効かない。わずかに中継局側の福光の町側だけが少し開けて、町並みが見える。
これはもったいない。 境内である以上伐採は難しいかも知れないが、
せめて福光の町側だけでも眺望が効くようにしてもらえたらなあと思いつつ、
そうだ三角点があるはずだ そこへ行けば見えるかな。
やがて三角点は見つかった。 しかし、杉木立の間に隠れるようにして有り、もはや三角点としての役割は無い。
むろん、いまでは測量はGPS測量に代わっているため、眺望が必要ではないのだが。
明治時代に測量にあたった人たちの苦労と、時代の流れがそうしたものの役割を変えていくことを感じた。
しかし、だからこそ、この三角点は守っていかなければいけないものなのですね。
そこで初めていつもの地質屋に戻った。
桑山は火山や否や
頂上はほぼ平坦で、その周囲には急崖が発達している。
これは、古い地形面が崩壊や地すべりにより崩れ去って尾根の部分だけが残されていることを示している。
では、なぜこの尾根だけが残ったのか。 その答えは、林道沿いの露頭にあった。
テレビ塔の付近や林道沿いに露岩が見られた。
これは撮り忘れてしまったので、しばらく下がった林道沿いの露岩写真を示す。
安山岩の角礫を多数含む粗粒な砂岩若しくは凝灰角礫岩、〜火山礫凝灰岩と言った非常に堅い火山性の堆積岩なのである。
桑山全体は新第三紀鮮新世の音川累層に属する蔵原砂岩層の分布地である。
そして、この砂岩中にも時々火山性の堆積物が挟まれていることがある。
当然どこかに火山本体があるはずであるが、それは桑山ではないそうです。
しかし、少し問題が。この堅い火山性堆積物が桑山付近のみ分布しているのは。
桑山自身はこの堅い砂岩が帽子(これをキャップロックと言うそうです。)のように被っているため、浸食されにくく、
結果として周囲から取り残されて、異様な山形が残ったものである。
ではなぜここだけに残ったのか、不思議である。
こうなった理由は永久にわからないだろうが、結果として有る以上はそうなのだろう。
もう少し、周囲をしっかり歩いて調査する必要がある。
機会が有れば、今度は歩いて登ろう。
そう思いつつ、昼食を終えて仕事に戻った。
今度はと思いつつ、なかなか行けないことが多いのであるが。
地質屋崩れの管理人
後日談 南砺市の知人に桑山の整備をお願いしたが、一時は小学校の遠足に行く山として整備したのだが、最近ほとんど登らないそうで、難しいとのこと、
時々見回って可能であれば、一部の伐採をお願いしてきた。
こんなすばらしい山が有るのだからともったいないと。
しかし、今回おとずれた林道では、全く人に出会うことはなかったし、よほどの物好きでないと登らないようなので、このままの方がよいのかも。
カモシカやたぶん熊さんも多くの動物たちが静かに棲んでいる彼らの領域なのかも知れない。
人が関与すべきものではないのだろう。