わらって? 「ナルト、これじゃあ栄養が偏らないか?」 ナルトのアパートの台所に置いてある食料を見て、半ば呆れてイタチが言った。 「わかんない。オレ、あんまり食べ物のこと知らないし」 缶詰、カップラーメンなど保存が効く食料は、たまに火影から支給されている。 ナルトが自分で買いに行ってもいいのだが、店員が売ってくれないことが多い。 また、もし購入できてもどうやって食べればいいのかわからない。 支給された食品や山で採れた果物で、今まで特に問題なく生きてこられたため、ナルトは特に気にしていなかった。 ナルトの食生活の実態を聞いてイタチは青ざめた。 今まで本当によく生きてこられたものだと思う。 九尾の力のおかげだろうか。 しかし、同じ年である弟のサスケを思い浮かべ、明らかにナルトは一回り小さい。 幼い子供というのは身体の成長に個人差があるものだが、決して成長が早いとも言えないサスケと比べても小さいのだから、成長期の子供に必要な栄養が足りているとは言いにくい。 前任者の教育者は一体何をしていたのだろうか。 ……いや、疑問に思うまでもなくまともな教育はされてないに違いない。 初めて会った時、イタチのことも暗殺者だと思ったぐらいだ。 自分がなんとかしなければ…。 イタチはそう考え、同時に目の前にある大きな難題に愕然とした。 (オレは料理ができない……!) 実家はいわずと知れた木の葉の名家“うちは”。 家事は母親と定期的に家事の補助にやってくる家政婦にまかせきり。 家ではやったことがない。 アカデミーの授業で家庭科があったが、実技は散々たる結果だった。 アカデミーを2位以下を大きく引き離したトップの成績で卒業したイタチの唯一の汚点。 忍者になって長期任務になれば自分で食事の準備をする必要はあったが、携帯食と料理の必要がない果実類、焼くだけで食べられる魚が精々だった。 しかも、油断すれば焼くだけの魚も真っ黒にしてしまったり、ほとんど生だったりという結果になる。 一体どうすればいいのか……と悩んでいたが、ふっと自分の特殊能力を思い出した。 写輪眼…! 母親なり料理人なりの動きをコピーすれば、苦手な料理も可能なのではないだろうか? この画期的な思いつきにイタチは自信を持った。 ……いける! 「ナルト、明日アカデミー時代に使っていた教科書を持ってくる。それで基本的なことを学習したらいいと思う。それと、明日の夕食はオレが作ろう。楽しみにしていてくれ」 「うん。期待してる」 カップラーメンよりはマシだろうと、味気ないが栄養バランスだけはいい忍用の携帯食をナルトに渡し、イタチはナルトの住むアパートを後にした。 帰宅すると、サスケの甘えた声がイタチの耳に届いた。 「ねえ、母さん。今日の晩御飯はハンバーグが食べたい!ねえ、作ってよ!」 「はいはい。わかったから。いつまでもしがみついてると作れないでしょ。あっちで遊んでなさい」 「ヤッター!あっちで遊んで待ってる!」 ……今日はハンバーグか。子供が好きそうな料理で都合がいい。 そう思いながらイタチは台所に向かった。 「…ただいま」 「あー兄さん、おかえりー!ねえ、兄さん!一緒に遊ぼうよ!」 イタチの帰宅の挨拶に真っ先に反応したのはサスケ。 台所を走って出ようとしていた勢いそのままにイタチの腰に抱きついた。 「すまない、サスケ。また今度な」 腰にしがみついてニコニコとこちらを見上げている弟の頭をくしゃっと撫ぜて詫びる。 「え〜なんで〜?いいじゃん!」 先程までの表情とは打って変わり、頬を膨らませ、唇を尖らせて抗議するサスケ。 本当にイタチと兄弟かと思うくらい、サスケは表情が豊かだ。 「今日はちょっとやりたいことがある。母さん、手伝っても…?」 「イタチ、おかえりなさい。手伝うって珍しいわね。どうしたの?」 「ちょっとね……。ほら、サスケ」 まとわりついているサスケの腕をほどいた。 「むう…。わかったよ。今度は絶対遊んでよ!」 「ああ、約束だ」 イタチの散々な家庭科実技の成績をよく知っている母親は、イタチに無理な注文はしない。 まず手本を示した上でイタチに手伝いの指示を出した。 頼まれたのは、挽肉とソテーした玉ねぎのみじん切り、牛乳にひたしたパン粉、卵を混ぜる作業だった。 玉ねぎをきざんでソテーするといった作業などはもちろん写輪眼でコピーした。 ハンバーグの種を混ぜている間も、母親の動きはすべてコピーした。 おかげでメインのハンバーグはもちろん、付け合せのサラダ、スープの作り方などもしっかりコピー済み。 明日に向けての準備は万端だ。 (明日は材料を買って行かないとな。ナルトの家には鍋やフライパンもなかったからそれも必要だな。領収書は後で火影様に請求。) 現実的なことをしっかり考えるイタチ。 (……今日みたいに一緒にナルトと料理するのもいいな。ナルトも少しは料理ができるようになったほうがいいだろう。なんといっても一人ぐらしだからな。それに第一、一緒にやる方が楽しいだろう。料理は栄養摂取以外に楽しめる要素があったほうがきっと続く) 明日のことを考えて、イタチは非常に機嫌が良かった。 感情が表情にめったに出ない、暗殺機械とまで言われているイタチの口元が目に見えて緩むほどに。 父親はそんな息子を見て、『明日は嵐だ…』と不気味がっていたが…。 『あら、いやだわ、あなた。かわいいじゃない。あんな楽しそうなイタチを見るのは何年振りかしら?サスケもお風呂で遊んでもらってごきげんだし。良いことずくめだわ』とは母親談。 翌日。 食材や調理器具、その使い方に興味を持ったようで、一緒に作らないかとイタチが誘うと、ナルトはすぐに頷いた。 料理をしている間はずっと写輪眼を使っているため、チャクラの消耗が激しく思った以上に疲れる作業だったが、楽しそうなナルトと一緒なので耐えられた。 自分のためだけだったら、絶対に耐えられないとイタチは思う。 ようやく完成し、一緒に食べる。 イタチは昨日と全く同じ献立の食事であったが、ナルトと一緒に作って食べると、昨日よりもずっとおいしく感じられた。 「おいしい。あったかいし。缶詰とかよりずっとおいしい」 そう言ってナルトが笑った。 演技じゃなく、ナルトの本当の笑顔。 年相応の幼い、嬉しそうな笑顔。 イタチは料理の疲れが一気に取れたように感じた。 ああ、本当に写輪眼が使えてよかった…! イタチは自分が写輪眼使いとして生まれたことを心底感謝した。 |