第4回蓮の実女性学級(写経)

 日時 9月5日 午前7時

       場所    寿経寺   

  (東山 七稲地蔵のお寺)

参加者  27名     

 

一枚起請文を写経しました

9月5日蓮の実女性学級 004 - コピー - コピー.JPG

9月5日蓮の実女性学級 012.JPG

9月5日蓮の実女性学級 013.JPG

650分橋場町(交番前)集合

[宗派] 浄土宗鎮西派〔光明山〕

[由緒] 1623(元和9)超誉呑慶上人によって建立された。寿経寺は、金沢・西国三十三所

観世音霊場めぐりの第二十四番札所

 

9月5日蓮の実女性学級 010.JPG

9月5日蓮の実女性学級 023.JPG

9月5日蓮の実女性学級 022.JPG

写経は、御経を上げると同じ事

(感想)仏事の事は知らないけど心が和みました。

 

9月5日蓮の実女性学級 013.JPG

9月5日蓮の実女性学級 028.JPG

9月5日蓮の実女性学級 021.JPG

「七稲地蔵」の縁起

 安政五年米価が高勝し、一般町民やその日稼ぎの職人達にはとても買えない価格となり、病人や餓死者が続出するまでになった。民衆は、711日・12日の夜金沢卯辰山に登り、一勢に「ひもじいわいやー」「こめくれやー」と金沢城に向かって絶叫し、藩主に生活苦を訴えた。彼らの叫び声は城主の耳にも届き、お救い米が出て米の価値も下がった。しかし、この騒動は、お上の威光を軽んずるものとみなされ、また当時各地で起きた一揆や打ち壊しなどへの見せしめの為に、扇動者とみなされた卯辰の髪結能美屋佐吉、同町の日稼河原市屋文衛門、高橋屋弥挫左衛門、越中屋宇兵衛、原屋甚吉、平田屋弥兵衛及び大衆免の日稼ぎ北市屋市衛門の七名がとらえられ、処刑された。彼ら七人の冥福を祈る為に、卯辰町の興行師であった綿津屋政右衛門等が胸に稲穂を抱いた七体の地蔵尊を建設した・始め観音坂の沿道に在ったが、後年この寿経寺に移され、今に至っている。