その60  蛇のお話

私が学生だったときのこと。

私のアパートのそばに友人が住んでいた。

2部屋あるマンションに女性2人(A子とB子)が

共同生活をしていた。2人とも友人だったので、

そのマンションには良く遊びに行っていた。

ある日、いつものように遊びに行った。

暗くなってきた頃なんだか眠くなってきたので、

そのことをA子に告げると

「私の部屋で寝ていいよ。B子の部屋に行ってるから。」

と言われ、その言葉に甘えることにした。

カーテンを引き暗くなったところで、

A子はB子の部屋へ行った。

私は仰向けになり、すぐにうとうとし始めた。

そのとき、ドサッ・・・と何かがおなかに落ちてきた。

『なんだ?』

そのまま目を開けずおなかに意識を集中すると、

感覚的にとぐろを巻いているものだということがわかる。

『蛇だ。』

蛇はぐるぐるとおなかの上で回っているようだった。

とにかく気持ちが悪い。

『何だろう?何の用があるんだろう?』などと考えながら、

嫌悪しないように心をコントロールしていたが

耐えられなかった。

『うっ、ダメだ。』と思った途端に幽体離脱し、

友人がいる部屋の中へ入っていった。

そして2人に「いま、私の体の上に蛇が落ちてきたんだよ。」

と話しかけた。

でも2人とも私に気づいてくれない。当たり前のことだが・・・


次の瞬間、私は自分の肉体に戻った。

そのとき、もう蛇はいない。

『あれは何だったんだ?』

そして再び眠りに集中。

すると、ドサッ・・・再びおなかに落ちてきた。

ぐるぐるととぐろを巻き蠢いている。

すると今度はするすると蛇行しながら胸をつたって

顔のほうへ上がってきた。

首を這い上がりチロチロと動く舌が私の唇に触れたとき、

もう我慢が出来ず、

気合を入れ、布団を跳ね除け起き上がった。

蛇はどこにもいない。窓も開いていないし、

蛇が入ってくるような隙間のあるマンションでもない。

ペットとして蛇を飼っているわけでもない。

しかし私の上に2度も落ちてきたのは間違いなく蛇。

あのチョロチョロとした舌の感触が、

はっきりと唇に残っている。

『とにかくここを出なければ。』

そう思い、2人に感謝しそのマンションを後にした。

それからアパートに帰り、再び襲われることがあるかも

しれないのでそれなりの対処をした。

しかし襲われることはなく、いつもの毎日が過ぎていった。

『いったいあの蛇は何だったんだ?どういう意味なんだ?』

ただ、そのことがあって以来、

私は2度とそのマンションに行くことはなかった。

そのため蛇の体験は2人にはもちろん、誰にも話さずに過ごしていた。

それから数年たった。私は社会人になっていた。

ある日Y子とあった。Y子は学生時代からの友人だ。

そして自然と話題は学生時代の話になった。

「あなた、本当にK男とはなんでもなかったの?」

とY子が聞いてくる。当時グループ交際をしていて、

私はA子、B子、Y子と一緒のグループだった。

自然と仲良くなった男性グループの中にK男がいて、

彼はずいぶんモテル人物のようだった。

でも、私にとってはあくまでも「いい人」であってタイプではない。

そのことをY子に打ち明けた。すると彼女は言った。


「そうなんだ、タイプじゃなかったんだ。

早くそれを知っていればよかったのにね。

A子とB子はK男に本気だったの。

でもね、K男はあなたが好きだったの。

だから私たち3人でK男とあなたが

二人っきりにならないように邪魔していたの。

K男の気持ちがあなたから離れないもんだから、

A子とB子はものすごくあなたに嫉妬していたのよ。

A子なんかあなたを呪っていたほどだったのよ。」

これを聞いたとき、すぐにあの蛇の出来事が思い出された。

あの蛇の正体は二人の嫉妬の化身だ。

あのまま寝ていたら、首を絞められたかもしれない。

何らかの対処をしなかったら、

とりつかれて私の身に危害が及んでいたかもしれない。

もし、K男と交際していたら本当にどうなっていたことか。


女の嫉妬は恐ろしいと言うが、

まさか蛇になって私を襲ってこようとは思わなかった。

表面上仲良くしていても、裏では呪っていたとは・・・

人に恨みを買うことはしていないつもりでも、

思いがけないことでこういうこともあるんだと、

しみじみ感じた出来事だった。