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Diary7
06月28日
『生徒ドンマイ』を読んで、ビッグ錠の『塾師べんちゃん』、のむらしんぼ『とどろけ!一番』を思い出した。ちょうど受験戦争なんて言葉がはやりはじめたのも、たぶん『生徒ドンマイ』のころでしょう。
「一番」は『ゲームセンターあらし』のようなマンガ、といえばわかりやすいだろうか。
いくら使っても絶対に減らないという、秘伝の鉛筆「四菱ハイユニ」を駆って、「答案二枚返し」や「ゴッドハンド」(当時は知りませんでしたが、大山館長だ)などの必殺技で敵を次々撃破していきます。『つるピカハゲ丸』ののむらしんぼも、昔はこんなマンガを描いていたんですよ。もちろん、ぼくにとっては、あの「一番」の、のむらしんぼが「ハゲ丸」なんて描き始めたって感じでしたが。
まぁ、なんでこんな思い出話をするかといえば、『とどろけ!一番』がすごく読みたくなったから。
4巻だけ、手元にあるのですが、この巻は、まだ受験をやっていて、ぼくの読みたい話には、まだ入っていない。残念ながら。
とにかく、この「一番」は、コロコロでやっていたんですが、きわめてジャンプ的なマンガで、まず人気マンガであるために、連載を延長しなくてはいけないわけです。
ところが受験マンガなので、一番は受験しなくちゃいけない。受験すれば受かってしまうので、そこで話は終わってしまうわけだ。次の高校受験(一番は小学6年生)まで、成長させてしまうと、コロコロの読者年齢をすぎてしまってダメ。
さぁ、どうするんだろう?と思っていたら、一番は受験に失敗しました。
「え!?一番が受験失敗!?」と、当然読者もおどろいた。で、どんなアクシデントがあったんだろう?と思ったら、なんと、一番は母親の届けのミスで、本当は小学5年生だった、というオチでした。
う〜ん、シュールですね(>∇・)♭
一番のおふくろのメソメソ顔は、今もはっきり覚えています。「ごめんよ〜、一番」とか言ってハンカチ持ってました。
まぁ、そのおかげで(?)めでたく一番は、もう1年、受験バトルを続けますが、ぼくが見たいのは、この先のはなしです。
なんと、受験バトルマンガだったはずなのに、突然、ボクシングをはじめました。それも一番は、実は炎の龍の属性を受け継ぐ伝説の拳士だ!という、ものすごい設定がとびだします。
このころ小学生だったぼくは、がっくりして、この後の一番を読みませんでしたが、今考えると、実に惜しいことを・・・と後悔ひとしきりです。なんでこんな面白い話を見逃したんだ!?と。
ということで、誰か『とどろけ!一番』全巻を格安(1冊200円前後)でゆずってください!!ついでに、河合一慶『忍者マン一平』も全巻ほしい!!おたよりまってます!
06月27日
聖日出男『生徒ドンマイ』1巻。
『なぜか笑介』の聖である。この『生徒ドンマイ』は、なつかしのMANGAKUN comicsで、奥付には昭和53年とある。絵を見ると、たしかに笑介っぽいが、でも、ほとんど『男どアホウ甲子園』のころの水島新二。
アシかなんかの出身のようだ。腕の直線的な筋肉のラインや、水島ポーズを極端に誇張したスタイルをみれば、たぶん誰でもそう思うでしょう。
なんというか、聖の出自は、意外というほどでもなく、ぴったりというほどでもなく、なんというかすごく中途ハンパだ。
内容は、主人公のドンマイこと丼一(どんはじめ)は、都内の超一流受験学習塾に通う小学生。だけども、水島ばりに帽子のつばを後ろに回したスタイルからも知れるように、彼は、元気いっぱいの劣等生だ。口癖は、もうバレバレですね。もちろん「ドンマイ!」です。
1話完結型で構成されていて、第1話はどこから送られてきたのか「頭のよくなる薬」が、送られてくる。それはマジで記憶力増強剤で、ドンマイくんは、テストで満点に近い成績をとります。
ただ、この薬にも弱点があって、記憶力増強なので、自分の知らないことは、答えられないわけです。そのため、ドンマイくんは勉強をします。どんな範囲であっても答えられるように。
結果的に薬を飲まなくても、勉強すればいいんだ!という、道徳的な教訓が最後にあってドンマイ!
第2話では、そんなこともう忘れてしまったかのように、あいかわらず成長しないまま、劣等生を演じます。
とうぜん、道徳的教訓を学んで「ドンマイ!」
第3話では、前回の教訓が、まるでなかったかのように・・(中略)・・ドンマイ!第4話は、前回の教訓をまるで生かさず・・・(略)
と、そんな感じでした(笑)いやぁ、あのころってこういうモンだったよなぁ。おもしろいです。
あ〜、風邪ひいてのどが痛いから寝ます。
今日のひとこと。
「クソのんで、はやく死ねー」(生徒ドンマイ)
この作品では、ほかに「チンポありだぞー!!」とか「肛門あらってないもんねー」とか、小学生らしく見せかけようと、さまざまなガキボキャを創作してます。いいかげんうんざりします。
06月26日
『みどりのマキバオー』6〜9、16巻。なぜ16巻だけあるの?間を埋めるのがめんどうだ。
それにしても、まぁ、マキバオーの泣けることといったら・・・。チュウ兵衛親分が、まさか●ぬとは思いませんでした。
なぜか『がんばれ元気』の三島さんが、浮かんできました。つの丸のイメージにはたぶん力石徹があったろう、ということはその後のどさまわり編で、見当がつきましたが、カスケードが予後不良になれば、なんか「そのまんま」って感じもするし、たぶんつの丸も競走馬の予後不良は描きたくなかったんじゃないか、という気がする。
『魁!男塾』32、33巻ゲット!24巻までもっていて、この続刊が揃わなかったんですが、この2冊を発見。ちょっとうれしい。
で、この巻に収録されている話も、読んでみて思い出しましたが、とにかくすごいです。
例によって、巨悪対男塾+αのチームバトル編ですが、この巻に収録されているシリーズはどうも不評だったようだ。
まず、悪の組織に捉えられた、江田島塾長は人工衛星で宇宙に飛ばされていた。この塾長を救わなければいけないのだが、なんと、塾長は素肌で宇宙を平泳ぎ。NASAのロケットにロープを絡めて、自分で還ってきてしまった。
さらに、巨大な城に閉じ込められ、苦戦する桃たちだったが、塾長がクレーン車で城をこなごなにしてあっさり巨悪を拿捕。
「さぁ、帰るか」とさわやかに立ち去る桃。で、このシリーズは終了してしまった。
ぼくの文章力が未熟なせいで、この終わり方が、どれだけとんでもないか、伝わらないかもしれない。機会があれば一度みてほしい。この終わらせ方は、とんでもなくすばらしいから。
06月25日
桐山光侍『忍空』2巻ゲット!『すごいよマサルさん』1巻。
『忍空』のひとはすっかり壊れてしまったなぁ。。。残念だ。このひとは、ぼくはすごく好きだったんだが。コピー絵の使い方なんか、すごく好きだった。
うすた京介は、芸大かなんか、とにかくアカデミックな美術教育を受けた人って感じが、ぷんぷん臭ってくるぞ。
若林健次『桜の季節に菊が満開』。ギャンブラーもの。
ギャンブラーものは、何読んでも、他人の金をいかにズルくまきあげるか、という話にになる。これはこれでおもしろい。その後、結局自分達はケイバもので、負けても負けても競馬を愛している、という話になる。
このマンガは、わりあいヌルい、というか若林健次の人のよさ、みたいなのがでていて、そうなっているが、上に書いた基本ラインをやはり周到していて、ぼく好みだ。
今日のひとこと。
「ウォンチュ!」(すごいよ!マサルさん)
このキメゼリフ、すこしはやりました。椎名へきるのラジオで、さんざん聞かされましたし。もう、死のうかと思いました。あまりのイヤさに。
06月24日
望月花梨『チョコレートダイアリィ』『裸足めぐり』『笑えない理由』4巻。
『笑えない理由』は最終刊。それにしてもこのマンガ、よく4巻までつづいたなぁ。といっても、バカにしているわけではなくて、この人は短編向きなので、4巻までひっぱると、持ち味が薄まってしまうと思うから。
長くつづけるには、コツが3パターンほどあると思う。
●長編向きのストーリーを最初に設定してしまう
●途中で設定を加えていく
●なにも考えないで描いて、あとはキャラで引っ張る
望月花梨は、いつも短編向きのストーリーを最初に設定しているので、長編はちとキツい。
なんか、くさしてるみたいだなぁ。ちゃんと言っておくが、ぼくは望月花梨のファンです。
あと、いろいろ言いたいことがあるのだが、むつかしいので、また次の機会に。
あ、『チョコレートダイアリィ』に収録されている『とげ』という作品の主人公の女の子は「カスパーハウザー」の本を読んでいました。と、細かくチェックを入れる楽しみもあります。
ちなみにカスパーハウザー(作中ではカスパールハウザー)は、たしか19世紀くらいのヨーロッパの人で、生まれてすぐに、精神障害者と思われて座敷牢に20年くらい監禁された末、救出されたという壮絶な人生を送った実在の人物で、現在は自閉症の症例としてよく使われたりします。たしか。(うろおぼえ)
今日のひとこと。 「うふっ」(裸足めぐり)
『裸足めぐり』の第3話で、小巻が母のスカーフを巻いてポージング。こういうのはスキです。
06月23日
『モンキーターン』13巻。
ホントにこれ、おもしろい。
みなさんは、テレビで放映されているサンデーのCMをみたことがあるでしょうか?
あれのモンキーターンのアニメもすごくかっこよくて、「これ、アニメ化すればぴったりなのになぁ」と思っていたことがある。たとえば水の映像なんかはCGでジャンジャン作れるし。
まぁ、それはおいといて、アニメに一番適しているのは、やっぱ河合克敏の絵だ。
もちろん、アニメのセル画っぽい絵、という意味も含んではいるが、それよりもコマの構成の仕方や、運動の見せ方が、アニメに近いと思う。
それはどういうことかというと、たとえばレースシーンでそれは顕著にあらわれてくる。船がA地点からB地点まで移動するということを描く場合、実はすごくむつかしい問題だ。
ロングショットで描いて、背景の違いから移動したことを伝えることしかできないからだ。
あとは、キャラのアップに動線を加えて、いま移動しているということを感じさせたりする方法があるが、悪く言えばごまかしている、よくいえば、マンガ的に難所をクリアしているわけだが、どちらにしろ、移動していることそのものを描くにはいたっていないわけだ。
もちろん、それはマンガの欠点でもないし、実は利点でもある。それがあったからこそ、主体から主体へと、コマに囲むべき絵をつぎつぎに入れ替えて、心理的にどうか?ということを表現するようになったのだから。
この手法をあみだしたのは、もちろん手塚治虫だ。
さて、モンキーターンに話をもどすが、この作品でも、やはり移動自体は表現し得ていない。しかし、作者が競艇のファンで、競艇のレース全体のイメージを表現しようとして、キャラの主観を表すアップのコマとコマの間に、巧みにロングショットのレースシーンを挿入して、「いまどの位置に誰がいるか」を読者に細かく知らせようとしている。
まったく丁寧なコマ運びには感心してしまうが、しかし、これでもたぶん作者の考える競艇のレースのダイナミズムには到達していないんじゃないか?とぼくは思っている。
やはりマンガは動いていることそのものを表現するには限界がある。
と、ここまで描けばお気づきだろう。
絵を動かすには、アニメやCG映像が一番だ。
あのCMのモンキーターンは、原作よりも実にモンキーターンらしい作品だったと思う。
今日のひとこと。
「いっちゃっていいのか!?」(モンキーターン)
河合克敏のサブタイトルのセンスも実はひそかに好みです。全部セリフ調になっている。モンキーに関して言えば、だいたいが憲二の立場でついたもので、モンキーのイメージが喚起されてくるようなタイトルがついている。13巻では、これがお好み。
06月22日
『美味しんぼ』ラーメン大戦争。
美味しんぼにはときどき感心してしまう。一般的に海原雄山のキャラが、わかりやすく立っているので、けっこうパロディにされているが、ぼくは、世間一般にあふれているようなパロディは、間違いだと思っている。
うん。間違いだ、とはっきり言い切ろう。いわゆる「海原雄山はウンチクたれオヤジで、難癖ばかりつけてよろこんでいる」という間違った認識から発しているため、という点と「どういう部分をパロディにするか」という点、両方において2重に間違えているから、救いが無い。
まず海原雄山は、たしかに初期の『美味しんぼ』では、「ハナモチならないグルメ自慢」の役割を当てられており、それを山岡さんが正す、という図式であった。しかし、徐々に「まっとう芸術家」として軌道修正されていく。
20巻をすぎたあたりになると、すでに難癖をつけるといった属性は失われ、初期のころ、山岡さんが背負っていた「雁屋哲の考える正しい料理感」のメッセンジャーとして、山岡さん以上に担っていくことになる。
その段階に至った『美味しんぼ』を読んで、なお海原雄山(雁屋哲の代弁者)の料理感を、ただの難癖だ、と切り捨てるセンスが、ぼくには信じられない。べつにぼくは、雁屋哲の信者でもなければ、正しい、と断言しているわけではない。
しかし、雁屋のロジカルに組み立てられた料理感を、ただなんの根拠もなく難癖だ、という紋切り型の言説のほうが、よほど「ただ難癖をつけているだけ」にしか見えない。
「ラーメン大戦争」編は最終的に、民族的な好み、情感という、実に感覚的なものでさえ、旨みという成分という視点で考えれば、イノシン酸か、グルタミン酸どちらの配分を優先するか、で語れてしまうんだ、という、ちょっと身も蓋もないような結論を語らざるをえなくなってしまう点には、賛否があるだろうが、結論の内容についてのよしあしは別にして、ぼくはいつも感心して読んでしまう。
次に、2点目の「パロディ化する視点の間違い」については以前も書いたと思うが、答えはネットマンガ
『美味しんば』だ。
このマンガの製作者は、美味しんぼの「ウンチクを語る姿」を滑稽として見るのではなく、「ウンチクの語り方、手法と執着」に着目したものだ。ぼくは、コチラの方が断然正しいと思う。これは、『美味しんぼ』のおもしろさが「正しいかどうかは別にして、とにかく圧倒的な知識とこだわり」というところにあるということを見抜き、そしてその知識とこだわりで『美味しんぼ』に引けをとってはいけないと考えたことが、よくわかる。実に正しい姿勢だ。ただ、「美味しんば」は著作権さえクリアできればなぁ・・・。
あと『忍空』1、3〜7巻まで。2巻がない!!
今日のひとこと。
「ダシは和風と中華にまたがるべきで、やはり洋風に傾いてはいけなかったんだ。」(美味しんぼ)
おまけのひとこと。 「サッキー5もしらねぇやつぁ、こっちからおことわりだ!」(美味しんば)
06月21日
『キャプテン』終了。気づかなかったけど、最終刊の26巻を持ってませんでした。えへへへ。
『キャプテン』、『プレイボール』と読み直してみましたが、ホントおもしろいね。今回、復習してみて、とりあえずやったことは、墨高、墨二のレギュラーメンバーをちゃんと覚えているか確認したことだ。
残念ながら、半分くらい忘れていたが。
ともかく、ここでいいたいのは、墨高や墨二のメンバーにはそれぞれ名前があるということ。それに、みなさんはお気づきだったろうか?
実は、彼らには名前がある。
ちばあきおのキャラクターは、実に簡略化された単純な線で描かれているが、それぞれ名前がついているのだ。
いまのチームスポーツ(?)では、メンバーのキャラがたっているということはもはや必須なので、みんなにちゃんと名前があるのは当たり前だが、かつて、そうではなかった時代があった。
さらにいえば、『スラムダンク』なんかの個性派チームと違って、『キャプテン』や『プレイボール』の面々は、絵描き唄でも創って簡単に描けそうなくらい記号的で、いまのマンガにくらべると無個性極まりない、モブ(群集)シーンに平気で出てきそうななさけない顔をしています。みんな。
しかし、そんな彼らだからこそ、裏ではそれぞれ家族があったりするし、それぞれの生活がある。なんというか、野球しか描かれていないのにもかかわらず、どこか生活感がある、と感じてしまう。
それは、単に、谷口くんの家が下町の貧乏長屋で電気をとめられているだとか、イガラシの家がラーメン屋だとか、近藤茂太さんは甲子園に出場して、ノンプロでも活躍したとか、そういうディテールの描写とは関係ない。
ちばあきおは、野球というのは1チーム9人でプレイするもんだ、ということをはっきりと言いきっている。そこからつい連想してしまうような草野球的生活感だと思う。
一見、捨てキャラのように見え、スコアボードですら確認できないかも、と不安すら覚えてしまうような墨高、墨二のメンバーたちは、名前をそれぞれ獲得することで、ささやかな野球人生を送っているように、ぼくはつい思ってしまうが、みなさんはどうだろうか。
06月20日
きょうは何も読んでません。猫がストレスでハゲた!!悲しい。
06月19日
『頭文字D』17巻。
『AIが止まらない』新装版8巻。これで最終刊。最終話で、AIプログラムが実体化した存在である主人公と、ウィルスとの戦いがある。
この争いで、主人公と同じように実体化したAIが、ウィルスに殺されてしまうシーンがあるのだが、これ見ていて、ぼくはパタリロのアフロ18(エイティーン)を思い出した。金属を腐食させるカビに浸食されたアフロ18が死ぬ話だが、ロボットやプログラムが破壊されることの不安さっていうのは、人の死よりもある部分において、より悲しく感じてしまう。
普通は、ロボットやプログラムというのは、実は再生可能なもので、人間が死ぬことよりもまだマシと、思ってしまうものだろう。だけども、それらが感情を持ってしまった場合、なんていうのかな、「自分だけの」とか、そういうマイブランドに対しての比喩に近い効果があって、単純に人間の人格というより、もっと自分に近いものを感じてしまう気がする。
そう考えるとペットとか、動物ものにでてくる死のほうがが、血の繋がった親族の死よりも、リアリティがあって悲しいということに似ているかもしれない。血より、感覚のつながりのほうが濃いわけだ。
今日のひとことは、とくにないです。
06月18日
『キャプテン』イガラシ編終了。
『頭文字D』14〜16巻。しげの秀一は、一時期ラブコメに毛の生えたようなマンガも描いていたが、やっぱり、日常生活のエピソードを積み重ねていくことは、苦手なひとみたいだ。
今日のひとこと。 「あっ」(キャプテン)
決勝戦での和合中のキャッチャーのセリフ。イガラシがホームに滑り込んで、墨谷二中が優勝するが、ホームでのクロスプレーで、イガラシをタッチしそこねた和合中の捕手が、ひとこと「あっ」ともらす。このひとことが、実に余韻があってよかった。
06月17日
『キャプテン』イガラシ編の北ノ戸戦まで。
「マキバオー」6巻まで。マキバオーは泣けるぜ!
今日のひとこと。 「んぐぐ・・・・・行け・・・た・・れ・・ぞ・・・・・」(みどりのマキバオー)
チュウ兵衛、落馬。
06月16日
いやぁ、まさかマキバオーで泣かされるとは思いませんでしたね。不覚。
つーことで、今日は『みどりのマキバオー』1、2巻だ。じつはこの作品、連載中にチラチラと見てたくらいで、ちゃんと読んでいたわけではなく、今回、はじめてまともに読んだんだけど、それがもう、なんというか、普通でした。
つの丸は、わりと評価が高い作家で、ぼくのまわりにも好きなひとが、けっこういる。でもぼくは、つの丸は、あんまり興味なかったのだ。『モンモンモン』のころからそうだった。
当時、ジャンプでギャグマンガの発掘という感じで、「ギャグキング」とかいうコンクールがあって、その第2回目のキングがつの丸だったと思う。あれ?第1回目の準キングだったかな??
よく覚えていないが、第1回のキングが漫画太郎(現、漫・F・画太郎)だったのはたしかだったハズ。
この漫画太郎の『珍遊記』も、快作で、おもしろいことはおもしろい。だが、読者にはちょっとマズい意味のウケ方をされてしまった。
最近でいえば『すごいよマサルさん』のようなウケ方で、つまりインパクトが最大のウリであるため、持続性に欠ける、あるいはそもそも持続的にウケることを目的としないタイプのマンガ家の作品であるにもかかわらず、読者が無条件に持ち上げて先へ先へと急がされてしまうという、一番よくない感じに持ち上げられてしまったのだ。
なぜ、それがいけないかといえば、作品、あるいは作者が成熟する前に、読者が消費しきってしまうからで、そうすると、そのあとの食べカスのなかには、種すら残らない。ようするにギャグマンガ家ごろしの持ち上げ方だと、ぼくは思っている。
そのため、ぼくは漫画太郎やうすた京助の次回作は、まったく期待していなかったし、事実、その通りになったと思う。とか言うと、めちゃくちゃ反論されそうだが、そんなものは知らん!
とにかく、ギャグマンガを永続的にしゃぶりつくそう、と考えるほうが基本的に間違いなんだ。ギャグマンガ家は、さわがずあせらずしずかに見守ってやれよな、と思う。
つの丸は、その意味では漫画太郎や、うすた京助のようなタイプの作家ではないが、ウケ方として、上述の2作家と同じような捉えられ方をされてしまったという、それはそれで不幸な作家だと思っていた。つの丸は基本的にストーリー作家だとおもうので、急かされても死にはしないだろうが。ただ、別の意味で骨身をけずるタイプのようには見えるので、ギャグでは死なんが、やっぱり消耗してそうではある。どこか徳弘正也っぽい。
ともかく「マキバオー」は、もうちょっと読んでみたい。
今日のひとこと。 「もし・・・ぼくのおかーちゃんに会う事があったらぼくは元気だったと伝えて下さい・・・」(みどりのマキバオー)
これはたれ蔵の母、ミドリコと再会したときのたれ蔵のセリフ。母からの自立ですね。う〜ん、泣ける。
06月15日
『キャプテン』丸井編終了。
『プレイボール』の後半、ちばあきおの疲弊する姿が手にとるようにわかったが、『キャプテン』のこのあたりはアブラがのりきってる感じがする。
今日のひとこと。 「つったてりゃいい、つってたくせに・・・酷なキャプテンだぜ」(キャプテン)
イガラシ、かっこいいよな。マジで。
06月14日
三浦実子『リターン』2〜7巻。
なかなか感動的なおはなしでした。ちょっとあらすじを説明するのが面倒なのでかいつまんで言うと、女の子の身体に男の魂が憑依するはなしだ。これは恋愛はどこまで脳が支配するのか?というわりと現代的な命題で、なかなかアグレッシブに描いていると思う。うまくいったかどうかは別として。
「生まれ変わり」と「憑依」の概念的な違いも意識して描かれていた。まぁ、どっちもオカルトなテーマだが、脳の形成の観点から丁寧に描いているほうだと思う。
たとえば、「成人女性の身体に成人男性の記憶を植え込むとどうなるか」ということと「生まれたばかりの女の赤ん坊に、成人男性の記憶を埋め込む」ということの比較、と考えればいいだろう。多分。
ともかく、なかなか最後までたのしくよめたのでOKです。
でも、読んでる途中で気がつくが、竜樹のキャラが立ちすぎて、コイツが主役になってしまいましたね。
『愛しのバットマン』12巻。これでコンプリート。
今日のひとことはとくになし。
06月13日
『尾瀬あきら作品集』2、3巻「とべ!人類」T・U。これも核戦争後の終末もの。ただ、こちらは核戦争で地球が滅ぶ寸前に8人の少年少女が、宇宙船で脱出するという設定だ。
Tは8人の少年たちが、まぁ、力をあわせて生きていこうねって話だが、Uは尾瀬らしく陰惨な話だ。設定はTから約100年後の宇宙船での生活。8人の少年達の子孫らが、異常に繁殖している。これはこれですごいんだけど、もっとすごいのは、2派に分裂して戦争していることだ。
このひとは、どうも人間が複数よりあつまると、かならず愚かしい対立がおこると考えているようで、オチにしても、けっこうすくいのない話になっている。
;わりとオーソドックスなSFだと言ってしまえば、それまでだが、シミュレーションの結末が、どの作品にしても結局同じ結果をたどるところがおもしろいと思う。
『プレイボール』全22巻、イッキ読み。明日はキャプテンのつづきを読もう。
今日のひとこと。 「へへ、まっとたばい」(プレイボール)
専修館の代打登場時のセリフ。語尾の方言「ばい」が妙に印象的だった。
06月12日
『競艇少女』8巻、『餓狼伝』7巻、『代紋TAKE2』44巻。
『競艇少女』はなんかのマンガ批評本で、『モンキーターン』との比較から批評されていたのを見た事がある。その本もひどいもので、ぼくはあきれかえった覚えがある。その本の論旨を要約するとこうだ。
『モンキーターン』と『競艇少女』の主人公が、話のなかで、ちょうど似たような内容のレースの壁にぶち当たるエピソードがある。そのとき「モンキー」ではじつに緻密な取材から、主人公がリアリティのある解決法を見出すのに対して、『競艇少女』では主人公の仲間達が「お嫁サンバ」の大合唱で応援して、なんの根拠もなく解決させてしまった。だから『モンキーターン』の方が優れた作品で、『競艇少女』は駄作である。
これは、マンガとしての面白さを一番単純な意味でのリアリズムに求めてしまうという、およそ考えつく批評のなかでも、もっともなさけない部類にはいるものだ。「モンキー」も『競艇少女』もいわゆる、つーかぼくの言う職能モノのマンガであるが、そのマンガのリアリティを単なる職業的な技術のリアリティに帰結させてしまっている。この理屈が通ってしまうと、たとえば『北斗の拳』はウソの中国拳法を描いているから駄作で、『拳児』はリアリティがあるのでマンガとしてすばらしい、といった、メチャクチャ乱暴な意見すら通ってしまうことになる。でも、「北斗」を駄作とするにも、『拳児』を名作とするにも、そんな論調では説得力はないし、むしろマイナスにすらなる。
そんなおバカな意見、マスメディアで発表しちゃあ、いかんよまったく。
『餓狼伝』は夢枕獏の小説をマンガ化したものだ。過去に夢枕獏自ら指名した、谷口ジロー版のものがあるが、こちらは板垣恵介版だ。両方、比較して読むのも面白いだろう。
簡単にいえば、谷口餓狼伝は、夢枕獏が言うように「プロレスラーの肉体のリアリティを表現する」ことができる稀有な作家だ。それに対して板垣餓狼伝は、板垣流のマンガ的な誇張がおもしろい。どちらがよいかは読み手のお好み次第だが、ぼくはやっぱり板垣版が好きだ。
最後に、今日のひとこと。これはその日読んだマンガの印象的なセリフを紹介するコーナー。とかいって、明日もあるかどうかは保証しませんが。
今日のひとこと。 「陵辱がないでしょ!!」(餓狼伝)
06月11日
尾瀬あきら『リュウ』全7巻。
文明のうしなわれた未来にタイムスリップする話。楳図の『漂流教室』と併せて読むと面白い。この頃って終末思想というか、核戦争でおろかな人類が文明とともに滅んでしまうという危機感に、まだまだリアリティがあった時代かも。いま、そんなこといわれても困るよな。
『キャプテン』谷口編、終了。すこし丸井編を読む。丸井編もいいけど、やっぱ『プレイボール』読もうかなぁ。
最後に、今日のひとこと。これはその日読んだマンガの印象的なセリフを紹介するコーナー。とかいって、明日もあるかどうかは保証しませんが。
「もうオレもキャプテンも投げられやしないんだっ」(キャプテン)
06月10日
本日の読書。
『バキ』3巻、『球魂』8巻、『最終兵器彼女』1巻、『海猿』6巻。
今回の『バキ』の表紙は、なかなかスバラシイです。質量感のある大量の汗の表現は、まるでエロ劇画を思わせる描写で五つ星ですね。バキの唇や、舌のねちっこい描き方から考えても、あれは絶対わざとです。う〜ん、板垣恵介あなどりがたし。
『海猿』は海上保安官のお話で、やっぱり「職能もの」。「危機的状況下での倫理的判断」、つーんですか?具体的なエピソードで問いかけてくるので、いやでも緊張感がでます。
高橋しんの『最終兵器彼女』。いや、コレおもしろかった。
まず『いいひと。』で「タイトルのセンスがいい。とくに「。」をうってるところなんか。」とか、いろんなところで高く評価されていましたが、そんな一作のタイトルだけで「センスいい」って評価してしまうのはチョット危険だろ?とか思ってましたが、やっぱ、このひとセンスいい。
さらに、はなしの内容にしても、前作では、絵と内容があまりにマッチしすぎて「そのまんまかいっ!」といったツッコミが、つい出てしまうようなほんわか〜な感じでしたが、この『最終兵器彼女』は、作者自身の絵と設定のギャップをうまく生かしていて、それこそほんわか〜な恋愛話でしかないネームに、ものすごい緊張感を感じてしまいます。『海猿』で描かれる緊張感を比喩的に感じさせる。これはすごいと思う。いやぁ、このひとって才能あるわ、マジで。
と、いうことで、マンガ批評#10【高橋しん】書きました。
06月09日
富永裕美の昔の単行本の表紙を偶然みた。講談社系少女マンガに激ウトのオレサマは大騒ぎ。
「こ、これは、谷地恵美子!?」
もし、ホントならこれはツチノコ捕獲クラスの大発見である。世界のマンガ研究シーンを根底から覆すことになるだろう。さっそく秘書に記者会見の用意をさせるため、報告する。
「ああ、たしか谷地は安積棍子とかと交流があって、富永はそのヒトか谷地のアシかなんかやってたハズだけど?う〜ん、どっちか忘れたけど、ともかくそのヘンのヒトタチと交流があって、その影響でしょ。谷地が本流かどうかは知らないけど(たぶん谷地のほうが本流)、どっちにしても富永とはまったく別人。だいたい最近の富永の絵をみりゃそれくらいわかるでしょ?(バ〜カ、バカバカ)」
ツチノコ撃沈。
06月08日
『新・ジャングルの王者ターちゃん』7、9〜13、15、18巻、『デボラがライバル』3巻、三浦実子『リターン』1巻、購入。
ターちゃんはまだ先がながいゼ(←マッチ風)。
「デボラ」はドラマ化された時に3巻が出たのだが、ぼくはその3巻は「未収録のデボラを単行本化したもの」だとばかり思っていた。実はそうではなく、『さみしがりやのデボラ』『デボラがライバル』1、2巻を、ただ1、2、3巻としただけのものだった。つまり「デボラ」3巻は旧装丁版「デボラ」の2巻とまったく同じ。ギャアッ!!
あこぎな商売で、世間の泥水から無縁でココロが福永法源レベルに清らかオレサマをくいもんにせんでくれよぅ(T T)
『リターン』はけっこう面白い。講談社系の少女マンガは、実はほとんどもっていないので「たまには発掘」をスローガンに買ってみた。続きを買わねば。
06月07日
徳弘正也の『Wrestlling with もも子』2巻、『水のともだち カッパーマン』3巻、小田原ドラゴン『おやすみなさい。』1巻、『F』28巻、森下裕美『恋人のいる街』、購入。
「もも子」、「カッパーマン」、『F』はこれでコンプリート。あぁ、ながい旅でございました。
『おやすみなさい。』はともだちのナガシオ(パチプロ)くんに激賞されたマンガだ。ぼくは小田原ドラゴンが、『女子高生ゴリコ』のしまおまほと対談しているのを見て「いかにもサブカル女推奨の、斜にかまえたマンガ」だと勝手に思い込んでいたのだが、「オタク男子、必見のマンガ」であることが判明した。オタク男子のぼくとしてはやはり激賞作品だが、作者にとって、はたしてどちらがシアワセであったかは、わからない。
森下裕美が「鼻につくような純文学マンガ」を描いていた頃の作品。う〜ん、予想通りつまらん。ただ、森下の顔写真を含めた、プロフィールがわりとくわしく出ているのでお得ではある。人気作家になると、そういうプロフィールはほとんど出ないからね。
06月06日
寝る前に何も読むものがない。しょうがないので、ちばあきおの『キャプテン』読みながら寝た。
06月05日
『新・ジャングルの王者ターちゃん』4〜6、8巻購入。うげぇっ!7巻がない!!これまで順調だったターちゃんも、もはやこれまで。ここからは歯抜け地獄突入の予感・・・あわわ・・・。
ずっと探してた多田かおるの『君の名はデボラ』全2巻ゲット。やったぜっ!とおもってたら、秘書ケイコロさんの「それ、持ってるのに」のツッコミ。あせって見てみると本棚の一番下の開き戸の中に、『君の名はデボラ』プラス『さみしがりやのデボラ』まで発掘。そうだよ、持ってるような気がしてたんだ。あはは、はぁ・・・。
かつては、本のダブリを心の底から恐れ、また全十何巻、本屋のレジにドンッと積み上げることを「大人の底力」と憧れた、そんなおもいも今は遠い少年時代の幻影(Byメーテル)。オレもすっかりうす汚れた大人になってしまったもんだ。トホホ・・・。
06月04日
『ヒカルの碁』7巻。う〜ん、いつになったら佐為が活躍するのか。たぶん少年(ヒカル)の成長を描いていきたいんだろうけど、歳くった読者としてはそんなことどーでもいいぞ。ヒカルの努力する姿より、佐為のチカラでのし上がっていくところが読みたい。だいたい本因坊秀策だって、そうやってのし上がっていったことになってるじゃないですか。そっちのほうはいいの?
ジャンプ的にもどっちかっつーと「努力」より「勝利」を優先すべきだと思うけどなぁ。
『ナルト!』2巻。もうあきちゃったよ。はえぇっ!!(←スラムダンクのリョウ太のドリブルへのツッコミより)
06月03日
森下裕美『ここだけのふたり!!』3〜6巻。森下裕美。絵がかわいい。ちょっとした丸とかの位置で、マンガの顔の表情は変わってしまうものだが、この人の絵は実に安定感があり、かつ、最小限の描線で相当の数のニュアンスを表現してしまう。それってけっこうすごいぞ。
06月02日
森下裕美『ここだけのふたり!!』1、2巻。森下裕美ならなんでもいい。どれ読んでも同じだし、どれもおもしろいから。いろいろ考えると、なにかいえそうな気がするが、とりあえずヒトコト。悪そうなヒトはじつは優等生で、かわいいひとはじつはクセモノ。そういうギャップが基本になっていて、へんにしあわせなきもちになります。
小林じんこ『おサルでワン』2巻。1巻は小林じんことだんなさんのエッセイまんがだったが、2巻は子育てマンガに。なんか興味ないなぁ。なんでだろ??
06月01日
『太郎』細野不二彦。これは全巻読んでも3〜4時間で、疲れない。いいねぇ。
ところで、この人のスポーツもののリアリティはなかなか好きだ。これと同じボクシングものとして、『はじめの一歩』があるが、この作品は、運動のディフォルメにおいて極限にまで作りこんだ作品ではあるが、その分、実際のボクシング、つまり観戦する側のイメージとしてのボクシングのことだが、その点において、ちとかけ離れた感はいなめない。
よくあるのが、たとえば野球を知らないひとが野球マンガを読んだとする。それで野球が好きになって、実際、テレビや球場で観戦すると「なんだ、マンガとゼンゼンちがうじゃん」と思うだろう。それは当たり前で、実際の試合はマンガのようにディフォルメという演出がなされていないからだ。
その意味で『太郎』は実際に行われるボクシングの試合のリアリティに、かなり迫っていると思う。マンガ的な演出は、試合以外のところで魅せている。これは秀逸だ。
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