マンガびとの館
『サトラレ』
(C)佐藤マコト
(講談社)

佐藤マコト +++『サトラレ』(講談社)+++

はじめに

【カンチョ】  ひさしぶりのマンガ会議です。前回の「帯ギュ」は掲示板でやりましたが、今回は『ありがとう』同様、ケイコロさんとふたりでお届けします。
 なんで二人でって、理由は当然「緊急」だからです。テキストは講談社、佐藤マコト『サトラレ』。
 今月はおれの中で、急遽「サトラレ強化月間」に認定したもんだから、なにかのカタチで取り上げなければ、という使命感に燃えての登場です。
 それではみなさんよろしくお願い致します。

【ケイコロ】  カンチョの強い要望に応え『サトラレ』緊急会議に召喚されたケイコロです。よろしくお願いしま〜す。

【カンチョ】  とにかくおれはもう、この作品にいきなりハマりましてね。なんだろ? すごいひさしぶり。これだけハマったのは。
 だいたいどんな作品でも、1巻でいきなりドップリってことは、まずないんだけどね。大抵は1巻読んで、ちょっと注目しておいて、2〜3巻あたりで「これはいい!」と確信する。そんなパターンが多いんだけど。おれがハマってる『度胸星』にしても「ハンター」にしてもそう。しばらく読んでからハマるって感じだった。
 でも、『サトラレ』って基本的に1話完結なので、第1話で評価できるんだね。ありがたいことに。

【ケイコロ】  続き物だとさすがにそうはいかないよね。

【カンチョ】  うん。とにかくほんとにモロ好みの作品だわ。
 ということで今日はあんまり距離を置かないようにして、ファンとして考えていきたいと思います。

【ケイコロ】  いつもより勢いが違ったよ『サトラレ』の話するとき。目の輝きとか話の勢いとか、一目ぼれっぽいうなされ方っつーかね。例え悪いけどさ。

【カンチョ】  いいんだって。とにかくオレはあきっぽいので、鉄は冷めないうちに打っちゃわないと(笑)
 来月にはもう「どーでもいい」とか言ってそうだし(笑)
 それはともかく、この作品、映画化されたでしょ(される?)。それでなんか、1巻の帯に「映画化」とか書いてあって、「サトラレとは?」うんぬん、みたいなことが書いてあったんですよ。それ読むと、「あぁ、サトリの反対っていう設定なのね。なるなる」なんて思うわけですが、じゃあ、サトリの反対ってなに? ってことでオレ、なんかその場ですげー考え込んじゃって、しょうがなしに立ち読みしたわけ。
 そしたら、めちゃくちゃ面白いじゃない。速攻レジに持っていって買いましたよ。
 そんなわけで(?)まぁ、さっそくはじめましょうか。



共感性について

【カンチョ】  さて、最初は作品のテーマついて、です。まぁ、お約束ということで。
 これは最初に言ったようにオムニバスなので、個々でそれぞれテーマが違うわけですが、まず、大枠のテーマから考えていきたいと思います。
 いきなりだけど、ケイコロさん、なんかある?

【ケイコロ】  1巻の4話目のお医者さんからテーマがはっきり軸として感じるようになったよ。お医者さんと患者って信頼関係、専門用語でいうとラ・ポールを重要としてるでしょ。通常、この関係性を重要視するのは臨床系の心理屋さんだけど、お医者さんという人に患者が求めているのってコノ部分もあるじゃない。

【カンチョ】  インフォームコンセントも、突き詰めて考えればそういう一面を反映しているって考えられるしな。「この医者は信用できるか?」という患者の不安からくる部分を、会話でカバーしようってことで。

【ケイコロ】  うん、そう。ところがサトラレというお医者さんによって、治すという意思が直接伝わってくるわけでしょ。
人が求めているのは、こういう信頼性なんだよっていうことで、4話目以降の話は、人の人との共感性とか信頼を軸にしてるのかなと思ったよ。

【カンチョ】  あれはよかったねー。「絶対に助ける」ってやつ。
 サトラレは剥き出しである分、発話よりも信用できる。つーか、疑うべき理由がないって設定ですね。

【ケイコロ】  「相手の気持ちになって考える」ってよく子どもの頃に言われたりしなかった? この言葉は現代の日本では、死んだ言葉になってるよね。互いに共有しあうものがないから。
 一昔前の道徳性を単に言っているのではないと思ったのが第6話。「疑うべき理由がない」というか、同調せざるを得ないってトコロ。これは、単純な道徳性に落とさずに、サトラレを通して、突き詰めるべきテーマをそれなりに誠意をもって突き詰めてるなぁ、と。
 1巻すべて読んで、疑いの眼差しでいたことを反省したよ。すごいテーマ扱ってると再認識!

【カンチョ】  なるほどねー。
 オレもそう思いますよ。しかもオレ好みのテーマなのでよけいにシンパシを感じてしまう。
 「口でいくら言われても信じられない」という思いってけっこうあるじゃない? それをクリアするために、たとえば「態度で示す」とか、いろいろあるわけ。あるいは、信用できるように、論拠を示しながら言葉を重ねていくっていう、批評なんかも方法のひとつだわな。
 ともかく、サトラレではない我々は、言葉や態度なんかの、目に見えるカタチにおけるレスポンスでもって相手に示さなければ絶対伝わらないものであるわけだけども、ところが、サトラレはそうではない、と。

【ケイコロ】  いかに、私らが目に見えるカタチにこだわってきたか、ということが思い知らされるってことね。
 まぁ、それもあるけど、サトラレって設定上、人間性善説に沿って描かれてるじゃない。わたしが疑いの眼差しを向けてなのは単純に、ソコにあったんだけど、その点の疑問については第6話で一応の決着をつけてるなぁ、と思って。

【カンチョ】  「彼らはけっして善人というわけでもない」というところと、「彼らが周囲の人間の、極めて不確かな善意というものに支えられて、はじめて成り立っている」ってところのカラミね。

【ケイコロ】  そう。
 あれって、赤ん坊の理屈でしょ。極めて無防備かつ剥き出しの自我が、かえって周囲の人間にとって保護すべき対象となりうるっての。まぁ、赤ん坊に自我もクソもないんですけど(笑)
 その理屈は、実感としてよくわかるじゃない。

【カンチョ】  あぁ、なるほど。
 そういう説得力はあるな。



利き顔について

【カンチョ】  まずね、一個気がついたところがあるんだけど、いい?
 サトラレ島のエピソードで、自分が「サトラレ」であることを知ってしまった故に、孤独を余儀なくされてしまった白木さんいるでしょ。この人の顔。
 すごい、いいんですよ。この顔が。
 自分の頭の中が悟られてしまっているという恐怖感というか、ともかく、みじめで無様な自分っていうのを自覚せざるを得ないわけでしょ。そういうなんともいえない感情が、この顔によく表れてるなぁ、と思って。

【ケイコロ】  はぁ、なるほど。目引く顔だよね。

【カンチョ】  いいでしょ?コレ。
 んでね、この表情のなにがすごいって、コレ、口元の左はじが上がってるでしょ。読者からみると右側。ようするに、愛想笑いなんだよね。全部笑わない。そうやって「造った笑顔」ということを描き分けてるんだわ。
 それも、口角レンズ(?)のパースのついた表現で、表情に視線が集まるように「ぐわっ」クローズアップして描いてるでしょ。
 これはつまり「この顔を見てくれ」っていうことで、最大の山場になってるわけ。
 その最大の山場で、口角レンズでゆがんでしまった構図がユーモアと同時に感情の不安定さを強調してるってのが、このエピソードの全体の色合いを象徴してるなー、と思ったよ。

【ケイコロ】  うん、それはわかる。  なんか、かっこわるい自分をさらけ出して開きならざるを得ないところに追い込まれてるんだけど、開き直りきっていない、難しい愛想笑いですね。

【カンチョ】  そうなんだよ〜。なんか、かわいそうでしょ。
 読んでるこっちとしても、まぁ、オレだけかもしれないけど、すでに白木さんに感情移入しちゃってるもんだから、彼の心情がものすごく伝わってくるね。もう、我がことのように。
 「うぉ〜!すげー恥ずかしいー!しかも悲しいー!」って感じで。
 セリフも泣けるよね。まったく。

【ケイコロ】  すいません、私泣いてません(笑)

【カンチョ】  まぁ、それで話を戻すと、気がついたところなんだけどね。
 まず、その愛想笑いなんだけど、普通、愛想笑いするときに使う口って、右なんですよ。つまり、右利きの人は利き腕と同じ側を使う。でも白木さん、左を上げてる。

【ケイコロ】  うん。そうね。

【カンチョ】  これってつまりね、白木さんって左利きなんだよ。
 まぁ、こんなのこじつけかなぁ、と思ったけど、一応気になって調べてみたら、まずその隣のページ。
 白木さん、左側にワイングラスを置いてるよね。
 さらに、電話の受話器を持つ手が右手。電話の受話器って、大抵、利き腕と反対の手を使うから、やっぱ白木さん、左利きって設定なんだよ。明らかに設定されてる。
 女流棋士のりんちゃんは右利きだけど。

【ケイコロ】  あっ、ホントだね。

【カンチョ】  あ、なんか普通のリアクションだ(笑)
 けっこうすごいところに気がついたと思ったんだけど。

【ケイコロ】  ハイハイ、凄い凄い。
 でも、この人一話目から利き脳を意識して描いてんじゃないの?
だって最初のサトラレの人、左利きじゃない。

【カンチョ】  え? あ、あれ? ホントだ。
 白木さんにばっかり気がいってて他の人まで調べなかったよ(笑)

【ケイコロ】  右脳を使っているんだという設定なんだって、最初に思ったよ。お医者さんになる人も左利きでしょ? 左でごはん食べてたよ。

【カンチョ】  マジで? 右手でペン持って勉強してるのは確認したよ。メスも右で持ってたし。

【ケイコロ】  いやいや、ココ。ああ、左利き用のメスってないのかな〜っていうので右に矯正したと深読みしてたけど。

【カンチョ】  あぁ、ホントだな。左でめし食ってるわ。
 なるほど〜。なんでりんとサトラレの街の男の子は右利きなのかはわかんないけど、少なくとも「サトラレ」は左利きが基本(?)っていう設定なわけですね。5人中3人が左利き。

【ケイコロ】  そうそう。
 一応、レオナルド、ミケランジェロ、ピカソとか、天才の代名詞ですから(笑)

【カンチョ】  アインシュタインも左利きだっけかね? 忘れたけど。

【ケイコロ】  あとエジソンとか、ラファエロとか。

【カンチョ】  あと中日の今中とか(笑)
 まぁ、それは置いといて、右脳が利き脳の人は視空間的な才能があって、利き手が左利きになる。左脳が利き脳の場合は、右利き。言語的な活動が優位の脳、らしいです。一応、知らない人のために。

【ケイコロ】  これ、一時期はやりましたねー。『右脳で描け』とか

【カンチョ】  右脳は俗に芸術脳とか言われたりするけど、物理とか数学とかの天才にも右脳が発達(?)しているというか、利き脳が右って人が多いらしいって話で。どこまでホントかは知らないでど。
 まぁ、そんなのはいいんだけど、佐藤マコトって結構、心理学とか脳医学とか詳しそうだからね。一応意識してるでしょ。この辺は。
 おふざけに「サトラレ、左利き優位説」みたいな裏設定を立てたってところかな。まぁ、作者のこだわりをココに見た、ということで(笑) なんせ、利き顔までちゃんと描き分けてるんあから。すげーなぁ。佐藤マコトは。って、ホントは単に手のクセの問題で、たまたま左側を上げて描いたってだけかもしんないけど(笑)

【ケイコロ】  まぁ、手のクセってあるかもしれないけど、でも利き腕は間違えたりしないでしょ。 左利きで描いてるんだから明らかに設定されてるよ。

【カンチョ】  そうだよね。
 んじゃあ、そろそろ閑話休題。
 とにかく、あの顔は絶妙にせつない、ということで。

【ケイコロ】  この表情はけっこうみんな気になってるでしょうね。
 それにしてもホント、いい顔してる(笑) 後にエヴァの加持さんみたいな、しぶいキャラになってましたが、この時の白木さんからは想像できません(笑)



モノローグについて

【カンチョ】  あと、サトラレの思念波の表現、あるでしょ。あれって、けっこうおもしろいね。よく考えると。

【ケイコロ】  ん? 何が?

【カンチョ】  あの文字の使い方って、だいたいモノローグとかナレーションとかに使う、というか、普通に読んでれば、これまでのマンガ読みの経験で、「あぁ、モノローグなんだな」とか、「ナレーションだ」とかごく自然に判断するじゃない。  で、あの字の使い方はまさにその用法なんだわ。
 でも実はそうじゃない。

【ケイコロ】  どうちがうの?

【カンチョ】  たしかにサトラレにとってはモノローグ、独白なんだけど、周りの登場人物にとってはモノローグではなくダイアローグ、対話になりうる言葉なんだよな。なんせ、聞こえてるわけだから。
 例えば、この絵なんて、完全にモノローグのイメージとして読み取れてしまうけど、実はお母さんには男の子の「ごめんね」が聞こえてる。だけども応えちゃいけないんだから、あえて無視してる。モノローグのようにみえて、モノローグじゃないんだわ。
 それって考えるとちょっとおもしろいなぁ、と思って。

【ケイコロ】  それは言えるね。
 そう考えると、このシーンってめちゃくちゃ面白いよ。なんていうか、まず子どもの心が母親に伝わってるわけですよね。ちゃんと。
 しかも、サトラレだから、この子の感情って疑う余地のない完璧な言葉というか。
 えーと、普通だと他人の言葉って「信じる、信じない」の世界なんだけど、サトラレの場合は、言葉だけで真実の感情を語ってることになるわけで、えーと、うまくいえないけど、ちょっとイイかも。


【カンチョ】  親にしてみれば、この上ない喜びだろうなぁ。
 この子の、文字通り「心からの本当の言葉が聞けた」ってことだから。

【ケイコロ】  そうよね。
 あと、このモノローグの表現では、例えば、この絵なんかは、その辺上手く利用してる。一見モノローグのように見せかけて、実はダイアローグだってところ。
 「どうしちゃったんだろう。川上さん。」という写植を次のフキダシに重ねて、会話でないように見せかけた会話、というのを表現してるよね。


【カンチョ】  そうそう、ときどきモノローグかダイアローグかわかんなくなるけど(笑)それって、錯綜してるからなんだよな。それがなんかおもしろいなぁ、と思う。
 マンガの様式を上手く利用してるというか、たまたまなんだろうけど、図らずも、マンガのルールが浮き彫りになった、というべきか。

【ケイコロ】  このへんはちょっと今後も考えていけるね。




おしまいに

【カンチョ】  あんまり関係ないかもしれませんが、一応ね。映画化についてはどうですか?
 オレは絶対に観ません(笑)

【ケイコロ】  映画館には行かないけど、心の中で応援する。

【カンチョ】  ホントは、映画も観て、間接的にでもいいから佐藤先生のお役にたちたいんですが(笑)
 オレは、マンガ原作を他のメディアに移植する場合、それは別のクリエイターが別の考えで創作したまったくの別物としてとらえるんですよ。たとえばアニメだったら、絵が動くでしょ、声が出るでしょ。その時点で原作者の描いたマンガ作品ではないわけだから。
 でも、原作が好きなら、一応、アニメとかドラマとかCDブックとかチェックしたくなるのもファン心理のひとつなんだけどね。
 昔、ジャンプが連載マンガをバンバンアニメ化する、メディア戦略で押してたときは「あぁ、おれの好きなマンガがアニメに!」なんて単純に嬉しかったけどね。実際、アニメと原作のイメージが全然違ってても、それでも嬉しかったから観たよ。
 でもね、『サトラレ』はちょっと、なんというか好き過ぎるというか(笑)
 オレは絶対許せなくなると思うんですよ。原作と映画版のイメージが違うことに。
 そういうのは精神衛生上、よくないから観ないことに決めました。

【ケイコロ】  イメージぴったんこだったらどうすんの(笑)

【カンチョ】  まぁ、そんなの絶対ありえないからね(笑)
 どれだけ原作のイメージ通りに仕上げようとしても、マンガと映画では技法がちがいすぎる。その時点でもうイヤです。そこに目をつむっても、今度は配役が、とか、カメラワークが、とか、いろいろ出てくるでしょ。さらに、100人が見て99人が、これはマンガの『サトラレ』のイメージを完全に把握して再現して見せてる! すげー! なんて思えるような作りだったとしても、残りの一人がオレだったらどうすんの(笑)耐えられないよ。100人が見て100人全員が「完璧に再現できてる」と評価できるものなんて、こりゃまたありえないし。
 ともかく、そういうのを楽しむ余裕がないうちは、絶対観ちゃだめでしょ。

【ケイコロ】  実際、映画版は里見さんと小松さんのカラミらしいしね。まぁ、医者の話は人情話でよくできてるから、そこに小松さんをからませようってことだろうけど。ようするに1話と4話のおいしいところを寄せ集めたわけね(笑)

【カンチョ】  あと、話かわるけど、この人、すごいねー。キャリアが(笑)
 巻末のおまけマンガ読んで、ホントに感心しましたよ。
 よくぞマンガ家をあきらめないで、がんばってくれましたよ。おかげでオレが得しました。

【ケイコロ】  ホントにね。まぁ、人生をなげうってマンガに執着してくれたおかげで、こっちもいい作品を読むことができて感謝ということで(笑)

【カンチョ】  お後がよろしいようですな(笑)

2001/03/14
改稿2001/04/16


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