マンガびとの館

BBSマンガびと≪子ども向け作品とは?≫

はじめに

 これは、2000年8月2日から同年8月8日までに、BBSマンガびとで書き込まれたログを、まとめたものです。
 映画の「デジモン02」における、「子供向けの作品とは?」という問題提起から発し、 マンガやアニメに限定されない作品論にまで、延々と発展していきます。

 あまりに長い討論となったため、BBSでは機能上、快適にごらんいただけない、と判断し、ここに独立させ、かつ 校正したものを公開したいと思います。


 なお、ひとつのコーナとしてまとめるにあたって、以下の点、遵守いたしました。
    ●書き込み者のログを改ざんしない。

 また、変更部分として、
    ●関連があると管理者(his)の判断したログのみを収録する。
    ●重要と思われる発言個所のフォント指定を変更する。
    ●文をなるべくみやすくするため、適宜改行を行う。
    ●レスのタイトルで、本文と関係性が薄い、と管理者が判断したものを*印に変更する。
    ●あきらかな誤字、脱字を修正する。
    ●文中の「」を適宜、削除する。
    ●レスを時系列に沿って、上から下という流れで収録する。
    ●メールアドレス、URLをリンクしない。




その1

べろべろです(@▽@)

    突然ですが、昼間に友人に誘われてデジモン02の映画を見に行ってきたんです。

    が、あまりの子供置いてけぼりさな展開にガクゼン!難解すぎ!
    僕は漫画でもアニメでも、基本的に「子供のために」作っているものが好きなんですが、子供が怖くて泣きながらお母さんと出ていくような作品を「子供向け」と言って公開して良いのだろうか!?どうなんだ東映!!

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月2日<水>04時34分)

でじもん

    ひろくんも「怖かった」そうです。
    るっちょりは「デジモン」も「ポケモン」もあんまり好きではない。
    これは「売れる作品と良い作品必ずしも一致せず」の好例ではないでしょうか?

Name : るっちょり Mail : rittiori@smile.ocn.ne.jp Time : (2000年8月2日<水>23時29分)

やっぱりそうですか・・・・

    デジモン02。(漫画の話題でなくって申し訳ないです)
    僕の周りでは何人か見に行ってる人がいて評価が高かったんです。

    「ありゃすごいよ!作画や動きが子供向けを超えてるね!」と。

    ・・・・確かに凄かったですよ。でも子供のためには全く作られていない・・・。
    マニア受けするような「子供作品」なんて、制作サイドの自己満足としか思えないです。
    「作品」というものを「何に向けて作るか」ということは作品の製作過程に於いて 絶対に避けてとおれない命題だと思うんです。
    これは漫画にも言えると思います。

    今日の漫画に少年・少女・青年といったカテゴリーがある訳は読む人に楽しんで貰うために 作品傾向を少しずつ変えていった結果じゃないんでしょうか?
    見に行った僕の知人達に聞きたい。「子供達は楽しんでたの?」と。
    もっと制作者サイドの「子供に楽しんで貰おう!!」という意気込みを感じたかったです。

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月3日<木>03時23分)

「子供向け作品」とは

    >作画や動きが子供向けを超えてるね
    ・・・なんだそりゃ?

    でわ子供向けの作品とは動きがチャチイのか?大雑把なのか?
    技術じゃねえだろ、スピリットだろ〜〜〜!
    はうう。ちょっと興奮。ごめんなさいです。

    漫画でもそうだけど、子供が本当に感動して心に刻むようなものは、 大人が読んでも感動出来る作品なんだと思うですよ。でも、感動する のはやっぱりその作品の本質「何を伝えたいか」に自分の魂が共鳴 するからだと思う。作画や映像表現は伝達手段でしかない(もちろん それだって重要なんだけど)。まずはメッセージありき、であって 欲しいです・・・。

    http://www1.ocn.ne.jp/~kamino/

Name : るっちょり Mail : ruttiori@smile.ocn.ne.jp Time : (2000年8月3日<木>10時16分)


●レス

    で、「子供向け作品」について、まとめてレスです。
    ちょっとデジモン02、観てないので、デジモンについてはノーコメントです。

    が、話の流れから推察すると、
    子供向けとして流通させておきながら、現実に子供(対象年齢6〜10歳くらい?)が たのしめるものにはなっていないという不満からのもののようですね。
    それは「不適切な表示」ってことでよくないですね。

    ただ
    >少年・少女・青年といったカテゴリーがある訳は、読む人に楽しんで貰うために作品傾 向を少しずつ変えていった結果じゃないんでしょうか
    とありますが、現実に子供ではない人たちは満足されてたんですよね。
    では、作品としては「OK」だったんじゃあないでしょうか?

    つまり、こうは考えられませんか?
    「創ってはみたものの、おそらく子供にとって、この作品がいいかどうかはわからない。
    でも、オレはこの作品はすばらしいと思う。いい作品を創れたと思う。」

    なんて、制作者は考えているかも。

    なにがいいたいかというと、たとえばぼくが
    「友情と努力の物語で、子供をがんがん泣かせて、いかに友情、努力がすばらしいか、と いうことを表現してやる!」と思っていたとしても、そうはならないことだってあるでし ょう?
    つーか、作品を創る際、対象年齢まで考えてつくる人ばかりではないし、それが正しいわ けではない。


    ということで、もぐたんが言いたいのは
    「制作者は、子供向け、ということで金もらって るくせに、最初から子供を放棄した作り方をしている。
    これは社会的な道徳として、よろしくないんでは?」
    ということでしょうか??

    これなら「そうですね、どこかで損した人はいるでしょうね。」と言えますが、けっして 作品そのものを評価するものではないように思います。

    でも、たぶん、これももぐたんのいいたいことからズレてるような気がします。
    おそらく、
    「ありゃすごいよ!作画や動きが子供向けを超えてるね!」という友人のひとことに怒り を覚えたんですよね。
    この人は、子供向け作品が、ときには金儲けのために、イージーに創られてしまうと いうことにアンチの立場のひとで、この発言は、おそらくそこからきたものでしょう。
    で、もぐたんは、当然、そういう傾向はわかっているけれども
    だけども、
    「子供向けとして創られていて、かつ作品としてすばらしいものだってできるはず。」 と考えているので、「作品としてすばらしい」=「子供向けではない」という図式でひと くくりにしてしまう単純さに危険を感じてしまう。
    メディアとしての広がりを殺す危険性があるから。


    と、まぁ、こんなところではなかったでしょうか?
    かってにもぐたんの言い分を解釈してみましたが、たぶんあたってるんじゃないですかね?
    ちがってたらごめんね。
    こうでも解釈しないと、クリエイターの傲慢ぶりに怒りをおぼえる、いち消費者のよ うにみえてしまいます。
    いや、別にそれでもいいんですけど。たぶん、もぐたんのいつもの言い分とはちょっと違 うかなぁ?という気がずっとしてたもんで・・・。
    ちがってたらレスでもください。

Name : かんちょ Time : (2000年8月4日<金>07時46分)


*

     >はうう。ちょっと興奮。ごめんなさいです。
    僕も薦めてくれた知人と激論を繰り広げました(笑)。
    でも論点がずれまくっちゃって、僕はそれに気付いてるんだけど相手が全く 気付いてくれないという少し悲しいカンジになっちゃいまして・・・。うーん。

    たぶん「アンパンマン」とかと比べて「子供向け」といったらしいんですが、 それにしたって論理的じゃなかったなぁ、彼の主張は。
    結局自分が一度「好き」といったもので、僕の意見を聞きいれようとしなかったようでしたねぇ。
    別に好きなら好きでいいのに。何で僕の意見を否定するんだろ?わからん。

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月4日<金>07時50分)


●やっぱり(^^;

    すばやいレスですね(笑)
    やっぱりお友達への批判だったんですよね。
Name : かんちょ Time : (2000年8月4日<金>07時58分)

よっしゃ!たまには真面目に!
    僕が打ち込んでる間にかんちょさんのカキコがあったらしいですねぇ(笑)。
    読んでみて・・・ちょっと僕の考えとは違うようです。アニメの話なのでカキコは ちょっとひかえめにしていたのですが・・・・・いいんですね書いちゃって(笑)

    まず僕が言いたいのは、大前提として
    デジモンという作品は現在TV放映しており、 視聴者のほとんどは子供であるということです。
    つまりアニメではあるけれども「原作」があるという事です。
    子供達はその「原作」を見てイメージをかため映画を見に行くわけですね。

    さてそこで今回の映画。
    かんちょさんは見ていないそうなので内容については省きますが 一言で言えば「原作を無視」した演出をしていたのです。
    過剰に恐怖感をあおるような演出、といえばわかっていただけるでしょうか?

    この映画は「東映アニメフェア」というくくりで公開している物で、 その観客層は当然8割が子供でしょう。
    従って「カテゴリー」の面から言うと明らかに「少年・少女」になるわけです。
    この作品に限って言うと、大前提として子供達を満足させる事が 制作目的の必要条件であり、かつ十分条件でもあります。あるはずです。
    なぜなら、「子供のための映画」、「子供のための興業」なのですから。
    だからその意識、意義を放棄した作品がどれほど作品として評価出来るとしても 僕はそれは「駄作」だと思うのです。
    ・・・これは「もう一方から見た」僕なりの「作品評価」なんです。


    実際、僕も知人と議論した際、かんちょさんの言う作品としての価値 ・・・早い話「出来」ですね、このことは論点の一つに挙がりました。
    僕は正直「出来」はいいと思います。「クオリティー」はかなり高い物がありました。
    作画・演出・脚本。どれも水準以上だと思います。子供向けで無ければ
    結局、今回のこれは、まさにかんちょさんの言うように
    クリエイターの傲慢ぶりに怒りをおぼえる、いち消費者 の意見にすぎないんですよ。今回の事例に限りですが。

    作品としての評価というのは相対的な物で例え自分が気に入ったとしても他人が 気に入るとは限らない。でも「興業」としてのスタイルが確立していた場合に限り、 その「相対的」なものをきっちり「限定化」しなければならないと思うのです。
    明らかに「ベクトル」が存在している物に対してその「ベクトル値」をねじ曲げれば 「スカラー値」を幾ら引き上げたとしても行き着くこところは見当違いになってしまいます。
    ベクトルの方向は一つ。「子供のため」でしかないのですから。この「作品」は。
    「作品としてすばらしい」=「子供向けではない」ではなく 「子供向けではない」=「作品が成り立たない」なのです。


    実はこれは僕は「アニメ」故に起こる現象だと思っているんです。
    漫画は「個人の才能」でできあがっていく作品ですが アニメは「多人数により制作」していく作品なんですよ。
    実際、今回の劇場版とTV版の監督は全く違う人です。
    だから、作品としての相違が生じるのは当たり前で、またこういうことは よくあることなんです。
    僕がある程度書き込みをひかえていた理由もここにありまして。
    特殊なんですよ。「アニメ制作」って。
    かんちょさんが「いつものもぐたんと違う」と言う理由は、実は全くその通りでして 僕が意識的にいつもの視点と違う「アニメの評価」をしているからだと思います。

    漫画は「読む人が選べる」媒体なんですよ。作者・絵柄・作風・テーマ性・・・。
    幾らでも種類はあるし、自分と合わなければ放棄すればいい。
    でも「アニメ」は違うんです。子供達は「デジモン」を見たいんです。
    制作者が自由に「ねつ造」して良いものでは無いんです。
    例え作品の出来がよくても「デジモン」出なければ意味がないんです。
    それが「ベクトルのある作品」としての「評価」であると、僕はそう思います。

    とまぁ、こんなところですかねぇ。ああ疲れた(笑)。
    長文になってしまいましたがおかげで書きたいことがかなり書けました。

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月4日<金>09時04分)


ああっ!また行き違い!(汗)

     >やっぱりお友達への批判だったんですよね。
    も、もちろんありますが、作品批判したつもりです。どーでしょー?

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月4日<金>09時13分)


●もぐたんへ

    OK。了解しました。
    ここで、念のため、論点を整理しておきましょう。
    一応、読んでる人(いるの?)ために。

    えーと、2点あると思うのですが、 まず≪どこまで作品と見なすか≫ということですね。
    できあがったモノ、それ自体のみ】とするのがぼくの意見
    できあがって、発表された(経緯も含む)モノ】を作品として総合的にみるのがもぐたん。
    雑に分ければこんな感じかな?
    どうでしょうか。

    ということで、「ウチのいとこの○○君はデジモン02、面白がってました」等のツッコミ禁止です(笑)
    ここでの論点はもはや「子供が楽しんでいたとするなら、よし」あるいは「子供が楽しいめないのでダメ」 というレベルの話ではなくなっているので。

    つぎに、≪先に「デジモン」ありきか、「クリエイター」ありきか≫の問題。
    たとえば、デジモンだけでなく、「ドラえもん」でも「サザエ」でも「ちびまる子」でも「ポケモン」でも なんでもいいけど、ようするに、いちクリエイターの作り出した作品(あるいはキャラクタ)が、支持を得て 一人歩きしてしまった場合、どこまでパブリックイメージを維持するか、あるいは翻すかの問題があります。
    で、たいていはこういうケースの場合、大資本がからんでいるので、ほとんどは徹底的に維持するという方向 に向かうものです。

    ところが、「デジモン」はそうではなかった、ということかもしれません。
    最近では「仮面ライダー・クウガ」なんかが、そのイイ例ですね。
    子供向けの作品のはずなのにストーリや設定が子供には明らかに難解すぎる作品。

    まぁ、こんなとこじゃないでしょうか?
    とりあえず「テーマ」の絞込みまで。


    で、レスです。
    この問題は、ようするにどこまでがクリエイターの責任か、に 集約されると思います。
    ただ、創りたいもの(かどうかはわかりませんが・・・)を 創ってしまった。
    結果、「子供向け」として流通させる作品が、 子供では理解不能なデキになってしまった。

    では流通させてしまったのは??

    ぼくの言いたいのはココです。
    アニメは比較的、チーム作業でつくられます。
    そこにはとうぜんプロデューサもいます。
    それ以外にもいくつかの関門があるわけですが、それらを すべて突破して流通させた、というのは製作会社のみならず 配給元もGOをだしているわけです。
    つまり、本来「子供向け」として流通していたものが そうではない姿に変革したというのは、社会的な戦略があるからでしょう?

    これは、もはや「作品論」ではくくれない問題ではないでしょうか?
    なのでぼくは「作品として」の評価はあくまでも 出来上がったモノ、それ自体で見るべきで、 その後の経緯を含めた「戦略」込みでみる場合は 作品論じゃあないと思うんですが。。

Name : かんちょ Time : (2000年8月4日<金>19時05分)


さてさて、いっきますよー!(>▽・)b

    かんちょさんは作品とはそれのみで評価するべき物とお考えなんですよね?
    これは実は僕も全く同じです。漫画に対する場合は。
    ・・・ここで、せっかく「作品論」についてまで発展しかけているのに申し訳ないですが、 もう少し「デジモン」の事についてカキコさせて下さい。

    実は僕が今回デジモンに対して感じている評価は自己評価では無いんですよ。
    自分が気に入ったかどうか、では無いんです。
    前回のカキコでも書きましたが「出来」はいいんです。それは認めます。
    自己評価とは自分の満足度ですよね?ところがです。
    僕が今回作品を観たときに感じたのは自己評価ですらなく、 どちらかというと。「冷静」な自分が感じた周りの子供達のさめた「瞳」。
    「面白く無かったよう」と言う「声」だったんです。
    そしてそれは実際に「作品」を観た僕としては非常に納得の出来る反応でした。

    実はかんちょさんの言うとおりこれは純粋な作品批評では無いのかもしれません。
    でも僕はこの作品の「感想」を聞かれたら「制作者による子供への裏切りを感じた」 と答えるでしょう。・・・そうなんです。正にかんちょさんの言われるとおり僕は 「制作者に対して」「作品批評」をしているんです。


    ここで話を元に戻しますね。
    アニメという物が「商品」であり「興業」が成り立っている以上、社会的戦略からは 逃れることは出来ません。ですがそれは言い訳に過ぎないと僕は思います。
    世に送り出した物はその戦略も含め作品として評価するべきだし、 そうせざるをえないと思うんです。

    なぜならアニメとは、どんなに取り繕っても「制作会社にとって」「集団制作による」 「お金儲けのための作品」だからです。

    アニメ会社とは、一つの会社なのに「制作者」と「企業家」との目指すところが 初めから違っているという組織なんだと思うんです。
    戦略、ひいては制作者の意図とは違う「会社からの枷」を作る過程に常にリスクとして持っているから。
    だからこそその「枷」を感じながら評価しなければいけないと思います。
    もし戦略があるから作品を子供向けにしなかったというのならば 僕には「作品意義の放棄」としか受け取れません。
    そしてそれは制作者のみならず「配給元」の責任でもあるはずです。
    かんちょさんのいうように、子供達に「見せている」のは配給元なのですから。

    だから、僕は「アニメ」を評価するときには制作者(配給元)の批評が 直接作品批評になりえる、とそう思っているんです。
    そしてそれは「アニメに対する」「作品論」たりえる、とも思っているんですよ。

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月5日<土>05時14分)


●もぐたんへ

    レスです。

    う〜ん・・・なんか単に言葉の使い方の問題になってきましたね(笑)
    「作品批評」って言葉をどういう意味で使っているかってだけの。
    それと、自分で言っておいていきなり翻すのもなんですが(笑)
    たしかに社会的状況から論考する方法論もアリだと思います。
    トータルで考えてね。
    ぼくの理想としては「社会的な意味」だけで終わるのはつまらない、と 考えているだけで、ダメではないです。
    ということで、この件はこれで終わりませんか?

    次に、1点気になるのことがあるのですが
    >「作品とはそれのみで評価するべき物」とお考えなんですよね?
    >これは実は僕も全く同じです。「漫画に対する場合」は。
    >アニメとは、どんなに取り繕っても「制作会社にとって」「集団制作による」 「お金儲けのための作品」だからです。

    ・・・とありますが、マンガでも似たような話で、ジャンプシステムに殺された 作品・作家論ってのがありますね(笑)
    あれはどーなんでしょうか?
    例えば『ドラゴンボール』という作品を論考する場合、ジャンプシステムから語るという 切り口もありますよ。

    あー、それともうひとつ。
    >アニメという物が「商品」であり「興業」が成り立っている以上、社会的戦略からは 逃れることは出来ません。ですがそれは「言い訳」に過ぎないと僕は思います。
    >世に送り出した物はその戦略も含め「作品として評価」するべきだし、 そうせざるをえないと思うんです。

    ・・・ということですが、「言い訳」とはちょっと違うんじゃない?
    「子供向け」のようにならなかったことに対して、彼らは「言い訳」する必要というか、 うしろめたいことなんて、なにも感じてないはずですから。
    たぶん、もぐたんのような批判はあるにしろ、当然それらも考えた上で出してきているわけで、 いい作品が出来た、という「やったぜ」という充実感すら感じてるかもしれませんよ。

    ようするに論点はただ1点、【表示不適切に対しての道徳的怒り】ですね。
    そういうふうにしか見えませんが、どうなんでしょう?
    で、道徳的でないからダメと批判しているように思える。
    違うんでしょうか?


    で、ぼくは「道徳的でないからダメ」と批判することはいけない、とは思いません。
    べつにかまいませんよ。個人の感想ですから。
    だけども「作品として」となると話は別です。

    >「子供向けではない」=「作品が成り立たない」
    というふうに書いてありますが、これがありえないとぼくは思う。

    これは別に「子供向け」とかでなくてもあてはまると思いますが、たとえば 「成人指定がないのに、性描写がある」とかもそうですよね。
    それともあくまで「子供向け」に限るのでしょうか?

    あと、そういえば
    >子供達は「デジモン」を見たいんです。
    >制作者が自由に「ねつ造」して良いものでは無いんです。
    >例え作品の出来がよくても「デジモン」でなければ意味がないんです。

    ・・・とありますが、これもよくある議論として たとえば「ガンダムはファーストしか認めない」とか 「富野であればガンダムだ」とか「ガンダムであればすべてガンダム」とか そーいうのありますよね。
    これってまぁ、なんというか作品論というか、「ガンダム論」、「デジモン論」と 名うったファン向けトピック向けの話題のような気もしないではないですけど。。。
    ためしに「」内のデジモンという単語をガンダムに入れ替えてみてください。
    まぁ、これはつまんない揚げ足とりツッコミですが。。。すみませんm(_´_)m

    えーと、そんなとこです。

    追伸:たまには公開でやるのもおもしろいですね(^^
    なんか、書き方が丁寧になります。
    つーか、メールだと適当に書いてるのか?のツッコミ禁止(笑)
    あと、面倒になってきたらいつでもやめましょう。お互い(笑)
    けっこう、長文書くのってつかれますよね。

Name : かんちょ Time : (2000年8月5日<土>11時49分)


今日は短く・・・書けたかな?

    >道徳的でないからダメと批判しているように思える。
    スイマセンこれは違いますです。前にも書きましたが「ベクトルがずれているからダメ」ですね。

    僕が今回の公開討論(照笑)で一番言いたかったのは原作付きアニメの評価法なんです。

    デジモンは「子供向け」の「原作」があるから制作者が「子供向け」に作ってない作品は 「ベクトル」がずれてしまっているので評価のしようがない、と言う事ですかね。

    と、そこで、「ドラゴンボールとガンダム」の例は今回の例とは一線をかくしていると思うんです。
    どちらも「原作」なんですよ。アニメと漫画の違いはあっても。

    ドラゴンボールは「ジャンプ戦略」の犠牲によって引き延ばしの憂き目にあいましたが 読んでいる人に取ってはそれが「原作」なのでつまんないなと思ったら いつでも読まなくなる選択を取ることが出来ます。
    ガンダムも同様で「初代」と「Z」は全く違う「原作(続編)」だと思うので 初代だけが好きでそれ以外認めないと言う人は別にZを観なくても良いという 選択の自由があります。(ここらへん突っ込まれそう(笑)

    でもでも今回のように現在進行している原作があり(ここ重要)「映画」という「興業」で 「原作とは違うベクトル」をもって「原作の設定を使った作品」を作ることは 「原作」を楽しむために見に来た人に対する「裏切り」である・・・と、そう思うんですね僕は。

    なぜなら選択が出来ないから

    当然観客は原作と同じ様な作品だと思って見に来るわけですから。
    これは今回「デジモン論」として始まってしまったので「子供向け」と言う話が メインのようになってしまいましたが、デジモンが子供のための作品だからこうなっただけでして 原作付きアニメが常に持っている危うさだと思うんです。

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月6日<日>00時00分)


●レス

    で、レスです。
    >デジモンは「子供向け」の「原作」があるから制作者が「子供向け」に作ってない作品は「ベクトル」がずれてしまっているので評価のしようがない(中略)
    >「原作とは違うベクトル」をもって「原作の設定を使った作品」を作ることは「原作」を楽しむために見に来た人に対する「裏切り」である・・・と、そう思うんですね僕は。
    >なぜなら「選択が出来ないから」。
    >当然観客は「原作と同じ様な作品」だと思って見に来るわけですから(以下略)

    とありますが、これ、どうかなぁ?
    結局対象年齢をきちっと表示すべきってところにはなしが帰ってますが、 それでいいんでしょうか?

    例えばデキが悪くてもデジモンがデジモンらしくありさえすればそれでいいとおっしゃってますが なんか『銀と金』の平井銀二みたいでちょっとかっこいいけど(笑)、でも、 とにかくぼくがこだわっているのは「作品として」どうかという批判に対してのものなので、 これってやっぱり作品としてのデキには関係ないんじゃない?


    う〜ん、結局もどりましたね。
    どこまでを作品として評価するかというところに。

    では、もっともどして、お友達が子供向け作品のレベルを超えたといっていた。
    そこまでもどしてみます。
    で、これにまず腹が立ったわけですよね。
    ようするに「子供向け」=「レベルが低い」と、見下したような、あるいは実にステロタイプな 知的怠慢はなはだしい感想にたいして。

    これはわかります。
    で、それに対して「表示不適切」=「作品としてダメ」という論法で対抗したんですよね。
    その結果、お互い平行線をたどってしまった、と。

    それはなんでかっていうと、お互い「作品論だ」といいながら、結局べつの話をしていたからでしょう。
    作品論と一口にいってもテーマが違うと議論にならないですから。
    あと、かってに推察するなら、お友達の論の肝になる部分って、たぶん 「子供向け」=「レベルが低い」ってところではないんですよね。
    ただ「クオリティが高い」と言いたかっただけで。レトリックに問題があるとしてもね。
    そこに「表示不適切」=「作品としてダメ」といっても食い違うばかりです。
    わかっていてやるなら話は別ですが・・・。

    ということで、今回も平行線のような気がしますが、わかっててやりましょう(笑)

    ぼくがずっと気になっていたのは、
    >「原作」を楽しむために見に来た人に対する「裏切り」である
    という部分のような気がします。
    これは結局作品はだれのものなのかというところに集約されませんか?
    で、ぼくは作品はだれがなんと言おうと作家のものであって 消費者のものではないと思っているので、 絶対に認めるわけにはいきません(笑)

    例えば人気作品が作品の傾向を変えた場合、
    「作品は作者だけのものなのですか?わたしたちファンのことも考えてください!」系の イタイ意見がありますが、これは間違ってる。断言します。
    誰がなんといおうと、作品は子供たちのためでも、ファンのためでもない、作家の所有物です。
    なにしたって、文句をいわれる筋合いはない。
    と思ってます。

    だからといって、べつにクリエイター様から降りてくる作品を、ただありがたがって 拝見しろ、と言っているわけでなく、消費者にも、選ぶ権利がある。

    で、今回のデジモン。
    年齢表示不適切から、損したユーザーがたくさんでたわけですよね(あるいは出たと思われる)。
    サギに近い、と。
    やっぱり、ベクトルうんぬんではなく道徳的な問題じゃない?
    もともと子供向けの作品だったものが、対象年齢層をあげたところで、 べつに義務ではないでしょ?
    一度きまった傾向を、守りつづけることが、作家の義務なわけない。
    作家個々の方針の違いってだけでしょう?
    ぼくはそう思いますがねぇ。

    で、この場合で可能な作品論とは作者が途中でなぜ、傾向をかえたのかということを読み解いたり、 解釈することですから。
    変えた行為そのものへの批判は「作品論」とはいわないのではないでしょうか?

Name : かんちょ Time : (2000年8月6日<日>10時18分)


たのし〜〜〜〜♪

     >とにかくぼくがこだわっているのは「作品として」どうかという批判に対してのものなので、
     >これってやっぱり作品としてのデキには関係ないんじゃない?

    これはですね、今回のように「原作」のある物に関して言うと「作品」としての出来云々のところまで 論点が進むことが出来ないような作品が時々見受けられる、と言うことなんですよ。
    何度も言っているベクトルの違いがあったりして原作との比較が出来ないと。

    だからこれは僕の中でもかなり特殊な場合に限って言っていると考えて下さいです。
    完全に「原作付きアニメ」に限っていると思っていただいて良いです。
    「原作」と違うことをしてしまっていては「作品批評」まで行かないんですね僕の場合。
    だから「そこ」を批評して「作品批評」としてしまう、と言ったところでしょうか?

    かんちょさんの言うように僕も
     >作品はだれがなんと言おうと作家のものであって消費者のものではない
    と思っています。アニメでも漫画でも映画でも。
    ただし「原作付きアニメ」ではちょっと違うんですよ、僕の考えは。
    結局何処までを作品と見なすかの僕とかんちょさんの主観の相違かな?

    僕も作品は作家の物という事は良く分かっているんですね。
    でも僕は、自分が漫画を描くときには「読んでいる人になるたけ分かりやすく」 と言うことを常に考えながら描いていくタイプなんです。
    漫画を読む人がいてくれてこその「作品」だと思っているので。
    これがあるため他の作品を観るときにも「この人はなにをしたがってるのかな?」とか 「なにを伝えたがっているのかな?」と「制作意図」を考えながら見ちゃうんですね。
    で、原作付きの漫画というのはやっぱり「原作を知っている人」のことを意識して 作らなくてはいけないと思うんですよ。
    制作意図の大前提としてこの意識が無くてはいけないと思うんです。
    大前提としてその意識があってこそ、初めてそこから先の「作品批評」に移行できる、 とそう考えているんです。
    で、今まで続けてきて分かりましたがここが僕とかんちょさんの考えの相違点なんですね(笑)。

     >「作品は作者だけのものなのですか?わたしたちファンのことも考えてください!」系のイタイ意見がありますが、これは間違ってる。断言します。
     >誰がなんといおうと、作品は子供たちのためでも、ファンのためでもない、作家の所有物です。
     >なにしたって、文句をいわれる筋合いはない。
     >と思ってます。

    これは僕も全くおんなじなんですねー。
    作品は純粋に作者が作っていくモノでもしそれが気に入らなければ消費者が勝手に 切り捨てればいいんです。選択の自由があるんだから。

    ところがですね、僕がデジモンのように 「今現在進行中の原作付き」のアニメに感じる事はちょっと違うんです。
    「今」TVでやっているモノと全く違うような作品は作っちゃイカンと思うんですね。

    だからかなり特殊な場合限定なんですよ、今話している僕の考え方は。
    そのほかの場合だったら僕はかんちょさんとほぼ考え方が一致しますねぇ。
    結局僕の中では「作品論」まで到達しないんですね、「ベクトルが違う」と。
    それ以前になってしまうんですよねぇ、僕の場合は。
    だからかんちょさんの言う「作品論」とはちょっと違う感じになってしまっちゃって、申し訳ないです。
    もともとべろべろな僕がカキコしちゃった事で始まっちゃったことだし(笑)
    まぁ僕はすっごく楽しいから嬉しいんですけどねっ(>▽・)b

Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月7日<月>00時09分)


▼おひさしぶり〜ぃね〜ぇ

    といっても2日ぶりですが(^^;

    というわけで横入り♪(って、ごめんなさい)
    うーん、全体的に僕はもぐたんさん寄り。

    アニメとは違いましたが、高橋しん先生が『いいひと。』ドラマ化の際、関西 テレビが条件を無視したことに対してクレジットから「原作」を抜いてくれと いう事件がありました(詳しくは単行本『いいひと。』の最終巻を見て 下さい)。これは高橋先生が原作者はその作品が映像化される場合、何らかの 責任を伴っていることを自覚されているからなのでしょう。

    ゆうきまさみ先生は原作者としての漫画家を「保険屋」だとしています。つまり アニメやドラマを制作する際、原作のファンを引っ張ることで「保険を掛ける」 ことが多いと云うことをいっているわけです。こういうことを考えると、原作を 大きく逸脱した映像作品は「詐欺」だというもぐたんさんの意見には、頷ける 部分が多いのです。

    ただ、実際にそこまで原作者が意識をすることが出来るかというとそうでもない 場合も多いわけです。特に実績のない作者はそうでしょう。そう考えれば hisさんの意見も的を射ていると思うのです。

    ただ僕は、倫理的にどちらがより正しいかと云えばやはり前者ではないかと。 しかしこれは個人の価値観の問題でしょう。

    それともう一つ。
    「作品」を批評する際の「作品」の範囲について。
    僕は「作品」とは単行本(装丁含む・広告除く)と連載誌の枠内(編集者が書いて いる枠外の活字を除くと云うこと)だと考えています。
    もぐたんさんの云うアニメへの原作提供は、それを「許可したこと」に対する 批評だと思います。つまり”作者の作品”ではなく”作者自身”への批評じゃ ないのでしょうか。
    もちろん、これは作者自身に非があったと考えるべきでしょう。
    最後に1つ。

     >なにしたって、文句をいわれる筋合いはない。
    これは僕ははなはだ疑問。いくら何でも「なにしたって」じゃ誤解を招きますよ。
    いや、揚げ足取りでした。申し訳ない(^^;

    http://www04.u-page.so-net.ne.jp/rd5/wat/Manga_hihyo-index.html

Name : wat Mail : mangahihyo@mail.goo.ne.jp Time : (2000年8月7日<月>00時36分)


【BACK】     【NEXT】


□オタヨリ:【 mangabito@anet.ne.jp
□書くのが面倒なひとはコチラで。
 簡単アンケートです。

【TOP】