| マンガびとの館 | |
|
| |
| ■BBSマンガびと≪子ども向け作品とは?≫ | |
|
□その2 ●本レス >「原作」のある物に関して言うと「作品」としての出来云々のところまで論点が進むことが出来ないような作品が時々見受けられる これはもぐたん個人のことですね。 なぜなら、現にもぐたんのおともだちは、「作品として」の評価をだしてるわけだし、 ぼくも、たぶん、そうする。 ようするに、「作品論」に向かう前に、別のことが気になって、もう、作品うんぬん 言ってる場合じゃない、そういうとこだろうか? >「ベクトルの違い」があったりして原作との比較が出来ない。 のも、もぐたん個人の傾向ですよね。一般論じゃない。 で、今回言いたいことは1点。 【原作つきの作品は、どこまで原作を尊重すべきか】 あるいは 【原作つきの作品はどうあるべきか】 このへんです。 どうやら、ここの考え方も、ぼくともぐたん、あとwatさんでずいぶんちがってるなぁ、と 思います。 まず、ぼくの考えから。 なんかwatさんに飛び火しますが(笑) >高橋しん先生が『いいひと。』ドラマ化の際、関西テレビが条件を無視したことに対して >クレジットから「原作」を抜いてくれという事件がありました。 >これは高橋先生が原作者はその作品が映像化される場合、何らかの責任を伴っていることを 自覚されているからなのでしょう。 ちょっとぼくは『いいひと』最終巻をよんでいないので、誤解があるかもしれない、 ということを最初にことわっておきますが、 これは、高橋しんが間違えてる。 作家としての気持ちはよくわかりますが、彼は、自分の作品を愛するあまりに、 ドラマ制作者のクリエイティビティを認めてないですね。 作家さんにはときおりいらっしゃいますが、自分の作品が原作になる、ということを 自分の作品がアニメ(映画、ドラマ)になると思っている。 これが違うと思う。 「原作」という言葉で、つい誤解してしまうのかもしれないけれども、 他のクリエイターがなんらかのかたちで、つくりなおすなら、それはもう別の作品です。 「原作」がまずいなら「原案」と考えればいい。 つまり、原作つきのアニメであれ、映画であれ、他のクリエイターがかかわったのなら、 それはもう自分の作品ではなく、他人の作品です。 なので、自分の作品が原作になっている作品にたいして、原作者はなにも責任とらなくていい。 「ドラマの『いいひと。』を観て、マンガの『いいひと。』のファンが怒る」とかそういうのは、 これはぼくが何度も書いてますが、視聴者が愚かです。 ドラマの『いいひと。』とマンガの『いいひと。』を、同じ作品として観ているから。 同じなわけないでしょう。 シナリオしか観ないから、同じにみえるわけです。 たとえば『幽☆遊☆白書』の富樫義博は、こう言ってる。 アニメの幽白の批判をぼくにいってくるファンがいますが、ぼくは関係ないです。 アニメとマンガはべつもんっすから(というようなこと) これが正しい考え方だと思います。 ・・とまぁ、なんかwatさんを批判しているように見られるかもしれませんが、 ぜんぜん違います(笑) 一応、念のため断っておきます。 あと、 >もぐたんさんの云うアニメへの原作提供は、それを「許可したこと」に対する 批評だと思います。つまり”作者の作品”ではなく”作者自身”への批評じゃ ないのでしょうか。 いや、もう、そのとおりだと思います(^^ なんか、ぼくが長々と書いたことを3行で、うつくしくまとめていただいて。。。 ぼくもそれが言いたかったんです。 それと >>なにしたって、文句をいわれる筋合いはない。 >これは僕ははなはだ疑問。いくら何でも「なにしたって」じゃ誤解を招きますよ。 これは、実はたぶん誤解じゃないかもしれないです。 ぼくは、ほんとうに何したっていい、と思ってる。 たとえば「じゃじゃグル」で、いきなりストライクイーグルが、現役復帰して しかも、ダービーが「条件なし」になってどんな馬でもでられるようになって、 そこに数えで8歳になったイーグルが出走して 「イーグルをダービーにださせてあげれてよかったよ〜」なんて話になっても ぼくは、なにも問題ないと思ってる。作品として。 それとか、いきなりひびきとしゅんぺいの濡れ場が、延々3巻ぐらい続いて 『さくらの唄』みたいに成人指定になってても問題ない。 文句があるとすれば、ファンとしての個人的な感想でなら、です。 「あんまりだ〜」とかは思うでしょうね。 うれしいかもしれないけど。 「ゆうきまさみ、すげー!」とか言って。 でも、批評的にみるなら、「ゆうきまさみがなぜ、そういう表現をしたか」 考えるだけですから。 これってたぶん、みんなあまり賛成しないだろうなぁ・・・。 でも、ぼくは本気でそう思いますよ。 ほんとに作者はなにしてもいい。 それにしても、倫理的な話とかになると、watさんとは意見が対立しますねぇ。 作品論とは別にして、個人的な感想とかでね。 ぼくは非道徳的な人間ですから。 赤信号だって渡るぜ! それにしても、この討論会(?)、べつにメールでしめしあわせたり、とか そういうの、ぜんぜんやってません。 とにかく、BBSの上でだけしかやってないので、なかなかライブ感覚あふれてて 気持ちいいですな。 もしかして、watさんのいう「漫画トーク」のフォーマットって こういうのを想定してたんでしょうか?? Name : かんちょ Time : (2000年8月7日<月>08時04分) ちょっとキニナル。 >これは、高橋しんが間違えてる。 のくだり。 「こちらから出した条件を無視して作られる作品」に対して「ではこれは私の『いい人』とは別物なので、そのへんハッキリさせて欲しい」と思うのはごく当然のことと思うのですが・・・。 ある程度歩み寄りがあるかどうかは別として、その作家としての「心理」が間違っているとは思いませんよ。 なぜなら、ドラマで見た「いい人」=高橋しんの「いい人」と思われたらゼッタイにいやだから。ドラマ見た人が漫画を読んで、「うわあ、漫画の方がずううっと面白い!」と思ってくれたらいいんですけど。 ドラマ化でいうと、「いいひと」は第1回を見てヤメました。 「きらきらひかる」は続けてみた。 どちらも原作からアレンジした作品だったですが、郷田マモラは映像化が イイ意味で原作を裏切ることを楽しんでいたし、スタッフ及び脚本(というより脚本家)に絶大な信頼があったようですね。 この脚本家、この俳優!ならばどう料理されるか見てみたい! そんな訳で「編集王」(カンパチ役が原田泰造)にも期待してるんすけど・・・。 http://www1.ocn.ne.jp/~kamino/ Name : るっちょり Mail : ruttiori@smile.ocn.ne.jp Time : (2000年8月7日<月>14時43分) ▼れすれす というわけで、本題。 ふふふ、結構楽しいですね、これ。相変わらずレベルの高い話ができて嬉しいです。 そうそう、かんちょさんのいうとおり僕は「漫画トーク」はこんな感じで出来れば いいなと思っていました。 さて、今回文章に整合性がないです(たぶん)。 すみません、ちょっと無理がある書き方あったら好意的に(笑)解釈して下さい。 >これは、高橋しんが間違えてる。 >作家としての気持ちはよくわかりますが、彼は、自分の作品を愛するあまりに、 ドラマ制作者のクリエイティビティを認めてないですね。 について。 これは僕はるっちょりさんと同意見です。 少なくとも正式に「条件」を出した上でそれが不履行に至ったわけですから、 高橋先生が怒るのはまったくもって正しいと思うのです。 この問題の背景にはドラマを制作する人間が、マスメディアであるテレビという 媒体で"宣伝してあげている"というとんでもない錯覚を内在している問題があった のではないかとおもいます。ただ、僕がいま問題にしたいのはその「傲り」の 部分ではなく、著作権を軽んじている部分なのですが。 (あああ、しかし反論が大挙押し寄せてきそうな意見だなあ、こりゃ) >作家さんにはときおりいらっしゃいますが、自分の作品が原作になる、 >ということを「自分の作品がアニメ(映画、ドラマ)になる」と思っている。 >これが違うと思う。 これは半分同感で半分賛成できかねますねえ。 僕は原作というのは、例えば「脚本」「演出」といった役職の1つだと考えて います。つまり、キャラクターもストーリーも全てが原作と違うものであれば、 それは消費者に不利益を与えることになると思うんですよ。 原作者は脚本家が良い脚本を、演出家が良い演出を行う必要があるように、よい 原作を提供する義務だけはあると思うんですよね。もちろんそれを最終的に統括 するのが監督であるため、最終的な責任は監督に帰属しますが。 著作権者には自分の作品を他人が借用する際、許可を出す権利があります。 すなわち、許可不許可は原作者の自由であるわけですので、一方で社会的に正しい 方向でその作品が使われるような判断を行う責任も生じるのではないかと思います。。 自由と責任は表裏一体のものですから。 またクリエイティビティの問題ですが、ある漫画作品と同じ様な映像作品を作者に 無断で作成しようとするのは著作権侵害でしょう。この部分をクリエイティビティ で片づけてしまうと、盗作に対するハードルがあまりに低くなってしまうと 思います。あ、もちろん<映像→漫画>の場合も同様ですよ。 さて。 >「ドラマの『いいひと。』を観て、マンガの『いいひと。』のファンが怒る」とか >そういうのは、これはぼくが何度も書いてますが、視聴者が愚かです。 これは2つの解釈があると思うんですよ。 先だっての「作品」の批評か「作者」への批評か。 おそらくかんちょさまの指摘してらっしゃるのは前者を後者として批判する輩のこと ではないかと。 >「アニメの幽白の批判をぼくにいってくるファンがいますが、ぼくは関係ない >です。アニメとマンガはべつもんっすから」(というようなこと) これもこのファンはおそらくアニメの原作が果たす領域以外の部分に憤っているのは 明白です。その為冨樫先生はこういう発言になったんだと思います。 これは倫理批評に置き換えるとわかりやすい。 例えば金のやりとりをする麻雀漫画を原作に、アニメを夕方の時間帯にNHKで 作ったとします。作者は「金のやりとりをするシーンは博打としての麻雀を表現 する上で非常に重要なシーンなので、絶対に削らないように」なんて云ったと します。で、その通りNHKは作って流したと。 これにPTA辺りがかみつく。この場合NHKはもちろん、原作者にも当然倫理的な 批判がいくわけです。とんでもなく極端な例を出しましたが(しかも実に拙い例 ですな……)そんなことを考えたわけです、はい。 >なんか、ぼくが長々と書いたことを3行で、うつくしくまとめていただいて。。。 いやあ、もういつもかんちょさまに助けていただいているので…… お役に立てたのなら有り難いです \(^o^)/ >これは、実はたぶん誤解じゃないかもしれないです。 >ぼくは、ほんとうに何したっていい、と思ってる。 そうですね、何したっていいとはいいませんが(反倫理的・反道徳的なものは やっぱりダメだと思う)、基本的に自由であるべきでしょう。しかし。 >文句があるとすれば、ファンとしての個人的な感想でなら、です。 <<中略>> >でも、批評的にみるなら、「ゆうきまさみがなぜ、そういう表現をしたか」 >考えるだけですから。 僕はやっぱりこの点はかんちょさんとどうしても食い違いますねえ。 やっぱり批評はただ考えるだけでは意味がないと思います。何かしらの形で影響を 与えるものでないと。批評に限らず、自己満足は意味がないですよ。ホント。 あ、ちなみに僕も赤信号は渡ります(^^; うーん、しかし楽しいなあ。相変わらずかんちょさんとは「ベースが同じ」で 「意見が違う」し。一番議論が弾むパターンですよね。 これにもぐたんさんがいるからますます楽しい!作品単位ではなく、こういう テーマでトークをすれば良かった……のかな? Name : wat Mail : mangahihyo@mail.goo.ne.jp Time : (2000年8月8日<火>01時18分) ●まだまだ終わりませんカモ >これは、高橋しんが間違えてる。 という問題発言について(笑) 途中の思考過程を3段階くらい、はしょって書いてしまって、関係者各者にちょっと 迷惑かけたカモ。 スミマセンデシタ。 えーと、これはですね、順にご説明いたしますと、まず、 >高橋しん先生が『いいひと。』ドラマ化の際、関西テレビが条件を無視したことに >対してクレジットから「原作」を抜いてくれという事件がありました というレスからぼくが、勝手に推理しました。 こうです。 @たぶんこの高橋しんの出した条件というのは原作のイメージを損なわないように というモノだろう。作家の多くはかならず、この手の自分の作品を愛するがあまり、 ドラマ、あるいはアニメ制作者のクリエイティビティを認めない、あるいは認めるとしても まずその前に自分の作品を尊重しろ系のわがままを言うことが多い。 特に、高橋しんは、作品に対していろいろとこだわりが強い作家だし、たぶんその手の タイプのひとなんじゃないか? Aで関西テレビがたぶん原作のイメージを損なうような演出をしたと高橋しんは解釈した。 ここで「契約違反だから」と訴えることは社会人として正しいと思う。 「違約金よこせ」くらい言ってもいいと思う。 でも彼は「原作のクレジットを抜け」と要望をだした。 こりゃあ、ますます原作のイメージ、壊した!ファンの皆様に顔向けできない!系の人だな。 B素人がプロの制作にくちだしすべきでない、とぼくは思う。 つまり、マンガをドラマ、アニメするなら、原作者であるマンガ家は、ドラマ、アニメ制作に関しては いっさい口だしすべきでない、あるいは、逆に、自分が制作スタッフに加わるべき。 シナリオ、演出等、自らやって(できる範囲で)、ドラマ、アニメ作品をつくるか、なにも言わない。 「原作のイメージを変えるな」系の要望は、作家としての気持ちは、わかりすぎるくらい、わかるが、 それは、自分の作品を上におき、ドラマ、アニメを付属としてみているからであって、正しい見識ではない。 なぜなら、表現はどこまでも尊重されるべきで、いかに自分の作品が大切であろうが、他のクリエイターの表現を制限するべきではないだろう。 Cでは、「じゃあ、おれの作品は尊重されなくていいの?」というのはあまりに愚かだ。 (例えば)マンガというメディアにおいて、すでに表現を全うしたものであるから。 ドラマ、アニメのプロの仕事に口出すのは間違いだ。 ・・・という経緯で「間違えている」といいました。 これでたぶん、るっちょりさん、watさんへの回答になってると思うのですが・・・。 つまり >「こちらから出した条件を無視して作られる作品」に対して「ではこれは私の『いい人』とは別物なので、そのへんハッキリさせて欲しい」と思うのはごく当然のことと思うのですが・・・。 というのは「社会人」としてはそう。正しい。 でも、彼は「作家」として「自分の作品を尊重しろ」と素人であるにもかかわらず、プロの仕事に 枷をかけているわけです。 もちろんでも、それを前提に契約したんだから、契約違反だろ!?という反論は成り立ちます、が、 だったら、こういうべきでしょう。 「契約違反だから金よこせ。」 でも、たぶんそんなことは高橋しんは、のぞんでいない。 彼は自分の作品を大切にしたいのだから。 だから >ある程度歩み寄りがあるかどうかは別として、その作家としての「心理」が間違っているとは思いませんよ。 作家の心理としては理解できますよ。 さぞ不愉快だったことでしょう。 でも彼はドラマ『いいひと。』の制作者を、自分と同じクリエイターだと考えていない。 だから間違えている。 「間違い」がきつい言葉に感じるなら、ごめんなさい。 どう言い換えればいいですかねぇ? >なぜなら、ドラマで見た「いい人」=高橋しんの「いい人」と思われたらゼッタイにいやだから。 そう考えているならはじめから原作のイメージを壊さないようにと条件はつけないですよ。 >ドラマ見た人が漫画を読んで、「うわあ、漫画の方がずううっと面白い!」と思ってくれたらいいんですけど。 よくありませんよ〜。 関連付ける見方こそが間違いだと思うからです。 ただ「ラッキー、単行本売れるぜ!」ということで結果オーライのよろこびならOKでしょう。 で、watさんへのレスですが、 >この問題の背景にはドラマを制作する人間が、マスメディアであるテレビという媒体で"宣伝してあげている"というとんでもない錯覚を内在している問題があったのではないかとおもいます。ただ、僕がいま問題にしたいのはその「傲り」の部分ではなく、著作権を軽んじている部分なのですが。 原作の著作権にたいして、代価をしはらっているなら、問題ないでしょう? たぶんwatさんのいう「著作権」というのは、法的な基準ではなく、 著作物に対しての道徳的な規準の話では? この問題は、また別にやりますか?? watさん、この話題好きですよね(といったら失礼?) とにかく、ぼくが言いたかったことは、高橋しんが「契約違反」ということに怒っているのではなく 自分の作品をないがしろにされたことへの悲しみだったりするわけだから、それが間違えてると思う。 いや、個人の感情として「悲しい」とか「腹が立つ」というのはいいんですがね。 でも、最初にだした条件がすでにぼくは(これから生まれようとする)著作物への不遜だと思う。 >キャラクターもストーリーも全てが原作と違うものであれば、それは消費者に不利益を与えることになると思うんですよ あ〜、ぼくは消費者のことなんて、どーでもいいですからねぇ(笑) 正確にはドラマ観て原作と全然ちがう〜!ゆるせな〜い!とかいってる 作品食いつぶし系の消費者がどうでもいい。 口で「お客様は神様です」と言っておいて、あとはほっときなさい、と思う。 でも、watさんも実はそう思うでしょ(と、悪に誘ってみる) あらゆる消費者を救済する必要なんてないよ。 >ある漫画作品と同じ様な映像作品を作者に無断で作成しようとするのは著作権侵害でしょう 日本では、間違いなく違法です。 でも、しつこいようですが、ぼくが問題にしているのは、法関係のはなしではないですから。 でもフランスには、それこそパロディをクリエイティビティだ、と言い張る「パスティッシュ法」というのが ありますなぁ。これはいくらなんでも・・・と思います。 で、ちょっとわき道にそれますが、ぼくが考えるに、そもそも著作権法とは、まぁ、著作者の権利を 守るという法律ですよね。 で、なんでそんなものがあるかといえば、あきらかに著作者というのが、かつて弱者であった時代がある わけですよ。 つまり、著作物に対して代価が支払われないと生活できない、厳しい職業なわけです。 それは今でもかわらない。 極論すれば、クリエイターは本質的に社会的経済的弱者であるとすら、ぼくは思う。 つまり、著作権法というのは、彼らを社会的経済的に保護するのが目的、さらにいえば、それさえ 保護されれば、なにも問題ないわけです。 それ以上の権利を著作者は求めてはいけない、と考えています。 つまり、ドラマ化するのに自分の作品のイメージ壊すなとかね。 クリエイター同士で食い合ってどうするんだ?と思う。不毛ですよ。 それより、製作会社と原作者の間に入って、上前はねてるやつとか、勝手に 原作のイメージを損なわないように、という条件を飲んできたやつのほうを糾弾したほうが よっぽど、著作者の今後のためになると思うなぁ。 まぁ、この辺は今回と関係ない話なので、ここらでとめます。 >例えば金のやりとりをする麻雀漫画を原作に、アニメを夕方の時間帯にNHKで作ったとします。作者は「金のやりとりをするシーンは博打としての麻雀を表現する上で非常に重要なシーンなので、絶対に削らないように」なんて云ったとします。で、その通りNHKは作って流したと。 これも、何度もいいますが、作者が要望をだすことそのものが間違いだと。 あえて出すならプロとして 「勝手につくりなさい。著作権料はちゃんと支払いなさい。」あるいは 「オレにつくらせろ。」ですね。 思うに、ぼくはぜんぜん考えたことありませんが著作物があたえる 社会的影響ということに、そうとうこだわりがありますねぇ、watさん。 さっきもいいましたが、そのへん、またあらためてやりましょうか? つーか、この話題、まだまだ終わりそうもありませんが(笑) たぶん、今回のぼくのレスは、けっこうピキピキくるタイプの人が多いような気がするし。 まぁ、だれも読まないか(笑) >>これは、実はたぶん誤解じゃないかもしれないです。 >>ぼくは、ほんとうに何したっていい、と思ってる。 >そうですね、何したっていいとはいいませんが(反倫理的・反道徳的なものは やっぱりダメだと思う)、基本的に自由であるべきでしょう。 反倫理・反道徳すらOKです。 流通できないでしょうが。 すくなくとも芸術業界はその繰り返しだし。 表現はどこまでも無制限であるべき。 たんに出版倫理の問題でしょう。 >>でも、批評的にみるなら、「ゆうきまさみがなぜ、そういう表現をしたか」 >>考えるだけですから。 >僕はやっぱりこの点はかんちょさんとどうしても食い違いますねえ。 >やっぱり批評はただ考えるだけでは意味がないと思います。何かしらの形で影響を 与えるものでないと。批評に限らず、自己満足は意味がないですよ。ホント。 コミュニケーションをどう考えるか、の問題ですね、これは。 すべからく、あらゆるコミュニケーションは未成立であり、本質として 自己満足だと、思ってます。 まぁ、だから他人がどう思わんとしても、自分さえ満足のいくものがアウトプットできれば もう、あとはどーでもいいと考えるのは、ぼくの悪いくせですけどね。 と、ここまで、レスです。 えーじつは、『いいひと。』最終巻、昨日買いました。 読んでみて、誤解があったらちゃんと訂正しようと思ってましたので、 訂正いたします。 「作品のイメージを損なわないように」ではなく 「ゆうじと妙子のキャラのイメージを損なわないように」でした。 それ以外は、すべてぼくの予想したどおりの内容でした。 あと、高橋しんの、あーいう作家気質なところは、作家を続けていくために、とても 大切なことだと思います。 あと、高橋しんは作家として、良心的、かつ深遠、いい作家だと思ってます。 なんか「高橋しんのこと、嫌いで批判している」と思われるかもしれませんが、 高橋しんは好きです。 それと最後に大事なこと。 このレスは高橋しん論ではないです。名前があがったので便宜的に使ってますが あくまでも今回のテーマは【クリエイティビティはどこまで認めるべきか】とか そんな感じです。 ゆえに「高橋先生はそんな偏狭な精神で、あぁおっしゃったのではなく、もっと ファンや、作品を大切にかんがえておられるからで・・・」系の電波レス禁止です(笑) Name : かんちょ Time : (2000年8月8日<火>06時44分) * >作家の心理としては理解できますよ。 >さぞ不愉快だったことでしょう。 この言葉が聞けて嬉しかったです。 誰だってそんなにアレはアレ、コレはコレと割り切って生きていける訳ではないので、「漫画とアニメ、ドラマは別物」ということが頭では分かっていても、「どうせ別だからいいじゃん」ときれいさっぱり思えるかというと・・・。 私としては、その自然と感じる「気持ち」にまでダメを出されるとツラいので、「そう感じるのは当然」と言ってもらえるとほんとに嬉しいのです。 その上に「・・・とはいえ云々」と続くことに関しては口を挟む余地はありません。 http://www1.ocn.ne.jp/~kamino/ Name : るっちょり Mail : ruttiori@smile.ocn.ne.jp Time : (2000年8月8日<火>11時05分) ちょっと見ない間に・・・・ 凄いことになってる(笑)。デジモンは何処?(笑)もう一日も間を空けられないわっ(笑)。 とりあえずレスですー。 >ようするに、「作品論」に向かう前に、別のことが気になって、もう、作品うんぬん >言ってる場合じゃない、そういうとこだろうか? そうそう!そーゆーことです!でですね、これはかなり僕自身の独りよがりな「感想」で しかも「原作付きアニメ」に限ってのことなんで一般的な「作品批評」では無いんですよー。 だからかんちょさんのやりたい作品批評とは違っちゃってるんで申し訳ないと。 Watさんの言う”作者の作品”ではなく”作者自身”への批評じゃないのでしょうかは 全くその通りなんですね。さすが、論点を見抜いてますねぇ!一発だ!(笑) 僕はかんちょさんがそのことの指摘をしていることはもちろん気付いてましたが あえて僕の意見をつらつらと言ってみてたんですね。その方が面白いと思うし(笑)。 で、僕はその見方も一つの「作品批評」ではないかと。そう思ってる、と。 ここは今まで言われたようにそれぞれの何処までが作品かという主観の相違でしょうね。 ・・・・で、この話題はここまでで(笑)。 さてさて、「いいひと」。これは僕はお二人とは別の切り口がありますです。 クリエイターの作品作りの安易さという切り口なんですけど。 まず、漫画原作のドラマを作るときに総じて安易な作り方をしてしまうことが多いと思います。 「いいひと」で見られる「原作と違うイメージ」というものですね。 これは「いいひと」の読者を引っ張ってくるためか「いいひと」と言う漫画を世に知らしめるためか ・・・たぶんその両方でしょうが、制作意図が安易すぎるような気がします。 ドラマ化して作品的に利点があるかどうかではなく「人気が出やすい」という「保証」があるから 「いいひと」という作品の売り上げが伸びるからドラマ化してみました という「色」が見えるんですね。だから原作を好きな人から「全然チガウじゃない!」 という意見が出やすいのではないかと。・・・これも作品論では無いですね(笑)。 でも僕は作品という物が作者の所有物だからこそ作者の良心が制作時に問われると思います。 で、その意識というのはやっぱり「作品」に反映してくると思うんですね。 「いいひと」の場合は先に述べた「2つの利点」が小学館にGoサインを出させたんでしょう。 で、これは商業的には全く正しいんですね。漫画は企業にとって「売れてなんぼ」ですから。 だがその結果、高橋しんが自分自身で作ってきた「作品」とは違った物になってしまった。 その場合やはり「テロップから原作を抜いてくれ」というのは気持ち的には良く分かりますね。 僕もそういっちゃうかも。もしくは完全に沈黙を守るかな?うーん? 視聴者が「チガウじゃない!」と言うということはやっぱり 「高橋しんのいいひと」が好きな人がいるからということなんだし。 ・・・ただ僕はこれはかんちょさんの考え方と似てて、視聴者がドラマを見て ドラマと漫画が違って私は漫画の方が好きだったら見なければいいんですよ。 「選択の自由」があるんだから。 そしてそれは「視聴率が下がる」という事で今後同様のドラマが生まれることへの「枷」に成りえるし。 問題なのは「販売戦略」的な安易さを持って「作品名」だけ借りたような 「原作付き」を作ってしまう「制作者」にあるのではないかと。 やっぱり僕は原作付きを語るときには「ここ」にどうしても帰ってきてしまいますねぇ。 >これにもぐたんさんがいるからますます楽しい! ひゃっほう!うれしいですねぇ! てなわけで割り込んでみました(笑)。僕はお二人のように意見に対してレスを出す と言うのが苦手なので、僕の意見をツラツラ書くことが多いと思いますが まぁ「こんなこと考える人もいるのね」的に読んでいただけると(笑)。 僕はいいひと論に入ってるっちょりさんの意見が聞けるのが嬉しい! 色んな意見が聞けるんで楽しいですよねぇ。 Name : もぐたん Mail : misasagi@mail.wbs.ne.jp Time : (2000年8月8日<火>12時50分) ▼終結? ふはあ。長かった…… いやはや、自分で長文書いておきながらこんなこというのもなんですが。 興味ない人絶対見ていない!と思う。興味あっても読まない人多数!かも。 いやもう、半分以上結論出かかってますよね。お決まりの「後は個人の価値観」。 途中からいわゆる理想論と現実論が混ざってしまった感もありますが、これも お互い自覚しているから、問題なかったでしょうし。めずらしく攻撃的なかんちょ さまの意見が聞けて非常に有意義でした(笑)。またぜひやりましょうか。 あ、ちなみに僕はホントに著作権好きだなあと自分でも思います。最近自覚して きました(遅い?)。 最近、本当に自分の思考回路が批評家然としてきたことが嬉しいやら悲しいやら。 まあ、でもこれでいいのかもしれないと思っている今日この頃です。 すでにファンの視点というものを失いかけている…… http://www04.u-page.so-net.ne.jp/rd5/wat/Manga_hihyo-index.html Name : wat Mail : wat@rd5.so-net.ne.jp Time : (2000年8月8日<火>13時31分) ●* さっそくのレスです。 ホント、自分で書いてて、「こりゃ、おれだって読まん!」くらい長い。 BBSは読みにくいしね。 レスをくれたみなさま、ありがとうございました(と、終わることにすでになってますが)。 読んでしまったひと、お疲れ様。 最後まで読んでしまった人、ノーベル読んだデ賞。 んで、結びの言葉(?)へ行く前にレスです。 >るっちょりさん それこそホントに、さぞ不愉快だったことでしょう。 どうもすみませんでした。 イイワケはあとで書きます。 >watさん。 まだ書きたいかもしれませんが(?) 別の機会にまたやりましょう。 近いうちにでも。 なんか充実感アリマス。 トップはサンデーです(^^) さすがにみなさん、気づきますね。 >もぐたん 安易とは思わないなぁ。(と、またはじめる気か??) 企画をたてたプロデューサ、ディレクタあたりは安易だったかもしれませんが すくなくとも、ドラマ『いいひと。』はぼくは好きです。 それこそ「原作」よりも。 個人的に高く評価したドラマでした。 まぁ、ともかくどーもすみませんでしたm(_´_)m で、いいわけです。 この長レス討論(?)、うっかりはじめてしまって、みょうに長続きするので 後半、ずいぶん悩みました。 明らかに意見が違う場合、どうすればいいだろう? @「みんな、いろんな意見があってたのしいネ!勉強になりました」で、 適当にお茶をにごして打ち切る。 Aなかったことにして、レスをいっさい返さない。 B反論する。 ともかく、言論を含めた表現というのは、必ず誰かを傷つける恐れがあるわけです。 程度の差はあれども。 どんな表現にしろ。 たとえ、だれかを誉める意見であっても、一方で誰かが傷ついているかもしれない。 ぼくはつねに、そう思っています。 表現するなら誰かを傷つける覚悟でする。 ただ、話すだけでもそう。 たぶん、ココがよその掲示板だったら、@で切り抜けたと思います。 「自分はそう、思わないけど、まぁ、コトを荒立てるよりいいか。 なんせ、ひとさまの掲示板だし。場の雰囲気、壊すわけにもなぁ。」 (とはいえ漫画批評さんではBをやってしまいましたが・・・) たぶん、メールだったら、やっぱり@を選ぶと思う。 なんせ、私信だから、Bを選んで特定の相手を傷つける痛さに耐えるよりマシだから。 でも、ココって管理者はオレだし、管理者のオレが投げ出してはイカンだろう。 そう思って、あきらかにキツイだろうなぁ、とは容易に想像がつく内容でも、 書かざるを得ませんでした。 第3者が読んでる可能性があるものに、ウソをつくのもイカンだろう、とも思いました。 逆にいえば、ぼくが攻撃的なのは、地の性格なわけです。 (つーか、これは隠しているつもりだけど、気づくひとは気づくわな。) これまでの書き込みでいろんな人が傷ついたかもしれない。 でも、ぼくが管理する掲示板である以上、今後もおそらくこの調子だと思います。 傷つけられたくない人には向かないかもしれない。 傷つけたくない人にも向かないかもしれない。 悲しいけど。 表現とはそういうもんだ、と思います。 そんなことをイイワケに、考えていました。 Name : かんちょ Time : (2000年8月8日<火>14時45分) ▼即 ノーベル読んだデ賞を受賞したwatです(をいをい)。 新たな議論勃発(笑)になるかもしれませんが、とりあえず思ったことを。 討論について。 僕は討論(議論)には2つの内容があると思うのです。 1.共通の認識ができるようにするための情報の交換 2.共通の情報に基づく互いの思考の提示 しかし、一般的に議論というものはどうやら個々の意見をぶつけ合い、互いの 主張を変えさせるというものだと考えられているようです。つまり戦いだと。 まあこれが、結果的に「戦い」になるのはかまわないのですが、中には勝つこと だけを目的とする(つまり揚げ足取りをしたり、強く言い切ることで相手を凹ま せることがメインになる)人が出てきてしまいます。本人は無意識的に行っている 事が多く、それゆえ感情的で非生産的な議論になりがちなものです。 僕がよく云う「次元の低い(高い)議論」というのはそういうところに基準がある のです。 さて、かんちょさまのいわれる、 >明らかに意見が違う場合 というのはこういった場合だと思うんですね。しかし、次元の高いレベルで討論を 行い、それを徹底的に煮詰めていけば、結果は立場の違いによる考え方の相違が 残るだけで、全くの物別れになることは無いはずです(あ、国会でやっている ような、何かを「決めなければならない」議論は別ですよ)。相手の立場を認識 すれば、それ以上「云う意味が無い」し、「云う必要も無い」という状況になる はずではないかと思うのです。 だから僕は基本的に次元の低い人と議論はする気がありません。自分のHPも 含めて、こういった場で議論ができるのは本当に幸せだなあと思うのです。 本音を言えば、ここで行っている議論で傷つく人がいたとすれば、それはちょっと 次元が低い考え方の人かなあ……などと考えてしまうのです(うわっっ、爆弾 踏んだかな……?) http://www04.u-page.so-net.ne.jp/rd5/wat/Manga_hihyo-index.html Name : wat Mail : wat@rd5.so-net.ne.jp Time : (2000年8月8日<火>16時21分)
【BACK】
【NEXT】 |