マンガびとの館
『最終兵器彼女』
(C)高橋しん
(小学館)

高橋しん +++『最終兵器彼女』(小学館)+++

彼らの現実、そしてその実体のなさ

 ひさびさ更新のマンガ批評は『いいひと。』でおなじみの高橋しんだ。
 この人の絵は、まず線が髪の毛のように細いことが特徴だ。前作の『いいひと。』では、その 線の細さ、薄さが話全体のトーンとうまくマッチしていた。このことが、前作のイメージをより強固に仕上げていて、それが強みになっていたが、一方で、弱みでもあったろう。

 というのも、やはりそのタッチは、ちょっとした人情話や恋愛話を描くのに、実に適したものであるため、かえって読み手のイメージ、解釈を限定してしまうのだ。ぼくは高橋しんの、このタッチと叙情的なストーリーテリングの、あまりに高い適性から、作家としての今後の展開が、やがて行き場を失っていくようにも思え、かえって心配になったものである。

 高橋しんの作品には、実体がない。
 それは、まず高橋しんの細い描線やコマ線、細切れのハッチング的な輪郭線、全体をハーフトーンで覆う色調などからもいえるだろう。

 輪郭線はペンの入りと抜きを均一に保つ抑揚のない線で描かれている。また、光(これは実際の光源ではなく、極めて心理的な光表現)を意識して、輪郭線をきちっと閉じずに、細切れ状にかさねあわせた、例えばぬいぐるみなどの描写に近い表現を採っている。さらに、CGを利用したなめらかなハーフトーン で、コントラストを極力抑えている。これらの手法はすべて、夢の中の映像のような、もやがかったような実体のなさを表しているだろう。

 さらに、もっとも顕著なのは、人物の立ち位置の不安さである。表現されるのは、登場人物同士の距離感までである。高橋しんの興味の中心は常に、あくまでも人物の心理的な関係性にあり、彼らがたとえば今どこにいるのかなどの、状況描写を最低限に抑えてる。このことから、空間的な不安定さを生み出し、それが高橋しんの叙情的な描線とあいまって、より、心理劇としての性格を強めているといえる。

 さて、本作『最終兵器彼女』であるが、これは上述の高橋しんへの心配を、ほぼ払拭してしまうだけの展開をみせた。
 本作は「恋愛」を大前提のテーマに添えている。それを表現するために、すべてが叙情性へと向かう描線手法を採っているのだが、ここに、「戦争」や「兵器」などある意味、高橋しんの描く恋愛と逆行するような危機的状況を設定として盛り込むことで、上述の状況的な実体のなさの不安感をあおり、かつ、危機感、緊張感を際立たせている。このような戦争、戦闘のような現実的な危機的状況からくる緊張感を、比喩的に恋愛のもつ緊張感として表している。

 『最終兵器彼女』はいわゆる恋愛モノである。恋愛のもつある種の演劇性と、戦争などの生命的な危機感との、奇妙に一致する実体のなさが相互に補完しあうことで、いま、ぼくらの立たされている世界観が表現されているように思う。



マンガの原稿の保存について

 単行本の巻末に、作品の参考文献と作者のコメントがついている。こういうのは、あると後々すごく助かると思う。この作品がどれだけ後世に残るかわからないが、もし、万が一この作品を対象に選んだ研究者がいたとすると、この資料はすごく価値があるはず。というほどのことでもないか。

 ともかく、マンガ研究に関していえることは、資料保存の意識がまったく欠けていることだ。
 現在でも、出版社は自社の出版した作品の資料を保管しているところはほとんどない。つーか、保存しているということを聞いた事がない。
作家は作家で、原稿の管理はしているだろうが、原稿の耐久性についての配慮はまったくなされていない。工房制で作られているため、1枚の原稿は切り張りで作られる。実はこれって耐久性はまったくないのだ。

 現在では、美術館などアカデミックな現場でのマンガ研究が、盛んに行われるようになったが、その際、一番困難な作業ともいえるのが、作品の周辺資料の収集とその保存法である。作品資料というのは、生原稿も含むが、まず生原稿が紛失していることも少なくないし、仮に現存していても、紙素材に、セロハンテープなどで補修してあるため、修復、保管が非常に困難な状態だそうだ。いまだにその適切な処置は確立されていない。
 その意味で、参考文献など、ちょっとした資料でもこのように公開sるような習慣が業界に根付いてくれるとよいと思う。

 最後に、ぜんぜんどーでもいい話だが、『最終兵器彼女』の参考資料にある「奈良美智」の画集と『高塚省吾作品集』が同列なのが、なんかいいよな。奈良はあえて分類すれば、ハイセンスおしゃれ系アーティストで、高塚はサロン系美少女画家という感じの位置づけで、じつはとても同列に語ることができないタイプの人たちなんだけど、絵面だけみりゃあ、たしかにどっちもおんなじ、という気がしてきました(笑)

2000/06/11


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