| マンガびとの館 | ||
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| ■曽田正人 +++『SHAKARIKI!』(小学館/秋田書店)+++ その2 | ||
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□坂道の向こうになにがあるか その3 曽田はアクションものをモチーフにしながら、実は運動そのものの連動性を描くことに長じていない。 人物のディフォルメや、動線等、それぞれに凡庸からぬ工夫はみられるのもの、それらはけっして特徴的といえるほど、効果をあげてはいないだろう。 曽田の興味は、あえて運動と結びつけ説明するなら、むしろ「運動を通してなされる心理描写」にある。 「殴られる鳩村」も「転ぶテル」も、大ゴマは「顔」であった。 つまり、その時、その見せるべき対象となる人物が、どういう表情で、どういうニュアンスのシーンであるか、こそを見せたいのであって、視点はけっして「殴られることのダイナミズム」などの、運動性そのものに向いてはいないのだ。
ここでようやく本題に入りたい。冒頭で、「シャカリキ」は、物語的にみて坂道が常にキーとなっていると述べた。そこで、まずはこのシーンをみてほしい。 ちなみにぼくは、目眩がしたシーンである。このシーンは坂の距離、傾斜など、読者にあますことなく伝えている、ともかくこれはとんでもない坂だ、とだれもが感じることだろうと思う。 なぜそう感じることができるのだろうか? また、たとえばこのシーン、坂の距離をあらわすため、横長のコマの収められているが、このシーンでは、選手たちの疲れなども同時に感じるだろう。 地平を90度回転することによって、三半規管の揺らぎというか、疲労のための視点の揺らぎ等までも、読者は読み取ってしまう。 その疲労度を伝えることで、いかにこの坂がきついものであるか、実感できるだろう。
前段であげた例とほぼ一致している。 つまり、ここでなにが言えるかといえば、曽田は「坂道に道徳的なメタファーなどではなく、人物の心理描写をあらわす構成を引用することによって、坂道をある種擬人化しながらあつかい、かつそのことから、坂道に心理的なニュアンスを加えることを試みている」といえるだろう。 コマ構成に、状況を説明する背景を挿入することで、心理的なニュアンスを付加する手法こそ、基本的なテクニックのひとつには違いないが、しかし、その背景を人物と同等にあつかうことは、曽田の坂道へのこだわりをあらわしており、また、物語の冒頭で坂道を人物と同等に印象付けることで、今後のキャラクタのイメージを決定付けた要因でもある。 このような曽田の背景の扱いは、いたるところでみうけられ、その効果がキャラの心象を深めることにつながっているし、そのことが、曽田作品に重厚な抵抗感をもたらしているといえるだろう。
2000/08/22 |