| マンガびとの館 |
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| ■#01 マンガは芸術か? その1 |
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□「芸術」ってなんだ? その1 ともかく、マンガについて考えたい。どういうわけだかマンガを読みつづけて20年。こう言うとなんだか職人的な言い回しのように聞こえて、おごそかでよいかもね。『ど根性ガエル』の先生みたいで。 とは言うものの、実はそんなキャリアなんぞめずらしくもなんともない。ただ読んでるだけなので「たかだか」20年といったところだ。世の中、40年、50年といったキャリアの持ち主は掃いて捨てるほどいる。 なにがいいたいかといえば、すでにマンガはメディアとして成熟してしまった、そんな時代を迎えているということだ。 それだけに、今日までのマンガメディアの文化的地位の向上には、目をみはるものがある。マンガ関連の書籍は、毎月のように出版されるわ、美術館やデパートでマンガの原画展なんぞひらくわ、あげくに文化庁でマンガに賞なんかあげたりして振興を促進する動きにでているわで、ちょっと尋常じゃない気もしてこないではない。そんな追い風ムードの状況のなか「マンガは芸術だ!」なんて、すでに先走っているオッチョコチョイも、この中にはいるんじゃないだろうか?もし、いたとするなら公言するのは、ちょっと待って欲しい たぶん、マンガずきの多くは、社会的になんらかの「迫害をうけた」と感じているものが多くいるんじゃなかろうかと思う。マンガというだけで低俗あつかいするお父さんや、オタクよばわりするクラスメートたち。趣味は「マンガ喫茶通い」では、昔ほどではないだろうが、やっぱり女の子にもあまりウケがよろしくない。「なんとかマンガがかっこいいということを証明しなきゃ・・・」そんな悲痛な思いに駆られたことも、一度や二度ではきかないはずだ。中学、高校の青春期を、マンガオタクにとって暗黒時代ともいえる80年代に迎えてしまった、ぼくにとっても他人事ではない。気持ちは痛いほどよくわかるのだ。うん、よくわかるぞ。 だけども、だ。そのいいわけに「芸術」なんて、言ってる本人もよくわかってない価値づけで、お茶をにごしてほしくないとも思うわけだ。 □「芸術」ってなんだ? その2 芸術ってなんだろう? そんな問いに答えられる人は、専門でやってる人でもない限り、そうはいないと思う。たしかに一般的には、「極めて価値の高い文化」といった意味で、ごく普通に、かつ日常的に使われることばだけども、ホントにそうか? それであってるか? 自信があるか? みんなが使ってるからって正しいわけではないこともあるぞ? ぼくが考えるに、日常的に使われている「芸術」という言葉は、それは芸術でもなんでもなく、単に芸術的という意味ではないだろうか。じゃあ芸術ってなんなのさ(ドラ風)と問われるかもしれない。 では、ぼくの考えをいおう。そんなものはない、だ。 芸術というのは、実は具体的に、ある文化分野を指すものであって、つまりは単にメディアをカテゴライズする言葉に過ぎない。たしかに「極めて価値の高い文化」という意味で使用することもやぶさかではごいざいませんが、そんなものはクソだ。なにいってんだ? 芸術って(ププ 自分にとって価値がある、あるいは世間や社会にとって価値が高いと思うなら、わざわざ芸術なんて言葉で飾らなくてもよろしい。「価値がある」とだけいえばよろしい。と思う。 つまり、「価値ある文化」という意味で芸術という言葉を使っていると、同じく芸術分野である、絵画や彫刻が、なんの考察も加えられることもなく、自動的に「価値ある文化」ということになってしまうだろ。このことは、けっしてぼくの単なる思い込みや妄想ではない。たとえばあなたは、芸術団体と銘うった、日展や二科展に代表されるような公募団体に足をはこんだとする。そのときあなたは、なんだかわからないが展示されている作品を「芸術」イコール「価値ある文化」という図式で、ありがたがってはいないだろうか? 展覧会には1000点をこえる出品作が展示されている。それらはすべて、きわめて文化的価値の高いシロモノなのだろうか? もちろん、それは違う。もしかすると、その中には名作も含まれているかもしれない可能性がないとはいえないこともないではないと断言するとはいえなくはないけれども・・・・それはおいといて、ここで強調したいのは、それらの出品作が、文化的に価値があるかどうかということは、自明のことではないということなのだ。「芸術」という言葉を単なるジャンルの名前だと考えるのではなく、価値のあるものとして捉えてしまうと、一般的に芸術分野として分類されているメディアは、ともすれば「価値のあるもの」であることは自明である、となりかねない、そんな危険性をはらんでいる。そのことを、ひとつ、あたまの隅っこのほうにとどめておいてほしい。
2000/03/30 |