マンガびとの館

■#04 マンガを批評すること その2

マンガは駄菓子か?

 たとえば映画が好きで、マンガはあまり読まない人がいるとする。その人がマンガを読まない理由として「マンガには、たまたま欲しい情報がないというだけさ」なんて言ったとする。これは「おれはマンガだからといって差別しないよ」なんて感じの意思表示も見え隠れする、なかなか斜に構えていて大人ぶった意見だと思う。ちょっと知的なにおいもするし、全国のインテリ系高校生にオススメしよう。

 たしかに、この論法を使うのも手かもしれないが、ちょっとまて。これでは、自分の好きなメディア(映画、マンガ)が良いという理由にはなっていないぞ。
 まぁ、べつにこれでかまわんといえばかまわんのだが、この論は、実はぼくらはそこに提示された情報をたよりに、メディアを選んでいるわけではない、ということを忘れている。たとえば「桃太郎」はおばあちゃんが言葉ではなすこともあるし、映画にも小説にも、もちろんマンガにだってなる。つまり、情報とはあくまでもモチーフにすぎないわけだ。

 じゃあ、なんていえばいいか? それがむつかしい。「マンガがすきなんだも〜ん」でいい、といえばいい。少なくともぼくはそうしている。でも、そうはいかない環境にいらっしゃる方々もいるでしょう。
 そういう方は、こういってください。岡田斗司夫さんが『オタク学入門で』うまいこといってたから。

 それらの情報(物語)をモチーフ(題材)にして調理する料理人の腕を楽しんでいる

 ちょっとザブいが、正解ではあると思う。どうだ?
 その分野がマンガであったり、映画であったりするのは実は、和食か洋食か、はたまた中華か、といった違いでしかない。だからこそ、マンガがえらい、映画がえらい、といった論法は無意味だとぼくは言うわけだ。和食がえらいか、洋食がえらいか、なんて好みの差だからだ。小説は高度で、マンガは程度が低いというのも、フランス料理が高度で、近所の洋食屋のカレーはレベルが低いと言っているのとかわらない。手塚は便宜的に「マンガはおやつだ」と言ったが、どんなオヤツだ? 駄菓子のことか? 駄菓子は栄養がないから食べ過ぎるなってことか? じゃあ、その食べ物でいう「栄養」にあたるものは、「情報」のことなんだな? だったら娯楽そのものがすべて栄養がないから食べ過ぎるなよ。奥さんも金妻なんか見てないで家庭医学辞典を読破しなさい。一晩で。

 違うだろ。栄養は「生き死に」の問題だけど、知識や情報は生き死にに直接関わらない。
 さらにいえば、「もはやマンガは芸術だ!」というのは、かつてはレベルの低い駄菓子だったが、いまではフランス高級菓子並になった、と言っているようなもんだろう。権威主義もはなはだしい。「モチーフを調理する作家の表現を楽しんでる」。それでいいではないか。娯楽だもの。みつを



栗田さんをめざせ

 一般にクリエイター信仰というべきものがある。これはようするに、クリエイターの意図したことが、作品の読み方のすべてであって、受け手(消費者)はクリエイターの意図を正確に読み取るべきであるといった考え方だ。

 たとえば「自然破壊を批判する」といったテーマで描かれたマンガを読んだひとは、「あぁ、この作者は自然破壊を批判しているのね。」と読まなくてはならない。けっして「自然破壊を批判しているテーマのように見せかけて、ホントはギャルのおっぱい描きたかっただけだろ?なんせ、この作者のおっぱいへの執着はなみなみならぬ・・・」なんて見抜いてはいけないわけだ。

 でも、ぼくは「料理人の腕を楽しむべき」だと言った。これは「ホントはおっぱい描きたかった」論も許される、いや実はそれは、むしろその方が望ましいくらいのモノの見方なのだ。 違いがわかるだろうか?

 言い換えれば、前者は「クリエイターの提示するテーマ」をそのまま鵜呑みにしてそのテーマ性を批評することであり、後者は「クリエイターの提示するテーマ」も加味した上で、テーマなど含めた作品全体を一度、俯瞰してからの批評であるが、これらの違いを料理でいえば、前者が「材料への批評」であることに対して、後者は「料理人の腕前への批評」に他ならない。
 「いや、料理人の腕前というのなら、料理人がいかに自然破壊を訴えるために工夫をしているか、を見抜かなければ」とおっしゃる方もいるかもしれん。それもそうだ(笑)
 まぁ、過程の話なのでそのつもりで聞いてもらいたいが、もし本当に「自然破壊を訴えること」がテーマだったら、ねーちゃんのオッパイは描かない。
 つまり、語られている言葉だけではなく、描かれたものすべてを考慮する必要があるわけだ。

 消費者にもある種のクリエイティビティが求められると思う。べつに「絵が描ける」ってことじゃないよ。ようするに『美味しんぼ』の栗田さんのような人のことだと思えばわかりやすい。

 しかし、べつにみんなが栗田さんにならなくてもいいとは思う。富井副部長のように、なんでもおいしいといって食べる人がほとんどだろうし、ぼくはそれでいいと思う。だけども、問題は『美味しんぼ』にもよくでてくる「ハナモチならないグルメ自慢」の人々だ。
 もう、ほんとわかりやすい、と自分でも思うが、小説や芸術をありがたがってマンガを低俗よばわりする人間って、コレだわなぁ。でも、こういうのは、マンガずきにもいる。ようするに彼らは格付け、イデオロギー重視型だ。それはどの世界にもいる。

 できることなら、自分の舌で上手いかマズイか判断できる、栗田さんをめざしたいもんだ。なんて、またサブいことでしめてみました。

2000/05/05
2001/06/09(改稿)
2001/03/07(改稿)


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