科学と仏教
先日、60歳の女性が人工授精をした卵子を子宮で育てて、
無事出産をしたという記事が新聞に載りました。
どういういきさつでこの女性は出産したかったのかよく知りませんが、
生命を操る科学の進歩は目覚しいものがあります。
体細胞クローン牛や遺伝子組み替え技術などは
常識の世の中になっていますし、
人間のクローンを作ることも理論的には不可能ではないといわれています。
私は先ほどの60歳の女性が出産をしたという記事を読んで、
いずれは80歳いや100歳の女性でも
出産できる時代が来るように思いました。
しかし同時に、
もし80歳や100歳の女性が出産できる時代が来ても、
果たして老婆から生まれた子供が幸せになれるのでしょうか?
世間で言えば孫かひ孫のような年齢差のある親子が
到底世間並みの幸せが得られるようには思えません。

現代社会は科学によってどのようなことでも実現すべく、
日夜研究がなされていますが、
それが人類の幸福をもたらすと単純に考えて良いものでしょうか。
私たちは見れば欲しくなり、
触れれば手に入れたくなるのが常であり、
それが得られなければ苦しんだり悩んだりしなければなりません。
それならば、それを得て苦しみや悩みは無くなるのでしょうか。
先ほども書きました60歳の女性が子供を欲しがれば、
科学の力によって生める時代が来ましたが、
60歳の人が子供を得て、
その子供を育てるだけの体力があるのでしょうか。
また、
子供が20歳になる頃には母親が80歳になってしまうとすれば、
そう簡単に手をたたいて喜ぶべきことでもないように思います。

また、イギリスでは自分で子供を産むことの出来ない女性が、
子供が欲しいために、自分の卵子を人工授精してもらい、
他の女性に代理出産を依頼しました。
ところが思いがけないことに、
出来た胎児が双生児だということが分かり、
双生児では困ると引き取りを拒否するという事件が起こっています。

科学は人間の欲望を次々に実現させてくれているようですが、
新たな苦しみも作りだしているという
皮肉なことになっているのではないでしょうか。
自分の思い通りになることが幸福で、
夢を実現させることが人生の目的だと思っている方も多いようですが、
科学の発達が本当に幸福をもたらすのかを
よく吟味してみなければならない時代になっているように思います。

現代社会は際限なく欲望を膨らまし、
それを実現させる為に走り続けて来ましたが、
欲望を膨らまし過ぎたことが今日のバブルとなって、
今なお日本中が苦しんでいるのではないでしょうか?
それにもかかわらず、まだ科学を過信し、
欲望を満たそうと走り回っている。
どこか今の社会はおかしいぞと薄々感じている人も多いと思いますが、
さりとていまさら昔に戻ることもできませんから、
手をこまねいているというのが現状なのかもしれません。
仏法はこの苦しみのもと、
悩みのもとはなんであるのかということに
目覚めて欲しいと呼びかけ続けているのです。
私という際限の無い欲望を持ったものをそのままにして、
科学の力だけによってすべてを解決していけるのでしょうか。
むしろ私というものがどのような者なのかに
目覚めさせてくれる教えを聞くことこそ、
解決の道ではないかと思うのですが、
皆さんはどう考えられるのでしょうか?
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