手負いの少女「・・・どんなにつたないことばでも、あなた自身のことばが欲しい」

 

 2000.03.14 「夢統べの娘」(ゆめすべのむすめ) 

 

 現世に王がいるように、また夢の世界にも統べ人(すべびと)がいる。

 その身は“うたかた”と“とことわ”のはざまに浮かび、

 形あるものをあざ笑い、見下しているのだ。

 

 “夢の裔”イキュールリリエットは、夜毎、ほしいままに夢をつむぎ出しては、

 ひとびとに“見えざるもの”“終わりなきもの”への畏怖を

 植え付けることをつねとしていた。

 かくべつ理由があるわけではない    そもそも、

 無限にひとしい歳月を生きる彼女のような存在のふるまいに、

 理由や動機など求めるべくもないのであったが。

 

 今宵もまた、眷族どもがこしらえた“夢の種”を現世にばらまかんものと

 彼女が高台に登ろうとした矢先    

 ふと、頭上から歌声が聞こえた。

 「・・・・・・?」

 不審に思ったイキュールリリエットが足早に階段を登り終え、

 高台に出てみると、そこには見知らぬ人影があった。

 それはつばの長い帽子を目深に被った小男で、何やら鼻歌を口ずさんでいる。

 

 夢の生まれた日に還り

 夢を忘れる日を思う

 夢がはじまる日を数え

 夢を失う日を嘆く

 

 ふいに、その男は彼女に向き直った。

 「ごきげんよう、“夢の末裔”、“遥かなる彼の日の記憶”よ」

 「汝は    人の子ではないな。・・・・・・」

 イキュールリリエットはいぶかしんだ。

 「ま、さよう。・・・・・・俺の名はラパトパシャ。

  “縄張りを決める者”という意味だがね」

 「縄張り    だと?」

 「いかさま。・・・・・・ちょっとした事情から、参上つかまつった次第」

 「    何の用があるというのだ。・・・・・・」

 「いやなに。・・・・・・御身の退屈しのぎをしばし手控えて貰おうと思ってな」

 「手控えよ、だと?」

 「しかり。・・・・・・いま、地上では復活せんとする『大過去』と、

 それをさまたげんとする『大未来』の抗争が続いている。・・・・・・

 いずれの凱歌があがるか、それはいまだわからぬが、

 時間軸の修正が行なわれることはまちがいない。

 どっちにしても、俺にとっては大仕事だがね」

 「それで・・・・・・・?」

 「御身の蒔く夢の種は、『現実』と『夢幻』、つまり『記憶』と『幻想』をも

 ひとつに混じらせてしまう。それは当方にとって都合の良いことではないのだ」

 ふん、とイキュールリリエットは鼻を鳴らした。

 「知ったことではないな    わらわは好きなことを好きなときに好きなようにやる。

 指図される謂れはない」

 「指図ではないさ。お願いごとだ」

 「同じだ    干渉は無用」

 「やれやれ。・・・・・・ま、ただで願いを叶えてくれるほど甘くはないということだな」

 ラパトパシャは帽子をさらに目深に被り直す。

 「よろしい    取り引きといこう」

 「なに?」

 「御身が手すさびを控えてくれるなら、それなりの見返りを進呈しようというのさ」

 “夢の君臨者”はうすく笑った。

 「わらわを買収しようと言うのか    一瞬も永遠も等価にすぎぬ、このわらわを。

 愚かしい真似は止めるが良い。・・・・・・わが前に“価値”など何の意味もないのだ」

 「承知の上さ    まさにそれゆえにこそ、持ち掛けている」

 「・・・・・・何だと?」

 「俺は“縄張りを決める者”だ。・・・・・・

 御身の“現実”と“夢幻”に、境界線を引いてしんぜよう」

 「・・・・・・っ」

 はじめて、イキュールリリエットは狼狽の表情を見せた。

 「境界・・・・・・だと?」

 「そのとおり。御身が夜毎、夢の種子を“果てからの風”に乗せて

 ひとびとの枕元へ送り込むのは    つまり嫉妬からではござらぬか?」

 「・・・・・・」

 彼女は応えず    わずかに唇を噛み締めた。

 「彼らには“現実”と“夢幻”、二つの世界がある・・・・・・

 片方でよからぬことがあれば、もう片方に逃げ込むことができる。

 だが御身にとってこのふたつは一体のもの・・・・・・

 分かつことの出来ぬ、渾然の世界だ」

 「・・・・・・」

 「それが忌々しい    あるいは羨ましいがゆえに、

 人の子の眠りを迷わせるのではござらぬか?」

 「・・・・・・つまらぬことを」

 イキュールリリエットは抑えた口調で言った。・・・・・・

 「ラパトパシャとやら。みだりにわが領域に踏み入りしこと、本来なら許し難いが、

 しばしの無聊しのぎにはなったゆえ、こたびだけは見逃してやろう。

  ・・・・・・早々に立ち去るが良い」

 ラパトパシャは、より深く帽子を被り直した。

 「・・・・・・気が変わったら、いつでも呼びかけてくれ」

 

 その夜、地上に吹き散らされた夢のかずかずは、ふだんよりいっそう狂おしく    

 また、哀しいものであったという。 

 

 

 2000.03.12 「火影の公子」(2)(ほかげのこうし) 

 

 その煙は、天をも焦がさんというほどに立ち昇り、視界すべてを埋め尽くしていた。

 「これは    

 “通訳者”ゲンゾ・ゾハットは絶句した。

 かれの眼下の森一帯が、轟々と燃え滾っていた。

 噴き上がった炎はうねり、意志あるもののようにうごめいている。

 いやそこには、じっさいに意志があるのだ    

 それは森の精どもの慣れの果てであった。

 オオオ・・・オオーウゥ・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ウウゥーウゥ・・・・・・

 どうやら『公子』は、人よりも魂の器が大きい精霊どもを『仮の宿』にしているとみえる・・・・・・

     と、炎が一段と高く立ち昇り、竜巻のようにうねりをあげた。

 『    貴様        

 炎が蛇のように鎌首をもたげ、ゲンゾ・ゾハットに近寄ってきた。

 『    わが    糧か、    贄か    

 「いずれでもないぞ、『奈落の残り火』、『天より刺さりしもの』、『災厄の貴顕』、

 すなわち『火影の公子』よ!」

 ゲンゾ・ゾハットが『いにしえの四大言語』でその名を呼ぶと、炎の龍は動きを止めた。

 『お前は    ェェーーは    ァァ・・・・・・』

 「わが名は“通訳者”ゲンゾ・ゾハット    御身を迎えにきた」

 『    ん、        と・・・・・・』

 ゲンゾ・ゾハットは佩剣を抜き放つと、天にかざした。。

     陽光に燦ときらめくその剣は、世の常の剣にあらず    

 『世界の深層の王』が彼に託した秘蔵の神器、『流ノ剣』。

 「    さあ来るがいい、『公子』よ! わが、血肉を授けよう! ・・・・・・・」

 叫びざま、ゲンゾ・ゾハットは太刀をおのが脇腹に突き立てた。

 

 

 

 風が止んでいた。

 すべてが終わったことを、無言のままに、告げていた。

 見渡すかぎりの焦土の中心に横たわる、一つの影。

 それはかつてゲンゾ・ゾハットと呼ばれたもの    の、残骸。

 半ば炭化したその肉体のうち、ただ脇を貫通した剣だけが、瑞々しくきらめいていた。

 『契約は果たされた。・・・・・・』

 『汝が血肉と引き換えに願った約定は    果たした』

 『余はまた眠るであろう』

 『願わくば終わることのないまどろみのうちに』

 『余は還るとしよう・・・・・・・・』

 ぴしり、と亀裂が入ったかと思うや、剣は粉々に砕け散った。

 同時に巻き起こった風が、剣の破片と炭化した屍を吹き散らしていった。

 

 その地に最初に花が咲いたのは、それから七度目の春の日のことであったという。

 

 


 
 

 2000.03.05 「火影の公子」(1)(ほかげのこうし) 

 

 鼻をつく異臭の原因は、炭化して黒ずんだ人影であった。

  それも一つや二つではない    そこかしこに、似た光景が見受けられた。

 ゲンゾ・ゾハットは小鼻を膨らませ、静寂に包まれた街並みを見渡す。

 「    まだ、『見つけられない』のか。・・・・・・」

 憮然とした表情で、彼は足早に歩を進める。

 

 『敵』が迫っていた。

 その正体は、いまだ不明瞭なままであったが、その予兆は確かに存在していた。

 『はじまりの乙女』の神像は憂いに眉をひそめていたし、

 『未来視結社』の魔術者たちも、一様に破滅と危機の幻視を報告していた。

 「ゲンゾ・ゾハット    『通訳』よ。お前は『公子』を迎えよ」

 『世界の深層の王』が、ゲンゾ・ゾハットにそう命じたのは一月ほど前のことである。

 「『公子』・・・・・・それほどの、『敵』だと?」

 「おそらくは、な。    血を流さずに乗り切れるほど、生易しい事態ではあるまいよ」

 「・・・・・・御意」

 

 『火影の公子』が虚無領域での幽閉を解かれたのはそれから数日後だった。

 が、その魂がいずこへ降り立ったのかはさだかでなく    

 ゲンゾ・ゾハットはその探索に旅立ったのである。

 その旅先で彼が見たのは、かしこで黒こげになって倒れている人々の姿だった。

 実体を持たぬ『公子』が力を振るうためには、人の肉体を奪わねばならぬ。

 だが常人の精神では『彼』を受け容れることは不可能ゆえ、

 かように無惨な事態が起こるのだ・・・・・・

 『公子』は次々と宿る相手を替えながら、最適の肉体を探しているにちがいなかった。

 「・・・・・・・急ぐか」

 マントを身体に巻きつけつつ、ゲンゾ・ゾハットはつぶやいた。

 春にはいまだ遠い折りだった。

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 2000.03.02 「神殺しの日」(かみごろしのひ) 

 

 罪。

 深い罪。

 限りある寿命しか持たぬ者には

 とうていつぐないきれぬであろう、罪。

 ゆえに、我らは

 彼らを身替わりとしたのだ。・・・・・・

 

 “不退転の”エゾリアルは、一族きっての勇猛果敢な“剣舞い”すなわち戦士であったが、

 おのれの分をわきまえ、無謀な行ないを慎むことをつねとしていた。

 ゆえに彼が、あやしげな風聞のみを頼りに、故郷を離れようとしたときには皆が驚いたし、

 またくちぐちに引き止める仲間たちのことばに耳を貸さないことをいぶかしんだ。

 「そもそも、」と皆はいった。「その地に何があるというのだ?」

 「“かの地”にあるもの    それは」

 エゾリアルは二振りの愛剣を背と腰に吊るし、答えた。

 「    あらゆるもの」

 そう言い残して、エゾリアルは故郷を去り、“かの地”へと向かった。

 

 およそ分別ある者ならば、“かの地”を知らぬ者はない。

 が、同様に、そのまことの名を口にする者もいない    それは、

 真昼の陽射しのもとでさえ、悪寒を招くほどに忌まわしい名であったから。

 “そこでは「無」が「有」をしのぎ、「虚」が「実」を押さえつけている    ”とは

 しばしば云われることで、およそ命が惜しい者・・・・・・

 否、おのれそのものが惜しい者なら、近づくことさえ思いもよらぬ場所であった。

 ・・・・・・「現世」と“かの地”との境界にたたずむひとつの影がある。

 他でもない、“不退転の”エゾリアルその人だった。

 長い遍歴のすえにここまで辿り着いた彼だったが、眼前に広がる光景に、

 息を呑んでいた。    

 まばたきするごとに変幻する空模様。

 たえず強さ、向きのさだまらぬ風。

 逆流し、またときに沸騰する小川。

 いっときとして姿をとどめず、のたうち回る巨岩群。

 それはさながら、世界そのものが苦行を積んでいるような    異様きわまる空間。

 剛毅で知られたエゾリアルも、しばし茫然自失の態だったが、

 やがて意を決して、“かの地”へと足を踏み入れた。

 とたんに    彼の耳に、いや心に直接、地鳴りのような声が押し寄せてきた。

 “苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”

 “苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”

 “苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”・・・・・・

 幾百、幾千もの苦痛を訴える「声」に打ちのめされ、

 エゾリアルは身体 を折り曲げた。

 崩壊しかかる意識のなか、彼は太刀を抜き放つと、

 得意の剣舞を踊り始めた。

 それは単なる舞いではなく、“調律儀式”である。

 万物の不可視の意志を統合し、その「深層」を看破するための儀礼なのだ。

 やがて、無秩序で一方的だった「意志」が、折衝可能なまでに調律される。

 「ようやく、話が出来るな    」と、エゾリアル。

 『人の子よ・・・・・・有限の命しか持たぬ者よ。汝の罪を知るや?』

 「罪を知らぬほど傲慢ではないつもりだ    が、

 すべての罪を知っているとは言い切れぬ」

 『ならば聞け。汝らの犯した罪を。そして、よりその罪を重くした忌まわしい行ないを    

 

  かつて、ヒトは神を造った。

 おのれたちのために、永劫の存在を。

 おのれたちを縛り、制し、見張るための存在を。

 そんな存在がいなくては、ヒトは不安で耐えられなかったのだ。・・・・・・

 が、ヒトはいつか、「神」の存在をうとましく感じ始める。

 もはや神に頼ることはない、我々は自分たちだけでやっていけるのだ・・・・・・

 そうして、彼らは「神を棄てた」。

 自分たちで造ったもの、自分たちで生み出したものを、棄てたのだ。

 棄てられた「神」は、その不可視の眼に憤りを宿した。

 神の怒りは世界を震わせ    人々は恐怖におののいた。

 そこで彼らは、「神」を閉じ込め、その怒りを大地に、空に向けさせた。・・・・・・

 「神」は風の悲鳴、地の呻き声、河の鳴咽をヒトのそれと思い、

 今もなお愉悦にひたっている。・・・・・・

 

 『心得たか    人の子よ。これが・・・・・・汝らの・・・・・・罪・・・・・・』

 エゾリアルの頬を涙が伝った。それは原罪に対するつぐないの思いゆえ?

 否    それはただの「義憤」であり、「共感」の涙であった。

 「わかった。・・・・・・ようやく、おれの役目がわかった。

 おれの使命は、あんたたちを解放することにあるようだ」

 『    莫迦な。人の子に、そんな、真似が』

 「やってみなくては、わからぬさ」

 言い放って、エゾリアルは太刀を構えた。

 今しも    地割れの中から、総身を濡れた表皮に覆われた

 小山ほどもある巨大な異形の存在が這い出てきたところだった。

 がぱり、とその腹が割れると、

 女の顔が現れ、にたり、と笑った。

 “不退転の”エゾリアルは、

 

     不敵に、笑い返した。

 

 


 
 

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