罪。 深い罪。
限りある寿命しか持たぬ者には
とうていつぐないきれぬであろう、罪。
ゆえに、我らは
彼らを身替わりとしたのだ。・・・・・・
“不退転の”エゾリアルは、一族きっての勇猛果敢な“剣舞い”すなわち戦士であったが、
おのれの分をわきまえ、無謀な行ないを慎むことをつねとしていた。
ゆえに彼が、あやしげな風聞のみを頼りに、故郷を離れようとしたときには皆が驚いたし、
またくちぐちに引き止める仲間たちのことばに耳を貸さないことをいぶかしんだ。
「そもそも、」と皆はいった。「その地に何があるというのだ?」
「“かの地”にあるもの それは」
エゾリアルは二振りの愛剣を背と腰に吊るし、答えた。
「 あらゆるもの」
そう言い残して、エゾリアルは故郷を去り、“かの地”へと向かった。
およそ分別ある者ならば、“かの地”を知らぬ者はない。
が、同様に、そのまことの名を口にする者もいない それは、
真昼の陽射しのもとでさえ、悪寒を招くほどに忌まわしい名であったから。
“そこでは「無」が「有」をしのぎ、「虚」が「実」を押さえつけている ”とは
しばしば云われることで、およそ命が惜しい者・・・・・・
否、おのれそのものが惜しい者なら、近づくことさえ思いもよらぬ場所であった。
・・・・・・「現世」と“かの地”との境界にたたずむひとつの影がある。
他でもない、“不退転の”エゾリアルその人だった。
長い遍歴のすえにここまで辿り着いた彼だったが、眼前に広がる光景に、
息を呑んでいた。
まばたきするごとに変幻する空模様。
たえず強さ、向きのさだまらぬ風。
逆流し、またときに沸騰する小川。
いっときとして姿をとどめず、のたうち回る巨岩群。
それはさながら、世界そのものが苦行を積んでいるような 異様きわまる空間。
剛毅で知られたエゾリアルも、しばし茫然自失の態だったが、
やがて意を決して、“かの地”へと足を踏み入れた。
とたんに 彼の耳に、いや心に直接、地鳴りのような声が押し寄せてきた。
“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”
“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”
“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”“苦しい”・・・・・・
幾百、幾千もの苦痛を訴える「声」に打ちのめされ、
エゾリアルは身体
を折り曲げた。
崩壊しかかる意識のなか、彼は太刀を抜き放つと、
得意の剣舞を踊り始めた。
それは単なる舞いではなく、“調律儀式”である。
万物の不可視の意志を統合し、その「深層」を看破するための儀礼なのだ。
やがて、無秩序で一方的だった「意志」が、折衝可能なまでに調律される。
「ようやく、話が出来るな 」と、エゾリアル。
『人の子よ・・・・・・有限の命しか持たぬ者よ。汝の罪を知るや?』
「罪を知らぬほど傲慢ではないつもりだ が、
すべての罪を知っているとは言い切れぬ」
『ならば聞け。汝らの犯した罪を。そして、よりその罪を重くした忌まわしい行ないを 』
かつて、ヒトは神を造った。
おのれたちのために、永劫の存在を。
おのれたちを縛り、制し、見張るための存在を。
そんな存在がいなくては、ヒトは不安で耐えられなかったのだ。・・・・・・
が、ヒトはいつか、「神」の存在をうとましく感じ始める。
もはや神に頼ることはない、我々は自分たちだけでやっていけるのだ・・・・・・
そうして、彼らは「神を棄てた」。
自分たちで造ったもの、自分たちで生み出したものを、棄てたのだ。
棄てられた「神」は、その不可視の眼に憤りを宿した。
神の怒りは世界を震わせ 人々は恐怖におののいた。
そこで彼らは、「神」を閉じ込め、その怒りを大地に、空に向けさせた。・・・・・・
「神」は風の悲鳴、地の呻き声、河の鳴咽をヒトのそれと思い、
今もなお愉悦にひたっている。・・・・・・
『心得たか 人の子よ。これが・・・・・・汝らの・・・・・・罪・・・・・・』
エゾリアルの頬を涙が伝った。それは原罪に対するつぐないの思いゆえ?
否 それはただの「義憤」であり、「共感」の涙であった。
「わかった。・・・・・・ようやく、おれの役目がわかった。
おれの使命は、あんたたちを解放することにあるようだ」
『 莫迦な。人の子に、そんな、真似が』
「やってみなくては、わからぬさ」
言い放って、エゾリアルは太刀を構えた。
今しも 地割れの中から、総身を濡れた表皮に覆われた
小山ほどもある巨大な異形の存在が這い出てきたところだった。
がぱり、とその腹が割れると、
女の顔が現れ、にたり、と笑った。
“不退転の”エゾリアルは、
不敵に、笑い返した。