1.旅立ち
死すべきさだめの人の子、女の乳で育った者のうち、最も勇敢かつ不敵なる戦士・ポーリンのゆくところ、邪悪の穂はことごとくその首をたれ、不正の実は熟すことさえなく地へ落ちるのだった。
さてあるときポーリンは、うるわしき乙女にして一国のあるじたる“胡桃の公女”メラヴィスの宴に招かれた。おりしもその日は彼女の誕生日、人々は手に手に贈り物を携え、公女のご機嫌をうかがいに参上した。
ところがただ一人、手ぶらで現れた者がある。他でもない、勇士ポーリン。
「さても面妖な」と、人々は云い交わした。「無作法なことではある!」
「御方さま」と、ポーリン。「私が贈り物を持参しなかったのには、相応の理由あってのことです」
「それは?」と、メラヴィス。
「こう云うことです。貴女の望むものをおっしゃって下さいませ。この地上にないものならともかく、存在するものならば何なりと、このポーリンがお贈りいたしましょう」
人々は云った。「さすがは当代の勇士だ。豪気なことだ」
メラヴィス「さればわたくしの望みを申しましょう、勇士どの。聞けば、辺境にのみ咲くと云う『蜃気楼』なる花は、その姿を一目見ただけであらゆる悲しみが癒され、その馨りを一息嗅いだだけでいかなる苦しみからも解放されるとか。ぜひともその花をわが国で栽培したいもの。どうか勇士どの、その種なり、苗なりを手に入れてきては下さいませぬか」
ポーリン「お安い御用です、公女さま」
かくてポーリンは脚絆を巻き外套を羽織り、孤剣を引っさげて旅の空へと赴いたのである。
2 道連れ
旅を続けるポーリンであったが、そのうち路銀が底を突いてしまった。
「やむなし!」剣を枕に草むらへ寝転がり、ポーリンは旅人が通りがかるのを待つことにした。旅行者が現れたら、金を借りようと云う腹積もりであった。
運よく、さまで待つことなく旅人がやってきた。見れば、隆々たる体躯、雲つく長身、岩の塊さながらの御面相。肩に担いだ槍は腕よりも太く、長さは身の丈の倍はあろうか。これなる一巨漢が、鼻歌交じりに歩いて来たのだった。
ポーリン、その目の前に飛び出していわく、
「そこなる御仁、ちと頼みごとがある!」
「とは、何事かな?」
「それがし、重要なる探求の旅の最中ながら、折悪しく持ち合わせが尽きてしまった。そこで御身に頼むのだが、いささか路銀を貸していただけまいか」
「これは異なことけったいなこと。我が輩と貴公は初対面だと云うに、いきなり金を貸せとは無茶も良いところ。そもそも、知人と云えどもめったなことで金の貸し借りはせぬものを、まして赤の他人に貸すわけにはいかぬなあ」
「そこをば何とか、窮迫の身なれば」
「くどいな貴公、貸せぬものは貸せぬ。さては汝、野伏の類か? 貸すの貸さぬのは口ばかり、その実、力ずくで財布を脅し取る気か」
これを聞いて、ポーリン火がついたか鞭打たれたかのごとく怒り、罵っていわく
「抜かしたな、この無頼漢めが! 下手に出ておればつけあがりおって。金を貸さぬのはべつに構わぬ、恨みもせぬが、人を強盗呼ばわりとは! よしんばおれが盗賊だとて、うぬのような小汚い流れ者なぞ相手にするものか」
こうまで云われて、相手もなんで黙っておれよう。指つきつけて叫ぶには、
「語るに落ちたな、こそ泥めが! ここいらに賊がはびこっているとは聞いていたが、我が輩に会ったが運の尽きだ、二度と悪行積めぬよう、成敗してくれる!」
かくてお互い得物を掲げ、丁々発止と渡り合った。
壮士の長剣は一閃ごと流星を撒き、巨漢の槍は一振りごと旋風を生む。まさに、火花が咲くさま百花繚乱、斬り結ぶさま千姿万態、両者の吐く息気炎万丈、といった有りさまで、数十合打ち合ってなお勝負はつかず、いずれが優勢とも見えなかった。
ここでお互い思うに、『これはいかん、たいへんな腕利きだ! もとはと云えばつまらぬ諍い、こんなことで生き死にを賭けるのもバカげている、退くにこしたことはない』
と、両雄飛び退き、向き合った。
「我が輩は」と、大男が荒く息をつきながら云った。「諸国を遍歴したが、貴殿ほどの剛勇に出会ったのははじめてだ。名を聞かせていただきたい」
「されば」と、ポーリンも額の汗をぬぐいながら答えた。「隠すも偽るもわが流儀ではない、正直に名乗ろう。剣術使いポーリンとはわがことだ」
「ほ、それではあの“長虫殺し”ポーリンどのか! これは失礼つかまつった……」
と巨漢は感銘にうたれて一礼した。ポーリンはかつて国じゅうを荒らしまわった巨大な竜を退治したことがあり、そこから長虫殺しの二つ名を頂戴していたのである。
「貴殿こそ、大した腕前……名のある武芸者ではござらぬか? ご尊名をうかがいたい」
「いや問われて名乗るほどの者ではございませんが、答えぬのも無作法なれば申しましょう。わが名は盾の部族のガレッジでござる」
「ほう、お名前だけはうかがっていたが……これは思わぬところでお会いできたもの」
かくて両者、互いに武勇のほどを認め合い、僥倖たる出会いを喜んだものの、ポーリンは芳しからぬ打ち明け話を聞く羽目になった。
「実を云えば、おれも一文無しでな。今日は野宿するほかないと覚悟していたのだ」
「是非もない……」
そこで二人が手ごろな「一夜の宿」を探して辺りをうろついていると、武装した十四五人の男たちと出くわした。
見ればいずれも膨らんだ背嚢や手提げ袋を携え、返り血に染まった外套を羽織っている。
「ちょうど良い」ガレッジがニヤリと笑い、「金を都合してもらおうじゃないか」
「いい考えだ、兄弟!」
ポーリンも同意し、二人は腹ぺこの猛禽さながらの勢いで盗賊団に襲いかかった。
賊どもも迎え撃ちはしたものの、一騎当千の驍勇二人が相手ではもとより勝負になるはずもなく、一人また一人と薙ぎ倒される。
半数が剣や槍の露と消えたころ、賊たちは怖じ気づいて降参した。
そこでガレッジが云った。「よし、お前らのねぐらに案内しろ。一夜の宿がいるのでな」
ところが賊どもは這いつくばって哀訴し、
「それはご勘弁を。わたくしどもの木戸には恐ろしい頭目がおりまして、たいへんな遣り手なのです。このまま戻ろうものなら、旦那方はもとよりわたくしどもも皆殺しにされてしまいます」
これを聞くと、ガレッジなどはむしろ興味を引かれた様子で、
「ふん! 何だかんだ云っても、たかが山賊じゃあないか。そのお頭とやら、是非見物してみたいものだな」
そこで二人は嫌がる賊どもを追いたてるように案内させ、ほどなく山中の木戸へと至った。
「よし、お前らはもういいぞ。何処へなりとも行っちまいな」
と賊どもを追っ払い、ポーリンとガレッジは山塞のなかへ忍び込んだ。
3 棘ある花
さて盗賊どものねぐらに侵入したポーリンたちは、さっそく「掃除」にかかった。
要するに、邪魔な連中を次々に追い出しはじめたのである。不意を打たれた賊どもはなすすべもなく蹂躪され、ほうほうの体で逃げ出した。
「ああ、すっきりした、さあ寝ようかい」
とガレッジが大きく伸びをしたとき、建物の奥から人影が進み出て来て、
「何奴か、狼藉をはたらくのは!」
と叫んだ。見れば薄絹をまとった明眸皓歯、柳腰柳眉の見目麗しき女人である。さしもの英雄二人もしばし心奪われ、答えもままならなかったほど。
「不埒者どもめ! ここを魔術者エンドリンスの住居と知ってのことか」
そう罵られ、ようやく我に返ったガレッジ、
「では、頭目とはあんたのことか。……さても奇妙な、かような麗人が賊魁とは?」
「我らは旅の者、一夜の宿を求めに参ったに過ぎぬ。快く泊めていただければ、手荒な真似はせぬ」
ポーリンがそう云うと、魔女エンドリンスはその見目良き眉を逆立てて、
「おのれ、ぬけぬけと! 誰がうぬらのごとき礼儀知らずを受け入れようぞ。その卑しい性根、あの世で後悔するが良い!」
叫びざま彼女が石壁を打つと、そこから石の肢体と石の顔を持つ巨人が、忽然、立ち現れた。石の巨人は緩慢な動作でポーリンらへと迫ってくる。
「や、や。これはいかなる幻術か?」
「幻ではない、魔力付与の術だ。彼奴は仮の命を与えられたのだ」
かくて岩石男と勇士二人の戦いがはじまった。
が、いかに固く頑丈だとて竜の鱗ほどではなく、いかに怪力だとて竜の前足ほどではない。
いつしか巨人は糸が切れたかのごとく横倒しになり、指一本とて動かなくなった。
「私の負けだ!」エンドリンスは云った。「さあ、焼くなり煮るなり好きにするが良い」
しかしポーリンは英雄であり、ガレッジもまた粗野ではあったが卑劣漢ではなかったから、彼女を手にかけたりはしなかった。その清々しい態度に感銘を受けたエンドリンスは、是非とも仲間に加えて欲しいと訴えた。
「私は大魔術者ユーヴィティティの弟子だったのですが、彼が魔道に落ちたため袂を分かちました。その後、暮らしに窮したためやむなく盗賊の頭などやっておりましたが、こうして英雄ポーリンどのにお会いできたからには、前非を悔いてまっとうに生きたいと思います」
もちろん、ポーリンに否やはなかった。
4 陽炎の城
かくして戦士ガレッジ、魔術者エンドリンスを道連れにしたポーリンは旅を続け、ついに辺境へと到達した。聞けばくだんの花は、『陽炎の城』なる廃城の周りに生えていると云う。
「しかし」と土地の古老たちは云った。「近づかぬが良かろう。何となればその古城には、太古の昔より手強き魔物が住み着いておるゆえに」
さはあれポーリンらは退くことはできぬ。いざ勇戦せん、と武装を固めて廃城へ向かったところ、果たして城の周辺には花畑が広がり、いちめんに色とりどりの花が咲き乱れていた。
「これぞ『蜃気楼』なるか」
ポーリンが一本手折って嗅いでみると、なるほど頭の両端がスーッと涼しくなり、気分が爽快になった。長旅の疲れも、戦いを控えた緊張もたちまち吹き飛んでしまった。
「こは玄妙な。……さっそく、持ち帰ろうぞ」
と、そこへ一人の農夫がやってきて、彼らの作業を押し止めて云った。
「まあお待ちください。私の話をお聞きなさい」
「聞こうではないか」と、ポーリン。
「では申しますが」と、農夫。「その花を持ち出してはなりません。と云うのは、この城のなかにはあまたの魔物どもが住んでおりますが、この花畑のおかげで大人しくなっています。花がなくなりますと、彼奴等は本性を取り戻し、周辺を荒らしまわることでしょう」
「それが本当なら」と、ガレッジ。「方法は一つしかないな」
「まことにさよう」と、エンドリンス。「ポーリンどの、いかがなさる?」
「知れたこと」と、ポーリン。「その魔物どもを討ち、災いの原因を絶つとしよう」
そこで一同は廃城へ乗り込み、魔物を探した。
ほどなく、一つところで寝そべっている異形の魔物たちを発見した。
「怪物ども!」ポーリンは剣を突きつけて罵った。「今日が貴様らの命日だぞ」
しかし魔物たちは抵抗する素振りもなかった。
「殺したければ殺せ」魔物の一人が云った。「我らはもう倦んだ。……生きること、存在し続けることにな。べつに死にたいとも思わぬが、同じことだ、生きるも死ぬも、どちらでも」
ポーリンは振り上げた剣を打ち下ろすことかなわず、嘆息した。
「邪悪なる輩とは云え、無抵抗の相手は殺められぬわ」
「とはいえ、花を持ちかえるにはこ奴等を生かしてはおけないぞ」
「待って」とエンドリンスが云った。「良い考えがあります。……」
それから間もなく、ポーリンは公女メラヴィスの元へ帰参した。
「勇士どの」と公女。「わたくしの望みの品は、手に入りましたか?」
「無論です、御方さま」
彼が合図すると、鉢植えが大量に持ち込まれてきた。その馥郁(ふくいく)たる芳香に、人々は全身の毛穴からため息をつく思いだった。
「これぞ、ご所望の『蜃気楼』でございます、御方さま」
「なるほど。これだけ離れていてもその馨りに心洗われ、身体ははずむようです。さっそく各地で栽培させ、民草に安らぎを与えることとします」
「それが宜しいでしょう、御方さま」
誰か知らん、確かにかの花々は美しくもかぐわしいが、辺境に咲くごくふつうの花でしかなかった。しかし「蜃気楼」として紹介されたがゆえに、人々に本来以上の安堵をもたらしたのである。これなん、魔術者エンドリンスのはかりごとであった。
その後、エンドリンスはこの件をしきりに恩に着せたため、ポーリンに避けられるようになった。そればかりか、嫌気がさした彼はとうとうガレッジとともに何処かへ旅に出てしまったのである。
置き去りにされたエンドリンスは悲しみ、また憤激し、彼らを追いかけて旅立つこととはなるのだが、それはまたべつの講釈にて。