春の夜梅の花をよめる

春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる

(凡河内躬恒:古今集巻一・春歌上)

春の夜の闇は不条理なものだ
梅の花の色を隠して見えなくしても、その香がどうして隠れるものか

<凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)>
宇多・醍醐天皇の両朝に仕え、和泉権掾になった人で『古今集』の撰者のひとりでもある
紀貫之と並ぶ平安前期の歌人として活躍した
百人一首には「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」が採られている

流され侍ける時、家の梅の花を見侍て 贈太政大臣

東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな

(菅原道真:拾遺集巻第十六・雑春1006)

春風が吹いたら咲いて、おまえの香を風に乗せてこの地に届けておくれ、我が家の梅の花よ
当主である私がいないからといって春を忘れるなよ

<菅原道真>
幼少時から漢学の才で知られ、18歳で文章生となり、文章博士などを歴任、宇多天皇の信任を得て右大臣にまでなったが
藤原時平の陰謀により太宰権帥に左遷された
この歌はその際の歌。その後彼は都に戻ることはなく、失意のまま没した
百人一首には「このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに」が採られている

初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に、久しく宿らで、程へていたれりければ
かの家の主人、かく定かになむ宿りはあるといひいだして侍りければ
そこに立てりける梅の花を折りてよめる

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

(紀貫之:古今集巻一・春歌上)

《詞書》
貫之が初瀬(今の長谷)の観音に参詣するごとにいつも宿泊するある人の家があったが
しばらく、参詣してもそこに立ち寄らなかった。
その後、久しぶりで立ち寄ったところが、その家の主人は、出迎えもせず
「このとおりちゃんとお宿はあるんですよ」と使っている者に言わせたので、そこに咲いている梅の花を折って次のように詠んだ

《歌》
人の心はどうだかわからないが、懐かしいこの里では昔と変わらず、梅の花だけがこのように咲き匂っている

尚、この歌に対し、この家の主人は「花だにも同じ香ながら咲くものを植ゑたる人の心知らなむ」と返している
そしてこの主人とは女性という説もある

<紀貫之>
『古今集』の撰者の1人で、仮名序を書くなど、中心的人物だったと思われる
『土佐日記』でも有名。また字が非常に綺麗で、私は高校の時、彼の字を見て大変衝撃を受けた
この歌は百人一首にも採られている

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