めっきの話題



とりあえず何か定期ネタを持ちたいので、「表面技術」という業界雑誌から、
毎月ひとつピックアップして話をしようと思います。
第五十四巻の第一号(2003年分)からスタートしています。
これ以外でも、適宜に話題は出したいです。
レイアウトが悪いのはご容赦ください。
「表面技術」とは・・・?

過去に掲載した記事はこちらにあります。



目次

2005/5/14:電極に付着した水素気泡による浮力を利用したニッケルめっきにおける湿潤剤の評価
2005/5/26:超臨界流体とは何か
2005/6/9:CuCl-1-ブチルピリジニウムクロリド常温型溶融塩中のCu(I)イオンからの高純度Cuの電析
2005/6/14:クロムめっき上における塗膜のはく離とその付着性の向上
2005/9/18:めっき講習会 -環境調和型めっき技術と内外の動向について-
2006/9/28:めっき講習会 めっき講習会 -めっき技術動向と課題-
2006/10/30:アルミニウム合金へのジンケート皮膜の密着性評価
2007/11/4:クロムめっきの発展と環境問題
2008/1/16:モノづくり現場における新たな環境規制と昨今の内外業界動向


2008/1/16:モノづくり現場における新たな環境規制と昨今の内外業界動向


仰々しいお題目が付いた講習会に行ってきました。と言っても、いつもの講師の方なのですが、公共的な事業の一環らしく、そのひとつとしての講習会でした。
この方の講習会はいつも概論的なのですが、今回はかなり微妙ないいところも入っていたようなので、いつもよりなお為になったように思います。

製造業の占めるGDP(国内総生産)に対する割合は、わずか20%ほどなのだそうです。加工貿易国などと言われて社会科を受けてきた世代としては、目を疑うような事態です。これが先進化というものだとは思いますが、自分が受けてきた社会科は現在には役立たないようです。この変化は、バブル後の「失われた10年」により急進的に進んだと言えると思います。そういう中で、製造業はサービス業的な面を持ち合わせなくてはいけないと力説されました。講演後に質問も出て、その中身について問われたりしたのですが、これはめっき業で言うと「顧客の希望を聞いてあげること」なのだそうです。めっきは顧客の要求に従ってめっきするのが仕事で、顧客の仕様については普段踏み込まない(踏み込めない)ものですが、そうした部分への助言や協力をすることが、例えば講師の言うサービスなのだそうです。サービス業的な面が重要になった製造業としては自動車業界を紹介しており、新車の販売による売上は3割ほどで、残りは修理・中古車・リースなどによるのだそうです。
こういったことは社会の転換によって発生しており、講師の方は「フロー経済」から「ストック経済」になったと表現しておられました。フローは新しく生み出すこと、ストックは経済的な蓄えのことです。ストック経済では新しいものを入手する行為は減少し、すでにあるものを運用するために消費が起ることになります。サービス業はこうした運用を手助けする仕事であり、当然その割合が増加するわけです。こうした状態は今の中国のような急速な発展の状況ではあり得ず、持続的な発展と言われる先進国型の成長のときに起っています。日本は今後、こうした状況にあり続けるわけで、製造業もよく考慮しておかなくてはならない。ちなみに、IBMを例に挙げてサービスへシフトしていった例としていましたが、提示されたデータ以後にPC事業(ThinkPadとか)も手放しており、より鮮明にサービス業へ傾斜したと言えるでしょう。

めっき事業者の状況について毎年聞いていますが、2005年(最新の統計)で多少の変化が見られました。簡単に言えば、社員の数(1事業者当たり)が増えました。これまでは目立った変化がなかったことを考えると、大きな変化と言えるでしょう。これは零細事業者の廃業が影響しているのではないかと思います。だとすると、2007年のデータでは更にこの傾向が強まっている可能性が高そうです。
昨今のめっき業者の状況として、金属の高騰の影響が出ていること、環境対応めっきが支配的になってきたことが挙げられています。零細業者の専業者などでは、めっきするほど損をするのに止められないという状況が目に見えているという話が聞かれました。

めっきと言っても方向性がいろいろあり、多くのものはアジア各国へ移管されていきました。国内ではめっき専業者ですら手に余る技術の粋を集めたようなものが多く、こうしたものは大企業が内製化して管理している状況です。そうした中でめっき業者は微細化した製品や電装関係、自動車関連部品やメカトロに対する生産で国内に留まっているという状況を披露していました。問題点としては、この先の先進技術に対応する能力がある技術者をめっき専業者が獲得できないこと(大学などでそうした分野を習得した人材を育てていないこと)があり、憂慮されるとしています。

他方、環境関係ではRoHS規制が本格化し、めっきでは主にPb、Cr(VI)の規制が影響を受けるようになりました。RoHSでは均質な物質について、規制の数値を満たすことが求められ、それゆえにめっきはめっき皮膜のみでこれを満たさなくてはなりません。クロメートの場合、亜鉛めっきからではなくクロメート被膜のみで満たすことを要求する例があったらしく、これは当事者間できちんと解決しておくべき内容になります。
鉛は使用しないことが重要な対策ですが、素材に含まれる(例えば快削用の素材)鉛の溶解による混入が考えられ、排水処理で鉛を考慮した処理が求められます。難しい場合は、素材からの扱いの検討が必要になります。
6価クロムは以前から処理ができていますが、酸化状態に常に注意が必要で、3価にした後は沈澱させて分離するまで酸化雰囲気にしないように気をつける必要があります。還元剤も水酸化クロム生成に悪影響を与えるので、注意深く管理する必要があります。

国内の規制では、亜鉛の規制で2mg/L(めっき業は平成23年まで5mg/Lの暫定基準)に強化されました。これは河川上流域の生物に合わせられたもので、相当に厳しい規制になります。亜鉛が両性金属であることが更に問題を難しくしています。
一般にpH9〜11で沈澱させる必要があり、鉄共沈やアルミニウム共沈が必要とされています。また錯化に敏感であり、アンモニウムイオン共存下では溶存亜鉛が増大する問題があります。また、沈澱が大きく成長しにくく、水に流れやすいという特性もあって、集めるための工夫が必要になります。更に高濃度の亜鉛からの沈降は(普通と違って)有利ではなく、多くの亜鉛分を残す可能性を持ちます。
シアン浴では鉄(II)の共存でヘキサシアノ鉄(II)酸亜鉛を生成して沈澱するので、他のものより有利であり、ジンケートでは正攻法の沈降(鉄共沈など)が必要になります。酸性浴ではアンモニアを含まない浴を使用することが重要になります。いずれにせよ、他の排水との混合処理は難しくなり、独自系統による特化した処理が望ましいものになります。

この他にフッ素の問題があります。フッ素は通常カルシウムによる処理で分離できますが、排水基準のほうが進んできているため、余裕はあまりないのが実情です。またホウフッ化物になっていると処理が大変難しく、扱いには特別な処理が必要になります。フッ素を使う場合には、そこですでに処理の内容を計算しておかなくてはならないと言えるでしょう。窒素・ホウ素も平成22年までの暫定基準運用であり、これらも規制が厳しくなると処理に更なる工夫が必要になります。

最後に講師は、これからとして燃料電池について言及し、ここにめっき技術は必要とされるとしていました。ほかにこれからの日本が右肩下がりとなるという主旨で檄を飛ばしていましたが、多少筋違いなので割愛します。簡単に総括して、めっき業者はなんとか居場所を見つけて生き残ったが、この先の技術はめっき屋には高度で、難題を抱えているというのが公正な見方でしょうか。現場に当たり前の科学技術に強い人が少ない現状は、確かに憂うべきなのかもしれません。




2007/11/5:クロムめっきの発展と環境問題


2005年の第六号は「最新のクロムめっき技術」が小特集です。
RoHS指令の問題に象徴される環境負荷の問題で、クロムは優秀な特性を持ちながら目の敵にされる存在です。
小特集は環境問題を強く押し出しながらクロムめっきの今について触れています。
その中から、表題の論文を取り上げることにします。
また、併せて「クロムめっきプロセスの環境負荷最小化技術」からも少し触れて、勉強しようかと思います。

クロムは安定な性能を維持する金属として優れた物性を持ちます。
表面に強力な酸化皮膜を形成して、大気中で大変に安定であること、独特の光沢があり美しいこと、皮膜の硬度が大変に高く、耐摩耗性に優れることなどが挙げられます。このほかにもイオン種としての物性(6価クロム)も特別なものですが、ここでは金属に限定します。
この優秀な金属は、金属でない状態のうち、6価のイオンとなっている状態が人間の健康に大きな影響を与えるという問題から、近年大きく取り上げられて問題視されています。
RoHS指令(電子・電気機器における特定有害物質の使用制限)やELV指令(廃自動車指令)というような規制がかかるようになり、6価クロムが規制の対象になりましたが、本来クロムめっきは規制の対象にはならないものです(ここら辺りは後述)。
しかし、クロムフリーと短縮して理解されるという誤解、クロムめっきに6価クロムを使用していることへの指摘などは、不要なものであるはずですが実際にはあるようです。

クロムめっきは通常6価のクロムを使うめっき浴でめっきされ、これまではクロムミストの飛散が大きな問題とされてきました。作業者・周辺環境への影響は大きく懸念されるため6価を使わない方法が模索されるようになりました。3価クロメートとは違い、3価のクロムはより直接的な要請によって開発が試みられるようになった環境にやさしいめっき浴です。
しかしながら、3価のクロムめっきで6価の性能に匹敵するものというのは、なかなか得られていないというのが実情です。
最初のクロムめっきは19世紀半ばに発見されました。それは重クロム酸からのめっきだったそうですが、20世紀になってサージェント浴が開発され、硫酸を添加した現在の一般的な6価クロムによるめっき浴になりました。
少し遅れてフッ化物浴が登場しました。これはサージェント浴より優れた面が多いめっきですが、周辺の腐食がひどく、コントロールも難しく、かつ排水処理への負担が大きいため、広まりませんでした。そうした点を改良している自己調整高速浴(SRHS)という浴が開発され、組成はかなり複雑であるものの、フッ化物系のめっき浴として使われ、安定性が改善していて物性もよいことからバレルめっき用も発売されています。
また、公害問題から低濃度化を試みる研究がなされ、サージェント浴で200〜300g/Lのところ、50g/Lのクロム酸濃度でめっきが可能であると示されています(ただし、本文中で実用に供されているという記述はありませんし、私も知りません)。
他のめっきにもある高速浴として高効率高速浴があり、低電流部でのエッチングが起らず、マイクロクラックが多い耐食性が高いめっきです。
もともとクロムは硬質クロムというような硬さを望むめっきとして使われますが、この性質を向上した超硬質めっき浴というものもあります。シュウ酸を添加して3価クロムを多くし、皮膜に炭素を含ませて熱処理で硬化するもので、400〜600℃で最も高い効果が得られる。高くしすぎると炭化クロムが生成して硬さが低下する。
マイクロクラッククロムめっきはクロムめっきのクラックを小さくするため、わざと小さなクラックを生じさせるめっきで、一般的な光沢ニッケルを使用する装飾めっきの最終めっきに使用されています。この場合、ニッケルめっきを多層にして腐食をコントロールします。
このほか、クラックフリークロムめっき(クラックをなくして耐食性を大幅に高める)、塩化物浴(塩酸を使用)、ポーラスクロムめっき(エンジン内部で潤滑油を滞留させる表面構造を創出)、黒色クロム浴(クロム金属と酸化クロムの混合皮膜)が紹介されています。
対して3価のめっき浴として、装飾用と硬質のめっきが紹介されています。当初は装飾用のクロムめっきとして色調が悪く、耐食性が劣るなどしていましたが、改善が図られて採用が多くなってきています。硬質用はまだ実用化途上であり、進展中のようです。

近年、環境問題から6価のクロムを最終製品には含まないものの、製造過程で使用する6価クロムめっきの代替技術が要求されるようになってきました。
筆頭に上げられるのは3価のクロムめっきで、これは硬質用の技術開発によっては、6価クロムすべての代替とはなりえない可能性を残しています。
合金めっきによって硬いめっきを得ることが考えられており、無電解ニッケルでは熱硬化性がすでに確認されていることから、タングステンなどによって改善を図ったニッケルーリン系などが検討されています。
分散めっきによって超硬質めっきのような効果を得る検討もなされており、分散させる成分によって様々な性質が生み出されています。
高速ガスフレーム溶射法や気相めっきによって硬質の合金皮膜を得ることも研究されており、軍事技術のためにアメリカで硬質クロムの代替として膨大な実験が行われています。

そして今、グリーン調達におけるクロムは、クロムフリーと6価クロムフリーが別々に言われており、通常RoHS指令などの規制では6価クロムフリーであることが条件とされます。
クロムめっきはクロメートと異なり、最終製品には金属クロムのみが使用されます。工程で6価クロムが使われていても、最後に存在しなければ規制にはかかりません。
ちなみに、環境中のクロム金属は容易に腐食しません。また、腐食すると3価となり、通常条件下では6価へ酸化されません。3価クロムを6価にするためには、水の存在下で200℃とする必要があります(注:一般環境で)が、水の沸点からそのような事態は考えられないため、6価クロムを含まずに出荷すれば将来にわたっても6価にならないと考えてよいことになります。

クロムめっきを行う工場では、6価クロムを扱うことに対して多くの対策が求められます。
環境負荷の低減としては、

めっき液の長寿命化
めっき液の再利用
水洗排水の抑制
大気中への飛散防止
槽や配管の漏れ(事故)対策
めっきにおける省エネルギー
アノードや設備の長寿命化
薬品使用量の削減

が挙げられ、環境へのリテラシーが高い企業からは、こうしたことの実践を求められる可能性があり、普段から考慮に入れるべき事と言えると思います。
遠くない将来には、こうした対策ができないとそもそもクロムめっきができないような社会の流れになっていることは、有力なひとつの道であるかもしれません。




2006/10/30:アルミニウム合金へのジンケート皮膜の密着性評価


2005年の第五号は、「フラットパネルディスプレイ」が小特集です。
FPD(フラットパネルディスプレイ)というと馴染み難いかもしれませんが、フラットではないディスプレイとしてブラウン管(CRT)、FPDとして液晶ディスプレイ(LCD)を挙げるとイメージがつかめてくると思います。
最近ではCRTでもフラットと言えるものがありますから、必ずしも正しい分類法ではないですが、フラット(平坦)な面があるディスプレイを指してFPDと称します。
ディスプレイには発光型(CRTやプラズマ、有機・無機EL、発光ダイオード(LED)など)と非発光型(液晶が代表的)があり、それぞれ特色があります。
テレビではCRTから液晶・プラズマへの移行中であり、PC/AT互換機などのディスプレイは液晶が全盛で有機ELが次を担うのではないかと目されている、という段階です。
この話は技術として大変面白いですが、めっきにはほとんど縁がないです。そこで表題の記事を取り上げようと思います。

アルミニウムは錆びない金属という印象を持たれる場合が多いですが、実際には極めて錆びやすい元素であり、金属状態では表面が酸化皮膜を形成して内部への反応の進行を阻み、状態を維持しているに過ぎません。
これをめっきにおいて考えると、アルミニウムにめっきをする時、活性化した表面を得ることができないという事実に突き当たります。密着性のよいめっきをするためには、素材金属とめっき金属は金属として連続であることが必要です。アルミニウムは活性な表面が得られないため、これを満たすことができなくなります。
そこで表面状態を変更して、めっき時に活性な状態を得られるようにする処理が必要になります。その代表的なものがジンケート処理です。
ジンケートとは亜鉛酸塩のことで、強アルカリで安定して存在する亜鉛の化学種のひとつです。両性元素について知見があるとよくわかるかと思います。
アルミニウムにジンケートを反応させると、アルミを溶解して亜鉛が置換析出することになります。この部分には無電解ニッケルが析出でき、アルミ−亜鉛−無電解ニッケルにおいて拡散による強固な結合を形成します。これがジンケート(亜鉛置換)処理の意味です。
このジンケート処理は1回のみ行うとあまり密着性が良くないため、2回のジンケート処理を行うということが一般的です。これは亜鉛粒子の析出状態が違うためとされています。
この論文は、ジンケートの析出状態を調べることで、無電解ニッケル皮膜の密着性向上について考察することが狙いです。

素材となるアルミはA 2017 P-T3(板厚1mm)を用い、バフ研磨にて鏡面仕上げしたものを使用、ジンケートを0、1、2回(3水準)行った上で、FE-SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)での観察、JIS H8504に準じたテープ剥離、その剥離面のXPS(X線光電子分光装置)による分析、また析出表面のXPS及びFE-AES(電界放射型オージェ電子分光分析装置)による分析を行っています。
表面の観察では、1回処理では粗い亜鉛粒子の析出が見られるのに対し、2回では多少の亜鉛粒子塊が観察されるものの、粗い構造は見られず、均一な表面になっています。
テープ剥離試験を行うと、1回ではジンケート皮膜が剥離し、テープにも皮膜が付着していますが、2回のものはそうした現象は見られません。これを電子顕微鏡で観察すると、1回では粗い析出物が剥離してしまっているのに対して、2回では微視的にも剥離は見られないという結果になっています。テープをXPSのワイドスキャンにかけると、2回ではテープの炭素・酸素が検出できるだけであるのに対して、1回では亜鉛のピークが検出されており、剥離があったことが推定されます。
こうした結果から、1回では粗い析出物が素地との密着面が少ないために密着力がなく、2回では均一な析出のためよく素地にくっついていることが想定されます。
表面のXPS・FE-AESから、1回では表面でアルミが検出されず、シンケート皮膜も厚いのに対して、2回は表面でアルミが検出され、皮膜が薄いという結果が得られています。これは2回で素地が見えているわけではないので、ジンケート皮膜にアルミが混ざっていることが考えられ、この皮膜が合金的に結合していることが推定できます。これこそが素地のアルミと合金形成するほどの強固な結合の証拠であり、2回のジンケート処理が優れている理由です。
ただし、学術的な知見からすると、アルミの亜鉛との合金はあまり形成しにくく、拡散速度的に合金が2回のジンケートでできるというのは合理的ではないというのが普通の見方のようです。
とはいうものの、1回ジンケートのものを長い時間放置するとアルミが拡散して表面で検出できるようになるという結果も併記されており、拡散自体は速度を度外視すれば起こるものだと考えてよいでしょう。
めっきにおける性質として、ジンケートは2回行うことで初めて密着力を有し、それが次の無電解ニッケルめっきの密着力に繋がるということがこの論文の結論です。

アルミの拡散については、溶液中では有利に拡散できる可能性があり、また一度溶解して再度析出している可能性もないわけではなく、拡散そのものは起こっていると言えるでしょう。
めっきやはんだ付けなどの金属界面の物理では合金形成があれば強固な結合になることが多いことはよく知られており、この研究もそのひとつであると言えます。




2006/9/28:めっき講習会 めっき講習会 -めっき技術動向と課題-


めっきの講習会に参加したので、その話を書いておきます。


日本は製造業のGDPが20%を下回るようになったのだそうです。
これは製造業が日本の代表的な産業とは言えなくなってきたことを示します。
その中でめっき業は集約が進んだためか、企業数は減少し、規模は若干大きくなり、売上は多少伸びたようです(2004年度)。
ただ、2004年度ということで、最近の原材料の高騰が反映されていないデータであり、現状というには古いと言うほかないでしょう。

産業全般について講演では触れられていましたが、ここでは表面処理的(めっき的)に重要なものに絞って続けます。
いくらかの精密加工は、その難易度が許すものは次々と海外へ流出していっており、まさに日本でしかできない難易度のものが残る状況にあります。
その中でめっきに縁が深く、国内で力を持っている産業として自動車関係とメカトロ関係(簡単に言い換えると、機械産業で高度な加工を必要とし、かつ割に合わないもの)があります。
自動車は生産の主力が海外であることは自明ですが、いまだ高信頼部品を調達する先は国内であり、自動車関連はめっき業でも活況にある部類です。
メカトロ関係はめっきと関係が深い産業で、(特に我々の地元に有力なこの業種があることから)講師の方が地元がめっき業の中で恵まれていることを示す例として挙げておられました。
電子部品関係は従来は有力でしたが、海外への移転が進み、やはり高信頼・高難易度製品が残るのみです。


めっき業が現状抱える問題として、合理化・省力化のための自動化がニーズに合わなくなってきている状況があります。
品質管理の手法にTPM(総合的生産保全:Total Productive Maintenance)というものがあり、これは完全な生産プロセスを構築してから事業をスタートし、完全な保全活動によって維持するというもので、大量生産を安定して維持するためには欠かせない手法です。
ところが、こうした手法は今の日本の製造業には合わなくなってきました。多品種・少量(変量)生産には先を見据える保全活動という方法がコスト的に合わないためです。こうした生産形態には、劣っていると思われがちな事後保全(事態が起こってから対処する)が有利で、保全活動を短く済ませる改善によって向上を行うという方式がコスト的に優勢になってきています。
実際、自動ラインを半自動化・手動化するという例は少なからず見られ、これは各企業の状況によってこれまでの通説に関係なく採用されるべきことになってきていると考えられます。

また、技術・実践的な部分の減退というもんだいがあります。
これは技術の進展によって浴管理の手法が企業のノウハウではなく、薬品会社任せになってしまうことによる管理技術の喪失が起こる事や、新しい人材が化学離れした教育を受ける環境にあり、実践的に化学を扱えないこと、正社員が減って派遣社員が多くなり、技術の継承が期待しにくくなることなどといったことによります。
技術の問題は、研究者と現場の乖離・企業間のレベルという乖離が大きくなっている点も見逃せない部分です。
また新しい材料が次々と登場し、それらに付いていくことが必要になるという相対的な低下もあります。

もうひとつが環境対応技術です。
国際的な規制が強まり、環境負荷物質を扱わないめっきを求められるようになりつつあります。
3価クロメートは急速に広まりましたが、技術的に難しい状況は変わりなく、一定水準以上の管理を要求される状況は今後も続くと考えられます。こうしたことや結局6価クロムが完全になくなるわけではないことなどから、クロムフリーな代替処理も検討が進んでいますが、これらはまだめっき業まで波及してきていないようです。
鉛フリーはんだめっきは、錫めっきが注目されていますが、現状は電子部品を中心に錫−ビスマスめっきが優勢のようです。錫−ビスマスは脆い・はんだの相性がうるさいという結構大きな問題がありますが、融点が低い(共晶点138℃)という優れた特性があり、温度に弱い電子部品関係には好まれるためです。
鉛フリー無電解ニッケルめっきは、皮膜に鉛が集積する問題から対応が要求され、代替の安定剤(従来鉛を含む)で置き換えられているようです。
ニッケルめっきなどにはホウ素が相当量含まれ、ホウ素が排水規制に採用されていることから、クエン酸などを使う代替めっきが検討されています。ただ、ホウ素は優れた緩衝剤で、それゆえの難しさも残っています。


めっき業が行く先の問題として、期待される技術が二次電池・燃料電池関係の進展です。
乾電池はコストの2%しか電気を取り出せないそうです。これは大変非効率な数字であり、それを改善するのが二次電池ということになります。
二次電池で最も期待されるのは自動車(ハイブリッド車など)で、ニッケル水素電池を使っている段階だそうです。ノートPCなどで主流になりつつあるリチウム系電池は次世代に相当するらしく、出力は10倍レベルの違いがあります。これらは大きな発熱を伴うため放熱板が必要で、過酷な自動車環境では表面処理した放熱板が要求されるでしょう。
また燃料電池はメタノールを燃料にして水素を取り出すものが実用化されつつあり、これは特殊な層状の構造物が必要で、ここの表面へのめっきが期待されます。


昨年などよりは明るい材料が多いものの、原材料高や将来の問題といった不安材料があり、業界としては楽観できない時期にあるというのが総括でした。
現在、国際競争力というものは以前と違うものになっているそうです。そのため、円高であるのに輸出が伸びるというような、古典的な経済観からは考えられない状況にあります。
新たな競争力は企業が持つ能力が反映されたものであり、円高においても輸出が伸びるのは、そうした競争力の高さゆえであるということらしいです。
めっき業は残念ながらプロダクト・イノベーション(製品の革新)が行えない業種ですが、パートナーにそうした力がある企業を持つことでともに反映していくことが望ましいということでしょう。




2005/9/18:めっき講習会 -環境調和型めっき技術と内外の動向について-


講習会へ行ってきたので、その内容から少し書いておこうかと思います。
題名には技術とありますが、動向という方がより正しいかもしれません。
講習会では資料の内容に触れなかった部分もありますが、ここでは資料からも話をしたいと思います。


取り上げてきた記事の中で再三再四登場してきましたが、欧州における環境規制の進展に伴い、めっき業界では主に6価クロム、鉛への対応を求められています。
当初かなり早い段階での規制開始が計画されていましたが、技術の進展が追いつかなかった側面もあり、現在では欧州廃車規制指令(ELV)が2007年7月以降、欧州廃電機規制指令(WEEE)と欧州電機有害物制限指令(RoHS)が2006年7月以降の規制を予定しています。
この予定は恐らくそのままではないかと思われます。

6価クロムの代替については、クロメート処理が3価への移行を進めていますが、クリティカルな製品に対しては未だ信頼性のある結果を出せていないようです。
3価クロメートは高い温度での処理が有利なものがあり、この場合にはバレル処理などは2回浸漬のような工夫を要することになります。
また、下地の亜鉛メッキの選択が重要であり、これまで優れた性質を示してきたシアン浴では、化成処理中に大きく皮膜が削られてしまうため、理想的にはジンケート浴を利用することが推奨されます。
クロムフリーの化成処理も検討されていますが、まだ広まるには早いようです。
クロムめっきの3価浴はかなり研究が進んでおり、導入例も見られるようですが、まだ問題を抱えています。特に耐摩耗性や耐食性での改善が求められるところです。

鉛フリーはんだについては記事をいくつか書いてきましたが、めっきとしては純スズめっき、スズ−ビスマスめっき、スズ−銅めっきが有力視されているようです。
鉛フリーでは無電解ニッケルめっきも問題とされる場合があるようで、これは無電解ニッケルのめっき浴に安定剤として鉛が入っているため、析出の際に共析することで皮膜中に鉛が検出されることを指しています。
浴中よりも濃縮される傾向にあるようで、0.1%に達することもあるようです。
この代替としては、古くからあるビスマス系の安定剤や、新たに開発された塩類が用いられています。


めっき業の環境規制として留意するべきものに、土壌汚染の問題があります。
平成15年より「土壌汚染対策法」が施行され、地下への汚染についての対策を検討することが求められています。
この内容は大変に厳しく、土壌への汚染は事実上全くできないと言えます。当然ながら、汚染を取り除くという手段は認められており、汚染があることがすなわち問題であるとはなりません。
加えて操業中の事業所は(拡散しないということで)対象ではなく、規制内容の地域による差別化も行われないことになっています。
すなわち、めっき業を続ける限り問題は顕在化しません。移転・廃業する場合に問題となってくるものです。ただし、こうしたリスクを抱えた土地であるという認識はされることになるため、土地に担保などとしての価値が認められなくなるという問題はあるようです。
もしも土地を手放す場合、調査には補助がありますし汚染があっても「除去」「封じ込め」という対策がありますが、現状これを恐れて廃業できない例もあるということでした。

古くからの規制項目である水質は、窒素・フッ素・ホウ素がかなりの規制を受けることになる予定です。平成19年6月までは暫定基準が適用されています。
このうちホウ素は電気ニッケルめっきに重要なものであり、これを減らすためにホウ素を用いないめっきが検討されています。酢酸やクエン酸のめっき浴がそれで、特にクエン酸浴はCODの問題があるものの、優れた物性を持っており期待されています。
少し難しく意外なところでは、淡水域の亜鉛の規制値が30μg/Lという数値で、これは自然の環境でも満たせないところが少なからず出るほどの数値です。これは水棲生物への影響を鑑みた数値らしく、排水を行う水系によっては大変厳しいものです。

大気の環境としては、揮発性有機化合物(VOC)への規制があり、めっき業界として自主管理をしているものであるトリクレン、ジクロロメタン、硫酸ニッケル(無電解ニッケル関係)には注意が引き続き必要であるとしています。
悪臭防止関係ではシンナーやアルデヒド類が対象であり、知事が指定して規制できるため疎かにはできないと指摘しています。

産業廃棄物と特別管理産業廃棄物については平成13年から規制が強化され、マニフェスト(産業廃棄物管理票)制度が実施されています。
廃棄物には最終処分が終わるまで責任があるため、関連の資源関係の法令とともに適合していかなくてはなりません。
化学物質の管理はPRTR法が施行されてMSDSとの整合が進み、進展してきています。めっき業としてはこれらに注意を払った研究開発が望まれていると言えます。


最後に海外の状況に触れていました。講師の方は中国の方に行っておられた様で、それ以外については一般論や伝聞のようです。
韓国のめっき業は公害対策のために工業団地化しているのだそうです。確かにそうした視点ではよい方向であるように思えます。こうした結果なのか、淘汰が激しく進んでいるようで、結果として優れためっき専業者を生んでいるとしていました。価格競争力は品質が日本と大差ないにもかかわらず優れているらしいです。
台湾は零細業者が多かったそうですが、大陸への進出による空洞化で激減したとしています。空洞化の様子を「日本の製造業の空洞化を2倍以上の速さでシミュレーションしている」と評しています。台湾は電子機器のマザーボードの需要の過半数を押さえており、これを頼みとする反面、中国本土への流出が悲観視されている状況にあります。コスト的には(特に人件費)、日本と同程度だとしています。
中国は開放政策の進展によって世界の工業基地としての地位を固めつつあります。ただ、資本は海外の勢力の支配下にあり、日本や欧米諸国、在外華僑が抑えている状況です。日本の中国圏(香港・台湾を含む)への輸出入はすでにアメリカを凌いでいます。あらゆるものが中国への進出の途上にあるといってよい状態です。大変に急速な変化であり「タイの5年は中国の2年」なのだそうです。人材は優秀であるが、上下の格差があることを認めつつも自らが誇り高く、中華思想が浸透していて危ういバランスにあるという、経済の変化と合わせて予測が難しい面があります。
めっき業は広東省に多くあり、他も沿海地方に集中しているようです。ただめっき業は関係先を持たないと成り立たないのは特に顕著であるようです(中国の社会性に関わる問題でしょう)。
タイは生産の基地化が図られ、1997年の経済危機後、再び成長を遂げているようです。タイは中国と違って政情が穏やかであり、人種や宗教の問題もないため、有力な進出先になってきたようです。
ヴェトナムは中国の次の展開に位置付けられています。社会主義ながら、政情は中国よりも読みやすい分よいというところです。

こうした状況を踏まえて、海外と同じ製品を作っているようでは勝負にならないのは当然のことです。
めっきは専業が求められる産業であるものの、大手はその内製化に努めている部分があり、そのための技術者の育成に力を割いているという事実を考慮する必要があります。
講師の方は生き残りの状況について列挙しておられましたが、この辺りは事業者の個別の事情があるところです。それでも多数の業者と変品種変量めっきを行うことが求められるという傾向は共通ではないかと思います。
勝ち残りの策として講師が挙げたのは、「独自の技術」「高度技術を持つ部品製造業との強固な連携」「高信頼性部品」「海外への進出は独力では難しい」ということでした。言うまでもない事を含んでいますが、大事なことでしょう。




2005/6/14:クロムめっき上における塗膜のはく離とその付着性の向上


2005年の第四号は「水素エネルギー」が小特集です。
水素のエネルギーは酸化(燃焼の方がよりよい気がしますが、実際に燃やす話ではないので控え目に)によって水が生成する際に生まれるエネルギーです。
水素のエネルギーを引き出す方法としては、極当たり前な燃焼と燃料電池による反応があります。基本とするところは同じですが、エネルギーの利用方法として燃料電池のほうが洗練されているということは言うまでもないでしょう。
水素を効率よく利用するためには、効率よく生成し、貯蔵し、酸化し、後始末する必要があります。
生成は天然ガスから、貯蔵は金属合金、酸化は燃料電池、最後は水というのが今のところの主流な流れでしょう。
本文ではミュンヘン空港の水素プロジェクトという実例を挙げていますが、液体水素を運ぶとか、なかなか今の私には想像しがたいことをしているみたいです。
この水素エネルギーは未来を見る上でよい題材ですが、どうやってもめっきには近づけそうにありません。そこで表題の論文を取り上げることにします。


クロムめっきの代表的な用途のひとつに、自動車があります。古くはバンパーの装飾仕上げがありましたが、今でも小さな部分にはクロムめっきが使われていたりします。実際にはそれよりも実用的な部位で使用され、皮膜の上に塗装されるということがあります。
しかし、クロムめっきに塗装を行うと、比較的短い期間で塗装の剥離が発生するという問題があります。これを確実に回避するため、クロムめっき部分と塗装部分を別のパーツにするということが行われていますが、これは設計やコストに不利な要素になります。つまり、クロムめっきの上に塗装をして剥がれないようにできないか、というのがこの論文の狙いです。

まず、なぜハクリが起きるのかについて考えます。塗装とめっきは違いますが、ハクリの理由を考える上で共通する内容もあります。表面の異物と表面状態がそれです。
クロムめっきで表面の異物というと、クロム酸の残留ということになります。こうしたサンプルを作成したところ、レベル2・3程度だったとしています。
レベルはテープハクリの結果を評価したもので、この論文ではサンプルを温水40℃に240時間浸漬し、乾燥後にテープハクリ(JIS5400)を実施してレベル1〜6までにランク分けをして評価しています。
 レベル6:ハクリなし
 レベル5:0/100であるが、碁盤の目のカット部にわずかな欠けあり
 レベル4:0/100であるが、僅かな点ハクリあり
 レベル3:10/100以下で中程度の点ハクリあり
 レベル2:10〜50/100以下で相当数の点ハクリあり
 レベル1:50/100で面ハクリ発生
クロム酸によるハクリは論文で問題にしている面ハクリとは異なる挙動であり、洗浄の残留物が面ハクリの原因とは考えにくいと結論付けています。
そこで表面状態を考察するため、湿度と温度を変化させて時間経過させた場合の挙動を観察しています。
そのデータで温度が高い、湿度が高いという条件で時間が経過すると、クロムはより付着性を低下してしまうことを実証しており、続いてその表面化学的な理由を探っています。
XPS(X線光電子分光分析)によって表面の化学種の存在を調査すると、金属クロム、三酸化ニクロム、水酸化クロム(III)の存在を見出すことができます(中間的な化合物については省いているようです)。
めっき当初は金属クロムが優勢ですが、高温多湿に長時間晒しておいたものは金属クロムが減少して、三酸化ニクロムが増加していました。これは酸化が進んだことを示しています。
酸化が進んだ結果、塩基的な三酸化ニクロムとルイス塩基に分類できるアクリル・ウレタン系塗料は相互作用が小さくなって(酸と塩基なら相互作用が強い)付着性が悪くなっているという考察を提示しています。

これらに対する改善として、特定の物質を介在させて結合を有利にするという手法を提示しています。
金属・金属酸化物と結合性がよく、塗料とも相性のよいものとして、シランカップリング剤を使うというものです。ちなみにシランとは、アルカンの炭素がケイ素になったものと考えるとよいでしょう。直鎖では6までの化合物があったと思います(論文ではなく、私のうろ覚え)。炭素を含む化合物をさらに連結することも容易です。
論文では複数のシランカップリング剤を塗料に混入して検証し、塗料と化学反応が可能な有機反応基を有するシランが有効であるとしています。ただし、その効果は限定的で有効な改善とは言えないと判断しており、更なる改善策としてクロムめっき表面への処理を試みています。

酸化が進んだクロムめっきにシランを塗付してから塗装を行なったものは付着性の向上があり、やはり修飾基の性質によって効果が変わってくることが示されています。ただし前処理の皮膜が厚いと、それ自体の凝集などで塗膜のハクリが発生するので注意を要します。
シランの効果が認められたので、シリコンーアクリル系の塗料での確認をすると、多少は付着性が落ちるものの、実用上問題のないレベルの塗装ができ、これはケイ素の有効性を確認したと言えます。
これらのことから、クロムめっきへの塗装の問題は、皮膜の酸化の進行によるものであること、適切な有機ケイ素化合物を用いることで付着性が向上すること、シリコンーアクリル系の塗料を使うことでクロムめっきの酸化による影響をあまり受けずに済むことが示されたと結論づけています。


クロムめっきは表面に強固な酸化皮膜を形成して腐食を防止します。従ってクロム皮膜はそれほど金属を安定して維持するものでもありません。酸化したクロム皮膜を基準として考えるのは当然と言えます。
クロムに塗装というのは実用上の要求には少ないですが、クロムの外観が要らない実用部位への塗装はあり得ますし、できないと困ります。
で、個人的な意見をつけるなら、めっきして可及的速やかに塗装するとか、塗装の前処理をするとかすればよいのではないかなと思ったりします。作業者的観点でいえば、一番の基本ですよね。




2005/6/9:CuCl-1-ブチルピリジニウムクロリド常温型溶融塩中のCu(I)イオンからの高純度Cuの電析
−Cu電析物への不純物の混入と溶融塩浴の精製−



2005年の第三号は「マイクロ化学システム」が小特集です。
うちのような一般的なめっき会社には全く縁がありません。その他の論文も窒化チタンだの、溶融塩めっきだの、微生物の電極への吸着だのとこれまた微妙な内容です。
マイクロ化学システムとは、例えば電気泳動のようなガラス管を数センチにわたって移動させるような作業を、微細管内で実施することで数ミリ或いはそれ以下の泳動によって達成して省力化・小型化、短時間化などを目指すものです。こうしたシステムはチップの上で化学を行うようなまねができるので、多くの応用が期待されています。面白い話なのですが、あまりにかけ離れた話なので、今回は(全く知らない分野ですが)表題の論文を取り上げて見ようかと思います。


溶融塩というと、常温で固体の物質を高温環境で融解させて液体としたものを指すことが多いです。
義務教育で触れられる溶融塩には塩化ナトリウムがありますが、決して一般的ではないでしょう。
溶融塩の塩化ナトリウムの液中には、ナトリウムイオンと塩化物イオンしかありません。これが水溶液だと両イオン以外に大量の水分子・水素(オキソニウム)イオン・水酸化物イオンが存在します。
両者がこうした違いを持つため、溶融塩からのめっきというのは水溶液からの一般的なめっきとは違う特性を現すことになります。本論文では銅の純度という観点で優位性があることを主題に据えています。

銅という金属は、他のありふれた金属と比べていくつかの優れた特性を持ちます。電気や熱の伝導性、展性などがそれです。そのため、高い純度の銅や無酸素銅が使われるのですが、この製造には大変な努力が必要です。表題に出てくる化学物質、CuCl-1-ブチルピリジニウムクロリドは常温で使用できる溶融塩であり、合金の電析用電解液や二次電池用の電解液として研究されてきたものです。
この物質を使用した場合の特性として、めっきが1電子反応で起こること、9999(フォーナイン、99.997%だそうです)の純度の銅が得られることがあります。
この論文では、銅の不純物として除去が最も難しく、特性にも悪影響を及ぼすことが知られている銀の共析について塩化銀を添加した系を用いて考察しています。

実験は水を嫌う系であるので、窒素雰囲気下で行っています。
浴の温度は90℃。常温とはいえ、普通には達成しにくい温度です(もし室温レベルであるなら、それは常から液体ですね)。
BPC(ブチルピリジニウムクロリド)に塩化銅(I)を溶解したものがめっき液です。

まずこの溶液は、塩化銅濃度が高くなると銅の電位が貴にシフトします。これは濃度が低い場合はCuCl2-が乖離する平衡状態になりますが、濃度が高くなるとCu3Cl4-とCu・CuCl2-の平衡になるためです。
また銀が混入している系では、塩化物イオンを銅化合物に供与する形で溶解します。
銀の混入量と電位の関係では、微量である間は銀の方が卑であり、電解時に銅が優先的に析出すると推測できますが、15ppm程度で銅と銀が逆転するという結果です。
この辺りの挙動を詳しく解析するため、塩化銅が薄い(44.0mol%)液と濃い(66.7mol%)液での比較を行っています。
薄い液では、銀が10ppmで純度99.9999%の銅を得られます。一方濃い液では20ppmでは薄い方に劣るものの、12ppmで99.9999%を達成しました。
電着物中の銀は電気的に共析したものであり、表面での異物混入というようなものではありません。銀の混入によって皮膜の性質には変化が見られず、むしろ塩化銅の濃度が低い方が緻密な皮膜になるという結果でした。良好なめっき面が欲しい場合は44.0mol%の法が優れていたと結論付けています。これは液中のイオン種の関係であると考えられます。

上記の銀の不純物としての混入挙動の違いは、一般的なめっきでいう弱電解のような不純物除去の可能性を示しています。
純度99.9999%に達するまでは銀を共析するということから、電解による除去を試みると、薄い液で6ppm、濃い液で9ppmまで銀を減少することができたとしています。
つまり、原料などに銀が含まれている場合でも、空電解によって精製した後にめっきを行うことが可能であるということです。

付加的な話として、BPCには窒素が含まれており、金属にこの窒素が取り込まれる可能性があります(通常銅には窒素は含まれません)。
そこでいくつかの電流密度でめっきして測定すると、高電流密度(2A/dm2以上)で窒素の混入が見られました。
この状態を観察するとめっき析出が荒い状態になっており、ここへ溶融した塩が付着して皮膜中に移動していると考えられます。ということで、論文中では電析していないと判断しています。こうした現象自体は水溶液のめっきでもあり得るものです。


すなわち、BPC溶融塩めっきは高純度の銅めっきを得ることが可能であり、不純物は空電解によって除去することが可能で、溶融塩からの窒素の影響も適切なめっき条件下では受けないことがわかったとして結論としています。
めっきそのものが扱いやすいものではなく、特殊であることは否めませんが、高純度で最も除去が困難な銀を含まない銅を得る技術としてこのめっきが非常に優秀であることを示したといってよいと思います。
とてもじゃないですが、町のめっき業者には不可能なめっきです、はい。




2005/5/26:超臨界流体とは何か


2005年の第二号は「超臨界を応用した表面処理」です。
とてもめっきの話題ではないですが、他の記事もいまいち私の分野と合わないものばかりでした。
そこで今回は表題の論文を中心に、超臨界流体だから、工業的にどんな風によいのかまで触れたいと思います。


臨界現象は一般になじみがないものであり、通常の生活ではお目にかかることはできません。
ここでの臨界とは、気体と液体の境目を失ったかのような現象を指しています。私が「臨界」と聞くと、核化学の世界のもの(例えば原子炉内で中性子による核反応が連続して起きるようになった状態)を思い浮かべますが、それとは違って分子間力がほとんど働かない流体がこの「超臨界流体」です。
臨界点は温度と圧力が定義されており、両方がこの値を超えていると超臨界の状態になっています。厳密には臨界点よりも低い温度で非常に高い圧力がかかる状況などでは話が違いますが、ざっくり考えるならこの定義でも問題ないでしょう(少なくともこれらの条件を満たせば超臨界であると言えるので)。
超臨界流体はすなわち気体と液体の中間である、と考えても大きな問題はないでしょう。ただ、気体・液体の両相ともそれぞれたらしめる性質があり、両者の境目は不連続です。例えば密度がそれに相当します。超臨界流体はこうした性質でさえも連続的に大きく変化する場合があります。密度の例を挙げましたが、超臨界流体では気体のそれに近い数値から液体の密度まで変化していきます。
密度の変化が可能ということで、分子間距離が気体のそれから液体のそれまで変化できるということができます。そうなると分子間の相互作用によって影響される物性が同じ超臨界という相の中で連続的に大きく変化することになります。
また上記などの特性のため、高密度でありながら分子の移動が気体のように自由な(粘度が小さく、高い拡散性を持つ)物質であること、熱伝導性が高いために熱移動体として優秀であること、温度と圧力を制御することで多くの物性を変化させることができるためいろいろな反応場として適していることなどがあります。

代表的な超臨界流体としては、二酸化炭素と水があります。
二酸化炭素は臨界温度304.1K、臨界圧力7.37MPaであり、温度はかなり低いと言えます。300Kがおよそ27℃であることは科学の基本ですね。
水は臨界温度647.1K、臨界圧力22.1MPaです。こちらはかなり特別な条件であると言えるでしょう。
二酸化炭素は工業的な用途で最も使われる超臨界流体でしょう。二酸化炭素は圧力によって密度の変化が大きく、特に臨界圧力付近でそれが顕著です。通常液体の密度は温度や圧力にはほとんど依存しない(注:全く依存しないわけではありません。水なら4℃で密度が最大であり、変化しています)のですが、超臨界の二酸化炭素は圧力が高い時には液体を上回る密度を持つこともあります。逆に圧力が低いと密度は極めて小さな値になります。
こうした変化は超臨界二酸化炭素の物性に影響を与え、同時に超臨界二酸化炭素を活用するキーポイントになってくる部分です。

超臨界流体は液体のように物質を溶解することができます。論文ではナフタレン(固体)を例にしていますが、高圧の高密度の領域では液体のような性質を示すために溶解度は高くなります。逆に圧力が低い領域では気体の性質に近づき、溶解度はきわめて小さくなります。
これを利用すると、物質を水溶液で再結晶させるかのように分離を行うことができます。
また、溶解度は温度にも依存し、これは圧力と連動して複雑に変化します。
9MPa以下の領域では温度が高いほど溶解度は高く、9〜12MPaでは温度が低いほど溶解度が高く、12MPa以上では温度が高いほど溶解度が高くなります。
この複雑な挙動は、溶質の飽和蒸気圧と超臨界二酸化炭素の密度の2つの因子から影響を受けていることによります。
溶質の飽和蒸気圧は高いほど溶解度が高くなる要因です。圧力が変わらない場合、温度が上がると超臨界二酸化炭素の密度は減少し、これは溶解度を押し下げる要因になります。
この現象の存在は、単純に温度を変化させると溶解を促進させるつもりが固体を析出させてしまい、配管などをダメにする可能性を示しています。逆にこの現象を正しく把握することで応用することが可能であるとも言えます。
溶質が超臨界二酸化炭素によく溶けるかどうかは、飽和蒸気圧と二酸化炭素との相互作用の強さで決まります。分子量や極性が小さいものは溶解しやすく、これは一般的な極性と溶解度の理解と合致します。
フッ素化合物は特別に超臨界二酸化炭素への溶解度が高く、固体をフッ素で修飾することで溶解度を高めることができます。
液体成分の超臨界二酸化炭素への溶解度は、二酸化炭素が液体に溶解することもあって圧力に強く依存して高圧領域で急激に上昇します。

超臨界流体も液体とみなすことができる性質があるので、溶解度を変化させたり選択的反応を可能にするエントレーナと呼ばれるものを利用することができます。水溶液で言うなら抽出用の錯化剤なんかと同じでしょうか。
論文中では超臨界二酸化炭素にステアリン酸を溶解する際の、エタノールとオクタンの効果について言及しています。
ここでも一般的な溶媒と溶質の関係に準じて、極性があるものの溶解には極性がある物質ほどエントレーナとして有効であるとしています。
また、この超臨界流体は混合流体にした場合、相互拡散係数がきわめて小さくなる状態を作り出すことができます。これはすなわち「混ざらない」ということです。
超臨界流体と液体は拡散係数がかけ離れて違い、超臨界流体のそれは気体のものとほとんど同じです。混ざらない性質以外にもこの影響で狭い隙間のような場所へ超臨界流体は入り込んでいくことができます。こういう性質を動粘度と言います。
動粘度は気体と液体の両方よりかなり小さな値をとります。普通、気体と液体の中間になる超臨界流体の性質でこれは例外的に外れた値となります。これは対流が生じやすいことを示します。
超臨界流体ではクラスター効果も見られます。クラスター効果とは、溶質の周りに溶媒が集まってクラスター(溶媒和状態)を形成し、その部分の密度が溶媒全体よりも高くなる現象です。クラスターの近辺では密度が高くなった影響で反応速度が急激に変化したり、反応の選択性が変化したりします。

水の超臨界流体は温度が高いため、反応系として利用されることがあります。これを利用して有害な有機化合物を分解する(湿式酸化)ものがあります。
水は極性溶媒ですが、比誘電率は温度が高くなると急激に小さくなり、極性の小さな成分をよく溶かすようになります。そのため無極性の有機化合物と気体を反応させる系としても使われています。
ただ、水は塩素の存在下で塩酸を生成し、設備に悪いという問題があり、これを緩和するためにアルカリを添加すると塩ができてしまうという別の問題を生じます。
他に超臨界状態の水で特徴的なのは、イオン積が大きくなって水素イオン・水酸化物イオンとも中性でありながら多く存在するようになります。およそ1000倍ということで、pH4とpH10の性質が同居するような形になります。これは酸触媒・アルカリ触媒としての性質を持つことを示し、加水分解反応に有利です。


表題の論文はここまでですが、小特集では実用として染色(超臨界流体の動粘度を利用して繊維の奥底まで染色できる)、その応用のめっき(染料の代わりに金属錯体を使う)、表面のコーティング(濡れのよさが生きる)、微小パターンの洗浄・乾燥(超臨界流体は入り込みやすく、表面張力がごく小さいのでパターンを壊さない)という利用例について記述されています。
超臨界流体を使うということは大変なコストがかかりますが(用途にもよりますが)、普通の溶媒では考えられない結果を生み出すことができる優れた技術です。特に微小パターンへの応用はこれから大事になるのではないかと思います。




2005/5/14:電極に付着した水素気泡による浮力を利用したニッケルめっきにおける湿潤剤の評価


2005年(第五十六巻)の第一号は、「多結晶シリコン系太陽電池の表面技術」が小特集です。
これ自体は近未来において重要な技術であり、今が本格的な実用化への競争の最終段階と言えそうですが、普通の湿式めっきをしている私には無縁です。そこで表題の論文を取り上げることにします。
ちなみに、原子力に知識がある身として小特集について触れると、太陽電池最大の難点である「エネルギー密度の低さ」を苦労して改善しようとしている部分が見られます。両者はいろいろな意味で対極的であり、前者がやむを得ない技術とするなら、後者は夢物語とでも言えるでしょうか。
それがようやく前者の手軽さ(危険さが隣り合わせの)に実用の部分で追いついてきたところです。
前者が常に危険を引きずるのと同じように、後者にはエネルギーの大きさの問題が付きまといます。
将来のエネルギーを考える上で、この2者の比較を理解しておくことは重要です。簡単に「すべて太陽電池にすればよい」わけではないのですよね。
それを踏まえつつ、すべてを太陽電池で賄うことを目指すくらいのモチベーションが技術者・消費者に必要なのだと思います。


横道から戻りまして、ニッケルめっきには「ピット」というよく知られた不具合が発生します。
ピットはその名の通り「穴」であり、めっき層にあいた穴です。これはいくつかの理由で発生しますが、このうち水素による発生が今回の主題になります。
水素による発生とは、電解めっき中に水素が表面で発生し、その気泡が表面に留まり続けることでその部分でのめっき皮膜の成長が妨げられることによるピット発生を指します。
めっき層の成長には、めっき液との接触が継続することは必須であり、それが妨げられた部分にはめっきが付かないので「穴」になります。この不具合の最大の原因は水素がめっき表面から離れていかないことであり、ニッケル表面が強く水素を留める性質があるためとされています。この力を水素とニッケルの界面張力と称したりします。水の表面張力(水と大気の界面張力)と似たように捉えればよいわけです。
この論文では、付着する水素の気泡が持つ浮力を利用して、水素の付着に関して定量的な理解を試みています。

実験のめっき浴はワット浴です。pHはなぜか2だそうで(普通は4くらい)、各種の界面活性剤を添加して比較・検証しています。また、2-ブチン-1,4-ジオール(光沢成分)が添加されています。
界面活性剤は以下の4種です。
ヘキシル硫酸ナトリウム(C6H13SO4Na)
オクチル硫酸ナトリウム(C8H17SO4Na)
 デシル硫酸ナトリウム(C10H21SO4Na)
ドデシル硫酸ナトリウム(C12H25SO4Na)
いずれもアルキル硫酸ナトリウムで、直鎖の長さが違うものです。
めっき素材は銅素材を使用し、表面状態の影響を受けないように下地にニッケルめっきを同じ構成の浴で行い、乾燥することなく実験浴へ移動してテストめっきを実施しています。
陰極は浮力測定装置に繋いだ状態でめっきし、8.6×10-5mlの水素の吸着が測定できるようにしています。
さすがに微妙な実験であり、めっきの材料や測定装置(成分分析や浴の照合電極など)はかなり高度なもの(良質のもの、手の込んだ準備)を使用しています。

実際に働く浮力は、めっきによる重量の増加も加味して考える必要がありますが、水素の浮力はかなり大きなものになります。
また、浮力と電流効率から求まる水素発生量によって、発生する水素の浮力への寄与率がわかり、これはおよそ20%程度と見積もられます。
アルキル硫酸ナトリウムを添加すると、鎖が長いものほど浮力が小さい(浮力ではなく、重量の増加が結果に寄与する)ことがはっきりと現れます。ただし、その効果はデシル(炭素数10)以下ではほとんどなく、ドデシル(炭素数12)で明確に現れています。
また、ドデシル硫酸ナトリウムを用いた添加量による変化を見るテストから、添加するほど効果はあるがだんだんと鈍ることがわかります。
これらの実験中、電流効率はほとんど変化しておらず、この浮力減少が水素発生量の減少によるものではなく、表面に付着する水素量の減少によるものであることの証左であり、界面活性剤の効果として付着水素の気泡が大きく成長して浮力を発生しなかったことを窺わせています。
めっき皮膜を見てもピットの有無が明らかであり、ピット防止剤として効果があったことを示しています。


結論として、本実験の浮力を測定することは湿潤剤(界面活性剤、ピット防止剤)の効果を測定するために有効であること、界面活性剤の効果は一般に使用されているドデシル硫酸ナトリウムで大きく、より短い鎖のアルキル硫酸ナトリウムでは効果が小さいこと、界面活性剤が水素の発生を抑止するのではなく、水素の離脱を促進していることが言えるとしています。
他に電流密度が高まる部分でピットが発生するともしていますが、ピットを知っている人であれば常識に近いでしょう。
個人的には、ピット防止剤がないめっきで(この実験特有であるとしても)水素の浮力がめっきされることによる重量増加を上回るということが驚きです。確かに水素は軽い気体であるので、浮力が非常に大きくなるのは理解できますが、表面に引きずっているような水素だけでこれほどの効果になっているとは思いませんでした。
一般論として、ピットに対してはピット防止剤を使わない回避策を優先して行うべきです。ピット防止剤はすなわち不純物であり、有機成分として汚れという捉え方もできます。製品の揺動やエアレーション、液流動で水素を引き剥がしたり、電流密度を適当に調整して水素の発生自体を少なく抑え込む方法があります。しかし、製品要求などの事情でそうした対処ができない場合もあるわけで、適切な界面活性剤の添加は大変有効であると言えると思います。






「表面技術」を知らない方たちへ・・・(ほとんどの方ですね)


「表面技術」は、社団法人「表面技術協会」が発行している雑誌で、学術誌であるため、
一般の方の目にはまず触れません。
大学時代を経験されているなら、どういったものかお解りかと思います。
この雑誌は「研究論文」の部分と「小特集」の部分があります。
ここではいずれでも、私の実際の仕事に関係があるものについて、取り上げるつもりです。

間違いはきっちり指摘していただけるとありがたいです。


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