めっきの話題 2003年分



目次

2003/2/9:(予備掲載)ハードディスクの保護膜―作成技術、評価技術―
2003/4/13:PRTR法について
2003/5/6:電気めっきにおける水素の発生と内部応力への影響
2003/5/28:鉛フリーはんだとNi-Pめっきの接合とその信頼性
2003/6/1:表面技術総合展(METEC'03)
2003/6/16:中国とめっき業
2003/7/30:めっきの基礎と応用技術
2003/8/24:表面硬化処理の新しい動き
2003/9/2:原子吸光光度法およびICP発光分光分析法による金属濃度の測定
2003/10/4:電気亜鉛めっき液の分析とその手法(1)−シアン化亜鉛めっき液−
2003/10/25:飛来海塩粒子付着下と人工海水液滴下での炭素鋼の初期腐食挙動の違い
2003/11/5:環境浄化技術の最新動向
2003/11/21:還元剤を電解再生する無電解ニッケルめっき法の開発−Ti(IV)イオンの電解還元−
2003/12/5:自動車用電子部品の環境対応−技術開発の考え方とその事例−
2003/12/8:EUにおけるエレクトロニクス関連環境情報
2004/2/3:電析ニッケル膜の特性に及ぼす種々の添加剤の影響
2004/2/12:アルカリ性電解水による金属表面の洗浄
2004/2/23:TiO2光触媒を利用したマグネシウム合金上への無電解めっきの光パターニング



2004/2/23:TiO2光触媒を利用したマグネシウム合金上への無電解めっきの光パターニング



2003年の第十二号は特厚版で、「エネルギーと表面技術」が特集(小特集ではない)されています。
技術というよりは経営・戦略担当者向けの展望に関する記事といえると思います。
いくつかはここで取り上げた先端の技術の総論のようなものになっています。
このうち、あまり一般人には聞きなれない「エクセルギー」に関する論文をあちらで取り上げようと思うので(使う先は実用的な分野でも、その概念や理論は学術的であるので)、ここでは速報論文の表題を取り上げます。


この論文は、二酸化チタンや酸化ジルコニウムのような材料の半導体電極・微粒子を担持した基板などに、光触媒反応を利用して金属塩水溶液から金属を析出させることができることが知られています。
この性質と無電解めっきを組み合わせて、光を当てた部分にめっきを狙って析出させる光パターニングという技法が使われています。これを有望な材料であるマグネシウム合金に応用して、卑な金属で通常浴成分に腐食されてしまうマグネシウムにめっきを施すことが本実験の狙いです。

陽極酸化したマグネシウムに二酸化チタンを塗布して焼成し、表面に3μmの微粒子薄膜を形成したものを使用。めっきはアルカリ性(pH12)の無電解Ni−Pめっきとし、紫外線を照射して光触媒反応を起こします。
陽極酸化しておくと腐食はあまり進まないので、そこへ普通にパラジウム触媒を使用してめっきをすることが出来ます。
その条件を最適化して、二酸化チタンでの実験に準用します。

観察しながら紫外線を照射すると、当たった部分から気泡が発生します。この気泡は光を止めた後も続いて発生し、めっき皮膜の生成が確認できます。
これについては、犠牲となる試薬(ここではクエン酸)が酸化するとニッケルのクエン酸錯体が還元される反応が起こってニッケルの微粒子が生じ、そこを起点にしてめっきが継続すると説明しています。
光のエネルギー(つまり波長)にも依存していて、これの値(吸収スペクトル)が二酸化チタンの励起エネルギーに対応しているそうです。
二酸化チタンの皮膜があって、光が当たらなかった部分にはめっきは付かず、皮膜のない部分には(マグネシウムの腐食で)ニッケルが析出します。めっき液に浸漬する時間が長い(ここでは1時間が挙げられています)と、光が当たらない皮膜部にもめっきが付き、pHが低い液でも短時間で皮膜部に析出が発生してうまくいかないそうです。こちらの方が自然な結果ではあります。

最適に析出させたものでは、光の境界部分を拡大してみるとはっきりと分かれて見えます。
つまり付け分けは成功していると言えます。
拡大すると陽極酸化した表面には孔が多数空いており、ここから内部に液が浸透して比較的早い置換析出を引き起こすと考えられ、さらなる最適化には緻密な二酸化チタン膜を表面に形成することが必要と考えられます。

速報論文なので以上ですが、パターニングという観点でいくと、必ずしも厚いめっき厚が必要とは限らなさそうなので、有望であると言えるでしょう。マグネシウム上への安定な無電解ニッケルめっきという見方では、なお改良が必要であるということが言えそうです。




2004/2/12:アルカリ性電解水による金属表面の洗浄


2003年の第十一号の小特集は「エレクトロニクス分野におけるめっき技術最前線」と「第1回イオンとプラズマ表面処理に関するアジア国際シンポジウム」です。

前者として「パッケージ技術」を主要な位置に据えています。私のところには無縁なので補足をしますと、パッケージングとは半導体デバイスを基板に搭載してからプラスチック樹脂などで包み込み、電気的な接続をする端子を取り付ける方式の組立工程を指すそうです。
従来こうしたものはリードフレームが主でしたが、多層構造を取れるようにしたリジット基板やFPCと称するものがでてきていて、これにパターンをめっきするといった方向の話です。リードのピッチが20μmという高度なレベルの話になります。

後者は主に半導体関係のイオン・プラズマ表面処理について、技術交流の場として長崎で開かれたシンポジウムの紹介です。
第1回ということで、2004年にはタイのチェンマイで第2回が開かれるそうです。
つまるところ研究発表であり、当然ながら英語オンリーでの討論会だったようです。この分野は高度化が特に進む分野であり、製品の高機能化に対応して高い関心が寄せられているところです。


2者について簡単に触れましたが、私にはあまり関係ないわけでして。もう少し実践性があるものをということで、表題の技術論文を取り上げます。
以前会社に電解水を使った前処理工程の売り込みがありました。パンフレットを見たのですが、たかだかのアルカリ・酸でしかないものできれいに処理ができると謳っていました。当然導入しなかったわけですが、この技術論文がその盲を開いてくれるでしょうか。

まず「電解水」ですが、水を電気分解すると酸素と水素が発生します。
酸素が発生する付近では水素イオン濃度が上昇し、水素が発生する付近では水酸化物イオン濃度が上昇します.
先に断っておきますが、ただの水は電離しているイオンが少なく、電気分解はたやすく進みません。従って電解質(例えば食塩)を溶かして進行させます(食塩の場合は、酸素ではなく塩素が発生しますが)。
陽極側で水素イオン濃度が上昇していても、陰極側で水酸化物イオンが発生しているので液全体では中性を維持します。
そこで隔膜を隔ててこれを行い、両側の物質を分離すると陽極側で酸性の水(同時に酸化的な性質を持つ)が、陰極側でアルカリ性の水(還元性)が得られます。これらを「電解水」と称します。
一般向けには「機能水」などと呼ばれることもあるようです。
両者の酸化還元電位はかなりの差が生じ、酸化・還元の作用はかなりのものになります。

この「電解水」の特徴は元が食塩水であるため、有害物質を含まず安全であることで、それゆえに医療の分野で洗浄・消毒・治療に用いられます。
アルカリ性電解水はその液性ゆえに油脂の乳化作用があり、脱脂が可能であるので洗浄に用いられます。金属加工部品を薬液を使わずに洗浄するプロセスへの利用が期待されているわけです。
ちなみに酸性電解水は、洗浄後の活性化に利用できるので、先の「売り込み」のような電解水のみでの前処理が考案できるわけです(排水は食塩水+汚れだけになります)。

論文中では余談的に「機能水」にも触れています。
上記の電解質塩からの電解水以外に、超純水を電解したもの、超純水に水素ガスなどを溶解したものを紹介しています。
これらの機能水はこれまでそれのみを用いて精密洗浄に使われた事例がありませんでした。
そこで、通常有機溶剤や薬液を用いる精密洗浄でどれほどの効果が挙がるかを見たのがこの論文になります。

電解水を同じpHの水酸化ナトリウム溶液、脱イオン水(純水)、一般的な洗浄(有機溶剤とアルカリ脱脂の2工程)と比較します。対象はリードフレームを24時間油漬けにしたもので、鉱物油のほか、塩素系の添加剤・防錆剤・油性剤・油脂などからなります。前3者は60℃にして30秒間試料にスプレーし、最後に純水でリンスします。後者は溶剤洗浄後にアルカリ浸漬して揺動する方法です。

比較結果ですが、油分の残留量は一般工程とアルカリ性電解水が同程度、水酸化ナトリウムはやや劣り、純粋のみではさした効果がないという結果です。イオン種の残留を見ても同様の傾向が見て取れます。
表面に対する影響ですが、銅や銀での試験では電解水と一般工程で差は見られず、表面への悪影響はないと考えられます(特に酸化の進行について言及されています)。
めっきをした上でのワイヤーボンディング強度の比較でも一般工程との有意差は見られません。

同じpHである水酸化ナトリウムとの違いはどこで生じたのでしょうか。
溶液の性質を見てみると、両者には電気的な部分で違いが見られます。
酸化還元電位は電解水では大きく還元性に傾いています。また、電気伝導度も電解水が高くなります。これによって液中での汚れと基質の電気的な反発が強くなり、汚れを離脱させる効果が高まります。
また、電解水には過飽和の水素が溶解しており、これが汚れと基質の間で気化することで両者を引き離す効果があると推定しています。
アルカリ脱脂としてケン化力は同等と考えられるので、上記が両者の相違点と言えるでしょう。
ちなみにここでの油は、油脂がそれなりに含まれたものです。ケン化は油脂では起こりますが、鉱物油(エステル基がない)では起こりませんから、その点はよく考えないといけません。

ここで私的な疑問。
私の解釈だと、電気伝導度や過飽和水素は電解直後の一時的な現象です。
つまり電解水を作成後、しばらく放置(数日?)してから使用すると、これらの効果は失われているのではないかと思います。
電気伝導度はイオンの総量に影響されますが、電解水のイオン構成は(食塩水から作成したとして)水酸化ナトリウムの場合と同じです。なぜ電気伝導度が違うかといえば、一時的に乖離状態(あるいはラジカルな状態)にあるイオン・原子などが存在していて「不安定」なためです。時間が経つとこれらは会合していき、安定な状態に向かいます。
水素の過飽和も時間が経過すると、徐々に水素が放出されて解消します。
ということは、常に新鮮な電解水を使わないと最大の効果が得られないのではないかと思うわけです。

論文は最後に排水処理の有用性に触れた上で、機能的に問題なく利用ができると結論付けています。
ただ私の私見を加えさせていただくと、それには常にフレッシュな電解水を供給して安定的に実験と同じような環境を保持することが必要でしょう。これはpH以外にORPや水素の存在量の監視が必要になる可能性を示唆しています。
総合的に高度な管理が要求されるので、その点への理解が不可欠と考えます。
しかしながら、この例は精密機械分野での利用例です。
管理的には問題ないように思いますし、それゆえの技術論文でしょう。

けれども、たかだかpH11程度の世界です。私のところの浸漬脱脂の置き換えとなるには、遠く及ばない程度です。
普通、金属(鉄)のアルカリ脱脂ならばpH13以上の世界です。濃度が2桁違います。
従って導入は難しいでしょうし、電解水の特徴である「高い電気伝導度」と「過飽和水素」は電解脱脂工程で享受できている効果です。つまりランニングコストが良くない限りは、導入するメリットが「環境への宣伝効果」しかないので(その上脱脂・洗浄能力が落ちる)、以前の経営陣の判断は正しかったのだと言えるでしょう。


けちをつけたようになっていますが、精密加工の世界で利用し、薬液のトータルコスト(排水処理含む)がばかにならない場所において、これほど有望な技術はないと言えます。使用する油・付着する汚れとの相性を深く検討して採用が進むのは、とてもよいことだと思います。




2004/2/3:電析ニッケル膜の特性に及ぼす種々の添加剤の影響


2003年の第十号の小特集は「MEMSの現状と将来展望」です。「MEMS」とは"Micro Electro Mechanical System"のことです。日本語にすると「微小電気機械」です。「マイクロマシン」の方が通りがよいような気もします。純粋な意味では面白いのですが、表面技術のうちのめっきに関係することはありません。今回は表題のニッケルめっきについて取り上げます。


ニッケルは広義で言うところの貴金属にされていることがあります。これはそれなりに存在量が少ないこともありますが、耐腐食性が優れていることが主要な理由です。「白金族」として分類され、めっきでは光沢めっきとして最終めっきに使われることが多いです。機械的にも優秀であり、耐摩耗性もそれなりに備えています。
めっきの場合、光沢めっきであることが要求される場合がほとんどです。そうすると純ニッケル(無光沢ニッケル)のものと比較して物性が違ってくることがあります。光沢剤は単純に理解できるものではないため、経験的に見出されたものが使われてきました。そのため、光沢に直結するレベリング(平滑化)作用や電気化学的特性については研究されているものの、物性評価の研究はあまりないそうです。
そこで、ワット浴ベースの添加剤の影響の比較を結晶構造の解析、SEM観察、硬度測定及び均一電着性の項目について行ったのが本論文です。

ワット浴は

NiSO4・6H2O : 240g/L
NiCl2・6H2O :  45g/L
H3BO3    :  30g/L
ラウリル硫酸ナトリウム(ピット防止剤): 40mg/L

という組成で条件は

pH   : 2.3
電流密度 : 2.5A/dm2
液温   : 40℃
電気量  : 50A・min
陽極   : Ni
陰極   : Cu

です。私の知っているワット浴組成・条件と比べるとやや違いますが、pHあたり(通常は4付近で維持管理)は新規建浴だとその程度になるので、実験条件だなと感じさせてくれます。逆に言うと「キレイな液」ということがわかります。
光沢剤もいろいろと挙げています。一次光沢剤のサッカリンナトリウム、ナフタレン−1,3,6−トリスルホン酸三ナトリウム、二次光沢剤の2−ブチン−1,4−ジオール、一次及び二次光沢剤の効果を併せ持つアリルスルホン酸ナトリウム(スルホン基が一次、アリル基が二次)を使用しています。

各特性について見ていきます。

・電流効率
2−ブチン−1,4−ジオールで濃度が上がると低下する傾向が見られたようですが、これは光沢剤がブタンジオールへ還元されたためだとしています。サッカリンもやや低下する傾向がありますが、他はほぼ100%でした。

・表面形態
サッカリンはややでこぼこしていて、他は平滑な表面が得られたものの、2−ブチン−1,4−ジオールは濃度が上がるとクラックが発生し、これは光沢剤や分解副生成物が皮膜中に取り込まれて内部応力が増加したためとしています。二次光沢剤であるので、光沢に寄与するが応力が大きいという一般論に沿っています。

・結晶構造
ここは研究的で難しいのですが、2−ブチン−1,4−ジオールは他の光沢剤と違うパターンを示し、これは他の場合に成長していく面に光沢剤が吸着し、その面の成長を妨げるために起こるのだとしています。これは二次光沢剤の挙動(上記)を裏付けていると言えると思います。

・硬度
光沢剤がないニッケルメッキはかなり軟らかいものですが、光沢剤はそれを硬化する働きがあります。これは結晶粒子のサイズと因果関係があり、サイズが最も小さくなるアリルスルホン酸ナトリウムで最も硬度が高くなりました。金属の焼入れにおける相関がこれと同じであるそうです。
また硬度は、金属皮膜中に共析元素があるために結晶粒子が変化することから、共析する元素にも影響されます。ニッケルの光沢剤の場合は「炭素」と「硫黄」が該当しますが、硬度との関係では両方が析出した方が硬いものの、含有量と硬度に直接の相関関係は見られないようです。

・均一電着性
一次・二次の効果を併せ持つアリルスルホン酸ナトリウムは添加量に従って均一電着性が向上します。またナフタレン−1,3,6−トリスルホン酸三ナトリウムも3つのスルホン基によって添加量に依存した改善の傾向が見られます。他は改善の傾向が見られません。

当然の結論ながら、一次・二次の光沢剤が合わさっているものがよい物性を得られていたことになります。電流効率などは還元効果への評価が必要になるようです。表面は二次光沢剤が平滑さを生んでいるものの、やはり内部応力が大きく左右しています。硬度は光沢が得られるようにする・・・すなわち、結晶を微細なものにする・・・ことで同じように高めることができると言えます。均一電着性は一次光沢剤の領域ですが、添加剤によって差が現れるようです。
簡単に言ってしまうと、経験的な知識を裏付けたというのが今回の技術論文のようです。ただ硬度と光沢に(結晶の微細化という)強い相関関係があることは、知っておいて損がないと思います。




2003/12/8:EUにおけるエレクトロニクス関連環境情報


2003年の第九号の小特集は「海外の環境規制とその対応」です。前回分に引き続き環境問題ですが、この分野は待ったなしであるので、今回もこれを取り上げることにします。
その中から表題の記事について触れることにします。
エレクトロニクスと題打っていますが、広く環境問題として取り上げようかと思います。


記事の著者氏はこの環境問題の重要時期に、ドイツに住むという機会を得たそうです。そして「機会に恵まれ」と書いています。欧州は日本と違ってこの分野の先進地域であることは、ここでも何度か窺うことのできる内容を書いているかと思います。
浅学の私はよく知らないのですが、「環境報告書」はすでに一般的なものであるそうで(私の認識では「大企業」オンリーかと思っていました)、これは環境に対して各企業がどのような影響を与えているか(良い・悪いとも)を広く公開するもの(そうでない場合もありますが)です。欧州ではかなり以前から普通なものになっていました。それもチラシのようなものではなく、分厚い報告書なのだと言います。これで「環境」への対応が日本と違う、と感じないとすれば鈍感であると断言できるでしょう。

欧州のホテルへ行くと、日本とは違ったサービスへの考え方を目の当たりにできます。
人が通るときだけ点灯する明り、雨水・廃熱の利用、カラー塗装がない鉛筆、必要分しか使わないように液体石鹸、洗面具の持参の要請など。極めつけとして挙げているのが、未使用タオルの分別返却で、
「−環境保護のために− 
世界中のホテルで、毎日どれほどのタオルが不必要に洗われているか想像してみて下さい。膨大な量の洗剤と水資源、そして、洗濯や乾燥のために消費されるばく大なエネルギー・・・。取り替えが必要なタオルはバスタブの中に置いて下さい。未だご使用のタオルは、どうぞタオル掛けにお掛け下さい。御協力ありがとうございます」
と書かれているのだそうです。ちなみに私は海外旅行の経験はありませんから、こうした事態に出会ったことはないのですが、欧州旅行の経験者であれば、普通な常識なのかとも思います。

ドイツは欧州の中でも特に環境問題で頑固な国です。これは産業革命以後の発展期においても「自然に帰れ」という思想が残っていた歴史的な背景があります。これは現在でも「環境を無傷で子孫に引き渡す義務がある」という形で息づいています。
少し前の世界地理の学習では、ドイツの工業というとルール工業地帯が出てきましたが、その発達は空を煤煙で汚すほどのものでした。「ルールに青空を」というスローガンで始まったのが最初の環境問題としての取り組みだと言われています。
このドイツでは「環境保護計画」と「環境教育計画」という通達を出し、特に後者はその教育下に育った世代に今の世論を形成させる原動力となったのは言うまでもないでしょう。

欧州は政治的進展に伴い、欧州連合を組織するに至りましたが、ドイツのような厳しい法規を等しく同時に適用することはできません。そこで共通の規制を「欧州指令」として発効し、各国が国内法に沿って組み入れる形を採用しています。ここでこれまでも触れてきた物質の規制が「欧州指令」として出されていることへ繋がるわけです。めっきと関係があったもの以外には、プリント基板の「ハロゲンフリー」(旧来の臭素対策が進展したもの)があります。
この流れは日本人から見ると異常なほど速く、かつ厳格であり、規制にそぐわなければただそれだけで直ちに排除されることを示しています。「環境問題」はいまや「製品品質」と対等の地位を得ていると考えるべきです。

記事ではここから、個別の組織の活動について触れていますが、細かすぎるので割愛します。「鉛フリーはんだ」と「ハロゲンフリー材料」が主要な案件であることが読み取ることができます。

こうした活動を通して、環境問題に適切な商品がわかるようにするためのラベルが作られるようになりました。「エコラベル」などと言われており、第三者認証によって運用していて、よく知られたものに「ブルー・エンジェル」があります。これはドイツの認証で、世界初のエコラベルです。今では欧州の統一ラベル(フラワーラベル)もあり、消費者はこれを基準に選ぶことができ、企業はこれが付くことでイメージが向上するというシステムです。ISO14001は企業そのものに対する認証ですが、製品については特に知る由もありません。そういう意味では消費者本位のシステムだろうと思います。


遠からず、日本でも同様の認証システムが動き出す可能性はあるかもしれません。日本の場合は根幹の意識で大きな遅れがあり、単純に10年以上遅れているという見方も可能です。欧州に対して企業活動を全うするには、号令一下で体質を変えなくてはならない場合も出てくるのだろうと感じるところです。今からでもやらないよりは勝るということで、教育の現場に最新の環境動向を反映させた方がよいのだと思います。
欧州の人は豊かな自然を持つがゆえに、環境問題を重視したのだと指摘しています。それならば、日本ほど豊かな自然がある場所に住む人が、同等の意識を持てないはずがないのではないでしょうかね。


ここを読まれている科学技術に疎い方へ。
上記の「鉛フリーはんだ」「ハロゲンフリーのプリント基板」はともにここをご覧になっているであろうパソコンでこれまで必須の材料として使われてきたものです。割愛した個別案件の中ではパソコン関係に対する改善や認証についての記事もあります。技術が成熟していない現在、これらは不安要素ですが元へ戻ることはありません。
私見ですが、パソコン選びの際にもしも余裕があるなら・環境が大切と考えるなら、各ベンダーのサイトを訪れて「環境への取り組み」を覗いてみるのも意識の高まりのひとつだと思います。




2003/12/5:自動車用電子部品の環境対応−技術開発の考え方とその事例−


2003年の第八号の小特集を取り上げます。
いいかげん飽きてくるような「鉛フリーはんだ」と「6価クロムフリー」ですが、やや込み入った話も出てきているので、これを題材としたいと思います。
この特集の序文にはアームストロングの「That's one small step for man, one giant leap for mankind.」という言葉を引いて地球視点での技術開発を目指すべきだと記しています。


最初に精神論について言及しています。
地球と環境のこと、メーカーがなすべきこと、そのための思考法。
この点は特に真新しくないので省略しますが、ここで「21世紀のkey words」として「環境」「安全」「エネルギー」「食料」「バイオ」「情報」「通信」「健康」「快適」を挙げています。重要な産業であるめっきには直接関係が薄かったり、背反したりすることが多いように感じますね。

ご存知の通り、EUを中心とした環境の動きは現実のものとなってきています。2003年7月1日以降、実際に6価クロム・鉛・カドミウム・水銀は原則使用禁止という規制分野が出てきました。今のところ、高信頼部品の分野は猶予された形ですが、2007年のEU廃家電法には「はんだの禁止」が適用されると見られています。
日本も「家電リサイクル法」に関係して、主要家電メーカーは2003年末を目標として鉛フリーの実施を推進しています。自動車業界は信頼性の問題から遅れ気味に推移しています。
とにかく言えることは、この方向で加速していくだろうということです。

プリント基板などに使われる共晶はんだは優れた物性を有します。そのため、昔から使用されてきました。紀元前3000年の青銅器に装飾として使われた歴史があるほどです。
この優れた共晶はんだの代わりとなるためには、並大抵のものでは困ることになります。鉛の代わりにする金属としては、Ag、Bi、Cu、Znがあり、これらの混合でよい物性のものを探すというやり方になったようです。
このうち、Bi(ビスマス)が入ったものはリフトオフ(接合が外れること)が起こりやすく、Cuはブリッジの発生、Znは濡れ性の問題があり、決定的な代替としにくいようです。Ag系は物性はよいですが、融点が低いという課題が残ります。
主要各社はとても凝ったはんだを開発しているようで、4元素混合やインジウムを使うなどの方法があるようです。
いずれにしても、信頼性はまだ不透明であるため、今後の開発状況次第というあたりが正しい認識のようです。そうでありながらも、もう走り出せねばならない実情もあり、微妙なところです。個人的には、どこかがはんだの問題で大規模なリコールを出すのではないかと危惧してしまいます。特にBiあたりを使っている数社くらいから。通過しなくてはならない道であろうと思いますけど。

一方、6価クロムも工業的に非常に優秀なものであり、これを全廃できるように各分野の開発が加速しています。塗装や亜鉛鋼板も対策が進んでいますが、めっきに関して言えばクロメート処理も3価のクロムへ移行しつつあります。
有色クロメートと光沢クロメートは3価となることで実質的に境目が無くなり、これらは開発が進んでいます。着色の処理を追加して色への対応も可能にしようとしているところもありました。
ただ、黒色や緑色のクロメートは開発中であり、その高い物性を満たす製品の登場が待たれているのが現状です。

めっき屋としてはここまでなのですが、本論文では環境にやさしい技術開発の考えをまとめとして、すなわち著者の主張として最後に著述しています。製品はこれまで特性を満たすものであることが求められてきたわけですが、これからはその最後の姿を思い描くべきであるという趣旨と(私は)受け取りました。循環型生産(インバース・マニュファクチャリング)は使用後のものからその前(生産の工程)へ戻していく手法です。
例えば、使った後にちょっと手直しして製品にする(リビルド)、製品から次の製品の部品を取り出す(リユース)、廃材から材料を生み出して使用する(リサイクル・材料再生)、それらができないものでも、燃料化する(サーマルリサイクル)、それでもダメなものは無害で少ない量にする、などということを設計段階で意図しておくことが必要になるのだというのが、循環型生産を成立させるため要件です。
機能を優先するとこれらは難しくなります。これらを達成するには、簡単な構造であることが全ての分野(設計・物質構成など)で必要になるからです。はんだめっきの鉛にしても、錫のみでことが足りるなら問題は無かったわけです。発想としては、「鉛以外の物質で半田めっきをする」よりも「はんだの代わりにウィスカー(*)のない錫めっきをする」であるべきだということです。
こうした設計思想はもう待ったなしのところにあります。実際動き出した企業もあるのですから、下請けであるめっき企業側も歩みを合せなくてはならないのかもしれません。


ウィスカー:
錫の単結晶(金属)から成長する針状の錫の結晶。これは錫が半金属で、金属結晶を形成する性質と非金属型の結晶を形成する性質があることに関連して発生するものです。他の金属(普通の遷移金属ではほぼない)でも一部に発生します。これを防ぐには少量の鉛の添加が最適です。これの悪い点は、離れていなくてはならない接点がくっついて短絡(ショート)の原因となることです。




2003/11/21:還元剤を電解再生する無電解ニッケルめっき法の開発−Ti(IV)イオンの電解還元−


2003年の第七号は「バルブ金属アノード酸化皮膜の長微細構造と機能化」が小特集です。
なかなかに専門化した領域の話であり、当然私には関係ありません(そもそもアルマイトすらしない会社ですから)。
アルミのカソードとアノードでは電気挙動が正反対に違い、こうした挙動はイオンが表面の皮膜を移動する際の容易さが違うことに起因します。こうした性質の金属を「バルブ金属(整流作用があるため)」と呼ぶそうです。
これの話を突き詰めるのは純科学的には面白そうですが、ここの趣旨に反します(科学の話題で取り上げた方がよいかも)。
今回は「還元剤を電解再生する無電解ニッケルめっき法の開発−Ti(IV)イオンの電解還元−」を取り上げることにします。


個人的思いですが、無電解めっきで電流を上手に利用して半永続めっき浴にできるんじゃないか、と入社して無電解めっきを知ってから考えていました。電気で有利に変化して還元剤になれる物質を使うことは、理論上(ここは大事。コストは度外視)可能と認識しています。

対してこれは再生可能であって、電気も流しながら無電解めっきをするわけではありません。
チタンのイオンとして3価と4価が知られており、このうち3価のものは無電解めっきの還元剤として用いられています。これは特に無電解錫で水素過電圧(水素発生反応が不利になる状態)を回避するために使われています。還元剤として働いた3価のチタンは4価になります。これをpH0付近の酸性条件下で電解するとほぼ全てが還元されて3価となります。
ここで問題なのは、無電解ニッケルめっき中の共存物質であるニッケルイオンやクエン酸ナトリウムです。ニッケルイオンとチタンの還元電位が比較的近く、条件の設定次第で両方が起こることになります。クエン酸錯体を形成しているときの還元挙動は未知であり、単独のそれとは違う可能があります。この論文ではその点の検証を行ったようです。

実験はウレタンにめっきを行い、さらにチタンをすべて4価としてから再生を行う方法をとっています。
ウレタンを使ったのは基材の影響を小さくするためと推測されます。ここではPdが混合することになります(アクチベートしてめっきするため)。再生などのためのpH調整は硫酸と水酸化ナトリウム使用で、イオン種的に変化はしません。
電極はテストからカーボンフェルトが有利(そうでなくても金属は避けたいでしょうね)であり、pHは酸性側ほどチタンの還元反応の証拠(測定の電位ピーク)が明瞭に現れています。実験の結果からニッケルとの区別は混合している系からでも可能であることを確認できたとしています。

実際の廃液への利用として、pHが7付近ではニッケル濃度に大きく影響を受け、濃度が高いと再生効率が低下しました。これは電極にニッケルが析出し、カーボンフェルト電極と言い難い状態になったと推測されます。ニッケル濃度が低いとよりよい結果となります。
pHを0とすると、ニッケル析出反応を抑えて還元反応に有利となります。いずれの場合も電解で予想される水素発生はそれほど有利な反応ではありません。


以上から、「ニッケル濃度が低い」、「pHが低い」ということが現状での解決方法となるようです。ただし、普通の廃液はそれなりのニッケルを含み、pHもそれほど低くありません。今のままだと一手間加えなければ使えないわけで、理想を言えばそれが不要なスキームを構築することが必要だろうと思います。
このアイディア自体は当然でありながらも素晴らしいわけで、安価に実用化できたら環境負荷的にも改善が見込めるという良さがあります。なんといっても無電解ニッケルは環境負荷が高い液ですから。




2003/11/5:環境浄化技術の最新動向


今回も講演からの話題です。
環境ということで、有機成分、とりわけ窒素・リン(他にフッ素とかにも触れていましたが)の対応についてでした。
講師がその方面の企業の研究員だったので、「売り込み」のような講演でしたが・・・。

平成16年度から更なる排水規制がかかるようになります。
その中では窒素やリン・ホウ素などにきつめの規制がかかる方向です。
有機物(COD)を含めて、これらの処理方法は存在しますが、効果が高いものとなると簡単に見つけることはできません。
講演では、主に窒素とリンの安価な処理について言及しています。

窒素は通常、有機物からアンモニア態で分離し、アンモニアを亜硝酸から硝酸に酸化、硝酸イオンを生物的に分解して窒素にするという手法をとります。酸化やアンモニア化にも生物的手法が使われがちです。
この方法はステップが多く、途中で必要な薬品類が少なくなく、汚泥も多く発生します。
そこで講師は二つの手法を紹介しました。
ひとつはアンモニアと亜硝酸から窒素を生み出す、新しい微生物の利用。
もうひとつは触媒存在下での物理化学反応による分解です。

微生物利用では、アンモニアの次に亜硝酸とする際、アンモニアと亜硝酸が適当な割合で存在する系に調節します。
するとこの微生物は、他に栄養を与えなくても(炭酸は必要です)分解を進行させて増殖します。
栄養が要らないので、汚泥の量が少なくて済みます。
なにやら、生物的手法としては夢のような感じですが、欠点は無論あります。
  ・栄養は要りませんが、育ちが遅いです。
  ・割合を考える必要があるため、管理方法がかなりシビアになります。
  ・一部硝酸になるため、それだけで完全に窒素を取り除けるわけではありません。
こうした欠点がありながらも、前出の利点は大きいと言うわけです。

一方、触媒利用の化学反応では、白金族の触媒を用いてアンモニアの系に亜硝酸を添加し、窒素に分解します。
これは添加する亜硝酸でコントロールするので、管理は簡単です。
しかし、亜硝酸とアンモニアの反応は厳密であり、亜硝酸が少なかったり、多かったりするとかなりの窒素成分が残留してしまいます。
この問題を解決するため、亜硝酸は当量の9割程度としておき、残りを過酸化水素で分解する方法で実用化されています。
過酸化水素は過剰になっても、分解すれば水と酸素ですから無害です。
これなら工業的な使用に耐えます。

これを学会で発表したところ、注文がついたそうです。
前出の生物的手法を見たなら想像できるかと思いますが、「アンモニアがあるのに亜硝酸を足す必要はないだろう」というものだったそうです。
つまりアンモニア→亜硝酸を同じく触媒を使って反応させれば、クリーンな処理だということです。
で、そうしたものを開発しました・・・と売り込んでおられたわけです。

リンについては、一般的な処理について時間を割いていました。
リンの処理としてはリン酸カルシウムによる処理が思いつくでしょう。
これにはひとつだけ難点があり、低い溶解量から沈殿させられないのです。
これを解決するため、「種結晶」を系に入れておきます。
「種結晶」があると溶解度は越えているけれども、結晶を生じない状態(過飽和のようなもの)からでも、リン酸カルシウムを析出させることができます。
簡単に言うと、鍾乳洞の石筍の理屈が近い要素を含んでいるでしょうか。
この他、リン酸マグネシウムアンモニウムを使う方法も述べていました。
この辺りは水質によって選択となるでしょう。

こうした処理の技術は万能ではなく、阻害物質の存在や元の液の性質によって適用の可否が決まります。
適切な処理を用いることで環境負荷物質の除去や無害化をすることできるので、その産業に適した処理を選ぶことが求められると言えるでしょう。

(めっき業にはあんまり関係ないですが、都会で操業しているとリンや窒素は厳しいかもしれないですね。めっきの排水は生物の繁殖に有利でない場合が多いと考えられるので、物理化学的手法がよいでしょうか。ただ仕事量が一定であれば生物的手法で安定してしまうとランニングが楽かもしれませんね)




2003/10/25:飛来海塩粒子付着下と人工海水液滴下での炭素鋼の初期腐食挙動の違い


2003年の第六号は「化学・生化学ナノ・マイクロシステムにおける表面技術」が小特集になっています。言うまでもないですが、私の仕事にはまったく無関係の分野です。
そこで何を題材にしようかと考えましたが、上記を取り上げることにします。「スズ−鉄合金めっき負極を用いた次世代リチウム二次電池」という面白そうなものもありましたが、(私に)実用的ではないので回避しました。


ここをご覧になっている方の中には、ノートPCのバッテリーに興味がある方もいるかもしれませんので、二次電池のことを少し。
現在は炭素を負極にしているところを、表題のめっきをした銅に置き換えることで性能向上を図るのが要旨です。
本当はリチウムがよいのですが、反応性が極めて高く、発火の恐れが大なのでこうした代替手段が考案されています。
体積比で炭素の約9倍の理論電気容量を持つそうです。こうした改善を施した二次電池が次世代に当たるのでしょう。
燃料電池といずれが「次(遠い将来ではなく)」を担うでしょうかね。


さて、腐食(いわゆる錆の発生)には水の存在が欠かせません。錆は大気雰囲気が原因となって発生する場合と、付着物質によって発生する場合があります。大気雰囲気で錆が発生する状況というのは、対象物が薄い水の膜に覆われ、その助けを借りて進行するのが一般的です。濡れているわけではなくても、水は表面に存在して錆の進行を助けます。
今回取り上げる錆の進行は、表面に何らかの物質が付着し、そこに水が媒介して起こるものを指します。
海浜地域では海より飛来する付着物(この場合は主に塩)が錆の主要な原因となります。この挙動を研究するため、人工的に類似の状況を作り出すことがなされるのですが、それは必ずしも同一とはなりません。ここでは飛来海塩粒子と人工海水を挙げて腐食挙動の比較をしています。

人工海水はそれほど海水とは違わない成分を有します。
飛来粒子は径が5〜30μ程度であるのに対して、人工海水で液滴から得られる結晶は200μと大きなものになります。これは液滴が微小なものにはならずに結晶を生成していることに起因します。簡単に言えば、水滴はそのまま霧に変化することはない(逆はしますが)というような感じです。結晶の大きさが異なると、大気中の水分を吸収する挙動が異なります。湿度が低い環境でも、結晶が小さいと吸湿して錆を進行させることになります。また、吸湿する水の量は結晶の大きさ(正しくはイオン量)に依存して大きくなります。したがって湿度が高い(錆びやすい)環境では結晶が大きいほうが早く腐食が進行します。
このように、自然な海浜環境での腐食進行と人工海水による腐食では、腐食進行の初期の挙動において大きな違いが生じる場合があるということがわかります。

表題と多少ずれますが、海浜地域の錆と普通の鉄錆はやや違う特徴を持ちます。これは「塩化物イオン」の存在が影響して起こり、錆の組織に違いが発生するためです。
通常の錆は「酸化」による進行となりますが、塩化物イオン共存下では「還元性」の特徴を備えます。鉄は酸化に対して比較的強靭です(硝酸の不動態化が近い事例でしょうか)が、還元性物質が共存すると化学的に活性な状態になり、反応は進行します。

まとめとして、錆の進行には
 ・イオン量
 ・吸湿性(同時に保水性)
 ・存在する物質
といった要素が大きく影響を与えます。錆の進行を考えたり抑止する上で、こうした知識は重要なものであるといえるでしょう。




2003/10/4:電気亜鉛めっき液の分析とその手法(1)−シアン化亜鉛めっき液−


2003年の第五号は「多機能化が進む家電・OA機器用表面処理鋼板」が小特集です。
ここが「めっき」の話題を扱う場所でなければなかなかいい題材ですが、めっきとは縁遠いところです。
ひとつめっきの種類とはんだ付け性に関するもの、6価クロムフリー鋼板に関するものがあるのですが、両方ともは「また」になるので、めっきの基礎をご存知でない方のために表題の内容でいきます。
めっきに長じている方には今更ですが、「シアン」が「青酸」であることにも思いが及ばない方もおられると思いますので、めっきの雰囲気に触れていただいて、「めっき」の技術としての難度の高さを感じていただけるといかがかと思います。
この内容はシリーズですが、次回以降は取り上げないと思います。

シアン化亜鉛めっきにおいて、管理する成分と言うのは
 金属亜鉛
 シアン化ナトリウム
 水酸化ナトリウム
 (炭酸ナトリウム)
が該当します。炭酸ナトリウムは普段の管理では必要なく、一定以上にならないようにすることを目的に管理します。

金属亜鉛は典型元素に分類されますが(分類法次第ですが)、遷移金属に近い反応性があり、多くの錯イオンを形成します。
亜鉛めっきの分析では、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を使ってキレート滴定するのが一般的です。
分析時には、アンモニア緩衝液(pHがおよそ10、アンモニアと塩化アンモニウムで作成)にサンプルを入れ、やや高めの温度(30℃程度)としてから、BT(エリオクロム・ブラックT)を指示薬にして、直前にホルマリン(ホルムアルデヒド水溶液)とともに加えて、EDTA滴定します。
滴定というのは、ビュレットというコック付きガラス管に滴定液を入れ、下にサンプルと指示薬(変化点を見るための薬品)などを入れたビーカーを用意して、滴定液を少しずつ下に入れて、変化点でその使った量を読む分析方法です。使った量から計算で目的の物質がどれだけあったかわかります。学校の理科で一度は経験があるのではないかと思います。

めっき液を分析する上での基礎として、上手なサンプリングがあります。
よく撹拌された状態(ろ過機が動いているなど)で採液することは基本です。
可能なら、深い位置からも液を採れるとより均一化します。
長いガラス管を底の方まで差し込み、指で上を押さえて上げると液を縦方向に全てサンプリングできます。

シアン成分は、亜鉛に配位しているものと単独でいるものがいますが、滴定分析では区別できないので「全シアン」として分析します。
分取したサンプルに水酸化ナトリウムを加えます。こうすることで配位しているシアンイオンを遊離させることができます。
 Na2Zn(CN)4+4NaOH → Na2ZnO2+4NaCN+2H2O
指示薬はヨウ化カリウム溶液を使い、硝酸銀溶液で滴定を行います。終点は黄白色の沈殿が残るようになるところですが、これは見難いので慣れが要ります。黒い紙などを敷くと見やすくなります。
硫化物が入っている場合は、硫化銀の黒色が妨害するので、この場合は活性炭処理をします。
ちなみに、シアン化ナトリウムは「青酸ナトリウム」で、ほぼ「青酸カリ(ウム)」と同様の性質を持ちますが、これはかなり強い臭気を持ちます(よくアーモンド臭と言いますが、もっと気分の悪い臭気です)。自分なら殺人の道具にこれを使う発想は出てきません。本やドラマの見すぎで青酸殺人などと言うことはなさらぬよう・・・。

水酸化ナトリウムの分析は理屈がやや複雑です。それは複数のアルカリ成分がめっき液に入っているためです。
ただ、水酸化ナトリウムはその中でも最強のアルカリなので、塩酸で中和すると「最初に」水酸化ナトリウムと反応します。
従って、水酸化ナトリウムが反応し終わる点を見つけ出せばよいことになります。
指示薬としてはインジゴカーミンやスルホオレンジが該当します。また、pHメーターを使って11.5になるところを使う方法もあります。

私のところでは、次の炭酸ナトリウムの分析を応用した方法で分析しています。
具体的には、塩化バリウム(本文中では硝酸バリウム)を加えて炭酸バリウムを沈殿させ、フェノールフタレインで滴定します。
炭酸バリウムがいなくなると、フェノールフタレインの変色域までに水酸化ナトリウムのみが反応するようになるためです。

炭酸ナトリウムは、前述のように炭酸バリウムを生成させ、温めて熟成した後、濾紙(5Cという非常に目が細かいもの)でろ過し、他のアルカリ成分から切り離します。ろ過後、濾紙ごと熱水に入れて、メチルオレンジを指示薬として塩酸で中和滴定します。
鍵はろ過したときにアルカリを残さないことです。

シアン化亜鉛めっき液はかなり複雑な組成を持つ水溶液です。
こうした溶液は分析しにくいと考えられがちですが、工夫によって簡単な滴定分析を使って管理できるようにしていることがわかっていただけるかと思います。
参考までに、炭酸ナトリウムの分析はそれほど高い頻度で行う必要性はありません。本来の成分ではなく、蓄積していくものであるため、急激に変化しないためです。




2003/9/2:原子吸光光度法およびICP発光分光分析法による金属濃度の測定


2003年の第四号は「めっき液組成の分析・管理方法」が小特集です。
非常に身近で触れやすい題材なのですが、意外と高度なものについての言及が多いです。
そこで、私に直接関係がある表題のもの(原子吸光はないですが、ICP発光分光分析器はあります)を取り上げます。

一般論として、試料の元素濃度を分析するときには、原子の発光または吸光スペクトルを測定する手法が有力です。
液体試料(と溶解可能な試料)については、原子吸光光度法、ICP発光分光・質量分析法が有力であり、固体に対しては蛍光X線分析法が用いられます。このうち、溶液からの分析は分析のしやすさや測定の安定性から、もっとも一般化したものです。
原子吸光とICP発光分析は、手軽さや再現性、対象元素の多さなどといった長所から多くの分野で利用されています。

原子吸光は1960年に市販されたそうです。
それまでは固体からの発光を利用した分析があったそうですが、それとは比較にならないほどの優れた分析法でした。
比較的安価に導入できる点も普及に有利に働きました。
しかし欠点もあり、適応できる濃度範囲が狭いこと(適切に試料を作成しなくてはならない)、定性分析が容易に行えないことがそれでした。
一方、ICP発光分光分析は1975年に世に出たそうです。
アルゴンプラズマを利用するため、高温を得られる恩恵として測定可能元素が増え、検出限界(下限)が向上しました。
原子吸光との比較では、感度が悪かった非金属元素(B、P、Sなど)や難解離元素(W、Ti、Moなどの化学的に安定な元素)を高い感度で分析できる長所があり、応用範囲が拡大しました。

めっきにおいては液の組成の分析、不純物の分析に利用されています。
μg/Lレベルからmg/Lレベルで測定が可能であり、濃度が高い場合には希釈して測定します。
この両分析法では、マトリックス(共存物質)の影響を考慮することが正しく結果を扱う上で重要であり、これらによる干渉について理解を深めることは要点となります。
本題はこうしたことの理解を助けてくれる内容になっています。

まず原子吸光ですが、原理は「原子になった状態で光を当てて、吸収の様子から測定する」ことです。
一番基本的な点として、原子に光を当てると固有の波長の光を吸収してエネルギーを得ます。透過後の光は、吸収された波長の光のない状態になります。ちなみに励起された(エネルギーを得た)原子は、やがて光を放出して元の状態に戻ります(蛍光現象)。
原子吸光分析法は、光の吸収の様子を測定して定量を行う分析方法です。
当然、比較のための検量線が必要であり、標準試料を用意しなくてはなりません(これはICPでも同様です)。

(off-topic)
ピンとこない方のために補足すると、検量線はそれぞれの濃度で吸光の強さを測り、目的の試料の強さと比較して計算から濃度を算出するときのグラフの線です。一般には直線であることが多く、単純に考えることができますが、一部の分析や精密な結果を要する分析では高度な計算を要することになります。

原子吸光は、原子に対して光を当てて測定します。
そのため、試料を原子の状態にする必要があります。
この原子化の方法は複数あり、よく使われるのはフレーム原子吸光です。
炎を2300〜3000℃として、そこへ試料を導入すると原子化させることができます。
もちろん、原子化のしやすさは元素によって異なり、解離しやすい元素ほど低温で原子化できます。低温で原子化できるものほど高感度で測定ができます。
使用する光は、狙う元素が吸収する光を出すホローカソードランプを使います。光源は狙う元素ごとに一つ必要です。ひとつでも測定はできますが、リファレンスビームという参照用の光源を用意すると、測定中のいくつかの誤差を取り除くことができます。
検出系には光電子増倍管を使用し、これは紫外〜可視光域(190〜800nmの波長が相当)を感度よく検出できます。

フレーム法は通常アセチレンと空気の炎で行います。
これを調節して還元炎・完全燃焼炎・酸化炎といった違う燃焼状態を作ったり、亜酸化窒素を加えて高温化したりすることで試料に最適な条件を作り出す必要があります。
他に、電気加熱法があります。
特殊で小さい黒鉛の炉(坩堝みたいなもの?)の中に試料を入れ、電気によって加熱・原子化します。この方法は原子の密度が高くなり、感度が高くなります(およそ2桁)。また、試料もわずかで済みます。
試料は、乾燥→灰化(原子化しやすくする)→原子化の段階で処理し、それぞれ適した温度に調節する必要があります。
マトリックスを避けるため、わざと物質を添加し、原子を揮散させやすく、或いはさせにくくします。対象元素に影響させることもありますし、マトリックスに影響させることもあります。この他、精度や確度の向上のため、ゼーマン効果を利用してエネルギー準位を分裂させてその様子を測定するなどの手法があります。

ICP発光分析はアルゴンガスのプラズマ内で元素をイオン化し、その発光を測定するものです。
アルゴンガスは6000〜10000℃にも達し、多くの元素を解離・イオン化することができます。
検出系に2次元検出器を使うことで多元素同時の分析ができます。
試料を霧状にして使用するため、量がそれほど必要ではない(1mL/分以下)上、原子吸光のように多くの干渉を受けることもありません。

干渉については、分光干渉は起こりうるものです。とは言え、ピーク幅は狭いのでよほど近接していない限り関係ありませんし、測定可能な発光線が複数あるのは当たり前であり、比較によって影響を簡単に無視・回避できます。
ただ、出力などの関係で重なり補正(ピークを分ける作業)が必要な場合もあります。
また、機械測定であるので、物理的な干渉もあります。例えば、ネブライザー(霧状に試料を出す部分)の状態が少しでも変わると、測定に多大な影響を与えます。これを回避するには、標準物質を添加してその濃度をモニタするのが一般的です(これを「内標準法」と言います)。
ちなみに私は、測定の前後で同じ試料を測定して、ほぼ等しい値が出ることを確認してこれに代えています(分析機関ではないので、作業上の確認として)。
上記2つの干渉を防ぐ際に大事なのは、試料のマトリックスについて正しく処理することです。
液性を可能な限り合わせたり、マトリックスの除去や影響回避の算段が必要になります。
(まぁ、ICPはかなりマトリックスには強いです。液の粘度では失敗した経験がありますが)

終わりの部分で、両分析法で全て測定できないと書かれています。
ただ、有機系成分と軽元素を除けば、めっきの実用には十分に足る分析になります。
状態分析ができないというやむを得ない欠点がありますが、これは非常に高度で一般的ではない分析です。
これらを導入しているのであれば、液中の理解できない挙動を解明する際に使わない手はないと言えるでしょう。
金の分析は、一般的にこれを使いますし、微少成分の定常分析にも有用であることは疑いありません。
欠点は・・・ICPに関して言うなら、(当然ながら)機械が高いことと、ランニングコスト(アルゴンガス代)が馬鹿にならないことですね。




2003/8/24:表面硬化処理の新しい動き


2003年の第三号は「新しい表面硬化処理」が特集です。
しかしながら、電気めっきの会社には無縁といっても差支えがありません。
もちろん、素材としては関係があるところです。
そこで、参考知識として総説を取り上げようかと思います。

表面硬化処理は書いて字のごとく、材料の表面部分の性能向上を目的とする処理です。
主に「硬化」が目的ですが、強度や疲労しにくさ、耐摩耗性や耐食性などの改善もその範疇と言えます。
そうした表面硬化の処理としては・・・
 1:皮膜・コーティング法
 2:機械的表面硬化法
 3:熱的硬化法
を挙げることができます。

「皮膜・コーティング法」には、めっきが含まれます。硬さ・耐摩耗性と言えば硬質クロムめっきですが、めっき浴がクロム酸(六価クロム)を多量に含むことから、特にアメリカでは航空宇宙や軍事の分野で多額の予算を投じて代替技術の模索がなされています。
この分野は古くからの実績があるものと言えます。
めっき以外にも「プラズマ溶射法」や「ゾルゲル法」、「蒸着」「塗装」といったものがここに当たります。

「機械的表面硬化法」は、変な言い方をすれば「曲げたものは容易に戻せない」という金属の特徴(?)を利用するものです。
機械的に素材を変化させることで硬化し、疲労に対して強くなります。
反応機構について、原文では少し触れているようですが、一種の熱化学反応(金属状態の変化が、エネルギーのポテンシャルを変化させて、発熱(場合によっては吸熱?)を引き起こすというような)として捉えるように説明されています。
実践が先行し、理論が追いついていないのでしょうかね。

「熱的硬化法」はいわゆる熱処理や浸炭・窒化を含む処理です。
「焼入れ」はその代表的なものであり、単に「熱処理」と言えばこれを指すと考えていいでしょう。
焼入れは冷却と一体の技術であり、一般には急冷する必要があります。この両プロセスを経ることで効果処理としての意味を持ちます。
ちなみに、めっき業者の視点では、こうした「焼入れ品」は手ごわい素材です。一般の素材への知識が役に立たなかったり、よく言う「黒皮」を除去しなくてはならなかったり。うち会社での非貫通穴の未加工現象はこれが理由であることが多いです。
焼入れは焼き方も色々とあり、電気やレーザーなんてものが使われることもあります。
この焼入れは、金属の変態(原子の格子形状などを変えること)を起こし、望むようにコントロールすることが(科学的な意味での)目的です。これには温度・時間の正確な制御と作業設計が欠かせません。
「拡散表面硬化」は、金属中に他の元素を拡散させることで形質を変化させるものです。前記した「浸炭」「窒化」はこれに当たり、他にも金属を拡散させたりします。これらは金属内の不純物として存在する場合以外にも、金属間化合物を構成して硬化としての用をなす場合もあります。

その他の方法としては、微粒子ピーニングというものが研究されているそうで、これは微粒子を素材に打ち込む(放射科学出身者としては、叩くと表現したい。スパッタリングとかもここの範疇でよいか)ことで表面状態を変化させるものになります。

今後の動向としては、6価クロムフリーに関連して硬質クロムの市場が減じ、他の硬化技術が伸びると予測されています。
そうした中で新しい技術も模索されています。
高度になるので名前のみとしますが、真空浸炭やプラズマ窒化などが該当します。
低温での浸炭といった、改良型の技法も研究されていますし、複合熱処理(例えば窒化+蒸着といった処理)で性能を高めることも行われているようです。

最後で触れていますが、こうした技術は進展に伴い、ブラックボックスのように知見が広まらないものになってきています。
加えて基礎的な部分(基本的な物理・化学的挙動とか)が研究不足であり、我々めっき業界にとっては手ごわい素材を引き受ける可能性が増大しているという問題であります。
この分野では、日本は欧米に大きく劣るようです。研究者諸氏には、技術分野を後押しできるような成果と教唆の努力をお願いしたいところです。
実際に、うちの会社では影響があったこともありますし、身近になりかねない問題と認識しています。




2003/7/30:めっきの基礎と応用技術


表題の講演を聞きましたので、前回に引き続き備忘録です。
この講演は、県の産業大学講座として開演されたもので、先端科学技術大学院大学に隣接する施設で開催されました。
多くの方が受講し、予定20名に対して70余名の参加でした。
めっきをする方だけでなく、ユーザーの方が多数居られました。こうした方々にも知ってもらえる基礎講座という主旨だったようです。
ですが、今回は私が十分承知している内容です。そこでここを読んでくださっているめっきを知らない方を対象に、めっきの基礎についてできるだけ簡単に触れたいと思います。


ここを読まれている方には、最低限度の化学の知識はあると思いますので、めっきとは金属の電気分解であるという説明でイメージまではたどり着くと思います。
めっき液には、必要な成分があります。それは「金属」と「電気伝導塩」です。
両者は基本的に兼ねることができますが(イオン種であることは共通なので)、電気伝導塩は金属を供給するイオンより更に伝導性に優れたものを用います。
金属成分の役割は言うまでもありません。それがなければ電着が起こらないのですから。
電気伝導塩は必要になる電圧を低下します。この効果はいくつかあります。
 ・電力の低減(コスト)
 ・発熱量の低減(製品への悪影響の減少)
 ・陰極電流効率(めっきに使われる電流の割合)の増加(気体発生防止)
 ・陽極の溶解促進(液の安定管理)
1つ目はコメント不要でしょう。2つ目は高熱による皮膜の焦げ、製品の変形といった現象の抑止です。
3つ目は、電流が水の電気分解反応などの副次反応に奪われることの防止です。電圧が上がると電気的反応の閾値が下がり、反応性が必要以上に向上してめっき以外の反応が起こります。これは時間やコストに不利です。
4つ目は、陽極にめっき金属を用いた時に、液から減少する金属分を補給する目的を達成することです。ただし、伝導性とは直接関係はなく、伝導性のあるもので溶解を促進するものが電気伝導塩として選ばれます。
この他、液を安定にする薬品と光沢が必要な時に使うもの、液特性を保持するものが追加されます。
ここからはもっともポピュラーなニッケルめっき(ワット浴と呼ばれる組成)について見てみます。

ワット浴は、以下の成分で構成されます。
 ・硫酸ニッケル
 ・塩化ニッケル
 ・ホウ酸
 ・一次光沢剤
 ・二次光沢剤
 ・その他
硫酸ニッケルの役割は、そのまま金属成分としてのものです。もちろん硫酸イオンがめっきに悪影響を与えないからです。
塩化ニッケルは、伝導度塩になります。同時に、金属成分の補完を担います。塩化物イオンは伝導性には優れた性質を持ちますが、めっきを硬く・脆くする作用もあるので、主成分には使いません。
ホウ酸は特殊な役割があり、重要です。それはpH緩衝剤としての効果です。ホウ酸は非常に弱い酸であり、酸としての性質をそれほど期待できませんが、水素イオンを保持することができ、アルカリに対するpH緩衝能があります。陰極では金属析出と平行して、水酸化物を生成する反応が起きます。これは

 2H2O + 2e- → H2 + 2OH-

という電気分解の結果、水酸化物イオンが増加してくるためです。ホウ酸の役割はこの水酸化物イオンを捕捉して金属表面から引き離すことにあります。
水酸化ニッケルができてしまうと、金属表面にゲル状のそれが付着してめっきとは言えなくなってしまうのです。
一次光沢剤は、例えばサッカリンのような硫黄を含む有機物が使われます。その役割は光沢の向上よりも、二次光沢剤が引き起こすめっきの脆化や応力の増大を防止することにあります。欠点として、腐食にやや弱くなります(硫黄が金属に含まれるため)。
二次光沢剤は、光らせる成分です。同時に平滑化作用を持ちます。ただし、これはめっきを割れやすくします。
その他は通常不要ですが、めっきの特性や不良の対策に必要な場合があります。
それぞれ、めっきに不可欠であることがわかるかと思います。


めっきの使用目的ですが、主なものは以下のものでしょう。

 ・防食(錆や変色の防止)
 ・外観
 ・特性の付与(はんだ濡れ、塗装性、電導性など)

防食には、2種類の対応法があります。完全な被覆と犠牲皮膜です。
完全被覆は、一般の方が想像するめっきによる防食でしょう。錆びにくい金属で素材を覆ってしまって、中も錆びないようにするものです。しかしこれはいくつかの問題を抱えているため、あまり多くありません。まず、めっきに使う金属が限られること。錆びにくい=水溶液を得るのが難しいとなりやすく、よいめっき浴が得にくいです。そしてめっきの厚さが必要だということ。かなり(数十μm以上)の厚みがないと完全に被覆できません。めっきした金属表面には無数に穴があり、それが素材まで貫通しなくなる必要があるからです。
これに対して犠牲皮膜とは、めっき皮膜を腐食させながら素材を守る方法です。これはめっき金属が素材より腐食しやすい場合や、多層めっきとして、下層に腐食に強いめっきをした場合に使われます。腐食は進行するとき、より進みやすい方へ進行するので、素材よりめっきが腐食に弱い場合は、めっき皮膜を侵していきます。その間は、素材は腐食から守られます。これだと皮膜は薄くても効果があり、扱いやすい金属をめっきできます。亜鉛めっきはこれの代表です。見た目が悪くなるので、めっきを守る最終処理(亜鉛めっきならクロメート処理)をしたり、外観を損なわない腐食のさせ方を適用します。後者はクロムめっきで使われるもので、クロムの青白く美しい金属光沢を守るものです。どうするかというと、目に見えないくらいの大きさの「錆びやすい部分」を始めから作ってしまいます。腐食は直ちに起こりますが、あまりに小さいため進行が遅く、非常に長い間美観を損なわなくなります。トラックなどの鏡面バンパーは、「素材を鏡面研磨」→「錆びにくいニッケルめっき」→「錆びやすいニッケルめっき」→「錆びやすく細工したクロムめっき」という処理をして、あの美観を保っています。

外観については、「めっきが剥がれる」ではありませんが、本来の状態より長い間美しくすることが目的となります。自ずと貴金属めっき、クロムめっき、クロメートなどに限定されてきます。「光沢めっきができて」「金属が腐食されないか、不動態を形成する」「変色しない」を満たせばよいわけです。金めっきは該当しますが、高価な金属を厚くつける(光沢を得るため)のはコストがきついので、光沢が美しいニッケルを先にめっきし、金を薄く色が付く程度につけるのが外観上ベストです。事実、光沢貴金属めっきをするよりも、ニッケルを下地にした方がきれいになります。

特性の付与は、産業としてのめっきにおいて、最大の用途です。
如何にめっきのイメージが悪いと思っている人でも、めっきなしにして現代生活は成り立たないのです。
それは、先端の技術にめっきが不可欠であるからです。
電気を使って効用をなすものは、ほぼ全て何らかのめっきを必要とします。家庭内防錆であったり、電導性の確保であったりと用途も様々です。
はんだを使う場合、その対象部品には半田と親和性のよいめっきが必須になります。
金、銀、銅めっきは電子部品で極めて重要です。湿式である必要はありませんが、被覆する技術は最早前提ですらあります。
めっきを選定する際は、コストや難度のほかに、「望む特性」についてよく検討しなくてはなりません。


以上、めっきの基礎に当たることと、めっきが必要とされる用途・特性について極簡単に触れました。
ここを読んでくださったあなたが今使っている端末も、めっきなくしては存在し得ないのだと知っていただけたなら、この記事を載せた甲斐があったというものです。




2003/6/16:中国とめっき業


技術とは関係のない話題です。
とは言うものの、現在の日本のめっき業には大事な話かもしれません。
本日業界の著名人の方から、「中国の10年とこれからのめっき産業」という題の講演を聞かせていただいたので、これを取り上げます(備忘録?)。

できるだけ本文中では私個人の考えは書きませんが、最初にだけ主張させていただくと、21世紀が「中国の世紀」になる可能性は高いと考えています。
中国の潜在力が高いことは、あらゆる指標から言っても明らかでしょう。
講演した先生もおっしゃっていましたが、日本が世界第二の経済大国というのは、すでに幻想のようなものであって、実質的に中国が世界で二番目に経済を動かす力がある(豊かという意味ではないことに注意)のは自明です。
この中国と上手に付き合えというのが今回の主旨だったように思います。
では、本文にいきます(講演自体の順序ではなく、資料の順序で展開します)。

中国のめっき企業は、主に華僑の投資で支えられています。台湾や香港の人たちです。
他方、日本の資本は国別で見ると二位の香港(10%)を引き離してトップです(18%)。
こうした投資を受けて、様々な業態の企業がめっき業を営んでいますが、旧国有企業はその体質により劣勢を強いられ、新たな外資系が主導権を握っています。
中国の労働力は質的に優れていて、情報に敏感に反応し、順応していく傾向があります。

その結果、長江や珠江のデルタ地帯では外資を導入しためっき業が繁栄しており、ISO認証への関心も高くて大量生産品の競争力は質的にも優れたものになりつつあるようです。
ただし、いくつかの問題を抱えており、全てを賄うという次元には至っていません。
例えば難易度が高いプラスティックへのめっきは、主要な納入先になるであろう自動車業界の要求を満たせるものにはなっていません。
また、多くの薬剤は自給できているのですが、高品質のものは日本からの持込という形が多いようです(住友の硫酸ニッケルは品質が抜群らしいそうで、中国でもよく使われているそうです)。特殊なもの(薬品メーカーの調合品)も日本から・・・という例が普通らしいです。
更に重要なことには、自前の技術を持たないことがあります。現在のめっき技術は、ほぼ全てが持込の技術であり、単に真似ただけです。

こうした中国企業との競争では、以下のような点が要になります。
 ・真似しきれない技術を持つ
 ・付加価値の大きいものは価格競争ができる
 ・中国の技術(生産)と棲み分けを図る
真似しきれない技術とは、真似たつもりでもその理屈を押さえられないものは身にならないということからきます。機械を中国に持ち込んで生産しても、中国人たちが真似できなければ技術を奪われないわけです。付加価値の大きいものでは競争ができるというのは、不良率やシステム的な生産効率では日本が勝っているということです。棲み分けとは、中国ではどうしても作れない製品が現実にあるので、それは技術力のある日本で作ることになるということです。
これらは、中国を生産地として利用する場合にも肝要です。少し前に、NECは中国に、富士通は台湾に生産を丸投げにしてしまい、大変なことになりました。中国だけで全てができるわけではなかったのです。押さえるべき所を日本側でコントロールしなかった報いと言えるでしょう。

今度は見方を変えて、競争相手ではなく「お客」としての中国を考えます。
発展を遂げた上海やその近隣は人口2億の経済圏を形成しています。これは日本と韓国と台湾を合わせた規模になります。
この中の人たちは中国でも購買力があり、テレビや冷蔵庫といった家電の所有率は日本とさして遜色がありません。
彼らはこれから車を買おうとしているところです。
ホンダはいち早くこの波に乗り、業績を伸ばしています。他のメーカーも追随して好成績を出しています。
これは日本のめっき業にとっても大きなチャンスです。前段で触れた通り、中国のめっき業の技術的レベルは未だ高信頼部品を作るには足りません。こうしたものは日本から送る必要があるわけです。高信頼が必要ない部品は中国で十分に賄えます。
こうした傾向を利用して、これから多くの需要が発生する中国で高信頼の製品を売るという発想が今必要になっています。
(余談ですが、講師は東・・・すなわちアメリカではなく、西・・・東南アジア・中国を向けと言っておられました。貿易の大事な相手は西に居るというわけです)

中国の人たちは、高くても日本の製品に対して高い信頼を置いているそうです。それが中国で生産されたものであっても、日本の技術や管理によって生み出されていれば、信頼できるということです。この傾向は現在も衰えていないということで、中国を顧客とするなら「安さ」ではなく「品質」が望まれます。
品質を維持するためには、生産の現場を日本から失うわけにはいきません。技術革新は常に現場とともにあるからで、それが全て中国になってしまえば、最早日本は工業先進国ではなくなるでしょう。
状況は(経済的観点のみならず)危機的であるのです。
(余談その2、今日本の教育現場では「実験」をしないそうです。子供が危ないからだそうで、親もさせるなと言うらしいです。これで純正・応用の両科学が発展するはずなどありませんね。技術革新を担う人自体がいなくなりそうです。ここだけ私的な考えを言わせていただくと、危険を知らない子供たちを社会に出さないで下さい。社会の大部分で役に立ちませんから)

最後に、講師は東部アジアの発展に遅れることなく(政府は動きが鈍いと言っておられます)、日本の信頼性を武器として存在価値を示すべきだとして、高説を結んでおられました。

受け止め方は様々です。正しい意見というものかどうかは、読み手の皆さんが判断してください。
主題と関係ないですが、講師が2年前のLavieを5台購入して、全て壊れたと聞いて、あまりな事だと思いました。明らかに欠陥品を売ったようなものです。彼らが苦境にあるのは自業自得なのかもしれませんね。




2003/6/1:表面技術総合展(METEC'03)


表題の展覧会が2003/5/22〜5/24にかけて東京流通センターで行われました。
少し時間が経っていますが、簡単にこの様子を触れてみたいと思います。
ちなみに、私が訪れたのは5/24です。

100以上のブースが設営されていましたが、一社で複数使用しているところもあるので100社には満たなかったようですが、それでも多数といえるでしょう。
メッキ関係だけでなく、塗装や蒸着といったところもありました。それでもなお湿式メッキのものが主流を占めていました。
話題の中心は「鉛フリーはんだ」でしょうか。「6価クロムフリー」は当然であるかのようにありました(逆に言うと、6価クロムの製品は一つも紹介されていませんでした)。
謳い文句でしかないのであれですが、現行メッキよりもよいという触れ込みになっている製品が多く、現場の人間としては疑問符が多いところですが、コストは知りませんからね・・・。高いものなら何でもアリかもしれません。

ちょっと個別にいくと、鉛フリーについては方向が定まらないという感じです。
前回の記事で触れましたが、用途によって選ぶ必要があるというところで、オールマイティな代替はできないというのが実情のようです。
いろいろな鉛フリーはんだメッキが紹介されていました。一社が数通りのメッキを用意しているのは上記の理由からでしょう。
ビスマス、亜鉛、銅、銀あたりがポピュラーです。ウィスカーが出ない錫めっきというのもありました。

6価クロムフリーの方は、技術的には及第点に達しつつあるようで、売り込みの主体は「耐食性向上に合金めっきとしてからクロメート」、「カラーが自在」、「6価クロムを超える耐食性」でした。
色は難しいですね。いわゆる有色クロメートの見た目は不可能なので、よりきれいに仕上げるというもので代替としているようです。黒色あたりは問題ないようでした。
普通クロメートはシアン浴でめっきした亜鉛めっきが一番きれいに仕上がりますが、今回見ていると6価クロムフリーのクロメートはあまりシアン浴の優位性を感じませんでした。
うちの会社はシアン浴なので、これまでは十分に恩恵に与ってきましたが、変更は慎重にしないといけないかもしれません。
会社としてはジンケートなどへの変更は考えていないようです。シアンの使用に問題がないので、自分も今はそれでよいかと思っています。

他に革新的なものはないかと思いましたが、そういうものはあまりないようでした。
個人的に関心を持ったものというと、振動撹拌器(エアレーションやプロペラを使わない撹拌装置)、特殊形状のバレル、全自動めっき装置(バレルを使わず、特殊なコンベヤを使用)あたりでしょうか。測定器は凝ったものが多かったですが、直接めっきに関わるというとこのあたりです。

更にメッキと全く関係ありませんが、測定や制御に使うパソコンのメーカーはちょっと興味を持ってみてきました。
プレゼンと言うことでノートPCを持ち込んでいる会社は多かったですが、ノートはDellとIBMが多かったですね。
測定用の大型装置を紹介している辺りではデスクトップを使っていましたが、Dellが主流でした。
セイコーの関連会社(実名は回避しておきます)は自系列のエプソンダイレクトとDellを使っているようなので、測定機器はDellなのでしょう。
Dellは注文に応じてカスタマイズしますしね。

以上は企業関係ですが、他にも紹介記事や情報なども掲載・公開されていました。
自分の領域とは離れている内容なので割愛させていただきますが、いかにも展覧会という感じでした(即現場に持っていくようなことはなかったという意味でもあります)。
講演会も催されていましたが、時間が許さず聴講できませんでした。

以上、私個人が感じた表面技術総合展です。
メッキ会社の一社員ということもあり非常に偏った内容ですが、実際は幅広く網羅されていました。
時間が許すなら一度くらいは行っておいてもいいかと思います。
ただし、すぐに実になることは期待できませんけれど。


2003/5/28:鉛フリーはんだとNi-Pめっきの接合とその信頼性


2003年第二号の「表面技術」は接合めっきを特集しています。
物質の接合ということになると、溶接やゾルダリング(思いっきり簡単にするとはんだ付け)、あまり一般の方が聞かないものではワイヤボンディングなど、多くの技術があります。ちなみに、「接合」は原子・分子間の強い結合によるもので、ファン・デル・ワールス力や水素結合のような弱い力によるものは「接着」と言い分けています。

溶融(一般的には溶融接合→溶接)は固体の母材表面を変化させて接合するもので、母材が一部変化します。
ゾルダリングははんだ付けやろう付けが含まれ、ろう材(もしくははんだ)を仲介に接合します。母材は変化しませんが異物(ろう材など)が入ります。
ワイヤボンディングは直接接合せず、金などのワイヤで両方を繋ぐものです。

めっきと接合で重要なのは、母材の表面がめっきされている場合の物性への影響になるでしょう。
一番ポピュラーな例は、はんだ濡れ性でしょう。
ニッケルめっきや錫系のめっきなどで顧客から要求される品質のひとつがこれです。
物性的には問題ないはずのめっきを選択しているので、はんだ濡れ性の変化は主に仕上がり(表面の清澄度)に依存します。
きれいであればよい、とも限らないわけで、わざと表面に成分を付着させたりすることもあり得るのです。
「表面技術」は学術誌ですから、上に書いたような作業誤差の世界の話はないわけで、めっきが接合面に存在する場合の機能について言及しています。

めっき面における接合では、めっき金属と接合(或いはろう材)金属との金属間化合物の生成・性質が焦点になります。
簡単な例を挙げれば、はんだ付けするときははんだになじむ金属をめっきするということです。例えばNi、Sn、Sn-Pb、Au、Agなどを選択するというような。
ここに今回の特集の意味のようなものが隠されているように思います。
今上げためっきのうち、最も優秀なのはどれでしょうか。
はんだは基本的にSn-Pb合金であり、つまりはんだめっきと最も親和性があります。
ところが、Pbは鉛ですから、環境問題が叫ばれてしまうご時世が手伝ってこれを使うことは避ける方向にあります。
いわゆる「鉛フリーはんだ」とその関連技術を焦点にしているのが今回の特集であるわけです。

はんだめっきが平均的に最も良い(物性の各論ではもっと優れたものもありますが)ことは、今回の記事中からも読み取ることができます。
いかにしてそれをクリアするかという中で、接合の技法という観点から小特集は組まれています。
今回はこの特集から、鉛フリーはんだとNi-Pめっきの接合についての論文を取り上げます。

一般にはんだと言えばSn-Pb共晶はんだを指しているでしょう。広く利用されているのがこれであるため、鉛フリーはんだもこれの代わりになることを目指しているものが多いです。
いくつもの案が出されており、実用化しているものもあるのですが、とりあえず鉛はなくすけれども錫は変わらないようです。
いずれの鉛フリーはんだも錫を成分に含んでいます。これは錫の基本的な性質やこれまでの設備との親和性によるものです。
現在主要な候補としては、Sn-Zn系、Sn-Ag系、Sn-Ag-Cu系があるようです。
Sn-Zn系ははんだの融点がSn-Pbに近いため、扱いやすいという利点がありますが、Znは卑な金属(化学屋の表現ですね。反応性が高いの意味)であるため酸化しやすく、はんだ濡れ性が相手によっては低下します。
他方、Agを含むはんだは融点が高いという欠点があり、現状工程に持ち込めないので工程変更を伴います。

いずれにしても、こうした代替はんだと基質との接合力を高めることは大切なことであり、その性質は重要な点であるということなのは言うまでもないかと思います(剥がれるはんだは役に立ちませんからね)。
で、上記のはんだ群と無電解ニッケル(Ni-P)の間の界面の状態について、今から触れる論文中で説明されています。

まず一般論として、Ni-PとSn系はんだの界面ではP(リン)濃度が高い脆い物質層が形成され、その面から破断が起こると報告されています。この層は無電解ニッケル層とNi-Sn合金層(はんだ中のSnとNi-PのNiが形成する合金層)の間に存在し、生成の原因はメッキ時よりも接合時であることが知られています(メッキ時の表面もリンが若干濃い層ができているらしいですが、今回は無視します)。

そこで実際の界面の様子ですが、Znを含むはんだではNi-Sn層が極めて薄くなっています。同時にP濃縮層は確認できません。
Sn-Ag-Cu系はんだでは、Cuがわずか0.7重量%であるにもかかわらず、Ni-Sn-Cu合金層が(Ni-Snの代わりに)生成していました。
また、P濃縮層はNi-P皮膜中のP濃度に影響を受け、濃度が高いほど厚い濃縮層を形成します。
この濃縮層の厚さは、はんだによって異なり、厚い方から「Sn-Ag」→「Sn-Ag-Cu」→「Sn-Pb」→「Sn-Zn(濃縮層なし)」となりました。
接合面の強度はこの順に厚いほど脆いというデータが出ています(ただし、Sn-Znは濡れが悪いため、強度にバラツキが出てきます)。

これら(記事には更なる実験結果も掲載されています)のことから、P濃縮層は接合面強度を劣化させる要因であるということ、Ni-P中のP濃度はP濃縮層に影響すること、Cuはこの緩和要因であること、Znは更に有効な手段で酸化と濡れ性の欠点を持ちながらも注目するべきであるということを結論としています。

単純に見ればSn-Znはんだが優勢であると受け取れますが、Cu或いはZnの特性を生かしさえすれば他の方法も生み出せそうでもありますし、皮膜自体を低リンにシフトする策も(製品要求次第で)あるでしょう。
基本的にSn-Pbはんだが優秀だということが窺い知れる内容でしたが、同時に「鉛フリー」がすぐそこまで来ている問題だと理解していただけると、今回の記事を載せたい意味があったというものです。
・・・ただ、わが社の社長曰く、「六価クロムフリーにはなるが、鉛フリーにはならない」だそうですが・・・。




2003/5/6:電気めっきにおける水素の発生と内部応力への影響


2003年第一号の「表面技術」はSEM(Scanning Electron Microscopy)とTEM(Transmission Electron Microscopy)の特集でした。
これらは微小なものを観察する手法ですが、めっき技術と直接の関係がない上に難易度が高いです。
なので今回は表題の内容を取り上げます。

水溶液中で電気めっきを行うと、通常は水素の発生を伴います。
発生させないめっきも可能ですが、ある程度の速度を求めると必然的に水素が発生してきます。
電流値が大きくなると、電流全てが金属イオンの析出に使われなくなり、余りが水の電気分解と同じ挙動を示します。
めっきの実作業ではこの水素が発生した状態が通常です。

さて水素が行う悪事ですが、純作業上にも水素爆発の可能性(通常はありえませんが、わざと爆発させることは可能です)というものがありますが、めっきには「水素脆性」が一般的でしょう。金属が水素を吸蔵すると脆くなるという現象です。これは鉄上の亜鉛めっきの工程でよく問題にされます。
今回はこれではなく、水素による内部応力への影響を考えます。

「水素が発生している状態」によって、皮膜は以下のような影響を受けると考えられます。
 ・水酸化物が生成し、皮膜に取り込まれる
 ・皮膜中で水素化物が生成し、後に水素が離脱して欠損を埋める張力(引張応力)を発生する
 ・皮膜に水素が吸蔵され、離脱する過程で結晶にひずみが発生する
ちなみに、内部応力の原因自体は他にもあり、例えば結合時の過剰エネルギーや格子欠陥といった要素もあります。

「表面技術」の解説の順に見ていくと、「水酸化物生成」は不純物のコロイド状水酸化物について述べています。
詳しい数値は全て割愛しますが、ある程度の量が含まれている溶液系(ここではワット浴)で顕著に見られ、ニッケル皮膜中の不純物(ここではクロムについて述べている)が増大するに従って応力も増大しているデータが示されています。
この理由は明らかではないとしていますが、推測として水酸化物の水分子が離脱するためということを挙げています。
実作業的には、不純物の多いめっきはやはり危険という理解が適切です。

「水素化物」については、クロムめっきを例に挙げています。
めっきをしている方は承知している人も多いと思いますが、クロムめっきは応力が非常に大きく、亀裂が発生するのが普通です(注:目視では見えません・・・故に仕上げめっきたりえているわけです)。
クロムめっきは電流効率が極めて悪いため、水素が大量に発生します。
皮膜は水素化物から金属結晶に変化する形で成長するようで、この水素の離脱の際に体積が15%ほども減少するということです。
これでは亀裂が発生するのは当然です。

他方、ニッケルめっきでも水素の吸蔵の影響を受けているというデータが出ています。
これは前出のクロムとは異なり、水素の出入りそのものが影響していると結論付けられています。
このため、クロムではパルス電解を利用して亀裂のない皮膜を生成することが可能です(パルスごとに皮膜は作り直しとなるため、応力が蓄積しない)が、ニッケルでは逆効果になります(水素の出入りが多くなるため)。
これにはPR電解(周期的に電流を反転させる)を用い、共析水素をニッケル皮膜の一部とともに溶解しながらめっきすることで緩和できるというデータが提示されています。

以上から、不純物の低減とPR電解が内部応力の低下のための鍵であるということを理解していただけると思います。
応力抑制剤というものはありますが、特に前者の「不純物の低減」で減少できる場合もあるわけで、適切な管理がいかに大切かを物語ると言って良いでしょう。




2003/4/13:PRTR法について


今回は「表面技術」とは関係ありません。
たまたま私が講習会へ行ってきたから取り上げることにしました。

PRTRとは、"Pollutant Release and Transfer Register"のことで「汚染物質の排出・移動の登録」という意味です。
有害性のある化学物質がどのような経路で移動しているかを明確にするのが狙いです。
このデータは国が集めて公表するものになります。
多少のお金(約千円程度)を払うことで、一般の人もこのデータを入手できます。

まず、知識が希薄な方は「化学物質」という名称で悪いイメージをもたれることでしょう。
実際、科学に精通していない方は、「化学物質」という言葉を「有害物質」の代名詞にして使う傾向があります。
私に言わせれば、工業的に生産すれば「塩化ナトリウム」・・・すなわち塩でも「化学物質」という言葉を当てることになるわけです。
一応、PRTR法では「特定化学物質」という言い方で「有害物質」を抽出しており、これを規制の対象にしています。
「化学物質」という言葉は正しく理解して欲しいと思う人は少なくないはずです。

さてこのPRTR法ですが、現在はお試しモードというところでしょうか、企業側にいくつかの優遇処置が講ぜられています。
まず、零細企業(従業員20人以下)は対象になりません。
年間の取扱量が少ない(物質により量は異なる)企業も対象外です。
ただし、数年後の見直しが予定されていますし、今年からでも取扱量の制限は厳しくなっています。
対象物質はかなり広範で、よほどマイナーでない限りは網羅されていると言えるでしょう。この点ではそれほど問題はないかもしれません(特殊分野についてはどうかわかりませんが・・・)。

この他、この法律がお試しモードと言えるもう一つの特徴(?)があります。それは、環境中への特定化学物質の放出を各事業者(企業)が計算するということです。
基準や計算方法が規定されているわけではないので、全て企業任せ。これはなかなか評価が難しい話です。
業界団体などは、一応算出の資料などを作ったりしています。もちろん強制力は全くありません。
企業は過少に評価することができます。しかし、このデータは公開されてしまうので、いい加減な評価だと大変なことになるでしょう。
かと言って、過大になれば周辺の人たちは黙ってはいません。

一般の方たちは、危険が「全く」ないことを強く望みます。
「ゼロリスク」などと言いますが、現代の世の中でこれを望むのはナンセンスです。けれども、科学の正しい知識がなければ理解も納得もし辛いところでしょう。
(いずれ科学のページでX線を例にして「リスク」の話はしたいと思っています)
この法律が真に目指さなければならないのは、すなわちこの点にあるのだと思います。

・・・危険はゼロではない。でもこのくらいは意味がないほどに小さいから大丈夫・・・(もちろん逆もあり)・・・と、多くの人が理解できるようになることに。


参考リンク:PRTRのホームページ(経済産業省) (ん? URLにrisk0とか入ってる・・・そうなのか?)




2003/2/9:(予備掲載)ハードディスクの保護膜―作成技術、評価技術―


本当は2003年分からの予定でしたが、まだ入手するまでだいぶ間があるので、2002年分の最終から引用して最初の話題を出したいと思います。

ところがこの号は「ナノテクノロジー」が特集されていて、とてもわが社の範疇とは関係がないです。
そこで、今回がさわりということもあるので、「ハードディスクの保護膜―作成技術、評価技術―」を取り上げます。
これもナノテクですが、PCを使う皆さんにも関係があるかもということで・・・。

Prefaceを重点に行きましょう(ナノテクへいっても高度すぎますから、こちらで現状を知ってください)。

その前に基本として、ハードディスクに用いられている表面処理は、蒸着法です。蒸着は、真空(またはそれに近い状態)に蒸着したい元素の原子を気体・プラズマ状態で存在させ、対象表面に析出させるものを指します(非常に簡略に書いています)。
なかなかこのような現象は通常の生活ではありえませんが、似ているものを探すなら、裸火が燃えているところの近くに付く煤(すす)辺りになるでしょうか。無論、蒸着は簡単にふき取れるものを指しません。

ハードディスクの性能は1990年以降、100倍/10年以上というペースで面記録密度が増加しています。
面記録密度はハードディスクで最も重要な性能であり、これはディスクの円周方向の線記録密度(走査する一定長さ当たりの記録密度)とディスク半径方向のトラック密度の積で表されます。わかりにくい人は多いと思うので、書き込める体積が増えたと考えてください。

この面密度を上げるためには、磁気ヘッドと磁性層(記録される部分)の隙間が小さくする必要があります。2002年現在では20nm以下(ナノメートル)にまでなっているそうです。磁性層は保護膜によって守られるのですが、これは隙間に相当するため、これを小さくしつつ、保護機能も維持しなくてはなりません。

保護膜は数十原子層の炭素保護膜と、数分子程度の潤滑膜で成り立っています。
その下にコバルト系合金の磁性層があります。これらは蒸着と関連する技術で形成されます。

ここまできてお判りと思いますが、ハードディスクの性能向上の重要な位置を占めるのは、保護膜の性能向上(とそれに伴う薄膜化)になります。
炭素単体では不十分であるため、水素や窒素を添加して性能を向上しています。
この技術の話題が、本論になります。いちいち説明できませんので、判る方のみどうぞ(ナノテクの世界なんてこんなものですから・・・短くいきます)。

本論文では、プラズマCVD(科学的気相蒸着)によって水素を添加する方法の性質に触れています。
この方法は、炭素−水素結合がsp3混成軌道によって成立し、結合が強固になるそうです。
メタン(sp3)とエチレン(sp2)とアセチレン(sp)の化学的性質を考えると、この意味が判るのではないかと思います。
また、性質の評価についても述べているのですが、細かすぎるので割愛します。

おわりに、この技術(すなわち、ハードディスク)の将来について書かれています。
現在は面記録密度は20Gb/in2以上になっているようです(単位はギガビット毎平方インチ)。
これを100Gb/in2にするとき、保護膜は2.5nm以下にする必要があります。
この方向への展望について、論文中ではいくつかの専門技術を挙げていますが、これは割愛させていただきます(ほとんどわかる人がいそうにないので)。

この論文を見て、技術の進展に目を見張らざるを得ません。
3年前(私がデスクトップを買ったとき)、ハードディスクは15〜30GB辺りが主流でした。
現在、60〜120GBというところでしょうか。200GBも普通になってきているように思います。
ざっと4倍という感じ。論文の言わんとすることがわかるところです。
そしてまた数倍の進展が望めると言っているわけですから、高性能化は進みそうです。

最初の掲載分になりますが、メッキとは無関係になってしまいました。
表面処理技術ということでこういうこともありますが、何か話題を提供したいと思います。
今回はむしろ、メッキから離れたおかげで、話しやすい題材を取り上げられたわけですが。



「表面技術」を知らない方たちへ・・・(ほとんどの方ですね)


「表面技術」は、社団法人「表面技術協会」が発行している雑誌で、学術誌であるため、一般の方の目にはまず触れません。
大学時代を経験されているなら、どういったものかお解りかと思います。
この雑誌は「研究論文」の部分と「小特集」の部分があります。
ここではいずれでも、私の実際の仕事に関係があるものについて、取り上げるつもりです。

間違いはきっちり指摘していただけるとありがたいです。


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