4日後の午後、仕事を終えたデュオはヒイロの部屋へやってきた。
「アイツ等うまくやってたのかなぁ…」
一抹の不安を覚えながらも、ヒイロの部屋のインターホンを鳴らす。
程なくドアが開き招き入れられたデュオは、予想外な光景に暫し立ち尽くす。
「どうした?入らないのか?」
いつも通りのヒイロの声。だがその胸には茶猫がしっかりと抱かれていた。
しかも、茶猫は甘えるように喉をゴロゴロと鳴らしている。
「…たった4日間なのに、えらく懐かれたもんだなぁ〜…」
半ば唖然としてデュオが呟いた。
「あぁ。親と間違えているのかも知れないな」
そういうヒイロの表情は、心なしか和らいで見えた。
――へぇ〜、コイツがこんな顔をするなんてな。予想外にいい方向へ転がったみたいだな♪
そんなことを思いながら、ヒイロの部屋へ上がりこむデュオであった。


リビングに入ると、ソファの上にちょこんと座ってこちらを見ているチビと目が合った。
するとチビはトッと飛び降り、デュオの足元までやって来ると喉をグルグル鳴らしながら脚に擦り付いてきた。
「お!チビ、ただいま♪いい子にしてたか?」
チビを抱き上げながら話しかけると「にぃ〜」と鳴いて返事をした。
その様子を見ていたヒイロが呟く。
「やはりソイツはお前でないと駄目なようだな」
「え?もしかして、またコイツ飯食わなかったのか?」
驚いたデュオが尋ねる。
「否、餌は食べていたから心配ない。だが、俺には全く寄って来なかったからな。ソイツにとって安らげるのはお前だけなのだろうな」
ヒイロのその言葉に、デュオは驚きながらも嬉しそうに笑った。そしてチビと向かい合い、ニッコリ微笑みかけながら言った。
「あ!そうだ。お前の新しい名前考えてきたんだぜ!今日からお前の名前は『デス』だ!よろしくな、デス♪」
「にぃ〜!」
嘗ての相棒の名前を貰った子猫は『了解』とでも言うかのように返事をした。



その後、二人はそれぞれ猫を膝に乗せたまま、コーヒーを飲んでいた。
今まで想像もしなかった状況に、デュオはやや戸惑いながらも心地よさを感じていた。
それはヒイロも同じだったようで、穏やかなひとときが流れていた。
ヒイロに留守中の話を聞いてみると、茶猫はすぐにヒイロに懐いたが、デスは餌は食べるものの寄り付くことはなく、大抵はソファの上で寝ていたらしい。
初めは茶猫の扱いに戸惑ったヒイロだったが、すぐに要領を得、今ではかなり良好な関係を築いているようだ。
そんな様子を見て、デュオが訊く。
「なぁヒイロ、ソイツ、飼ってくれねぇか?」
「…お前が飼い主を見つけてくるんじゃなかったのか?」
「あぁ、そのつもりだったけど、どうもソイツもお前じゃないと駄目そうな気がしてきたんだよ。お前等、かなり気が合ってるみたいだしなv」
「だが、俺も家を空ける時がある。動物を飼う訳には・・・」
「じゃあ、その時は俺が何とかするさ!預けあったりして何とかなるんじゃないか?」
「・・・・・・」


ヒイロは暫く考え込んでいたが、考えが纏まったらしく口を開いた。
「どうも俺が預かる事の方が多くなるような気もするが、いいだろう。コイツは俺が飼う」
「サンキュ!ヒイロ♪んじゃ、名前決めなきゃな。いつまでも名無しじゃ可哀想だしな」
「3ヶ月も適当な名で呼んでいた奴に言われたくないな」
そう言って、フッとヒイロが微笑った。
――うわぁ!微笑ったぜ、あのヒイロが!!本当に随分と変わったんだな。いい事だぜ♪
デュオはヒイロの微笑に思わず見惚れつつも、そんな事を考えていた。
だから茶猫に向けたヒイロの言葉に反応が遅れた。
「お前の名前は『ディー』だ。よろしくな、ディー」
「……は??」
「コイツの名前は『ディー』。拾い主の名前から貰った。異論はないな?」
ニヤリと笑うヒイロにデュオは口をパクパクさせていたが、結局反論は出来なかった。



************



「じゃ、そろそろ俺達はお暇するぜ」
そう言ってデュオはデスをキャリーに入れる。
するとディーが走り寄ってきて、デュオの手に噛み付いた。
「!?…痛ぇ〜!!」
デュオが叫んでもディーは噛み付いたままで離そうとしなかった。
子猫の牙は小さいが、その分細く突き刺さる。
デュオは痛みに耐えながらもゆっくりとディーの牙を外そうとするが、片手ではうまく外せない。
見かねたヒイロがディーの体を持ち、引き離した。

「ディー!」
ヒイロがキツイ口調で叱るとディーは耳を後ろに倒して「みゅ〜」と小さく鳴いた。
「なぁ、もしかしてデスと離れたくなかったのか?」
「ふみぃ〜…」と小さな声で鳴くディー。
「不思議なもんだな。初日にはあんなに怯えていたのに、別れるのが寂しいなんてな」
デュオはそう言いながら傷口を舐めようとする。
ヒイロはそれをデュオの額を押さえる事で阻止し、その手を取り、洗面所へ連れて行きながら言った。
「噛まれた傷を舐めようとするな。傷口を洗い流して消毒をしろ!」
「平気だって。大した事ないんだし…」
だが、デュオの言葉はヒイロの一睨みによって掻き消された。


「仲間意識が芽生えたんだろうな。コイツは人懐っこいからな」
デュオの手当てをしながらヒイロが言う。
「でもデスの方はなんともないみたいだけどな…」
そう言ってから、デュオは既視感を憶えた。
――あぁ、何だか昔の俺達みたいだな。
そんなことを考えていた時、ふとヒイロが呟いた。
「まるで昔のお前と俺だな……」
「?!!」
自分の考えと同じ言葉を聴いたデュオは、驚きとともに自分が赤面している事に気づいた。
思わずヒイロから見えないように顔を背け、立ち上がるとデスのキャリーを持ち、
「じ、じゃ、ヒイロ。世話かけたな。またな!」
と言ってヒイロに背を向けたまま手を振り、慌しく帰って行った。


デュオが出て行った後、ヒイロは彼の後姿を思い出していた。
――耳が赤かったな…どうやら同じ事を考えていたようだな…
そんな事を考えていると、ディーが擦り寄ってきた。
「アイツもお前くらい素直だといいんだがな」
そう言いながら、ヒイロはディーを抱き上げた。
ディーに向けられた表情は至極柔らかなものだった。


「あ〜驚いた!まさか同じ事を考えてるなんて思いもしなかったぜ」
帰り道、ブツブツと独りごちるデュオの顔はまだ赤かった。
「たった2年であんなに変わるもんかねぇ〜…ったく、調子狂うぜ!…あれもお嬢さんの影響なのかね?…」
自分の発した言葉に僅かに胸が痛んだが、それを無視して家路を急ぐデュオであった。




<1>へ戻る




翠月りん様からイチニSS第五弾をいただきました。
ありがとうございました。