穏やかな昼下がり、ヒイロはリビングで本を読んでいた。
デスとディーはいつもの定位置で寄り添うように昼寝をしている。
ところが、デスが突然起き上がり、玄関へと出て行った。
それに気付いたヒイロとディーが後を追ってみると、ドアに向かってちょこんと座っているデスの姿があった。
「?」と思った次の瞬間、見知った気配を感じ、ヒイロはデスの行動の理由を理解した。

その気配がドアの前で止まったのを感じ、ヒイロはインターフォンが鳴らされる前にドアを開けた。
「うわっ!」という驚きの声と共に現れた姿に、ヒイロは微かに安堵の表情を浮かべる。
「びっくりするじゃねぇか!いきなり開けるなよ〜」
「気配は感じていただろう?そんなに驚く事か」
やや呆れながらヒイロが言うと、デュオも負けじと言い返す。
「分かってても急にドアが開けば驚くだろ?普通はさ」
――特にお前がそんなことするなんて思いもしねぇよ!
デュオがブツブツと呟いているとヒイロが招き入れる。
「早く入れ。お待ちかねだぞ?」
「え?誰か居るのか??」
そう言いながら玄関に入ると、デュオの愛猫が置物よろしく出迎えていた。

「んにゃ〜」
デスは一声鳴くと、いつもの如くデュオの足に纏わり付く。それを抱き上げながらデュオは嬉しそうに話しかける。
「よっ!出向かえサンキュ♪いい子にしてたか?」
「にゃ」
「そうかそうか。しっかしお前、置物かと思ったぜ?」
微笑みかけながらそう言い、デスの鼻先に軽くキスをする。
それに対し、デスもデュオの唇をぺロッと舐めて返した。
そんな二人(?)の様子を見ていたディーは、ツッと顔を背けヒイロへ擦り寄り、「抱き上げてv」と瞳で強請る。
ディーの気持ちを察したヒイロは彼女を抱き上げ、一足先に中へと戻って行った。

「迎えが遅くなっちまって悪かったな」
通されたリビングでコーヒーカップを口に運びながらデュオが謝意を伝えた。
「否、カトルから連絡を貰っていたからな。気にすることはない。それより、ゆっくり出来たのか?」
そう問うてくるヒイロの瞳は心持ち優しげで、デュオはなんとなく落ち着かない。
それと同時にカトルから言われた事を思い出して、更に落ち着かなくなってしまい、
「あぁ、まぁな……」
と答えるに留まった。
そんな彼の態度をやや不審に思いながらも、ヒイロが訊く。
「次にデスを預かるのは何時だ?」
「ん?今の予定だと年内はないな。突発があれば変わってくるけど……どうかしたか?」

やや間があってヒイロが口を開いた。
「近い内に引っ越そうかと思っている。まだ具体的には決めていないが…」
「急な話だな。何かあったのか?」
「…ディーも大きくなって此処では手狭になってきたからな。戸建に越すつもりだ」
「あ〜確かになぁ〜…デスも預かってもらうとやっぱ狭くなるか」
う〜ん…と考え込むデュオに気付かれぬように、ヒイロは小さな溜息を吐いた。
「年内に越すのか?新年早々じゃ慌しいだろうしな〜…いい物件が見つかるといいな」
「…あぁ」
そう答えたヒイロは、それっきり暫く考え込んでしまった。

――どうしたんだ?ヒイロの奴…
デュオが訝しんでいると、ふいにヒイロが顔を上げて、告げる。
「一緒に住まないか?デュオ」
思わぬ台詞にデュオは飲みかけていたコーヒーを危うく噴出しそうになり、それを懸命に堪えた。
が、その反動で噎せ返り、暫し反応が出来なかった。
「…大丈夫か?」
心配そうに様子を伺うヒイロに、少し落ち着いたデュオが涙目になりながら答える。
「な、なんなんだよ?いきなり!冗談も程々にしろよ?あ〜死ぬかと思ったぜ…」
「冗談などではない。俺は真剣だ。……嫌、か?」
真摯な表情で問うヒイロに、デュオは固まってしまう。
数秒後、我に返った彼は苦笑しながら言った。
「ヒイロ、俺はノラ猫と同じだ。今回の仕事の後にカトルにも言われたけど、一所に落ち着くのは性に合わねぇんだよ」
その言葉に、ピクッとヒイロが反応する。
「カトルに何を言われたんだ?」
「このままウィナー家に残って仕事をしてくれってさ。でも俺は今のスタイルが一番なんだって断ったけどな」
その言葉にホッとしつつも、ヒイロはどうしたものかと思案する。

そして、とうとう先日自覚したばかりの自分の想いを口にした。
「今回の件で俺は気が付いた。知らぬ間に、俺の中でお前の存在がとても大きなモノになっていた事にな。…デュオ、俺にはお前が必要なんだ」
意外なヒイロの告白にデュオは目を瞠る。やがてフッと笑い、からかうように言った。
「ヒイロ、知っての通り俺は男だ。だからお前に家族を作ってやることも出来ないんだぜ?それでもいいってのか?」
ヒイロは即座に言葉を返した。
「あぁ。俺が共に生きたいと思うのは『デュオ・マックスウェル』、お前唯一人だ。それに家族は既に貰っている」
そう言って、足元で様子を伺っている2匹を見遣るヒイロ。その眼差しは穏やかで…
「こいつ等もお前に拾われなければとうに死んでいただろう。だが、今では俺の大切な家族だ。お前が助けた命を愛しいと思う自分が居る。そうやって少しずつ俺の中に入ってきて俺を変えたのはお前だ」

ヒイロを変えたのは自分?!
デュオは驚愕の表情でヒイロを見る。
「お前がノラだと言うなら、俺も同じだ。だが、ノラ同士でも共に在ることは可能だろう?」
「ヒイロ……」
「それにこの2匹を離れ離れにしておくのも、そろそろ酷になってきたしな。一緒に住むのならこいつ等も落ち着くだろう」
――俺達を幸福にするのはいつもお前なんだ。
ヒイロはデュオの想像を遥かに超えた感情を真っ直ぐに伝えてくる。
告白の内容をすぐには理解出来なかったデュオは、目を閉じ、頭と気持ちを整理する。

やがて目を開けたデュオが落ち着いた口調で伝えた。
「ヒイロ、どうあってもお前が俺の『全て』になる事はない。でもな、お前は俺の中の『一番』の存在なんだ。そのお前が『HOME(帰る場所)』になるのなら、俺はノラ廃業だな」
「デュオ!」
ヒイロの嬉しそうな声と表情に、デュオは再び苦笑する。
「だがすぐに今の生活を変える事は出来ねぇ。仕事もあるしな。それでもよければって事になるんだけど、いいか?」
「あぁ、構わない。俺達の居る場所がお前の『帰る場所』になるのなら、それでいい」
「全く…お前にゃ勝てねぇな。じゃあ、暫くは通い猫って事で。よろしくな!」
そう言ってウインクするデュオに、ヒイロは優しい眼差しで彼の瞳を見つめ、
「了解した」
と短く答えた。
色調の異なる蒼が互いを映す。自然、互いの顔が近づいていく。

互いに目を閉じ吐息が触れ合う距離まで近づいた時、ヒイロは右足に痛みを感じ、思わず目を開け痛みの原因を探る。
すると、デスがヒイロを睨みながらしっかりと噛み付いていた。その後ろではディーがジ〜ッと見上げている。
気配が離れた事を感じ、デュオも目を開け、その事態に釘付けになる。
「…ぶっ!……ぶわっはっはっは!!」
さっきまでのいい雰囲気は何処へやら。色気もへったくれもないデュオの笑い声に不機嫌そうに眉を顰め、ヒイロはデスを引き剥がしにかかる。
首の後ろを掴まれ、デスは大人しく引き剥がされデュオに渡された。
「デ、デス〜?もしかして妬いたのか?」
笑いすぎて目尻に涙を溜めたまま、デュオが訊く。
「んにゃ!」
短く返事をし、デュオの目尻の涙を舐め取り、ギッとヒイロを睨むデス。
その様子にデュオは再び笑い始め、ヒイロは憮然とし、ディーは素知らぬ顔でヒイロの膝へ飛び乗った。
「ヒ、ヒイロ。この息子は手強いぜ?頑張ってくれよな!」
未だに笑いながら他人事のように言うデュオに、ヒイロは益々眉を顰める。
そんなヒイロにデュオは素早く顔を寄せ、その頬に軽く接吻した。
滅多に見られないヒイロの驚いた顔と、憮然としたデスに再び笑い転げるデュオであった。



******



その後、オフの時はヒイロの家で過ごし、また宇宙へと上がっていくのがデュオの新しいスタイルとなった。
ヒイロのライフスタイルは殆ど変わらない。だが、次の春には小さな命の世話をする彼の姿が見られるかもしれない。


猫たちの共同生活は、今日も賑やかに穏やかに過ぎていく。




end



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翠月りん様からいただいた「NORA」、完結です。
ありがとうございました!!