身分違いの恋
※この話はイチニではございません。
ヨンニ(カトルxデュオ)です。
ご注意下さいませ。
カトルとは生まれた環境も育ってきた環境も全くと言っていいほど違っていて、出会えたことすら奇跡と呼んでもいいかもしれない。
常々デュオはそう思っていた。
ガンダムに乗って同じ目的で戦ってきたということ以外は何の共通点も接点もなく、時代が時代ならば言葉を交わすことも許されないくらいの身分の差があるのではないだろうか。
なにしろカトルはL4の代表といってもいいくらいの名門ウィナー家の御曹司で、あのリリーナ・ドーリアンと肩を並べられるくらいの家柄を誇っている。
それに対して自分は名もない小さな孤児院出身の元浮浪児で、家柄どころか家すらないような超貧民。
比べること自体が間違いだ。
カトルと自分の立場の違いを考えていると、ふと小さい頃に読んだ絵本のタイトルが頭をよぎる。
その本のタイトルとは『王子と乞食』。
別に自分は他人からの施しだけで生きている訳ではないので決して乞食ではないが、身分の違いを例えるには何だか笑えるくらいにぴったりくるような気がした。
世が世なら、カトルは口をきくことすら許されないような雲の上の人物だろう。
だが、オペレーション・メテオという運命の悪戯の下、そんなカトルとしばらく行動を共にする事となったデュオは、カトルに対して湧きあがる好奇心を抑えきれないでいた。
そんな中、厳しい戦況は身分の違いに関係なく否応無しに降りかかってくる。
次第に疲労が溜まっていく心と身体。
同じ状況下に置かれた者同士、癒しを求めてしまうのは仕方の無い事だろう。
王子様と傷を舐めあう機会なんて、こんな戦争中でもなければ一生ないかもしれない。
ためしに王子様のオモチャになってみるというのも悪くないと思ったデュオは、カトルと潜伏している時、好奇心からカトルを誘った。
男が男を抱くなんて、その気がない者にとっては汚らわしい行為以外の何物でもない。
もしかしたらカトルに軽蔑されるかもしれないとデュオは思っていたのだが、思いの他カトルはすんなりとその誘いにのってきた。
平和な時代ならば何の興味も無い行為なのだろうが、戦争という荒んだ状況に置かれていては、そんな行為でも一時の気休めくらいにはなるのかもしれない。
カトルが誘いに乗ってきた事に少々驚きながらも、デュオはカトルと幾度となく肌を重ねるような仲になった。
肌を重ねるようにはなったけれど、デュオはカトルに対して特別な感情は持っていない。
持っていないつもりだった。
その後、戦争が終わり数年たち、確実に平和な世の中へと変貌をとげようとしている。
しかし、水面下では戦争の火種が幾つもくすぶっていて、平和を望まない不穏な輩が虎視眈々と戦争のきっかけを狙っていた。
終戦を迎えたとは言え、戦後の混乱はまだまだ残っている。
地球とコロニー間の橋渡し的な役割を担っているリリーナやカトルをはじめとするコロニーの代表者達は休む間もないのではないかと思えるくらいの多忙な日々を過ごしていた。
カトルと自分とはもともと歩んでゆく道が違うのだから、てっきり戦争が終わったら、カトルとはもう顔を合わす機会すらなくなってしまうだろうとデュオは思っていた。
けれども戦争が終わった今も、デュオはカトルの側にいて、ウィナー家のデータペースに携わる仕事をしたり、時にはカトルの身辺警護をしたりしている。
それはカトルが強く希望したからだった。
そして、戦争が終わってからもデュオとカトルの身体の関係は続いている。
身体を重ねるのはもう何度目になるだろうか…。
カトルが多忙の為、その回数は戦争中と比べるとめっきり減ってしまったけれど。
カトルはデュオを側に置いておく事を望んだだけでなく、その忙しい合間を縫ってまで、デュオと過ごす時間を作っているようだった。
どうしてカトルは貴重な時間を費やしてまで自分に執着するのだろうか。
デュオは不思議に思っていた。
カトルはよっぽど自分の身体を気に入ったのだろうか…。
けれどもこの曖昧な関係は、本当に平和な世の中になったなら、きっと終わりを告げる。
…いっそこのままずっと戦後の混乱が続けばいいのに…。
つい思ってしまうそんな不穏な考えを、デュオはいつもかみ殺していた。
激しく動いても軋む音一つ上げないベッドの上。
まるで壊れ物を扱うかのような仕草でカトルの手指がデュオの肌の上を滑っていく。
「…ん、あぁ…」
カトルに触れられるたびにデュオの身体は熱くなり、乱れた息に堪えきれない甘い声が混じりはじめる。
なぜカトルは自分を抱くのだろう。
カトルが望みさえすれば、世界中のどんなイイ女でもモノに出来るというのに、何を好き好んでこんな丸みも柔らかさもない自分の身体に執着するのだろうか。
デュオはカトルに抱かれるたびにそう思っていた。
もしカトルが同性にしか興味を示さない性癖を持っているのだとしても、何も自分じゃなくても、もっとカトルにふさわしい育ちも家柄も良い相手が五万といるだろうに。
カトルからの愛撫を受け、朦朧とした意識の中でデュオはそんなことを考えていた。
「デュオ、愛してる…」
行為の最中に何度もカトルから囁かれる言葉。
カトルは決して嘘を言っている訳ではないのだろうが、今にきっとこの言葉は嘘になる。
ただの気晴らしと性的欲求の解消の為のこの行為を、カトルは愛情表現と履き違えているだけで、何か勘違いをしているだけなのだ。
身体を傷つけることのないように、慎重にカトルの熱がデュオの秘穴の最奥に入り込んでくる。
肌が毛羽立つような感覚に、デュオは息を詰めた。
…こんなに優しくしないで欲しい…。
いっそのこと無機質なモノを扱うかのように滅茶苦茶に扱ってくれたほうがいい。
自分はただの玩具でしかないというのに、優しくされると自分まで勘違いしてしまいそうだから。
デュオはカトルのことを愛していた。
いつ頃からカトルに対するこの感情が芽生えたかはわからないが、もしかしたら出会った頃から好きになっていたのかもしれない。
しかし、この想いをカトルに伝えるわけにはいかなかった。
なにしろカトルと自分とでは身分違いもいいところで、全くふさわしくない相手からの想いなど、打ち明けたところで迷惑以外のなにものにもならないだろう。
デュオはカトルの重荷にだけはなりたくないと思っていた。
身体を重ねていると、カトルに愛されているんじゃないかと錯覚してしまうこともあったけど、そう思ってしまうと、押し殺しているカトルへの想いが表に出てしまいそうになってしまう。
…もしかしたらカトルは自分の想いを受け入れてくれるかもしれない…。
そんな都合のいい妄想を抱いてしまうときもあった。
だが、たとえその妄想が万が一現実となったとしても、カトルは自分なんかの元に留まっているべき人物ではない。
カトルには、コロニーと地球との平和の橋渡しという、重大な役割を担わなくてはならないのだから。
カトルが本当にふさわしい相手に出会ったとき、今はただ自分とのこの行為に溺れているだけだということに気付き、きっと近い将来自分の元から離れて行く事になるだろう。
もしカトルが離れて行っても平気でいられるように、カトルとは感情の伴わない身体だけの関係なのだと、デュオはいつも自分に言い聞かせていた。
でもそう思う反面、もしかしたらカトルは本当に自分のことを愛してくれているのではないだろうかという淡い期待をデュオは捨てきれないでいる。
デュオはカトルとの関係に自ら一線を引きながら、カトルの元から離れることが出来ずにいる。
それはひどく曖昧な状態だった。
たとえ弄ばれて捨てられる結果となっても、将来カトルが幸せになってくれるならばそうなっても別に構わない。
「デュオ…、好きだよ、愛してる…」
真実じゃないとわかっていても、耳元で囁かれるカトルからの愛の言葉は心地よい。
次第にカトルの動きが激しさを増してきて、デュオは快感の波に襲われて何も考えられなくなってしまう。
そう、何も考えられなくなるくらいもっともっと感じさせて欲しい。
近い将来におこるであろう悲しいことも苦しいことも、何も考えることが出来なくなれば、ただ身体を重ねるだけのこの行為も幸せに思えるから。
もしカトルにふさわしい相手があらわれて別れることになっても、絶対に取り乱したりしてカトルを困らせたりしないから、肌を合わせているこのときだけはほんの少しだけこの幸せな幻を追ってもいいだろうか…。
デュオは朦朧とした意識の中で、かりそめの幸せをかみ締めるようにカトルの身体を掻き抱いた。
「デュオ、明日のパーティーに、僕と一緒に出席してくれませんか?」
突然カトルがそんなことを言い出した。
明日、リリーナ・ドーリアン外務次官をはじめ地球の権力者やコロニーの代表者や達が出席する、地球とコロニー間の親睦を深めるという目的の大きなパーティーが開催される。
もちろんカトルも主要な招待客の一人で、デュオは会場でのカトルの身辺警護をする予定となっていた。
そんな中カトルがあらためて『一緒に出席して欲しい』と言い出したのは、『警護としてではなく、パートナーとして一緒にパーティーに出て欲しい』という意味にもとれる。
デュオはほんのちょっとだけ、怪訝そうに眉を顰めた。
カトルがいったいどんなつもりでそんなことを言い出したのかはわからないが、明日のパーティーはお偉い方も沢山集まるかなり大規模なパーティーだ。
そんな上流階級の人間ばかり集まるパーティーに、自分がカトルのパートナーとして出席するなんて場違いにも程がある。
警護という仕事として参加するのではなく、客として気楽に参加すればいいと、カトルは自分のことを気遣ってそう言ってくれたのだろう。
だが、デュオはわざとカトルの言葉の意味を違えて解釈した答えを返した。
「モチロン、お前の側を離れることなく命を掛けてお守りするぜ、王子様♪」
「デュオ、そうじゃなくって…」
「…明日のパーティーはリリーナお嬢さんやコロニーの代表者たちが大勢集まるんだ。平和を望まない不穏な輩がきっとお前らを狙ってくるに違いない。地球とコロニーの平和の橋渡し役であるお前らを失う訳にはいかないからな。明日はマグアナック隊の連中も警護についてくれるんだろ?ラシードのおっさん達がいてくれるんなら安心だけど、念には念をいれて警護にあたらなくちゃな。オレは絶対にお前を守るから、安心してくれよ。」
デュオは少しおどけたようにウインクしてみせる。
カトルは少し哀しそうな顔をしたけれど、何も言わずにただ小さく頷いた。
冗談ぽくおどけて見せたものの、命を掛けてカトルを守ると言ったのはデュオの本心だった。
これからの平和な世の中に、カトルは必要な人間だ。
何の価値もない自分の命と引き換えにカトルを守れるのならば安いものだろう。
たとえ自分の命を投げ打ってでもカトルの事を守る。
デュオは心の中で改めて誓いを立てた。
パーティー当日。
お偉いさんが沢山集まった大規模なこのパーティーは和やかに進行していっている。
パーティー会場の中も外も、たくさんの警備員が配置されていて、今のところ万全だ。
だが、デュオは妙な胸騒ぎがしてならなかった。
もし、自分が平和を望まない人物だとしたら、戦争を起こすための足掛かりとなるアクションを起こすのに、地球とコロニーの親睦を深める為のこのパーティーをかっこうの標的にするだろう。
そして、もし、自分がこのパーティーを襲撃するとしたらどうする?
デュオは自分がテロリストになったと想定して思考をめぐらせた。
会場に爆弾を仕掛けて爆破するのが一番手っ取り早いが、これだけ警備が厳重だと大掛かりな爆弾を仕掛けることはかなり難しく、もし仕掛けることができたとしてもすぐに見付けられて処理されてしまうだろう。
爆発物を仕掛けるというのは、リスクが高い割に成功率が低いので自分ならこの方法は選ばない。
なら、同じリスクを負って高い確率で平和的指導者を消すにはどうすればいいだろうか。
誰か一人を標的に絞り、工作員か近づいてその標的となった人物の息の根をとめる、というのがデュオが導き出した一番確実な方法だった。
護る側にとってもこの方法で狙われるのが一番やっかいかもしれない。
パーティー客に上手く紛れ込まれてしまえば、標的を狙うアクションを起こした時点にならないと気付かない場合も多い。
では、狙うとしたら誰を狙うだろうか。
老い先の短い老人よりも、現在も今後も精力的に平和へと働きかけるだろう若い代表者を狙うのが効果的だろう。
このパーティー会場にいる若い代表者となると、かなり限られてくる。
リリーナか、カトルか…。
狙う側の立場で考えたなら、カトルを狙う。
若いカトルが暗殺されたら、他の年寄りの代表者や女性であるリリーナにもかなりの精神的ダメージを与えられるという相乗効果も期待できるかもしれないからだ。
自分の導き出した考えながら、デュオは背筋が寒くなるのを覚えた。
自分と同じように考えている輩が本当にカトルを狙っているような気がしてしまう。
何もおこらなければいいのだが…。
デュオは祈るように会場を見回した。
「デュオ、どうしたの?大丈夫?」
そんな不穏な考え事をしていたせいか、ついついしかめっ面をしていたらしい。
心配そうにカトルに声を掛けられ、デュオは慌てて笑顔を取り繕う。
「おい、カトル。オレのことなんか気にしてねえで、もっとパーティーを楽しめよ。どっかの良家のお嬢さんとお知り合いになれるチャンスがあるかもしれないんだぜ? いい子がいないか捜してみろよ。」
デュオはからかうようにカトルにそう言った。
その言葉の半分は冗談で、半分は本気だった。
このパーティーに出席している綺麗に着飾っている人達は皆、家柄も良くて金持ちで品のある連中ばかりだ。
自分なんかよりもよっぽどカトルにふさわしい相手がいるだろう。
煌びやかな衣装を当たり前のように着こなしている人々を見ていると、カトルやこのパーティーに出席している人間と自分とでは全く住む世界が違うのだと思い知らされるようで、借り物のスーツとネクタイが窮屈に思えてきた。
警護とはいえこのパーティー会場にいること自体がいたたまれなくなってしまう。
そんなデュオの言葉に、カトルはまた少し哀しそうな顔をした。
最近カトルはよくこんな哀しそうな表情を見せる。
…オレのせいなのだろうか。
デュオの胸がチクリと痛んだ。
別にデュオはカトルを哀しませようとしているつもりはまったくなかった。
デュオはいつだってカトルの幸せを願っているのに。
カトルの哀しそうな顔を見ていたらなんだか無性に悲しくなってきて、デュオは泣き出したい気分になってしまう。
けれども今はそれどころではない。
いつ何時カトルに魔の手が忍び寄るのかわからないのだ。
デュオは無理やり気持ちを切り替えると仕事の顔に戻り、辺りに気を配った。
カトルもまた、ウィナー家の当主の顔となり、パーティーの歓談の輪へと入って行く。
デュオは少し離れた場所からカトルの姿を見守っていた。
ブルーグレーの上品なタキシードをさっそうと着こなしているカトルの姿はとても眩しくて、歳が三倍ほど離れていそうな老紳士とも全く臆することもなく挨拶を交わしている姿は頼もしさに満ちている。
優雅で気品に溢れているカトルの何気ない立ち振る舞いに、デュオはほんの暫く任務を忘れて見惚れてしまった。
…どうしてカトルはオレなんかを相手にするんだろう…。
あらためてカトルとは住む世界が違っているのだということを実感してしまったデュオの頭の中に、いつも思っていた疑問がグルグルと渦巻き出す。
あのカトルの微笑を独り占めにできたらどんなに幸せだろうか。
けれどもそんなことは自分のエゴ以外のなにものでもないだろう。
だが、玉砕覚悟でこの想いをカトルに告げてみようか…。
いつも心に溜め込んでいた迷いが一気に頭の中いっぱいになってしまった。
カトルは優しいから、何度も身体を重ねてきた相手の想いなら、一時の気の迷いで受け入れてくれるかもしれない。
でも、一度自分の感情を表に出してしまったら、もう後戻りはできなくなってしまう。
身体だけの関係ならすぐに清算できる自信があるが、感情が伴ってしまうと、カトルから離れられなくなってしまうかもしれない…。
デュオは頭を振って、気の迷いを必死で振り払った。
カトルの重荷にだけはなりたくない。
だからいつカトルに必要とされなくなっても平気でいられるように、この感情を押し殺しておかなくてはならないのだ。
カトルと知り合えただけでも稀に見る幸運だったのだから、これ以上を望むのは身分不相応以外の何ものでもないのだから。
何事もないまま、パーティーは終盤を迎えようとしていた。
このまま無事終わって欲しいと願っていた矢先、デュオは微かだが不穏な動きを見せる男がカトルに近づいてくるのに気が付いた。
その男は仕立ての良いタキシードに身を包んでいて、一見するとただのパーティーの客としか思えない。
だが、その男の纏っている雰囲気が一般の人間のものとはあきらかに違っているのである。
他の警護にあたっている者達はなにも気付いていないようだが、そこらへんのベテランSPなんかよりもよっぽど場数を踏んでいるデュオにはわかった。
今カトルに近づいてくる男は危険だ!
自分の勘が外れて欲しいとデュオは思ったのだが、どうやらその勘は的中してしまったらしい。
さり気なさを装って近づいて来た男が素早くタキシードの懐に手を忍ばせた。
会場に入る際、厳重なボディチェックが行われていて、銃などの武器の類は限られた者だけしか所持がゆるされていない。しかし、その道のプロならばチェックをかいくぐって銃器を持ち込むことも可能だろう。
「カトルッ!気をつけろ!」
デュオは叫んだ。
その言葉にカトルはすぐ反応を示し、近くにいるその危険な男の存在に気付いたようだ。
近くにいた他の警護の者達もその男の存在に気付き、一斉に取り押さえようと飛び掛かる。
普通ならば、標的にしている人物や警護の者に気付かれてしまった時点でその任務は失敗と言ってもいいくらいなのだが、その男はまわりに気付かれたことがわかっても、逃げようともせずに懐から取り出した小型の銃をカトルに向けた。
「クソッ!」
その男の大胆不敵な行動に、デュオは舌打ちをする。
自分の保身を考えずに捨て身で行動するクレイジーな奴ほどやっかいなのだ。
男の取り出した銃はピタリとカトルの方に向けられている。
周りの警護の者が男を取り押さえるのも、デュオが銃を抜くのも間に合いそうもない。
そんな状態でカトルを護る方法は一つしかなかった。
デュオは迷うことなくカトルの前に立ちはだかり、自分の身体を楯にして銃弾からカトルを護ろうとした。
パン、パンという乾いた小さな銃声が響く。
デュオは身体に銃弾を受ける衝撃を覚悟していたのだが、男が引き金を引いたと同時に誰かに抱きこまれ、想像していた衝撃がないままに床に倒れ込んでしまった。
オレなんかを庇う馬鹿な奴がいるなんて!
デュオはとっさに倒れ込んだ上体を起こして辺りの様子をうかがった。
視界の端に、発砲した男が数人の警護の者に取り押さえられている様子が目に入り、デュオは安堵した。
しかし、カトルの無事を確認しようとしたのだが、自分の後ろに立っているはずのカトルの姿がない。
一緒に床に倒れこんでいる人物の美しい金髪が目に入り、デュオは全身の血の気がサァッと引いていくのがわかった。
「カ、カトル?」
一緒に倒れていたのはカトルだった。
デュオはぐったりとして倒れているカトルの上体を抱き起こすと、手に感じたヌルリとした生暖かい感触に身震いしてしまう。
「…カトル、おい!しっかりしろっ、カトルッ!」
カトルの名を呼びながら、デュオは恐る恐る自分の手を見た。
その手は鮮血で真っ赤に染まっている。
なんてことだ! カトルを庇おうとしたオレを庇ってカトルが打たれてしまうなんて!
カトルの顔が見る見る蒼ざめていき、身体から流れ出る鮮血で床に敷かれた絨毯の色が変わって行く。
デュオは震えながらカトルの名前を呼ぶ事しか出来ずにいた。
周りで上がる悲鳴も、駆けつけたラシード達の言葉も全く耳に入らなかった。
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