カトルは二発の銃弾を胸と腹に受け、弾を摘出する手術が先ほど終わったようだ。
摘出手術は成功で、命には別状がないという事をラシードから聞かされてデュオはやっと落ち着きを取り戻すことができた。
血で汚れたスーツのままで病院の廊下に置かれている椅子に座り、ボンヤリと考える。
何故カトルはオレなんかを庇ったのだろうか。
自分なんかを庇っても何もならないのに、カトルは血迷っていたとしか思えない。
優しいカトルのことだから、自分の目の前で誰かが傷つくのを見るのが嫌で、つい身体が動いてしまったのかもしれない。
…命を掛けてカトルを護ると誓ったのに、何の価値もない自分が無傷で、護るべき大切な人が重体だなんて、なんてザマだろう。
自分の不甲斐なさに、情けなくて涙も出ない。
カトルの眠っている病室のドアを見つめながら、デュオは何をするでもなく、長い時間ただ椅子に座っていた。
どれくらい時間が経っただろうか。
暗かった空が明るくなり、その明るくなった空がまた暗くなっている。
病室のドアが開き、中からカトルの主治医が出てきてデュオの前に歩んできた。
「カトル様がお目覚めになられました。貴方に話があるとおっしっています。」
まだ絶対安静の状態だから長い時間はダメだと言う主治医の注意を背中で聞きながら、デュオは慌ててカトルの病室へ入った。
普通の病室と比べるとはるかに広くて綺麗な部屋のベッドの上で、青白い顔のカトルが横たわっている。
腕に繋げられている点滴の管と、肌蹴たケットから覗いている胸元のぐるぐるまきの包帯が痛々しい。
「…デュオ…」
病室に入って来たデュオの気配に気付いたのか、カトルは目をあけて入り口の方に顔を向けた。
少し掠れた声でカトルに名前を呼ばれ、デュオは声を上げて泣きそうになってしまう。
だが、泣きたいのをグッと堪え、デュオはゆっくりとカトルのベッドに近づいて行った。
ベッドの脇からカトルの顔を覗き込むと、カトルはにっこりと柔らかな微笑を投げかけてくる。
目を覚まして間もない割にはカトルの意識がしっかりしていることにデュオは安堵しつつも、自分を庇うという馬鹿な真似をしたカトルに対しての怒りがこみ上げてきた。
ぎゅっと握り締めたこぶしが小刻みに震えてしまう。
「デュオ、ごめん。きっと君は僕のしたことを怒っているだろうけど…。君が無事でよかった…」
カトルはデュオの頬に触れようと手を伸ばして来る。
デュオはこんなにもカトルが自分を気遣ってくれている事を、涙が出そうになるくらい嬉しく思った。
たが、それよりも怒りの方が先に立ってしまい、デュオは思わず伸ばされたカトルの手をはらってしまった。
カトルの瞳が驚いたように大きく見開かれる。
「…怒ってるに決まってるだろう! どこに身辺警護する奴を庇う雇い主がいる? 護るべきオレが無傷で護られるべきお前が重体だなんて、オレの面目は丸潰れもいいとこだぜ!」
…違う、本当はこんなことを言いたかった訳じゃない。
自分のちっぽけなプライドなんてどうでもいいことだ。
もっと他にカトルに言いたいことがあるはずなのに、他に言葉が出てこなかった。
「…デュオ…」
カトルの顔が哀しそうに歪む。
またカトルにこんな顔をさせてしまったと、デュオは後悔した。
自分はカトルを護ることが出来ない上に、いつも哀しい顔をさせてしまう。
こんな自分にはもうカトルの側にいる資格なんてない。
いや、カトルの側にいたこと自体が間違いだったのだ。
「雇い主も満足に護れないオレなんか、もうクビにしろ。もっとお前にふさわしい相手を探したほうがいい。じゃあな!
本当はずっと、デュオはカトルの側にいたかった。
けれど、こんなことになってしまった今、カトルと離れるいい機会なのかもしれない。
もう今後一切カトルの前に現れないつもりで、デュオは精一杯虚勢を張り、わざと悪態の混ざった捨て台詞を口にした。
このままカトルの顔を見ていると、涙が零れそうで、デュオは慌てて踵を返してベッドから離れようとした。
「デュオ!」
たとえカトルが何を言っても振り返らずにこのまま病室を出て行こうとデュオは思っていた。
だが、ベッドから離れようとしたデュオの三つ編みを誰かに強く引っ張られ、部屋を出る事を阻まれてしまう。
「…?!」
病室にはカトルとデュオの他には誰もいない。
だからデュオの三つ編みを引っ張ったのはカトル以外にはいない。
だが、ベッドに寝ているカトルからは既に届かないような距離にいたはずだ。
なのに三つ編みを引っ張られ、デュオは驚いて振り返った。
「カトル!」
まだ動くこともままならないであろうカトルが身体をベッドから起こし、必死に腕を伸ばして三つ編みの先を掴んでいた。
デュオは慌ててカトルの元に駆け寄り、その身体をそっとベッドに横たえようとした。
「バ、バカヤロウ!なんでお前はそう無茶ばかりしやがるんだ! まだ自分が動ける状態じゃないってことくらいわかってるんだろう?」
デュオに支えられながら苦しそうにベッドに身体を横たえたカトルは、それでも掴んだ三つ編みを離そうとしない。
「カトル、離せ!」
「嫌です!離しません!」
そしてカトルは怒ったような顔でデュオを睨んだ。
こんな険しい表情を向けてくるカトルは初めてで、デュオはそんなカトルに何と言葉を掛けていいものか戸惑ってしまう。
怪我人から無理矢理力任せに三つ編みの先を奪い取るのも気が引け、デュオは仕方がないのでカトルの手から三つ編みの先を取り返すことを諦めた。
二人はしばらく無言でにらみ合う。
しばらくの沈黙の後、カトルがまた哀しそうな顔をして口を開いた。
「…もし僕が君の髪を離したら、君はどこかへいってしまうつもりなんだろう? どうして…?」
「……。」
「君が僕の軽率な行動に対して怒っているのなら謝ります。」
「…そんなんじゃない…。オレは…」
カトルに言い詰められ、思わず心の内を吐き出してしまいそうになってしまったデュオは言葉を濁してうつむいた。
「…デュオ、さっき君が言ってた、僕にふさわしいってどういう意味なんですか?」
「そのまんまの意味だ。だいたいオレとお前とじゃ、身分違いもいいトコなのに、オレはお前を護ることもできない腑抜けヤロウだ。オレなんかよりも育ちのいい頼れるやつを他に捜した方がお前の為だって言ったんだよ!」
デュオはヤケクソとばかりにそう言い放ち、おどけたように両手を広げてみせる。
カトルは哀しそうにゆっくりと目を閉じた。
それでも掴んだ三つ編みの先を離そうとはしない。
「僕は身分とかそんなこと、考えたこともなかった…。君を庇ったのだって、ただ愛する君を護りたいと思ったら身体が勝手に動いたんだ。…ねえ、僕は君のことが大好きだよ、心から愛してる。君は僕のこと、…嫌いなのかい…?」
カトルは瞑っていた目をゆっくりと開くと、デュオの瞳を真っ直ぐに見据えた。
カトルはいつも自分の気持ちを言葉に表してくれていた。
けけども、デュオはいつも言葉を濁してはハッキリとそれに答えたことはなかった。
自分の本当の想いを伝えるのが怖かったからだ。
カトルはよく自分の想いを言葉にしてくれたが、それに対する返答を強要するようなことはなく、デュオは今までそんなカトルの態度に甘えていた状態だったといえるだろう。
けれども、カトルに真っ直ぐに見据えられた今、三つ編みの先も握られていてデュオは逃げることもままならない。
デュオは初めて、自分の本当の想いを口にしはじめた。
「…オレは、お前のことが好きだ。お前と出会えることが出来たってことだけでも神に感謝したいくらいだ。でも、片や由緒ある家柄のコロニーの代表者で、片や元浮浪児の貧乏人なんだぜ?誰が見ても不釣合いだろ?」
「誰がそんなことを言ったんです?」
「…否、別に面と向かって言われた訳じゃないんだけど、きっと皆そう思ってるよ…。」
カトルは再びベッドから上体を起こすと、怒りを込めたように強く三つ編みを引っ張ってデュオを引き寄せた。
「誰が何と言おうと、僕が君を好きなことには変わりはありません。…もしも君が気になるというのなら、僕はウィナー家を捨ててもいい!」
起き上がったカトルをベッドに戻そうと必死になっていたデュオは、カトルから発せられた言葉に目を丸くして驚いてしまう。
「お、おいカトル、ウィナー家を捨てるって、お前…。本気でそんなこと言ってるのか?」
「もちろん、本気です。僕がただのカトルになれば何も気にすることはなくなるだろう?」
てっきりカトルは冗談を言っているのかと思ったのだが、カトルは冗談を言っているような顔をしていない。
「そ、そんなことしたらコロニーと地球の平和の橋渡しっていう仕事ができなくなっちまうだろっ?」
「今までと同じようには出来ないかもしれないだろうけど、たとえ自分の置かれた立場が違っても平和を望む心は変わりません。僕は自分の立場なんかよりも君の事の方が大切なんだ。」
カトルがそんなにも自分のことを想ってくれていたなんて、デュオは驚いてカトルの顔を見た。
真剣なカトルの眼差しがなんだか痛い。
「そんなふうにお前がオレの所為でどうこうしようっていうのが嫌なんだ。オレはお前の重荷なりたくないって言ってんだよ!。」
「重荷だなんて!僕は君と共に在りたいと願っているだけだ。それがどうして僕の重荷になるっていうんだい?」
「…冷静になれよ、カトル。お前は今血迷っているだけなんだよ。オレなんかにかかわってたらきっと後悔することになるぜ。」
「後悔なんかするはずないだろ? 好きだよ、デュオ。僕は君の事を心から愛しています。」
怪我人とは思えないような力強さで、カトルはデュオをさらに引き寄せ、愛おしむように優しく頬に触れてくる。
そんなに優しくしないでほしい…。
このままカトルの胸に飛び込んでしまいたくなってしまう。デュオはこぶしを握り締めて必死でその衝動に耐えた。
「…そんなの嘘だ…。」
「嘘じゃない。ねえ、デュオ。僕ってそんなに信用がおけない? どうしたらわかってくれる?」
本当は動くことすら辛いはずなのに、カトルはそっとデュオのことを優しく抱きしめた。
カトルの温もりが心地よい。
カトルが撃たれた時、このままカトルが死んでしまうのではないかと思い、デュオは気が狂いそうなくらいだった。
今こうやって改めてカトルのぬくもりに触れたデュオは、カトルが生きていてくれて本当によかったと痛切に思えてくる。
カトルが好きだ。
愛している。
カトルを失いたくない。
今まで押し殺していたカトルに対する想いが込みあがって来た。
カトルが自分のことを重荷なんかじゃないと言ってくれるのなら、その胸に飛び込んでもいいだろうか…。
「…なあ、ホントにオレ、お前の側にいてもいいのか?」
デュオの言葉に、カトルの表情がパァっと明るくなる。
「いいに決まっているじゃないか、デュオ。ずっと一緒にいよう。」
「…ホントに後悔しないか?」
「ええ、後悔なんてするはずがないだろう? 愛しています、デュオ…」
カトルが本当に嬉しそう微笑んだ。
それはデュオの一番好きなカトルの笑顔だった。
「カトル、オレもお前を愛してる…。」
嬉しくて、泣きそうになっている顔を見られるの嫌で、デュオは言葉とは裏腹にフイッと顔を背ける。
カトルはそんなデュオの顎をとり、デュオの顔を自分の方に向けて口唇を重ねようとした。
「本当に愛しているよ、デュオ…」
怪我人とは思えないくらいのスマートな仕草に、デュオは迂闊にもウットリとしてしまった。
本当はこのままカトルからの抱擁と口付けに身を任せてしまいたかったが、後数センチで口唇が重なろうかというとき、カトルの口を手のひらで塞いでデュオはそれを拒んだ。
「デュオ…?」
キスをしようとしたのを止められ、心配そうにカトルがデュオの名前を呼ぶ。
「…続きはお前がちゃんと回復してからだ!」
デュオはカトルの身体に負担を掛けないよう気をつけながら身体を離し、ベッドに横たえた。
おとなしくベッドに寝かされながら、カトルは不安そうな視線を投げかけてくる。
「…カトル、オレは怒ってるんだからな。無茶なことばっかりしてオレに心配ばかりさせやがって…。今度こんな怪我するような真似しやがったら、ただじゃおかないからなっ!」
そう言いながら、デュオはベッドに横たわったカトルの額をそっと撫ぜた。
「…お前の怪我が治ったら、どれだけでも続きをさせてやるよ。だから、はやくよくなれ…。」
ずっと側にいるからと再度約束をすると、カトルは安心したように目を閉じ、眠りについた。
今までかなり無理をして動いていたのだろう。
「ホント、無茶ばかりしやがって…。」
嬉しいような泣きたいような気持ちでいっぱいになりながら、デュオは穏やかなカトルの寝顔をしばらく見守っていた。
病室を出た後も、デュオはカトルからの想いを受けて、夢かと思えるくらいの幸せな気持ちで、しばらく呆然と病院の廊下に立ち尽くしてしまう。
しかし、ぼんやりとしてはいられない。
これからしばらくは今まで以上に忙しくなるだろう。
今回の暗殺未遂事件の事後処理もしなくてはならないし、カトルが入院している間の、カトルの仕事の整理もしなくてはならない。
デュオは軽い足取りで病院を後にしたのだった。
全治一ヶ月半と診断されたカトルが、二週間も経たないうちに退院してきた。
かなりの早さで回復しているとはいえ、本来ならまだ退院を許されない状態である。
カトルが自宅での療養を強く希望した為らしい。
「あれほど無茶なことはするなと言っただろう!」
自室のベッドで横になっているカトルの顔色は、怪我をする前となんら変わらないくらいに血色が良い。
けれどもまだ入院していなくてはならないのに、半ば自主退院してきたカトルに、デュオは文句の言葉を投げかけた。
「無茶なことなんかしていないよ。だって君の側に長くいられる方が絶対傷の治りがはやいはずだよ。君が僕にとっての一番の特効薬だからね。」
カトルはベッドの上で、入院していた間にたまってしまった書類に目を通しながらそんな赤面しそうなことをさらりと言ってのける。
カトルの側で書類の束を抱えていたデュオの顔が、一気に赤くなった。
「し、仕事も大切だろうけど、無理すんなよ。お前はまだ怪我人なんだからなっ。それを忘れるな!」
赤くなってしまった顔を見られるのが嫌であさっての方向を向いたデュオの三つ編みを、カトルが優しく引っ張った。
「じゃあ、怪我が早くなるように特効薬をもらおうかな。」
ひどく嬉しそうに、カトルは引き寄せたデュオの顔に口唇を寄せてくる。
本当はカトルの怪我が完治するまでは、キスもお預けにしておこうとデュオは思っていたのだが、怪我がはやく治るというのならキスくらい許してやろうか…。
デュオはコホンと一つ咳払いをした後、カトルに向き直った。
「はやく、なおせ…」
デュオはカトルの口唇に自分の口唇を深く重ねたのだった。
END!
-Back-
このヨンニ話はイベントの時や通販のおまけにと、無料配布本として書いたお話を加筆修正したものです。イチニの日に何か更新をと思ってデータを掘り起こしていた見付けたものですが、サイトにUPできそうなものがこのヨンニ話しか見つかりませんでした。イチニの日ですが、ヨンニ話でホントすみません(^^;)。
ちなみにそのデータのプロパティによりますと、作成日時は2001年3月24日。早いものでもう3年以上前の作品になるんですねえ。当時からカトル様好きだったのですが、この話を書いた頃は『身分違いの恋に萌え!』とか言ってたような気がします(笑)。
無料配布本を手にしていただいた方には『なんか懐かしい』と、サイトで初めて目にしていただく方には『こんな話を書いていたのか』と思って見ていただけたらと思います。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
|