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親鸞聖人を想う
今回、またご縁をいただき、「親鸞聖人を想う」というテーマでお話させていただきたいと思います。
「ご縁」……本当にそうですね。親鸞聖人にここまでご縁をいただくことになるとは……。18歳の4月、大谷大学に入り、19歳の4月、「浄土の真宗」の世界に決定的に深く出遇うことがなかったら、私はどういう人生を送ってきたでありましょうか…。
物心がついたときから、母の読誦する『法華経』を真似事のように傍らで読誦し、母の所属する宗教団体の集まりに参加するようになり、やがて高校生になって、その団体に疑念と物足りなさを覚えるようになった私は、先の見えぬまま「業縁」の促しにより、京都に来たのでありました。
一方禅にも関心をもっていたため、初めて禅寺で1泊2日の参禅をしたのは、中学3年生の冬でした。以来、座禅の爽快感にとらえられて、その真似事をやり、大学に入ってからも、在家を対象とした10日間ほどの「緑陰禅の集い」へも誘(いざな)われました…。
思えば、今日ここまで、私は本当に多くの方々に助けられ、その折々に行くべき方向を指し示していただけたことに、感謝せずにおれません。その原点には母がおり、傍らでお経を読誦することを習い覚えたことが、今でも私の生活の軸になっています。『法華経』から『浄土三部経』へと転換しましたが、慌ただしい生活の中で少しでも読誦を続けることができることは、ありがたいことです。母からはお経を読誦することを学び、先生からは「浄土の真宗・親鸞聖人」の世界へと眼を開いていただいたということ、それが私の中心軸にあります。業縁の人生・宿業の生活に揺れながらも…。
そのような生活の中で、私は「親鸞聖人」の眼差しをしみじみと感じるのです。
「親鸞聖人」はどういうお方か…。一言で言えば、私の方を向いて拝んでくださっている方であります…。法然上人もそうであります。善導大師もまたそうであります。もっとさかのぼれば、『仏説観無量寿経』のお釈迦様もまたそうであります。そしてその背後には、実に「南無阿弥陀仏」が私を拝んでくださっているのであります。どうして「南無阿弥陀仏」と申さずにおれましょうか。
その「親鸞聖人」は自分のことを「愚禿親鸞」と言っているのであります。「愚禿親鸞」…それは名乗りではありません。ただ「南無阿弥陀仏」に静かに頭(こうべ)をたれて「南無阿弥陀仏」とひたすら掌を合わせているお姿であります…。もはや私には言葉はありません……。「愚禿親鸞」聖人が人間であることの原点を、私に折に触れて思い起こさせてくださっているばかりであります。
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