ANTIQUE花小筐 花がたみ
上 陽子

連載その15 

店先に一本の柳がゆれる骨董屋がある。
その名は雨柳堂。主人は齢七十頃。その孫の蓮という少年が店を手伝う。
蓮は黒のチャイナ服のよく似合う眼もとの涼しい美少年。彼は物に憑いた霊と言葉をかわすことができるという不思議な力を秘めている。それゆえ、自分の言葉を分かってもらえる物たちはなかなか店を離れたがらない。
近くだったら毎日でも、見目麗しい蓮クン目当てにこの店に入り浸りたいのだが、あいにく彼らとは住む世界が異なる。残念なことに彼らは金沢在住の漫画家・波津彬子さんが描く「雨柳堂夢咄」の二次元のなかの住人なのである。
お話は物に纏わる人間模様であるが、随所に作者の骨董に対する深い造詣がちりばめられ、骨董ファンならずともこれを読むと骨董に興味がわいて、骨董屋に行ってみたくなるのではと思わせる。
この漫画を教えてくださったのは、金沢での展示会に見えていただいているKさんから。面白くて次々お持ちの単行本をお借りして読みふけり、挙げ句の果ては家に見えるお客さまの間でも回し読み。わたしに至っては遂に買うようにまでなってしまった。
さて雨柳堂の店先の柳であるが、伊万里の文様にも描かれる事も多く、中国の悲恋物語に題材をとったWILLOW PATTERN(ウィローパターン/柳の木、楼閣、燕、橋などが描かれる)という文様もある。
春さきに他の植物よりもいち早く芽吹くことからおめでたいとされ、また枝が下に垂れるその姿から、神霊が降臨すると考えられ古くから霊木とされてきた。神様に供物を捧げる神饌の儀式に使われる両口箸も柳の白木が使われることなどからも、いかに柳の木が霊木と考えられていたかをうかがい知ることができる。雨柳堂夢咄にも、主人を亡くし魔にとりつかれた女性から、邪気を払うのに柳の枝が登場するお話もある。
柳の木が邪を払い神霊が降臨するなら、言葉を媒介する巫女もしくは稚児が必要となる…、そこで物の言葉のわかる蓮という少年が出てくるのかと勝手に解釈したのだけれど、波津さんどうなのでしょう。金沢にお住まいなら、いつかお会いしてそこの所を伺ってみたいところだ。
柳にまつわる私個人の記憶は、中学校一年生、入学したてでまだクラスメイトになじめないでいる春浅い木造校舎の教室へと飛ぶ。五十音順で並ぶ座席。カ行の私は窓際近くの席だった。授業中、窓の外に眼をやると芽ぶいたばかりの柳の枝が、心地良さそうに春風と光のなかを揺らいでいる。それを見ている私は、先生の声も遠のきゆらりゆらりとなびく枝に誘われ眠りの世界へ……。
そんな緩やかでのどけき春の光の日を待つ間、ページをめくって雨柳堂へ出かけようか。

上 陽子(かみ ようこ)さんは、アンティークのお店「花小筐」(はなこばこ)のあるじ。古いものたちの持つおもむきの微妙をさとる確かな目を持った女性です。 連載その14へ