ANTIQUE花小筐 花がたみ
上 陽子

連載その18 闇をも飲む。

 いつだったか骨董を紹介する本をぺらぺらと流してみているうちに、あるページのなかの一つの碗に心が奪われた。大きく割れて繕われているというのに、その李朝の碗は骨董のまとう時間の鎧すらも脱ぎ捨て、毅然として美しかった。
 こういうものを、すっと手にとって自分のものにできる人は、どういう心もちの人だろう。それが山本萠(やまもともえぎ)との出会いであった。
 1948年生まれの女性。一人小さな家に暮らす。あるときは墨で心にかなった文字を書き、あるときは心にかなった写真を撮る。書にしろカメラにしろ画にしろ、それは彼女にとって表現の方法の手段にしかすぎない。彼女は文も綴る。これも表現のひとつで、日々生きていくことの哀歓がただよう静かなものだ。
 図書館で山本萠の名をみつけ借りてきた、ひとなる書房からでている「鈴鳴らすひと」を読んでいると、彼女の文は彼女のもつ茶碗の佇まいと同じ響きであった。それはどこか遠い異国の蒼穹にかすかに鳴るカリヨンの音色のようで、私の心を静かに震わせた。
 そういえば、ある人に私は尋ねられたことがある。「あなたは執筆と骨董、どちらが本業ですか?」。まったく笑止、そして愚問。どちらも山本萠同様、私にとって表現手段の方法でしかない。こういうことが判らない人が世の中にはいるんだなぁと、ほの暗く心の奥底で思ってしまい、ああ、また心が魂が澱んでいくと思ったときにはもう遅く、さらに暗い暗い闇の嫌悪に落ちこんでいく。
 こういうとき、このような碗がひとつあったなら―――。呵々と茶碗に笑われて、清濁、闇をもあわせてぐいと一服流しこんでしまえるのに。

上 陽子(かみ ようこ)さんは、アンティークのお店「花小筐」(はなこばこ)のあるじ。古いものたちの持つおもむきの微妙をさとる確かな目を持った女性です。 連載その17へ