河崎 徹
河崎さんは、金沢近郊の医王山(いおうぜん)で、イワナやヤマメなどの養殖と、川魚料理の店「かわべ」をやっている、そろそろ落日の五十代。仕事より、魚釣りやら草野球やらにうつつを抜かし、店の方は、気が乗らないと勝手に閉めてしまうのが玉にキズ。(でも料理はウマイんだな)。いつもマイペース、ままよ気ままの行きあたりばったりエッセイからは、その人柄が伝わってきます。

第十二回 「ちょっとした話しで大風呂敷 その2」

「うれしいの一言だけの会見」、今日十月十五日は、あらゆるマスコミが拉致された五人の一時帰国の報道である。悪人ドモが住む北朝鮮、そこから二十数年ぶりにようやく救出されたという事が、北朝鮮という国をどれだけ悪く言うのはまあいいとして、それを利用して、日本は自由な国、日本の国に住めばすべて幸せ、だから日本へ帰って来るのは最善の策、と政府、マスコミ等が大合唱しているのを見る(聞く)と、それは他人事ながらちょっと違うのでは、と言いたくなる。
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私に言わせれば北朝鮮はこわい国(故に住みたくない)、しかし、日本が本当の意味での自由の国であるか疑わしいし、北朝鮮に比べすべての国民が幸せ、と思っているかもあやしいものである。例えば、今回五人が記者会見の塲で、当人達が本心を言うと後がこわい(北朝鮮)と、これはたぶん正しいだろう。だが、日本での記者会見で「北朝鮮は私にとってすばらしい国です。」と言ったらどうなっていただろう。日本では、最初から北朝鮮は不自由な生活で幸せであるはずがない、と政府やマスコミ等が決めつけている。だから全員(五人)の口から北朝鮮がよい、などという言葉が出るはずがないという前提(単純)なのである。それ故、会見ではそういう発言の自由は北朝鮮と同様に最初からなかった訳である。会見の中だけでなく、おそらく滞在中は日本に対しても北朝鮮に対しても本心を言える自由はないだろう(国というのはえたいの知れない存在である)。
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拉致されて二十数年、その人達が日本で生きた人生よりも長いのである。その間に何もしなかった政府・マスコミ、それに私も含めてニュースはすぐ忘れてしまう国民。その間の苦しみは、家族、本人達しかわからないだろう。それを今回、国を挙げて歓迎し、周囲で大騒ぎする。そしてすぐに忘れてしまうだろう。だったらひっそりと、日本に来てひっそりと家族と会って将来を考えるほうがよかったと思うが、もうそれぞれがイイ年になって家族がある。日本でも、北朝鮮でも家族はやはり十人十色である。私だってこの日本がすばらしい国だと思っていない。ただこれまでの人生でできた人間関係(しがらみ)、あるいは子供(家庭)のため、言いたい事もガマンして(子供が学校へ行っていた頃は子供を学校に人質に取られている様な気分)、ここにいるだけで、日本はすばらしいと単純に言えない(自然はすばらしいと思うが)。北朝鮮は危険な国、ならば日本は、五十数年前、朝鮮人(アジア人)はバカにして今でも変っていないし、最も憎んでいたアメリカ(鬼畜米英)には今ではアメリカ様である。その結果、経済大国となり(この頃は少々危なかしくなってきている)、世界中の食料を買いあさっている。
五十数年前に日本の若者が数万人も玉砕した島(サイパン、グァム等)へ大勢の若者が今や観光で押し寄せている。日本という国も外国から見れば変な国(節操のない国)と思われているだろう。
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