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河崎 徹 | |
河崎さんは、金沢近郊の医王山(いおうぜん)で、イワナやヤマメなどの養殖と、川魚料理の店「かわべ」をやっている、そろそろ落日の五十代。仕事より、魚釣りやら草野球やらにうつつを抜かし、店の方は、気が乗らないと勝手に閉めてしまうのが玉にキズ。(でも料理はウマイんだな)。いつもマイペース、ままよ気ままの行きあたりばったりエッセイからは、その人柄が伝わってきます。 |
第十五回 「矛盾」 |
四十年ほども前だったろうか、一冊の本を手にした。 米国人従軍記者の手による『太平洋戦争』だったと思う。写真が多く、前半はアッツ島から始まり、ミッドウェイ、グアム、サイパン、硫黄島…そして沖縄で終る。戦争体験のない私にはミッドウェイ海戦の様に空母等による勇壮な戦いの写真、あるいは飛行機による空中戦等は、そこに「人間の姿」が見えない分、明らかに「戦争映画」を観る感覚であった。 だが、この記者自身が艦砲射撃の後上陸して写った一枚目の写真から私の気分は一変した。 もう陽が沈もうとしている海外で死体となって(仰向けになって)動かぬ日本兵(私と同じぐらいの年齢)と、その横にたたずむ米兵(若者)の姿があった。記者のコメント『一人の米兵が、自分達の手で殺された日本兵のポケットから取り出した一枚の写真を見て、立ちつくし、じっと動かなかった。おそらくこの日本兵の肉親の写真であったのだろう。じっと首をうなだれ祈っている様に見えた』と。その日本兵はボロボロの軍服、片足だけの靴、そばには旧式な銃とへこんだ飯盒、それを見て私「こんな死に方をするためにお前は青春を生きてきたのではないだろうに」と。 あの戦争(太平洋戦争)から半世紀以上が経った現在、同じ様な光景を目にする。アメリカ(イギリス)がイラクへ攻め込んだのである。あの当時と同じ圧倒的な軍事力である。一人の日本人記者がアメリカ軍と行動を共にした記録(テレビ)がある。 最初は戦場とはいえ、はるか後方からの取材であり、地上、海上からのミサイル、ロケット攻撃、アフガニスタンでもそうであった様に暗闇の中での飛行機からのピンポイント爆撃、そこには「やられる側の人間の姿」はない。だが、バグダットに近づくにつれ、軍用車両の残骸が目に付くようになり、とうとう道路脇に放置されたままのイラク兵の死体が目に入ってきた。見たところ若い兵士(私の息子ほど)の死体である。みすぼらしい服装、穴のあいたボロ靴、ポケットの中味は食いさしのカチカチなパンが一個。周囲には誰れもいない(味方もいない)、道路に放置されたままである。これを見て私「こんな死に方をするために育てて(親は)きたのではないだろうに」。 さらにバグダットに向けて進んでいくと、銃撃戦で撃たれたばかりのイラク兵の姿が飛び込んでくる。死の恐怖でかっと開いた目、近寄ったアメリカ兵が抵抗できない様に手錠をかける。そして大声で衛生兵を呼び、数人が必死に治療にかかった。だが結局、このイラク兵はすぐ息を引き取る。この一部始終を目にした記者はこうつぶやく。『なんで、助けようとするんだったら殺したりするのか』と。そのうち記者は何度も『なんで』と感情を押し殺そうとするが、その声がふるえている。 人間(私)は日々矛盾に満ちた事をやっている。だが、これほど(この戦争ほど)矛盾に満ちた行為はないだろう。ブッシュは言う。『イラクを悪政から救うため、イラク国民のため』と。フセインも言う。『イラクを救うため、イラク国民はアメリカと戦え』と。空爆で幼い子供を失った父親は『子供の一人は頭から脳ミソが流れ出し、もう一人は腹から内臓が突出していた。こんな幼い子供に何の罪があろう。こんなムゴイ殺し方をしたアメリカを絶対に許さない』と。私も同じ事をされたらそう思うだろう。そして「こんな死に方をするために生まれて(幼い子は)きたのではないだろうに」と。 この戦争は、矛盾という言葉にさえ値しない行為だ。なぜなら二人(ブッシュ、フセイン)とも二度とこんな悲劇はあってはならないとは言っていない(自分達の行為が矛盾に満ちたものと感じていない)。 もう近頃では、今度の戦争の悲惨な記事は新聞の片隅にさえ載っていない。ただもう忘れ去られた過去の戦争の記事が二つ載っていた。 一、“元米軍のホームレス深刻化” 過去の戦闘体験などから精神を病み、社会に適応できない元軍人が全米のホームレスの1/3(25万人)に上る。人種的には黒人が、軍歴では陸軍出身者が圧倒的に多い(彼らは最前線で戦った)。イラク戦争後はさらに増えるだろう。 二、“半世紀以上経って、ようやく日本の地に戻った遺骨” 太平洋戦争で海外で戦死し、放置されたままになっていた日本軍の遺骨(身元不明)、千体以上が半世紀以上経ってようやく日本の地に帰る。ただ、いまだに多くの戦死者の遺骨が外国の地(訪れる人もない場所)に放置されたままになっている。 |
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