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林 茂雄





ロラン・バルトと写真

 写真とは一体何だろうと考えてみたことはこれまでなかった。生まれたときから写真は身の回りにあったし、あまりにも日常的なものとして生活の中に組み込まれていたから。ところが、ヴァルター・ベンヤミン『写真小史』を手にとってから、少しだけ写真というものについて考え始め、スーザン・ソンタグ『写真論』に手をのばしたあと、『明るい部屋〜写真についての覚書〜』という本も読んでみたのだった。
 ベンヤミンを援用するまでもなく、写真は絵画の延長としての役割を担って登場したが、しかしやがて「写真はセックスやダンスと同じくらいありふれた娯楽になった」とソンタグが語るように、カメラは大衆的な娯楽道具となり、写真は芸術という枠から逸脱していった。撮影行為の背後には、被写体を所有したいという欲望があるが、写真の普及によって世界は平板化してもいったのである(――カメラひとつで世界は手軽にあなたのものになります――)。デジタル時代の到来でその傾向は加速している。
 しかし、写真は本当は不気味なものでありうるのではないだろうか。写真はフレーミングによって空間的に切り取られ、時間的にも切り取られたものだが、その静止した世界はまるで墓石のように時の流れに抗いながら、瞬間(モーメント)を記念碑(モニュメント)にし続ける。意識的であれ無意識的であれ、我々が写真から読み取っているのは《死》なのではないだろうか。
 《死》は社会のなかでどこかに存在しなければならない、とバルトはいう。以前は宗教的なもののなかに《死》の居場所があったが、もはや宗教がその役割を充分に担っていない現代では、《死》はどんな場所に存在すればいいのだろうか。バルトはこう述べる。

 ――「その場所というのが、おそらく、生を保存しようとして《死》 を生み出す写真映像のなかなのである。」――(『明るい部屋』)

 ロラン・バルトが生前に上梓した最後の著書『明るい部屋(La Chambre claire)』は、『零度のエクリチュール』から『テクストの快楽』までのバルトの著書に親しんできた目には、ちょっと奇妙なものに映るかもしれない。この本は2部構成になっており、1部では「ストゥディウム」と「プンクトゥム」という概念を中心に論じられている。「ストゥディウム」は文化的コードに従って写真から読み取られる一般的要素で、「プンクトゥム」はそれに抗って私を突き刺しにくる写真の細部から立ち上がる個人的要素となる。しかし2部になると、テクストは変調する。写真の本質(ノエマ)が《それはかつてあった》という点にあることを論じながら、バルトは亡き母の少女時代の「温室の写真」をめぐって自伝的に語ってゆくのである。

 ――「私はこうして、私なりに、《死》の問題に答を出していた。多くの哲学者が言うように、《死》とは種の冷酷な勝利にほかならず、特殊なものは普遍的なものを満足させるために死ぬのであり、個体は、自分自身以外の個体として自己を再生したのち、否定され乗り越えられて死んでいくというのが事実なら、私は実際には子供をつくらなかったが、母の病気そのものを通して母を子供として生み出したのだ。(中略)いまや私は、私自身の完全な、非弁証法的な死を待つしかなかった。」――(『明るい部屋』)

 バルトは『明るい部屋』を刊行する3年前に最愛の母を亡くしている。彼が「温室の写真」の少女時代の母をモチーフにしながら語るのは、写真論であるのみならず、それと同時に、自伝的なエッセイでもあり、私小説的なテクストなのだ。
 撮影された少女時代の母の画像は、《それはかつてあった》という過去を現しているのであるが、《それはもはやない》という不在をも現している。写真のなかで時間は止められている。しかし、そこで奇妙な逆流が起こる。母とバルトの関係は、バルトと娘へと反転するのである。そこにあるのは、弁証法にも種の法則にも従うことなく、時間の流れをも無視した奇妙な時空だ。

 ――「事物の流れを逆にする本来的な反転運動が生じるのであって、(中略)これを写真のエクスタシーと呼ぶことにしたい」――(『明るい部屋』)

 「作者の死」「エクリチュール」「シニフィアン」「シーニュ」「テクスト」といった概念で華麗な批評を展開してきたバルト。母へのオマージュの書とも呼べるこの『明るい部屋』は、記号学者バルトにしてはいささかナイーヴなものにも映る。だが、「明るい部屋」というタイトルを持つ書物の特異性は、この書物自身が、あたかも一枚の写真になろうとしているかのような雰囲気を漂わせている点にあるように思えた。
 『明るい部屋』を刊行したバルトは、その年に交通事故で亡くなった。母の死の3年後のことだった。



ロラン・バルト(Roland Barthes)/生年1915年、没年1980年。享年64歳。
代表作『零度のエクリチュール』『エッセ・クリティック』ほか。

はやし しげお  金沢生まれ。東京在住。
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