『テーマ館』 第16回テーマ「視線」



 「しせん」   by しのす



誰かに見られていると、仕事中に奈美は感じた。

奈美は家庭用ゲームのソフト開発に関する仕事をしていたが、
かなりハードな職場で、
残業は当たり前、土日も返上して仕事をしなければならない場
合がしばしばあった。

「奈美、他の仕事にかわったらどうだ?」と夫の良行がよく口
にする。二人は新婚だったが、良行に言わせれば独身生活とか
わりないということだった。
「ずっとディスプレイを見続けて作業することは身体によくな
いらしいぞ。精神的にも心身症になったり・・・」
「大丈夫よ、その点は会社も配慮してくれてるし。とにかく今
は抜けられないの。迷惑かかるから」

ゲームのマスターアップまで数週間のところまで来ていた。
そんな時に感じた視線だった。
奈美はあたりを見回した。しかし機能的に整備された開発室の
中で、奈美の方を見ている者はいなかった。誰もが追い込みで
集中しているのだ。
逆に奈美の視線を感じた同僚の里江から「どうしたの」ときか
れた。
「う、うん。なんでもないの」

それ以来奈美は始終誰かに見られていると感じるようになった。
素早くあたりを見回しても誰も視線が合う者はいなかった。そ
の感覚は部屋に一人で仕事している時にも起こった。
もしかしたら・・・、心身症・・・
奈美は友人の沙紀のことを思い出した。
沙紀はプログラマーだったが、やがて誰かに監視されている、
部屋を盗聴されていると言い出し、ついには精神科のお世話に
なってしまった。
もしかしてわたしも???

奈美は悩んで、その結果夫良行に打ち明けた。
良行は心配するととにかく奈美を病院へ連れていった。
受付を済ませて診察室に入ると、看護婦が奈美を見て「あら」
と言った。「あなた、妊娠してるんじゃないの?」

数ヶ月後奈美は元気な男児を出産した。
「あなたはお父さん、そっくりよ。」と奈美は語りかけた。
「ね、ずっとわたしのこと見ていたのは、あなただったのね。
お腹の中から・・・」

(投稿者:03月20日(金)07時04分01秒)