『テーマ館』 第21回テーマ「テスト」



 「テスト」   by しのす


            「前の張り紙を見て来たんですけど」は椅子にふんぞり返って座っている男に言
            った。「新しい探偵を募集しているんでしょ」
            男は素速く身体を起こして、銀縁眼鏡を持ち上げた。しげしげと俺の顔を見る。
            「今までに探偵をした経験は、あるのか?」
            「まさか。小説を読んだくらいです。難解な殺人事件を解決したり、知能犯のトリ
            ックを見破ったり・・・」
            「わかったわかった」男は露骨に嫌そうな顔をした。「経験なしか。なあ、探偵小
            説にあこがれて来たのなら向いてないと思うよ。実際の探偵は素行調査をしたりい
            なくなった犬を探したりというのが主な仕事で、事件に出会ったりはしないんだ」
            「そうなんですか」俺はがっかりした様子を見せた。「でもいいです。探偵になる
            ことが夢でしたから。どんな調査でもします」
            「そうか」男は煙草に火をつけて、大きく息を吐いた。「では試してみるか。ここ
            にさっき来た依頼がある。これをうまくできたら入社を認めてやろう。見習いとい
            うことでテストを受けるか?」
            「はい、是非」待ってましたと、俺は舌なめずりした。
            「ただし、いろいろと得た情報や秘密は見習いといえども口外してはならないぞ。
            そうなったらすぐにお前は逮捕されるからな」
            「守秘義務というやつですね。任せて下さい。で、何を?」

            尾行の仕方や探偵七つ道具の使い方についてレクチャーを受けた後、俺は依頼の内
            容を聞かされた。よくある妻の浮気を疑っている男が探偵社に素行調査を依頼した
            という物だった。俺は入社テストを受けることになった。

            それから一週間後、俺は素行調査の報告をした。
            「あの妻はシロです。ここ一週間、べったりと見張っていましたが、男はいないよ
            うです。夫の思い過ごしだと思われます」そして報告書を提出した。
            所長は分厚い報告書に目を通して、感心した顔をした。
            「ほお、やるな。テストは合格だ。正社員になるか」
            「はい、喜んで」

            危ないところだった。
            たまたま浮気相手の夫が探偵社に依頼に入っていくのを見たからよかった。
            後は探偵志望を装って、所長に取り入るだけだった。うまい具合に夫の依頼を調査
            できることになった。俺が浮気相手なのだから、調査はシロになるのに決まってい
            る。今後はもう少し気をつけて密会することにしよう。
         しかし探偵は性に合っているかもしれない。このまま続けてみるか。


(投稿日:08月06日(木)23時12分17秒)