「バーチャロイド 前編」


                

 ヘッドマウントをかぶると、そこはもう戦場だった。

 草が閑散と生えている荒野で、剣を持った戦士達の戦闘のまっただ中だった。
剣を合わせる音と、巻き起こる埃。
  現実の戦場にいるような、とてもリアルな感じがした。
 と、その時、向こうから真っ赤な甲冑をつけた騎士が槍を構えて向かってき
た。
 一瞬驚いたが、すぐに左手には盾、右手には剣があることに気づく。突き出
された槍の先を左手の盾ではねのける。2歩踏み込んで、右手の剣を首筋にた
たき込んだ。騎士はそのまま地面にくずれ落ちた。槍を盾ではねのけた感覚と、
剣を相手にたたきこんだ感覚は、とてもリアルだった。
 と、左から剣が突き出される。盾ではらって右の剣を突き出す。見事心臓を
突き刺し、男は絶命した。こんどは右からだ。後ろに避けるとそのまま剣を横
にはらい、敵を倒した。
 次から次へと攻撃される。いわゆるザコだ。しかしそれらの攻撃を防御し、
敵を倒し続けていった。
 そこへ頭のはげた丸い体型の男が、日本刀をもって現れた。男はやる気のな
い様子だったが、日本刀を鞘から抜くと、急に元気になって、斬りかかってき
た。
 ビシ、ビシッ、と空気を斬るような音がした。ビシ。
「ちっ」頬が切れた。手を当てると血が出た。
ビシ、カン、カン。
  盾で防御する。さらに一刀、その時下から力任せに剣を振り上げた。ガキン。
日本刀は見事に真っ二つとなった。
 はげた男の顔から急に精気が失せた。剣を横にはらうと、男の首が飛んだ。
 ひとまずほっとした。その時急に両足をつかまれた。どうしようもなくて、
地面に顔から倒れた。
 敵が背中に飛び乗ってくる。ごろごろと横に転がると、敵の顔面にパンチを
喰らわせた。そして素早く起きると、剣を突き刺した。
  「これまでよ」フードをかぶった女魔術師が現れた。猫のような目をきらり
と光らせ、両手を上に向けて伸ばすと、呪文を唱えはじめた。
 「ファイアルト・・・」掌に炎が生まれつつあった。
「・・・カル・デス・レ・・・」
 駆け寄っても間に合わない。思い切って剣を投げつけた。剣は魔術師の心臓
を貫いた。魔術師は倒れ、炎につつまれて燃えた。
 「あっけない」とつぶやくと、転がっている剣を拾い上げた。

 「ぐふふふ、なかなかやるな」
 突然全身真っ黒な兜と鎧の男が、目の前に現れた。男は細長い剣を手にして
いた。顔は面頬に隠れて見えない。
 「貴様がボスか?」
 「俺はダークウインド。勇士と呼ぶがよい」
 「いくぞ。ここが貴様の墓場だっ」
 突き出す剣をダークウインドは、剣で軽々とはらった。
 「その程度か。ではこっちの攻撃だ」とダークウインドは剣を繰り出してき
た。かろうじて盾で押さえる。さらに繰り出される剣。その素早さに、後退を
余儀なくされる。
 と、死体につまずいて、そのまま仰向けに倒れた。
 「ぐふふ、口ほどにもない。」そしてダークウインドの剣が高々とあげられ、
心臓めがけて、振り下ろされた。

 目の前が真っ赤になる。続いて黒くなり、真っ赤な字が現れる。

 GAME OVER 
 Congratulations!最高点です。名前をどうぞ。

 手を動かして、O.Kとイニシャルを入れる。
 ヘッドマウントをはずし、グローブを取って「箱」を出た。
 「すごいじゃん」徹が、尊敬のまなざしで見ている。徹は小学生で、このゲ
ーセンによく出入りしている。そして客のプレイを見ては、馴れ馴れしく話し
かけている。今も外付けモニターで、俺の戦い振りを見ていたのに違いない。
「『バーチャロイド』でダークウインドまで行くなんて、ほんと、すごいや。
僕が見た限りでは初めての人だよ」
 「う……ん」ヘッドマウントをはずしても、まだ戦場にいるような感覚がす
る。しかもダークウインドのとどめはきいた。実際に胸を刺されたようなリア
ルな感覚が残っている。ゲームとはいえ、死ぬのは気分のいいことではない。
 ましてやバーチャルリアリティの中での死は、現実の死とどれほども違わな
い。
 何か飲みたい。徹がしきりにくっついてくるが、相手にせず自動販売機に近
づくとコーラを出した。一口飲むと、すっとした。

 『ぐふふ、戻ってこいよ。』

 声が聞こえた。驚いてまわりをみまわすとそこはただのゲーセンだ。誰も声
をかけてきた様子はない。徹がそばにいるだけだ。
  「どうしたの?」徹が怪訝そうな顔をした。
 「今、声が・・・」
 「えっ、何の声?」徹には聞こえなかったらしい。
 空耳だろうか?いや、ちがう。確かに聞こえた。あれは、確かにダークウイ
ンドの声だった。『バーチャロイド』の筐体を見る。
 一人の人間が入る「箱」があり、今は入口のカーテンが開いていて、中にグ
ローブ、そしてヘッドマウントがあるのが見えた。外には戦いの様子が見られ
るモニターがつけられている。しかし「箱」はいかにも試しに置いてあるとい
う感じで、よっぽどの物好きでなければ、プレイしそうではない。『バーチャ
ロイド』というのは「箱」の外に書いてあり、その下には「ダークウインドを
倒せ。今始まる新次元のヴァーチャルファンタジー格闘ゲーム。」と書いてあ
る。値段は1プレイ500円だった。
  このゲーセンに特別にロケーションテストとして置いてあるらしかった。 
「バーチャロイド」という名前は、ゲーム雑誌には出ていなかった。ヴァーチ
ャルリアリティの先端を走っているゲームだ。あの戦闘のリアルさは、これま
でに味わったことのない物だった。それでダークウィンドの声が聞こえたのだ
ろうか。 
 もう一度するか?しかし時計はもう7時を過ぎていた。家では母親が夕食の
準備をして待っているだろう。お腹もすいたし、家へ帰ろう。

  そしてゲーセンを出た。外はすっかり暗くなっていた。
 街灯がぽつぽつと離れてあり、人通りの少ない道を行かなければならない。
閑静な住宅街でそれぞれの家で灯りがついている。
 道の向こうからライトを照らして、自転車がやってきた。街灯の明かりで警
官だとわかる。すこしほっとする。すれ違う。と、その時。

 『ぐふふ、来ぬならこちらから行くまでよ』

 ダークウインドの声が聞こえた。そして一瞬住宅街は消え、あたりは荒野に
なった。
 驚く間もなく、すぐにあたりはもとの住宅街に戻った。
 しかし……。前の電柱の下にいるのは、突然全身真っ黒な兜と鎧の男。

  あれは確かに、ダークウインドだった!


 To Be Continued..."VirtuaRoid" the Second Chapter